グル プージャ、重力

Nirmal Temple, Cabella Ligure (Italy)

1992-07-19 Guru Puja: Gravity, 63' Download subtitles: EN,IT,JA,PL,PT,ZH-HANS,ZH-HANTView subtitles: Add subtitles:
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グル プージャ 1992年7月19日、イタリア、カベッラ リグーレ

昨日グルの位について 尋ねていましたが 位ではなく意識状態です 位というと 外的なことを指します 誰にでも与えれます 誰にでも“これがあなたの位だ” と言えます 外的な利点で 人に位を付けることができます しかしグルにおいては 意識状態を指します その意識状態とは己を律することが できるレベルまでに進化することです もちろん まずは自分のマスターに ならないといけません 自分のマスターでもなければ その意識状態にはなり得ません それは生来のものである と言いましたが すると“生来のもの サハジャであるなら どのように習得できるのか” と考えるでしょう まず私たちが育むべき力が いくつかあります 一つ目は 思考を超えることです 瞑想において短い時間 思考を超えることができます 次第にこの短い時間が長くなり 全く思考がなくなります このようになるのも 状態と言えます ではそれを どのように習得できるかです 人は自然に起こることを 理解できません 何かしなければと考えます サハジャでは 大変簡単な方法があります “ニルヴィチャラ”のマントラです この“トワメヴァ サクシャッ ニルヴィチャラ”のマントラを唱えることで 何も考えずに目撃するようになります ただ見るだけ 目撃するだけです それ自体を見るだけで 私たちの内に その状態を作ります 最初の目撃者になる状態は とても大切です 目撃者になるや否や あなたが見ているものが 何であれ その全体像が 完全な理解を与えます 精妙な面や 粗野な面においてもです それを見て それを知ります サハジャ ヨギとしての現代の言い方だと あなたの知識になります 何かを見て記憶し 歓びを現します 知識を現します 慈愛を現します あなたが育まなければいけない 次元がたくさんあります これらの次元は 育まないといけません 例えばあなたに対処すべき 人がいるとします その者が話し続ける間 思考を超えるとします 思考を超えることで その者の思考や 攻撃による 影響はありません 違う領域にいるからです その領域において あなたの力が現れてきます その者を落ち着かせ 黙らせます あるいはあなたに この上ない愛を感じるかもしれません さて“グル”という言葉は 重力を意味します 母なる大地に 重力があるように グルである者は 重力がないといけません しかしその重みを どのように育むのでしょう ある者は わざと重々しく見せたり 自分があたかも 厳粛であるかのように見せます しかしグルの重みは 自分自身の内にあるものです グル パダの 第二の状態において 重みが現れないといけません あなたが目撃者になると 重みがそれ自身表れ始めます 短気な気質や厳粛さとして 現れません すべてが非常に 威厳ある荘重なものとして 現れるでしょう ただそれ自身で 現れるものです ですからあなたが得るその状態は 効力を発揮します 以前はそうではありませんでした 常にあれこれ言うことで 操る必要がありました しかしあなたの静寂さで 重みを現すことができます この重みは 大変磁性を持ち 磁石のように作用します ご存知のように 母なる大地には磁石があります それを重力と呼びます それによって人は引き付けられます 重力のお陰で私たちは この母なる大地に立てます すべてが母なる大地に 引き付けられます ですからあなたに 磁性を帯びた気質 人格が備わります あなたが育む この磁性を帯びた人格は すぐさまその力を現します わかりますか 今私に光が当たっています ただ光が差していますが 何も現れていません 太陽の光線が良い例です 太陽の光線が 葉に注がれると その光線がクロロフィルを作る力 として現れます 同じように あなたがその高みにいるなら その状態であるなら 何も言わずとも何もせずとも 一瞥で現すことができます それだけではなく すべてを記憶します お気づきのように 私は大抵のことを忘れません ある時旅行をしていて サンガネールの近くで 赤い石を見かけました そこでプラティスタンのために 赤石を使ってはどうかと提案しました しかし彼らは マハラシュトラ州にはないと言います サンガネールの 近くにあることを伝えると “通りましたが見ていません” “それでも私は確実に見ましたよ” と言いました そこへ行くと 山のような赤石がありました けれど以前は 誰も気づきませんでした さて 思考なしで 目撃し始めれば 知識を吸収するのに 障害がなくなります 思考がないからです 完全に吸収できます そして現すことができます このように 私たちの内に 神聖な力が働きます 自分の重みで 内なる深みに触れ 神聖な力を現すことができます 内でその深みに触れないかぎり サハジャ ヨガは “ハレ ラーマ ハレ クリシュナ” の宗派と同じです それゆえ 時折サハジャ ヨギは 急に間違った道へ 行くことがあります なぜなら 自身の深みに触れたり 自身の素晴らしさや 栄光を感じたり 神聖な力を現す重みを 使うことができないからです 例えば 多少しか動かない 修理されていない 車があれば 実用的に使えません 生きる上で実際に使えるものは 神聖な力です 非常に軽いものです この神聖な力には 重みを感じません この神聖な力に 圧迫感はありません しかしあなたが 浄化されていないなら 経路が浄化されていないなら この神聖な力は適切に流れ 現れることはできません 自分は全能なる神の 道具であるというなら 例えばこのマイクは 電源と繋がっています この道具が作用していなければ その役割は現れません 私たちはこのような 普通の道具より 最も複雑で 最先端の科学を 遥かに超えています 私たち自身が完全な真実の科学 である状態に達しているからです さてグルにおいて 必要なのは自尊心です 皆さん気づいていない とても大切な点です 自尊心を持つには 内省をし “自分は以前とは違う リアライズ ソウルで” “力を持っている” と分からないといけません もちろん力を持っています 愛の力 慈愛の力 把握する力 創造する力 人にリアリゼーションを 与える力です 以前は誰も 持っていませんでしたが サハジャ ヨガにおいても なぜか私たちは自覚していません エゴが大きくなるので 自意識過剰になるべきではありませんが 自尊心を持つべきです 自分たちはグルで 平凡な者でも 浮浪者でもなく 特別な者 真実に立つ者であって 道を失っている者や 正気を失っている者を 救済しないといけないのです 今日世界は 最も混沌としています そのような時こそあなたは内で ある種の静寂を感じるでしょう 危機に直面しても あなたはすぐさま静寂になるでしょう これも今お話ししている状態なのです あなたを動揺させ 落胆させることがあれば 静寂であるその地点に その軸に行くようにしなさい この静寂が あなたを真に力強くします この静寂はあなただけのもの ではないからです 静寂にいるとき あなたは宇宙の静寂の中にいます その宇宙の静寂が あなたに作用します 宇宙の力と言えるでしょうが それ以上で神聖な力です あなたはその力と繋がっています すべての宇宙に作用する神聖な力とです 自身の内に静寂があれば あなたは神の王国にいると 理解しなさい 王になる素晴らしい名誉を 授けられたら あなたは 自分の王座に座り 周りを見渡し 静寂の状態を感じるでしょう この静寂はあなたが確実に 神聖と繋がったという証です 神聖がすべて世話をしてくれるので あなたは静寂なのです 何もする必要はありません 静寂でいるだけです 無理矢理のものではなく それは状態なのです 混乱や問題が生じたとき あなたのアテンションは すぐさまその静寂に飛び込むでしょう 一度その静寂に飛び込むと あなたはすべてを 包括的な力と繋がります 人は未だ包括的な力について それが何か理解していません この包括的な力は愛です 周りに浮かぶ何かの エネルギーのようなものでしょうか あるいは川のような エーテルのようなものでしょうか それは 完全な現実全体です それがこの包括的な力です それ以外は現実ではありません そして現実は大変有能です 大変有能なので このマイクのような不都合は起きません 大変すばらしいものです それは絡み合ったもので いかにコントロールしているか 作用しているか 人間の理解では 想像できないほどです 例えば木を見ると バラの木にはバラしか咲きません 林檎は生りません ある高さまで育ちますが ココナッツの木のようには育ちません 自然界の特質は すべて維持され 滋養され 世話され 完全にそのタイミングや時季が コントロールされています それ故ルタンバラ プラッギャ とサンスクリット語で言われ ルタとは 季節のことです ルタンバラ プラッギャは 季節や啓蒙された知識を 世話するものという意味です しかし人間にはどう作用するか 理解できないほど大変複雑です あなたが認識した すべての奇跡 あなたが気づいていない 多くの奇跡 それらは考え 理解し 協力し調和させ あなたを愛し 