Birthday Puja, Overcoming The Six Enemies

Sydney (Australia)

1983-03-21 Birthday Puja Talk: Overcoming The Six Enemies, Sydney, Australia, DP, 55' Download subtitles: EN,FI,IT,JA,LT,PL,PT,RO,ZH-HANS,ZH-HANTView subtitles: Add subtitles:
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Birthday Puja, “Overcoming The Six Enemies”. Sydney (Australia) 21 March 1983.

このよき日をあなた方と 共にできるのは素晴らしいことです オーストラリアの サハジャヨギは とても良いヨギと 分かりました 短い間に スピリチュアルな 生活において 早く成長しました こうして私の子供たちと ここに居るのが とても嬉しいです ご存じのとおり 私には多くの子供たちが 世界中にいます 実際に産んだ 子供たちの他にです ここに来ていない 者たちのことも 私たちは 思い出すべきです 彼らは何千マイルも 離れたところで スピリットの上昇を 祈っています 人はスピリットの 上昇のみを願うべきです 上昇すれば 他は全てついてくるからです 必要なものを 得られないとしたら 上昇が足りないのです そのために 問題があるのです 未だに私が解決しなければ ならないこともあります プージャに来る前にです ですがスピリチュアルに 上昇すると決心すれば 必要なものは 全て得られるでしょう 神があなたに 注ぐべき恩恵の全て 彼の王国の民に なるための全て 裁かれることのない国 罰せられることもなく 試されることもない 神の愛とその栄光に 永遠に包まれる 場所にです 10年で これ程達成できるとは 10年前には 考えられませんでした 私たちはサハジャヨガと 他の偽のグルとを 比べるべきではありません 一人の預言者を作るのでさえ 千もの生を必要とするのに 多くの者が預言者になったのは 偉大なことです 自分の欠点は忘れましょう 自分が預言者であると 自覚しましょう この自覚を確かにしなさい あなたが何者になったか 自覚できれば 神の栄光を放つでしょう 花が咲く時のように ある香りが 自然に漂うでしょう でも 自覚しないということもまた 人間だけが持っている自由です 自らを偽り 演出することも 正しく自覚することもできます 預言者になってもなお 自分とは違う幻に しがみついたりします まだ恐れていて エゴ中心です それは偽りで 本当のあなたではなく 俳優が 演じているようなものです シヴァジ王のような 振る舞いを演じていると シヴァジのように なってくるのと同様に 生き方まで変わって シヴァジのようになりますが 同じ人が ヒトラーを演じていると ヒトラーになってしまいます どちらも人為ですが そうなります あなた方が 真に預言者であると 本来の自分自身であることが 難しいと分かります しかし 以前の人為が 無くなっているのです 無くなっていて 罪人は死んだのです エゴイストはもういません 恐れる人も消えて あなたは預言者なのです その人格の栄光まで 昇りなさい 預言者でないものは 神に背く者でさえ 自分を預言者だと 言うことはできますが 本当の預言者は “自分自身”を偽りたがりません あなたは 自覚さえすればなれるのです 私たちは今まで 慣れ親しんできたこの種の 心のトリックを 乗り越える必要があります 偽りは 全てはがれ落ちるべきです もちろん お伝えした通り 誘惑的で 悪魔的な力だらけの中で 10年でこれほど達成できるとは 思っていませんでした これは あなた方の達成でもあります 多くの問題や ハードルにも関わらず あなた方は上昇しました 高く高く上昇し 美しい預言者になりました あなたは大きく変わり 自覚さえ持てば とても優しい気持ちに なれるでしょう 私が上の孫と話した際に 11歳の小さい女の子ながら 