6th Day of Navaratri, Recognize Me

Campus, Cabella Ligure (Italy)

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Navaratri Puja. Cabella (Italy), 13 October 1991

今日はナヴァラトリ プージャのために 集まりました これまでに9回 宇宙的母性が化身しました 目的があってきましたが それは帰依者 弟子達 子どもたちを守ることです それは 結びつける愛でした 愛さざるを得なかったのです 母の愛は結びつけます 彼女は愛さないわけには いかないのです 彼女はそれを表現し 働かせ 子どもたちに守りを与えます この守護が現代において もう一人の姿で現れたのです 当時悪が 正しく 善行をつみ 信心深い生活をしようとする人を 害し 破壊しようとしていました そこで 彼らを守るために 彼女が受肉したのです 彼らは何が悪で 間違っているか自覚していて 貴重な一生を善く 保とうとしていました 金銭や権力にも 興味がなく ただ女神を崇拝するために 覚醒を欲していましたが 彼らが悪に害された際に 彼女が現れる必要があったのです しかし 現代は複雑で それに伴い状況も複雑です まず社会生活 日常において 善い人に間違ったことをすることに 対する恐れが入り込んでいます 彼らは司祭や教会 寺やモスクを 恐れますが全て誤っています 彼らは神を恐れず 信じません 自分たちが神を作り 操れると思っています 態度を見ていれば 彼らが畏れ多い 神の存在を信じていないのは明らかです 自分たちに何が起こるか 全く心配していません 生まれ変わりも 復活も信じていません 近視眼的で あらゆる悪行さえ行っています さて あなたには産まれた途端 あるブランドが与えられます あなたはこれ あなたはあれと 生まれて直ぐにです つまり宗教がまず 現代人に与えられるブランドです 避けられません 何らかの宗教に 属することになります どこかに行くにしても パスポートに書かなくとも “あなたの宗教は?” と訊かれたものです インドでは無宗教だと パスポートすら取得できません まだ悪人やその弟子の 資格を持っていないからです なので正しい善良な 神の信仰者が “これを支払わないなら バチが当たる”とか “告解しないなら神の怒りを買う” などと脅され 恐れを 植え付けられるのです “我々のナンセンスが耐え難いなら 神の怒りを買うでしょう”と このようなことが人々の脳に 簡単に入り込んでいったのです 飲酒を罪としない宗教や 一夫多妻を罪としない 宗教もあり 身分制度を認める 宗教もあります 全て神に反しています そして それらがいわゆる 聖職者と呼ばれる人々によって 社会的に続けられています なのでサハジャヨガを始めるときは まずこのようなひどい条件づけがあり 新しいことを始めるのが 難しいとわかるのです ですから母がまず守るのは この条件付けからです 第二に 国の条件付けです どんな国に あなたがいようとです 近頃はどの国も 汚職やマフィアなどのあらゆる問題が 競うようにでてきています どの国でもです 突然明るみにでます 国を信用していたら “彼らはある人物を秘密裏に 援助していたんだ”と 彼らが民主的であろうとなかろうと ある名目で暴力団が関与しています いわゆる法も 騙されやすく 純粋な市民のためであって 法をまとう側の人間のためではないのです あらゆる収賄をしていながら 法の番人であり続けます 自分たちが法を作ったので 違法行為の仕方も心得ています これが現代人の 第二の恐れです 三番目は戦争です 多くの戦争が起こりました 多くの者が戦争を恐れ その反動として自分を守るための 愚かなエゴを発展させました 自衛のためのエゴにより 今や彼らは攻撃的な人々に なりつつあります この種の広義の恐れは 何処へでも向かう 可能性があります それで人種問題 差別が起こります ネオ・ナチズムが 小さなヘビのように 台頭しつつあると聞きました これも昨今の とても危険な動きです 今日 探求者は あらゆるグルにつき 本を読むなど 探求を続けています その過程で汚れた水を飲み 病気になりえます あなたは探求していて乾いていたのです 許されるべきです このように多くの問題が 身体のみならず 脳にも起こります それは微妙なことで “あのグルについたんですね”と言っても グルという言葉が出たら最後 聞く耳をもちません 彼のグルに反することは 何も言えません その人が悩みだせば 聞こうとするかもしれませんが 心からグルを手放させようとすると 彼も傷つくかもしれません とてもデリケートなことです 現代社会については 言葉にすることも憚られます フロイトのようなモラルも人格もない 人々によって現代社会の概念ができ 飲酒が崇拝されてこそいながら それによって価値感を葬ろうとしています 飲酒は前からありましたが 今日では誰もが酔っぱらいになる 可能性があります そして恥じていません その飲酒により 私達の価値観が傾き始め 人々はそれを普通だと 受け入れてしまいました これが新しい価値観です 以前なら子どもが 神の道に入ろうとしたり 善良でより高い価値を求めるなら 親はそれを喜んで支持したものです しかし昨今ではそれは反対で 親はそういったことを好みません まるで親は全てを 失ったかのような反応をして 子どもや孫を 束縛しようとします 完全に洗脳されてしまい 何も頭に残っていません 親と戦うことも 大きな問題です この恐れも大きく “お母さんやお父さんに 知られたくない”といいます 四方八方から恐れが炎のように 迫っているカリ・ユガの時代に 私達は サハジャ ヨガを始めました なので双方向から 守りを作る必要があります 母ももちろん常に あなたを守るためにいます 彼女の力は あなたを守るためです しかし驚くことに ある条件があります 以前は善は善 悪は悪で 区別がはっきりしていました なので女神に祈ると人々はそれを受け入れ 女神が現れ 働いたのです ですが現代では人々の脳のあちこちに 微小な悪が入り込みました 人々は極めて表面的です 大衆に流されがちで ファッションやら何やらを取り入れます かつて女神の帰依者は 自分が善良であることに自覚的に行動し 自らの脚でしっかりと立っていましたが 今は人格が未熟です なので現代のサハジャ ヨギは かつてとは違います かつては数十億人に一人が リアリゼーションを得て その後も 大変苦労しました その苦行により浄化され 自己を確立し続けたのです 時間を要する芸術は 注意深く制作されます 現代美術の数本の線よりも 間違いなく何千倍も価値あります 現代人は この現代美術家のようです 線を一本引いて “人の中に アイデンティティをみるべきだ”と言いますが どこにそんなものがあるというのでしょう たった一本の線です サハジャ ヨギ達は このような状況にいて 悪に囲まれていることを 自覚するべきです 私達の中にも 外にも存在しています 難しいことのように 思われるかもしれませんが 一つだけすればよく それは 私を認めるということです 確かに私はマハマヤで幻惑的かも しれませんが 同時に正直です うそ泣きはしません 正直ですが それでもマハマヤです では 私を認めるために 何をするべきでしょう それができれば あなたは守られます 浄化はサハジャ ヨガではシンプルで コレクティブになることです コレクティブでないなら あなたの何かがおかしいのです コレクティブであるなら ガンジス川で沐浴をしているようなものです ヒマラヤに行ったり 個人的にサダナ(行) をする必要はありません ただコレクティブになりなさい コレクティブになり 楽しんでいるなら あなたは清浄で 汚点がありません 完全に大丈夫です 第二の幻は 私があなたの側にいることです 直ぐ側にいる 必要がありました 近くにいて話し 関係をもち ヨガと自己について 全てを教えるためです あなたには 心身の合併症がある中で 全てを伝えなければ ならなかったのです 現実の姿で近づくのが 危険だったので マハマヤとして近づきました 私が聖なる神格であり 全ての神々が求める者 インカーネーション(神の化身) であると分かるなら すべての神々が あらゆる助け 力や満足 そして守護を与えるでしょう これは理性的な知性で 理解するにはとても難しいことで いかにアディ シャクティが 人間の身体になったのでしょう どうやって無限が 有限に現れたのでしょう 人間にはできないことです 人間には無理ですが 神には可能です 神はやはり神なのです であるなら写真などの 多くの奇跡があり それを分かるべきです 私が人々に話す際に マハマヤである私を理解せず 私に対して軽口を叩く者がいます 口答えする者さえいます 私が何か言うと 言い訳をする者がいます