世話する この力の戯れに過ぎません あなたの意のまままです どこにいても 繋がっています まるで護衛がついているようです 彼らは周りにいます 私にだけでなく あなたにもです あなたはすでに 契約されていて 彼らはあなたこそ 世話すべき者だと知っています 他の者の世話はしません あなたたち以外の者のためには 何もしません なので自尊心を持つべきです あなた方はサハジャ ヨギです つまりあなた方は特別な者で あなたが何をしていようと どこにいようと この神聖な力は あなたと繋がっています トランシーバーのようだと 言えるでしょう でも話しかけることも 何か言うことも 命じることも 頼むこともありません あなたの意のままです あなたはすでに 天の国の一員だからです 全てのプロトコルは あなたのものです あなたを侮辱する者や困らせる者は その行為に対して償わなければいけません ですから心配したり 平凡な次元で悩むことはありません むしろ許すほうがいいです そのようなふるまいをする者に 何が起こるか分かりません 慈愛だけではありません 激怒します あなた方は特別な者です ただ自尊心を持たないといけません そして自分のバランスを 保つようにしなさい 一度バランスが保てると グルの仕事は 他の者にバランスを与えることです すべてにバランスを与えます 自然 気候 雰囲気 社会 人間にバランスを与えます そのバランスはあなたにバランスを与える グルの原理から来ます 内にグルの原理があれば バランスを自動的に保てます 自動的にバランスのとれた 人格になれます 誰かに“バランスを持ちなさい” と言われずとも持てます ではそのバランスを どう育むのでしょう 昔は過酷な方法を使っていました あまり食べず 飢え ヒマラヤへ行き 逆立ちなどをしました 全くバランスがありません 禁欲的になれば 近寄り難い冷淡な者になります 完全に燃えた状態です 禁欲的な考えは どこから来たか分かりません スピリットにもっと注意を払って もらいたかったからかもしれませんが グルは性質上 禁欲的ではありません あまりに執着がないので 禁欲的なのです 王や乞食 お偉方や平凡な者でもありえます グルであるなら どの状態においても その者は完全にバランスを保ちます 何からも 動揺させられません 仮に 王冠を授かっても どうということはありません それがボール紙でできていようが 銀や金やダイヤモンドでできていようが その者を感心させることも バランスを失わせることもできません 例えば食べ物です 食べ物は一つの弱点だと思います グルは沢山食べるかもしれませんし 全く食べないかもしれません 何かを食べたかったり 食べたくなかったりしても グルはそれに 支配されることはありません なのでバランスを 保つことができます 食べ物や権力 富 お金に 支配されないのことがグルの証です 何にも支配されません あなたは超越しています 一度あなたがこれらを 超越していると分かれば あなたに怖いものはありません もはや怖いものがなくなります 恐怖心はありません 全くありません あなたのバランスを 失わせるものは何もありません あなたを支配するものも ありません あなたを 弱くするものはありません 依存させるものもありません 誘惑するものもありません 誘惑するものは もはや存在しません 誘惑もない 欲もないその状態に達したとき 問題はなくなります 何もあなたを 引きずり下ろすものはありません あなたが普通のトゥルシの ガーランドをしていたとしても 真珠やダイヤモンドを 着けていたとしても 全く影響されません だからといって 何からも逃げ出しません 逃げ出すのであれば あなたは不自然に禁欲的になります 禁欲という性質は もともと自身の中にあります ですから何の障害もありません 何も問題にはなりません その状態にいると 分からないといけませんが ヨギの中には“私はグルではない と思います”と言う者がいます “なぜですか” “その資質はあるかもしれませんが それでも食欲に支配されます” あなたは逆のことをしています 私が言ったことを負担に思い 自分を非難してはいけません 自分の良さに気づきいて 徐々に上昇するだけです 徐々に上昇し 自身で得た高みに落ち着きます それをしないで自信をもたず 落胆し 非難するなら “マザーは私たちが こうでないといけないと言っている”と 常に自分を非難するなら 助けになりません あなたは自信を持つべき者です 自分に確信を持つべきです 非難することも全くありません マザーがそう言ったと 言い続ける者がいますが 場合によっては言ったかもしれませんし 言わなかったかもしれません その時言ったにせよ あなたはどうなのですか “マザーがそう言った”と言うことで 