自分の母親に言いました “もうおばあちゃんと話せないわ だって女神様なのよ” “恥ずかしくて 話せる訳ないでしょ” あんな歳でいうのです 彼女はいつも クラスで一番で 学校新聞の 編集員をしています 素晴らしい子です その上とても謙虚で “恥ずかしくておばあちゃんとは 話せない”というのです “女神様なのよ 話せる訳ない”と ラスタムが彼女から ヴァイブレーションが出ているといいましたが あなた方も そう成長するべきです まず 自分が預言者だと 知らなければなりません そして私が聖霊であると 知る必要があります 私はアディシャクティです 私はこの偉業のために 初めてこの姿で 地上に現れた者です これを理解するほど 良くなります 驚くほど変わるでしょう いつかオープンに言うことだと 知っていました そして明らかにされました さあ 次はあなた方が それを証明する番です キリストの弟子たちは リアライズ ソールですら ありませんでしたが どこであれ キリスト教を布教しました キリストが磔になってしまい 残されたのは たった12人という状況で 彼らは耐え抜きました 彼らは極めて 謙虚な人たちでした それにキリストと自分 そしてマザーの違いを知っていました そして自分たちと他の者たちの 違いも知っていました 清らかな キリストに啓蒙された 人生を送りました 彼らはリアライズ ソールでは なかったのに 自身を浄化し 生活を美しく保ちました なのでサハジャヨギであれば 尚のこと 次の6つの敵に 与せません まず かんしゃくです これは 慈悲を含みません かんしゃくを慈悲に 置き換えなさい 今日は 60歳の誕生日ですが 心の中で戦うべきは たった6つの敵です 第2は色情で すでにあなた方のほとんどが 倒錯への注意を正しました あなた方殆どが 前より良くなり キョロキョロしなくなりました ですが まだ エゴ中心です うぬぼれがあります まだ競争心があり 嫉妬があります まだ隠れた 物質主義があります そして新しく 家族への 執着が起こりつつあります それを 変えなければいけません 違った用途にです 神の仕事にも 同じことが使えます サハジャヨギの 6つの手として使えます まず 怒り 自分が間違ったら 自分に怒りなさい 負い目を感じなくとも 間違ったことをした自分に怒るのです 罪悪感は自分を変えないために 最も役立つものです 鍵のついた 個人的な倉庫みたいなものです 私はあなた方の罪悪感で ひどい思いを沢山してきました それは 次々と出てくるのです 罪悪感を感じたら 自分に怒る必要があります “どうして私が罪悪感なんか 感じれるだろう” “なぜしたのだろう もうそれはしない”と 他人ではなく 自分への怒りを育てなさい それに怒りは戦いのために とっておくこともできます でないと本当に 戦う必要があるときに アルジュナがしようとしたように 武器を置いてしまいます それに対して人々は “アルジュナは戦争が始まるまでは 偉大な戦士だった”というでしょう なので力を無駄に使わず 些細なことで戦争をせず 幻と戦うことはやめることです 性欲 倒錯は 自身のパートナー 妻に向けられるべきです そして貞節を守ることです 全てが貞節に集約されます 貞節な生活を送りなさい 動物的でなく 人間としてです そういったすべての意識を 貞節の力にしなさい それがあなたを守り 神とのつながりになります 強いられる貞節ではなく 理解とバランスに基づいた 貞節です 家族と 妻と 貞節な生活を送ることができます 女性にはもっと それが当てはまります 夫を悪く言うような もしくは夫に刃向うよう 吹聴するような別の男性に 耳を貸してはいけません 女性の夫を悪く言うような 男性は皆 サハジャヨガから 一掃されるべきです 婚姻は聖域です 夫婦の間に 割って入ってはいけません そんな権利は だれにもありません 問題があるなら 私に伝えてください それは 愚かさのサインです 次にうぬぼれは プライドに変えられます 自分がヨギであると プライドを持ち 本当に誇りなさい プライドで頭を上げなさい “私たちはサハジャヨギだ”と 誇りは押しつけがましくなく 栄えあるものです ですがうぬぼれは 