Shri Krishna Puja

(Italy)


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Shri Krishna puja. Cabella Ligure (Italy), 20 August 2000.

今日 私たちの中に内在する シュリ クリシュナを 崇拝するために集まりました ご存知のように サハジャ ヨガに来る前 皆さん 真実を探求していました 様々な所に行くことで 読むことで探そうとしました 中には自分を 見失う者もいました しかし何を探していたか 分からなかったでしょう あなたが探していたものは 自己を知ることでした すべての宗教が “汝 自身を知れ”と言っています このことについては どの宗教も言っています 自己を知らずして 神を知ることはできないからです スピリチュアリティを 知ることはできません 最初の段階は 自分を知ることですが それにあたって人は あなたを騙そうとしました 間違ったことを教え お金を奪い 騙しました 様々なことを経て サハジャ ヨガにたどり着き リアリゼーションを得ました リアリゼーションの目的は 何でしょう 神を知ることです 女神を知ることです これがリアリゼーションの目的です リアリゼーションの後 あなたに何が起こるべきでしょう 多くが麻薬などナンセンスなことに 無関心になりました 無益な本を読むことにも もはや関心がありません お酒を飲むことにも 関心がありません しかしそれだけでは 十分ではありません いずれにせよ そうなったでしょう なぜ神は自己を 知ってほしいのでしょう あなたの中に 彼の反映を見たいからです 反映を見たいので あなたを創りました 女神も同じです 彼女はあなたに リアリゼーションを与えました あなたの中に 彼女の反映を見たいからです ですから より純粋で 美しく 愛深く 慈悲深く 何より叡智が反映されるように ならないといけません 叡智を持つことを理解できる 地点まで到達しないといけません 叡智が欠けているなら あなたは自覚を得た者ではありません シュリ クリシュナの 域において 彼はあなたが ヴィラータの ヴィラタンガナの一部に なることを望んでいます ヴィラータの 一部になるべきであって リアライズ ソールだからといって 完全に大丈夫で 何もしなくて良いと 思ってはいけません そこから何をするかが 大切です リアリゼーションの後 シュリ クリシュナのような 神々の人生から あなたの中にあるべき反映を 見なければいけません シュリ クリシュナは 大変困難な境遇で生まれました そしてヤシュダによって出身地へと 連れ出されました そこで彼の戯れが 始まりました あなたも人生において 遊び心を持ち 楽しさや歓びを 創り出さないといけません 聖人のようにヒマラヤで 座禅をしなさいとは言っていません 子どもたちと戯れ 話し 遊び 楽しみなさいと言っています 彼は同時に 彼に挑む ネガティブな力を全て滅ぼしました 子どもでありながら 大変成熟しており プトゥナや2人の恐ろしい ラクシャサも殺しました 同じ頃 彼は ゴピスと戯れたり からかったり 困らせたり 茶化したりしていました なぜでしょう 彼らに遊び心を 持ってもらいたかったからです それに対して 様々な祝賀がありました ある豪雨の日 彼は指先で山全体を持ち上げました 人々は不可能に思いました 奇跡です 山を指先で掲げ 立っていました 気取らない様子で 彼と遊んでいた男の子達を 守るために持ち上げました また彼は大蛇カリナを 水中で殺しました この恐ろしい蛇は水中で 人を殺す毒液を作っていました 彼はあっという間に ヤムナ川の物凄い水流に飛び込み カリナを打ち負かし 殺すことで人々を救いました しかしこの大蛇の妻は 彼に夫を許すよう懇願しました 彼は許しました 6-7才の子どもが このような偉業を 自分がしていると思うことなく 成し遂げました そのことを考えもせずにと 言ってもいいでしょう シュリ クリシュナであると 悟っていたのでできました ですからあなたは自覚を得た者 であると意識すべきです 普通に振る舞うような 凡庸な人間ではありません あなたは特別な人です 全能なる神の本質を 反映するために創られました 誰もあなたにカリアを殺すよう 期待していませんが あなたは絶えず 守られている状況です 誰もあなたを 傷つけられません 殺せません あなたはサハジャ ヨギです 面倒を見てもらっています では物事を決めるにあたって サハジャ ヨギはどうあるべきか 理解する必要があります 自然な判断であるべきです 計算たり 下見したり 検討することはありません シュリ クリシュナが川に飛び込んだように 即座に自然な判断を下します 同じように全てにおいて 自然な判断をすべきです 例えば 絨毯を買うとします 店に行き どれを買うべきか すぐ分からないといけません 人生のどの瞬間も 自然な判断をすべきです 即座にです しかし私が見る限り そうではないようです 店を次々の渡り歩き リストを作って測定したり 帰宅すると 明日決めようと言います サハジャ ヨギの 振る舞いではありません サハジャ ヨギは全て その場で自然に判断します そうあるべきです 例えば誰かが 溺れそうだとします 最初の衝動は その者を救おうとします どう助けますか 水に飛び込みます 守られているからです あなたに悪いことは起こりません ですからただ飛び込み 人を救います これがとるべき 最小限の姿勢です 自然な判断が あなたの気質です 悩んで決断し 決断にあたっても 会議を開いたりすることはありません 