人を困らせます 毎日食べるべきではないと 言ったでしょうか 決して言ってません そのような愚かなことを 言う者がいます 私が言ったとしても支障はありません あなたがどう受け取るかです ですから自分の経験に沿って 何が良いか役立たせます 信じ難いことでしょうが 私は人間として役に立ちません 私にとって難しいことです 現に父から 人間はどのようなもので どう見せるべきかを 沢山教わりました 私が人間のようにふるまうのは 大変なことでした まずなぜそのように反応するのか どう対処すべきか分かりませんでした かなり難しいことです ウイリアム ブレイクでさえ 同じように大変でした しかしあなた方が その状態に達するなら ただ自分自身を楽しむだけです あなた方は私より楽しめます あなた方は すでに人間であり 人間について 理解しているからです それでいて自らの 上昇を見ることができるのです あなた方にとって 楽しむことは容易なはずです 私は誘惑を知りません あなた方が持つ 性質を知りません なのでそこから 来るものに対して どう考えてよいか分かりません 初めから 問題も誘惑も全くなければ すごいというわけではありません あなた方は人間的なものから 高次のものに上昇したので称賛に価します 私やキリストやシュリ クリシュナが 楽しめるより遥かに楽しめます 上昇した者 成長した者は 自身の徳と資質と 偉大さを感じ 自分自身を楽しめるからです あなたは “私はここにいます” “私を害するものはありません” と言うでしょう その者にとってこの変化への 適切な理解が起こってきます そしてあなたが持つ 能力や知識や 深みや重みを持たない者を 理解できます あなたが人間であって 今は神聖だからです 人間であったので 他の者を理解できます グルはここでは 大変違う状況のようです 私は“お母さん”であるのに・・・ 私が見てきたグルといえば 大変残忍な者たちでした なぜ叩いたり 鞭打ったり 井戸に吊るせるのか分かりませんでした なぜそうできるのか 理解できませんでしたが 彼らは人間のレベルから 苦痛をへて立ち上がった者たちです なので“人が容易に得るべきではない 同じように苦しむべきだ”と考えます しかしあなた方は このような問題もなく得ました このようなグルとは違います サハジャに得ました 大変簡単に何もせず サハジャに得ました 全くサハジャです 何もせずにです ですからグルとしての あなたの役割は 進化した魂になるために苦しんだ これらのグルとは違います さてあなたの態度は もっと慈悲深いもの 理解あるもの 愛に満ちたものでないといけません あなたがサハジャに得たように 他の者もあなたから得ることができます 何かひどい仕打ちことをしたり 怒鳴ることもありません 悲しいことですが ある者が言いました “あるヨギにひどいことを言われたので サハジャ ヨガを去るしかなかった” サハジャ ヨギは決して誰にも ひどいことを言うべきではありません あなたは何も言われることなく 無料でリアリゼーションを得ました 何もせずにです リアリゼーションを得たい者には 同じようにしないといけません 禁欲的な修行を通して 得たわけではありません なのでこの態度は 変わるべきです このような態度をとるなら あなたはグルになれても サハジャではありません サハジャのグルとサハジャではない グルの違いを理解するようにしなさい 彼らは大変短気です サハジャのグルは短気である 必要は全くありません すべてが美しく 皆このすばらしい雰囲気を 楽しんでいます そこには愛 慈愛 互いへの敬意があります 競争も政治もありません あなたが全てサハジャに得て 同じように他者にも与え 互いに敬意を感じないといけない と理解するだけです ですから私たちは サハジャに則っています 皆さんにはすべての力があり グルであり 多くを習得し 多くのことができます それなら サハジャでないといけません サハジャに得たなら 残忍で短気な 厳しいグルにはなれません しかしサハジャ ヨガの中でも 軍隊の ようなことをしようとする者を見受けます 軍隊的な治療です それはありえません 鍛錬は必要ありません 自らで治めるようになります 皆さんグルです グルに鍛錬を与えることはできません 皆さんサハジャなのです あなた方のやり方は 全く違うはずです これらのグル達は リアリゼーションも与えれませんでした 正直にお話ししています クンダリーニを自分の手で 上げられるとは知りませんでした 歴史上数人の者だけが リアリゼーションを与えることができました でもあなた方は来る人に 容易にクンダリーニを上げています 今も“さあこの人を見て! こうです”と あなた方は 科学の限界を超えています あなた自身神聖の科学となり