こういった自由はあえて 私があなたに与えたものですが アディ シャクティに話していると 理解することが非常に大切です 次にあなたの態度が とても大切です 決して表面的であっては なりません 両手をハートに当てて 感じるのが一番いいでしょう あなたの母は アディ シャクティで この宇宙を 世界を創造し あなたを守っているのです シュリ クリシュナですら パンダヴァスを守れませんでした 彼らは森へ行って苦しみましたが サハジャ ヨギは違います あなたの問題に気づくと たちまち私の注意が働きます シュリ ラーマ自身ジャングルに 行かなければなりませんでした あなたが全て与えられているのは 真理を探求したからで その真理とは私がアディシャクティの 化身であるということです この真理が あなたと一つになると 神々がそれを知っているために 恐れるものはなくなります 彼らはこの化身について よく知っています あなたの信仰を具現化するために なんでもする準備があります 写真や空などを通して 何とかしてあなたに与えたがっています 神は彼らが今日 何をするかを知っています 彼らはとても 気にかけています ステージの後ろにも 前にも 四方にいて 私の話を聞いていて 私が真理を話しているので 上機嫌です 彼らは私を認め 決して反抗しません 同じように振る舞えば あなたも今日話した あらゆる問題から守られるでしょう これをするな あれをするなとは言いません 何かを盗むなとか サハジャ ヨガで利益を得るなとか 何も言いません 飲酒や喫煙するなとも 言ったことがありません しかし自動的に 誰を前にし 誰に守られているのかが分かれば 自然とやめるでしょう 恐れはなくなるでしょう 認めれば 誰も恐れなくなるでしょう 認めるほどに 分かるほどに あなたはあらゆる意味で 精神 心理 社会経済 政治的に上昇するでしょう あなたを愛する 母としてだけでなく 守る力を持った母であると あなたが分かることはすごいことです 非常に強力です あなたがそれを知り 心に感じるのであれば 例えば私があなたに 注意したとしても “アディ シャクティ自身が私を 気にかけて注意してくれた”と思うでしょう “この時代に産まれ 彼女の偉業の 一翼を担えるのはなんて幸運だ” “どうしてだろう”と こうやって認めることだけで ナヴァラトリの全ての神々を満足させます さて 今日は ドゥルガやカリなど 全ての女神と その力を崇拝しています ラダもです カムサを殺害したのはラダで シュリ クリシュナではありません 彼はラダに頼んで 成敗してもらう必要があったのです その力には 殺傷力があります だから あなたのお母さんが アディ シャクティであると 分かるかどうかなのです 多くの人が分かっています ロンドン空港で働く紳士を 困らせようとした者がいました “気をつけた方がいい 私の母は 非常に力を持っているんだ”と言いました 次の日 その人は仕事を失い 事業を失いました 彼はその紳士のところに戻って “あなたの母親に会わせてもらいたい” と言いました ラフリの近郊の農家に サトウキビ泥棒が入りましたが 翌日犯人が戻ってきて “どんな女神を崇拝していますか?” と訊いたそうです “何故?”と訊くと “3人のいかつい男たちが 土地を見張っていて” “サトウキビを盗みに入ったら 彼らにぶたれました” “怪我はしなかったけれど” といったそうです 認めることさえすれば 背後にはこのような力が有ります 以下に力が働いたかの話が 本当にたくさんあります でもあなたが未だ疑っていたり 気持ち半分だったりすれば上手く行きません 自分の評判を 気にする必要はありません あなたはアディ シャクティである 私の子どもだということを胸に 全速力で どこにでも向かいなさい 酷いと思っていた状況は 全て良くなります フランスのケースでも よくわかります 何の心配入りません ただ私が アディ シャクティと知りなさい 神と女神の全ての力が 私の中にあり あなたを世話します でも認めないと 彼らとてあなたを認めません 今日のナヴァラトリでは あなたはドゥルガのみでなく アディ シャクティを崇拝することを 心に留めて下さい ドゥルガや全ての女神を崇拝し 敬意を払います かつて恐るべき時代に 彼女らに救われなければ あなたは道を誤り ここにはいなかったでしょうから だから我々が無力だった時に 守ってくれたことを感謝するのです 神の恩恵がありますように!