押しつけがましいです プライドとは 自尊心の表れに他なりません 物乞いや債務 猿まねなどは全て 自己理解の不足によります うぬぼれは プライドに変わるべきで プライドとは 自尊心の表現です 自尊心とエゴは大違いです 自尊心は実物ですが エゴは偽物です 男性は男性らしくあるべきで 女々しくてはいけません 牛のように従順で 女性の思いに 縛られてばかりではいけません 社会を リードしなければならないのです インドでは女性の権利のために 戦っているのは女性ではなく 男性です 女性ではなく 男性です なぜなら男性は 女性の父でも 兄弟でもあるからです そして女性の幸福を 気にかけているからです 女性は男性と戦うと きりがないと知っているので 滅多に戦うことはありません 男性と共存すべきと 知っているので戦わないのです ですが男性同士では戦います アメリカですら 女性の解放のために戦ったのは 女性ではなく アブラハムリンカーンでした なので うぬぼれでなくプライドです サハジャヨギであることを誇り この時代に生まれたことを誇りなさい 神の仕事を することのできる時代です 神はあなたを選んだのです あなたの上昇のためにです サハジャヨガのなかで 急に気難しい 隠遁者になるものがいます 神が多くを与えたのに 許されないことです 誰かがあなたに ダイヤを与えたとします あなたは 見せびらかそうとします スピリットを与えられたら それを誇りに思うべきで 隠れるべきではありません 働かないほうがいい とか考える者もいます “外にはいかず 瞑想だけしよう” サハジャ ヨガにはそういった人の 居場所がありません “私にはできません” といいますが “できません”ということばは 皆の辞書から削除されるべきです 仮にもサハジャヨギであるなら “私にはできません” とは言えません 自尊心はあなたに サハジャ ヨギとして必要な ダイナミズムを与えます 分別のある 賢いダイナミズムです 私があなたの問題を解決する 必要はなくなります 競争と嫉妬の性質は 方向をかえて 自分自身に 向けられるべきです 過去の自分と 現在の自分の競争です 過去か現在か どちらが勝つでしょう 現在が より早くなり続けるべきです 過去をできるだけ 置いていくのです サハジャ ヨギどうしの競争は あってはなりません 何を入手したかなど 競争が見受けられます どなったり 悲鳴を上げたり 誰かにつらく当たるなど 激しく争っています 慈愛の心の競争をしましょう マイルドさ 優しさ 美しい態度 誰がより文化的で 紳士的か だれがより深遠か お手本を誰か見つけなさい あなたから見て紳士な人 レディーというに ふさわしい人を 反対に 男性のように振る舞う女性を 理想としてしまったら それも間違っています 女性のような男性もです それは理想ではありません 逆もしかりです 男性とは違う 女性の権利ばかりを 強調するような女性もです サハジャ ヨガでは 男性も女性もありません 男性だから女性だからと いうことでなく スピリットなのです あなたの姿かたち 肉体 あなたのランプや光は 違うものです 光を灯し続けるためには 女性は女性らしく 男性は男性でなければなりません 昨日お伝えしました りんごがマンゴになろうとか マンゴがりんごに なろうとしてはダメです 一番のりんごと 一番のマンゴになれば良いのです なので隠遁して 逃げようという人たちは 人間的というよりは なんと言うべきかわかりませんが 動物はそんなことしませんね 失業手当をもらいながら 怠け者になってはいけません まず できるだけ 手当をもらって欲しくありません 良いヨギではありません 皆ハードワーキングで あるべきで 学業的にも そして何より人格的に 優れているべきです よき生徒 よき料理人 良き母親 良き父親 良き役人 そういった人達に 一体どこで会えるのでしょう 私たちは皿洗いに なるわけには行きません さて 男女の競争は 止めるべきです それぞれの 居場所を持つべきです 女性は男性が 自分の両手だと知りなさい あなたが動力源だとすると 彼らは機械なので壊してはなりません 怒鳴ったり 金切り声で 彼らの自信を 失わせてはなりません 