それについての全てを知っています “私はここが あなたは このチャクラがキャッチしてる” そして他者とどうのように 接するかがグル パダです 親切で優しく 気遣いをもつことです それはお母さんが あなたに与えたものです 気遣いを持つことです それぞれの人への 気遣いです 気遣いを持たなければいけません 別のグルは“死になさい 自殺しなさい 草を食べなさい”と命じます あなた方は そうではありません あなたは お母さんのようなグル 優しいグル 非常に優しく親切で 理解力があり 許すことができるグル にならないといけません その目的は何でしょう 目的はサハジャ ヨガを 広めることです それが分かっていません 私たちのリアリゼーションの目的は 人にリアリゼーションを与えることです サハジャヨガを広め 人を 全世界を解放することです 私たちの責任です その責任があなた方にあれば どう振る舞えばよいか分かります 聖職は要りません あの者がこう言ったから こうなったと言うことはありません その者に 言うべきことを言いなさい するとその者に その者の反応や態度に あなたの人格が反映していると 分かるでしょう 私たちは少しずつ このようなことを学んでいます このようなひどい支配的な者も サハジャ ヨガからいなくなっています 人々は非常に愛深く 互いに他者にも親切になっています あなたが善の 徳の体現で 忍耐 慈悲 愛と気遣い の体現だからです あなたがどうするかではなく あなたはもうすでにそうなのです ただ諦めてはいけません “ただそのものを見て 目撃するだけです” 誰でもできることではありませんが あなた方はそれができます ですからまず自尊心を持ち その力を自覚することです 自身の力を自覚しなさい グルであるなら 自覚しなさい 自分にはその力があると まだ分かっていません “その力があるのかないのか” と考えます つまりまだ初心者なのです “そんなことはない 私はグルです” 私たちは“マザー 私は私自身の グルです”と言いますが 口先だけです あなたは自身のグルであるだけでなく 全世界のグルなのです そしてコレクティブなグルです 何も恐れるものはありません 大変力強いです これを理解できるなら 私たちは自分の力を 受け入れないといけません ここではある者を選び 服を着せ ローマ法王と呼びます 法王かもしれませんが 実際は違います そのように演じたとしても 内側はそうではありません 彼は100回誤ちを犯せます 私たちはそうではありません 内にすべて備えています 内にあります それを持つ者であって ただそれを自覚するだけです 一度自覚すれば すべてのバダが逃げていくでしょう 驚くでしょう 聖人である者 自分がグルであると 分かっている者に耐えられません 逃げ出します しかし 自分の自尊心が完全に正しいと見れる 内省が必要です 自分がグルだと 思うことではありません 私は別の 本当のグルを知っています でもあなたを 彼らのとこには行かせません 身一つで生きて帰れるか 分からないからです 自分たちが本当のグルであると 伝えましたが 彼らに近づいてはいけません 彼らに欠けているものは慈愛 このサハジャのスタイルです 彼らは自分たちが懸命に頑張ったので 皆も頑張るべきだと考えます あなたが何者であっても 仕事が何でも 学識があろうとなかろうと 関係ありません 裕福でも貧乏でも 全く関係ありません 自分はグルであり その力を自覚すれば良いのです 自覚することは 他の才能と同じで 音楽家なら 音楽が分かりますし 料理人なら どう料理するか分かります 管理者なら 管理について知っています しかしそれですら 完全ではありません でもあなたはすでに 完全に現実全体なのです 現実があなたの意のままです 自覚しないといけません あなたは凡人では全くありません 俗に言う類いまれな者であると 言えるでしょう あなたはナンセンスなこと 全てなくせます 他の者が見れば この者たちはどんな者なのか どんな人生を歩み どんなにすばらしい人たちか 何て優しいのかと驚くでしょう そしてその知識は大変精妙で 素晴らしく高みにあります だからといって エゴが膨らむわけでもありません “チャクラなら全部知っている” と偉そうに言うヨギはいません 上向きの口髭を生やしてです しかしあなたはこの知識で 木に実が生ると垂れるように あなたは頭を垂れます その謙虚さ その素朴さが どんな心にも入り込める 特別な強みを与えます 故にあなたは 真実の使徒となります ウィリアル ブレイクのような 預言者になれます 様々なものを現わせるようになります 信じられないほどです でも信じなさい あなたは全能なる神である この偉大な力と一つなのです キリストの無原罪懐胎についての 