自分の立場がなくなります 彼らが聖なる仕事ができるように 励ますべきです サポートすることです 世話をしなさい 彼らは あなたの機械であり 両手であり あなたは彼らの 動力源だからです 彼らが動力源に逆らえば もちろんひどい目にあいます 子供同士や親子の争いも 我が子と人の子を比べて 張り合わないことです そこから気を逸らして 完全に共存すべきです なので競争心は 共有によって止められます どれだけ分かちあえるか 酔っ払いは 独りで飲めなくて 誰かが 一緒にいて欲しいものです 泥棒ですら徒党を組みます なのに神の恩恵を賜り どうして独り占めできるでしょう 楽しめません 一人だと喜びが欠けています お互いに 優しく親切になりましょう 神の恩恵を楽しむなら いかに多くの人と それを分かちあえるかで 競争すべきです 誰がより分け与えるか より気前がいいか 物質主義は 美に変えられます 一つの手造りの製品が とても美しく 金銭的価値を上回ります 人は金銭を求めて 昼夜お金の勘定をしていると 変になります どこか頭に異常をきたして 結局お金も失います 恩恵を数えなさい 命や 物に込められた 美を見なさい 命がいかに働くか 木を見れば そこに独特の模様が見えます 無味乾燥な 死んだものではなく それは 生気に満ちています 芸術を 鑑賞することもできます 美しいもの全てを 見ることができます 神の創造の力の反映です そうしてあなたに 幸福感を与えます モノに支配されることは 望んでいません あなた方が主人です 最後に 自分の子供への執着です または自分の妻であったり 自分の 自分のと “自分の”といっても それは“自分”ではありません 自分の家 それは“自分”ではありません “私のこれ” “私の 私の”というのは 止めるべきです “ママトヴァ”を壊しましょう それに代わり “私たち”というべきです “私たち”というのは良い言葉で 私もよく使います それでいつだったか 誰かが私に尋ねました “私たちというのは どういう意味ですか” “一体感を感じて 私たち というのは可能でしょうか” “もちろん可能です” あなたは私の体の一部なので 私たちは一つじゃないですか 心臓と指を分けたりしませんね あなたが 私の体の一部であるなら “私たち”という言葉を 使うべきです 私は集合的な存在として 皆がここに居ることに意識的です なので“私”でも“私の”でもなく “私たち”といいます 自分に話すときも 3人称を使えます 例えば “このニルマラがロンドンにいく”とか 本当にです なぜなら行くのは体であって 私そのものではないからです “アディ シャクティである私が行く” といっても どこへ行くというのでしょう どこへも行きません 私はどこにでも存在しています 私が存在しない場所は ありません どこかに行かなければ ならないなら 地獄だけでしょうが 行きたくはありません なので “今 ニルマラが発つ”という 言い方ができます “オーストラリアから出発する”と 私は明日発ちますが 何が起こるというのでしょう 私の体が移動するだけです そのように自分の体に対して 語りかけてみなさい 私の心 とか 誰々さんの心とか 自分を何々さんと言ったほうが良いでしょう 自分に“誰々さん 起きてください” と言ってみなさい 子供はそうします 三人称を使うので驚きます あらゆる場面での ユーモアを感じることができます 自分を 笑うことができます “さあ あなたこちらに来てください こんなことして” そうやって自律を マスターするでしょう どうやってこの赤ん坊を 扱うか分かってきます そうやって 成熟していくでしょう “私の子供です 私の妻です” というのは もちろん子供も妻も あなたの責任において 世話する必要がありますが 他人の子にはもっと 自分の子以上に 構ってあげなさい 自分の子供に対する 過保護は あなたにトラブルを与えます あなたの家族は 父なる神の家族であり 母なる神が 世話をしています 自分で世話ができる と思うならばやってみなさい 過保護にならないように 心配しすぎないようにしなさい 家族のことで 慌てすぎないように 社会的な態度を保ち 子供が同じように ならないようにしなさい 