長い論議がありますが そのような愚かな者は 見たことがありません 彼は神です 全能なる神です 人間ではありません 何でもできます どうして彼を批判できるでしょう 彼の力や働きについて 批判できるでしょうか 神について論じるのに 神の脳を持ち合わせていますか まるで私が銀行業務について 論じるのと同じです 一言二言で分からなくなります 同じように 人が神について論じる上で 神やその関係について どのように息子を授かったかなどを 論じる能力はないのだと 分からないといけません 自分を何者だと 思っているのでしょう あなたはその謙虚さの中で 気づくべきです 全能なる神を 彼は全能であると 神は何でもできると すると盲目的ではない 信心深さがでてきます 神は全能であって 自分はその神の メッセンジャーになったという気持ちで 信心深さを持つことで あなたはすべての力と 勇気 そして 彼の慈愛 愛 彼のアテンション 彼の理解を与えられます あなたはこの信心深さを 持たないといけません ある時グルに会いに行きました 彼はひどい者でした 多くの者を叩き 丘から投げ落とすなど 様々なことをしていました でも私には 物凄い敬意をもっていました 彼は私と女神と話すかのように 話し始めました “この世俗的な人間をどう思うか” と聞いてきました 私は“まあ仕方ないでしょう 私が創ったのですから” 彼は“それでも神なら貴方の力で 少し変えてみてはどうですか”と言いました 私は“そこが問題です 彼らに自由意志を与えました” “自由意志でその者が 変わりたいかどうか選べます” “強制できません” 彼は“でも貴方は全能なる神です 何でもできます” 私は“何でもできますが あることはしたくありません” “その一つに彼らから 自由意志を奪ることです” “選ぶのは彼らの自由です 彼らに与えられたものです” “究極的な自由を持つべきであるなら せめてこの小さな自由意志は持つべきです” これについて 私と話し続けましたが 彼は“貴方は全能なる神なので 何か他の方法があるはずです” “ひどい人たちを どうすればいいのか” 私は“あなたはグルなので 気遣うのは分かりますが” “私を全能なる神だとするなら 私のやり方は違います” “あなたのようにはなれません” すると彼は“確かにそうです 貴方は私のようにはなれません”と このように彼は目の前に 神がいるかのように話しました そして弟子たちに言います “主を称えなさい” “神は称賛を好むので 彼女を称えなさい” 私は“そうですか”と “はい” “主を称えると何でも与えてくれます 私は知っています 私は常に神を称えます” “何かを望むとき神を称えます すると叶います” そこで私は “確かにその通りです”と 神はバクティ ガンミャだからです あなたに心からのバクティがない限り マザーに至ることはできません すべて組み込まれています バクティがなければ マザーに至ることはできません 神に至ることはできません バクティがあれば マザーに至ることができます バクティ ガンミャ と言われています 誰かに“クンダリーニを上げろ” と言われてもできません それどころか7回生まれ変わっても リアリゼーションを得られないでしょう しかし“マザーどうか授けてください” と言えば一度で得られます 謙虚さだけでなく バクティです バクティは信心深さが あるときのみ得られます しかし現代では信心深さは 愚かな者や知識人 作り話をするようなひどい者や カトリック教会や様々な教会によって 挑戦されています ですから神に対する信心深さは 揺らぎないものでないといけません 何にも揺らがないことが大切です 奇跡を見てきたはずです 彼の力がどう作用しているかも 見てきています にも拘わらず 神への信仰が欠けています 神に完全な信仰を持つ者を 神自身である パラマチャイタンニャと呼びます グルはブランマチャイタンニャ 自身である者と呼ばれています なので神への信仰が 完全に確立すると “全能なる神がいる 彼は全能である” “そして私は神の メッセンジャーである”といった 理解が内で完全に強くなると あなたはグル パダにいます あなた方がこの グル パダの状態に留まり その状態を 得ることができるよう祝福します そしてあなたがどこにいようと 地位が何であろうと あなたが何をしていようと あなたの内に全能なる神への 真の信心深さがそれ自体表れます それだけでなくそれが現れて 神のように作用します 様々なことをお話しできます 前にも沢山のことを話しました 後にもお話しできますが 今日は一つだけ 覚えておかないといけません 私たちは神の王国に 全能なる神の力に そして自分自身に完全な信仰を 持たないといけないということです 神の祝福がありますように