分かち合いを教えなさい 子供が転んだら 別の子に助けるように言いなさい 子供が遊びの中で 身体の不自由な子に 自然に別の子供たちが集まり 助けようとする そんな場面を経験させなさい 劇や物語を通して 様々なことを通じて 良いことを教えなさい 助けるという意識なく 助けなさい それは喜びであり 光栄なことです 大いに光栄なことです 考えを完全に変えなさい 我が子優先で 我が子にまず与える これは全く下品です 育ちの悪さが出ています まず他者に与え その後に自分の家族です 我が子のために 何かを確保し 食べ物を隠し持つ こういったことは全て “クパマンドゥラ”つまり “井の中の蛙”のしるしです 克服しなさい 試してみなさい 男女それぞれ グループを作ってみなさい 男性から女性にあまり 指示をだすべきではありません 良くありません おかしな事を 沢山見つけました 解りません どうして そうなってしまうのでしょう 一方で家族は もうたくさんだと感じて 夫はたくさんだと言い 家族から 離れておきながら 夫をあきらめます 彼はだめだ 結婚は失敗だと言いつつ 別の何かにくっついたりします それは 更なる破滅への道です なので どちらも良くありません 自分の夫や妻 子供の側に立ちなさい 適切な時にはです ただ あからさまに することはありません “わかった いいよ” “でも人前ではダメ” というべきです その子があなたの子だと 分からないようにすべきです ほかの子と交わって 一緒にいて分かち合う それがサハジャ ヨギです ご存じのように私は 自分の子に リアリゼーションすら与えていません 信じられますか クンダリーニの知識は とってあります いつでも教えられると 知っています 時間も 全く与えていません 分かりますか 全くです どれだけ自分の娘たちに時間を 与えたかというと ほとんどなしです 今年は 年にせいぜい3日です 今もっとも大切な 人間関係は サハジャ ヨガや サハジャ ヨギなのです 親に手紙を書くヨギを 見受けます 自分の母や 兄には書きますが サハジャ ヨギには あまり書きません 驚くことです 父には書くけれど サハジャ ヨギには書かない ヨギに書くようにしなさい ロンドンにすんでいる皆 誰か彼らに書いていますか 友達になりましたか さっぱりです 自分の問題で一杯一杯で わざわざ 愛の繋がりを 作ろうとしません サハジャ ヨガに 関心がないかのようです ロンドンの アシュラムにいましたが 何人が 彼らに手紙をしましたか ロンドンの皆に 何人書きましたか プログラムで会った彼らに あなた達の何人が手紙して 関係を持っているでしょう 手間はかからないことです 今日帰ったらすぐにでも この誕生日について 手紙するべきです どんなお祝いだったっかを 美しく 家族にではなく 自分の周りの人でない 人に書きなさい そこら中にいることを 知っているはずです 代表者に書きなさい たとえばグレゴアに またはイタリアのルースに ジェノヴァの ジェネヴィーヴにも書けます 会ったことがあるのだから 書きなさい 女性は女性に 男性は男性に書きなさい アルノーがローザンヌにいます なぜ書かないのですか 知っていますか 彼の妻は出産のために アメリカに行きました お互いのことを 知っているべきです 私は多くの人の 細かいことまで知っています こうやって自分を 愛で満たすのです 今度アメリカとか 他のところに行ったら そこに兄弟姉妹がいるのです マザーについて書きなさい 自分の考えを あなた方は私には書きますが お互いに文通しません 私には特にですが 長文の手紙は書かないでください 詩的な 優しい手紙を書くのです 花を贈るようなもので 人を喜ばせます とても良いアイデアでしょう こうして 6つの敵を克服して 自分の支配下におき 自分のために使うのです するとすばらしく変化します あなたのアシスタントになり あなたの軍隊の長になり あなたの装飾品になります 全てあなた次第です 知恵を持ってしなさい 私はこの歳になりましたが いつも同じ歳でもあります 私は常に今のように成熟しつつ 子供でもあります 若い娘であり 年老いた女性でもあります 毎年毎回同じです ただ 人間理解においては 確実に成熟しました 人間を理解することに 関しては 間違いなく上達しました 生まれた当初は アディ シャクティでありながら 人間のことが 分かりませんでした 自分で創造しておきながら 全く理解できませんでした でも今は成長して あなた方のことが分かります あなたが私の子供で 私を愛している事を知っています どれほど親密かも 知っています なぜそんなに 泣いているの “トイレに行きたいそうです” 連れて行かせなさい “私と行きたいそうです” “自分で行くべきです” 行かせなさい これなんです こういった子たちはとても頑固です 憑き物のようですね 行かせなさい ダメでしょう 行きなさい ほら じゃあ降ろして どうしたことでしょう とても頑固です これは憑き物です こんな大きな子が トイレに行かれないなんて 邪魔したいだけです もう叩きなさい 二回叩けば 憑き物がおちるでしょう 後はもうしません この場合は叩かなければいけません 強くではなく あなたがこれを受け入れないことを 分からせなさい 憑き物は叩かないと 出ていかない場合があります 子供で特に 起こりやすいようです 二回顔を叩けば 大丈夫になります 憑き物ですから 出ていきます 昨日子供について 教えたことを注意しなさい 子供をサハジャ ヨガの 資産にしなさい 負債ではなくです ちゃんとしつけて 育てなさい 彼らは質の良いしつけに ふさわしい存在です 初めはとても厳しく 罰することが必要です 善悪の判断が つくようにです 彼らが成長したときに どれほど重要な資産かわかり驚くでしょう とても良い子供もいますが 悪い子供の影響が 及んでくると よい子まで ダメになるかもしれません よい子を 褒めた方がよいです 優しい子をです 自分の若い時代を思うと 当時の夢は実現しました 私の夢は 想像を越えています 私に関しては もう達成しました あなた方はもう 私をそれほど必要としません あなたに必要な助言や 他者を啓発し どう癒すかはもう教えました あなた方は全て知っています そのアートの達人になりなさい 過去は忘れなさい あなた方は 皆が偉大な人です なので来年会うときは 私の膝の上ではなく この椅子に座って 自分で子供達に 教えているべきです 第2世代が始まるべきです 第1世代は準備ができています 第2世代が育つために 彼らの世話を しなければいけません 私は本当のあなたの お祖母さんになりたいのです 多くの孫に対して それは本当に光栄なことで 成熟であり成就です 雨がふってきましたね あなたの精霊を 満たそうとしています 私が聖霊であると 宣言したからです 皆が喜びに あふれているようです 私をここに招いて下さって ありがとうございます そして世界中のサハジャ ヨギを 思いなさい 皆です 今日はテレグラムを送るべきです 12通ぐらい できますか 全てのセンターに “マザーの60歳の誕生日は 喜びと共に祝われました”と “彼女は皆に恩恵をと伝えています” という感じで 喜ぶでしょう でも インド式では 61歳になります 生まれた日が 一回目の誕生日と数えるからです それが本当の誕生日でしたので 61歳といわれます そしてインドでも 大きなプログラムが行われます 皆さんは 特別待遇されています なので今年は皆さんも私を 特別に迎えて頂ければと思います あなた方皆が 新しい役割を担い 新しい穏和なスタイルを 男性は従順ではなく 女性に対して穏和な人となり 女性は従順に家庭的になると 美しく 穏和な笑顔が 大きな喜びを産むでしょう 私たちは喜びを産みだすためにいます 権利を主張するためではありません それは人為的な喜びです どれだけ喜びを産み出せますか どれだけの喜びを与えられますか この善き日に どうか心に喜びを 感じてください 心の奥底に 歓びの源が存在します なので内側へ 深く入って行きなさい そしてあなたの 60歳の母の歓びを感じなさい 私の中にもそれがあります 深く潜りなさい そこにあります それを楽しみ 他者に与えなさい 歓びの泉のように流しなさい 神の恩恵がありますように すべての国に私が聖霊であり この復活の特別な時のために来たのだと伝えなさい