日常においても そうあるべきです 政治面 経済面 全ての生活面においても 自然でないといけません いかに自然な判断が できるでしょう あなたにどのような 素質があるでしょう 何を使って決断しますか あなたには ヴァイブレーションがあります 感じられます ヴァイブレーションとは 何かも知っています あなたに何を教えているか 知っています あなたに語っています ですからヴァイブレーションで 何をすべきか瞬時に分かるはずです “カベラは物凄いヴァイブレーションです” と言う者がいます 事実です どれくらいの人が そう感じるでしょう あなたの感受性は まだ発達していません 自分のヴァイブレーションに対して 敏感でないといけません 誰を見ても 隣に座る者が誰であれ 誰と握手をしようと その者のヴァイブレーションが 分からないといけません このような感受性を発達させるなら 自然な判断ができます 私にはそれができます カベラの城を 5分で買いました 近くまで行くと 車が大型で 行けませんでした “私の車で行きましょう” と市長に言われました 到着すると 確かに荒廃していました 周りの足場も悪く 幽霊が出そうな場所でした 一緒にいた皆が “ひどい場所です これは買えません”と言いました そこで私は市長に言いました “買います 今です” 彼は驚いていました どうやって購入できるか 尋ねると “イタリアでは簡単で 値段の1/3を払えば自分のものです” “気に入らなければ断れますが 返金はできません” “競争相手がいれば 倍額を支払います” “お得ですね 買います” と言いました 皆がこの出来事に 驚いていました 決めては ヴァイブレーションです その場のヴァイブレーションです 7つの城を彼らに 案内されましたが 中に入らずに断りました 入りもしなかったので 驚いていました “以前は何だったのですか” “女子修道院でした” このような自然な判断が できるようになるべきです できるようになれば 短い時間で素晴らしいものを 得られることに驚くでしょう だからといって 粗雑にするのではなく まずヴァイブレーションの 敏感さを持つべきです 敏感になるならサハジャ ヨガ において成熟しています 成熟しないといけません リアリゼーションを得たので これができると思うのではありません まず敏感さを 持たないといけません どのぐらい敏感か どう分かるでしょう 自然な判断で結果が 芳しくなかったとします 自然な判断で 決断しながら 失敗し 間違っていたとします 経済的 政治的 あらゆる面で 苦しむことになるとします そこであなたの価値観が 評価されます どれほど サハジャ ヨガで深まったか リアリゼーションを どれほどものにしたか このように 自分を試すことができます でも失敗を恐れてはいけませんし 成功に舞い上がることもありません あなたが 自覚を得た者だからです もちろん敏感なら すぐさま分かります 私と同じようにとは言いませんが やってみるべきです ある者を称賛する人がいます “すばらしい人です 是非会って下さい”と言われました その者の写真を 見せてもらうと “残念ですが会いたくありません” と言いました 彼らには理解できません “どんなに偉く 将来大臣になろうと 会いたくありません” すると翌日の新聞に 悪人であるという記事が載りました あなたは自然に決めたことに 対する経験や 理解と 向き合わないといけませんが それでも自然な判断を するよう言います どうやったらよいかなどは 考えてはいけません 何が正しくて間違っているかを 知っていると思い込むことは 自然な判断に 影響を及ぼします (私が建てた家を 何人の者が見たか分かりませんが) シュリ クリシュナのもう一つの側面は 創造性の豊かさです 幼少時代 いたずらのような 様々なことをしました 大人になると ドワリカの王になりました そして王様のような 装いをしていました 何であれ王でした 子どもの頃は小さい孔雀の羽根を 一つ着けていたものです しかし王になると王の装いで 王座に座り 人々と話しました 偉大さを持ち 創造性は大変豊かでした 彼はドワリカに金でできた 大変美しい宮殿を建てました 信じられますか 彼が建てましたが 水面下に沈みました 西洋諸国に洗脳されたインドの知識人は それは不可能だと言いました 水中には何もなく 宮殿は建てられなかったと 作り話で神話だと しかし ある者は それを信じ 水中に宮殿を見つけました 全てではありませんが 金が少し残っていました 彼の建てた巨大な宮殿に 驚いていました 水中に沈みながらもありました このように化身たちは 大変創造性豊かでした あなたが創造的でなければ リアリゼーションは何の役に立つでしょう 簡単で 最もすばらしい 創造的なことは 他の者を サハジャ ヨギにすることです 最も簡単で歓びを与えることは 他の者をサハジャ ヨギにし 彼らが長年求めていた 神聖の恩恵を得ることです あなたは素晴らしい 癒しや恩恵を与えます あなたはリアリゼーションを 簡単に得ました 瞬時のニルヴァナといいます サハジャ ヨガの 瞬時のニルヴァナです 人は簡単に瞬時に得られるものの 価値を理解できません インド人は“独立で 簡単に自由を得た”と言います そのため貴重に思いません ただで特別な努力なしに得ると それを尊重しません 理解しません 当然のように思いますが リアリゼーションを得るための 人の苦難を知っていますか ヒマラヤに行き一本の脚で 何ヶ月も立ったり 逆さ立ちしました それでも得られませんでした 28年間 こもった者もいます なぜそのようにするのでしょう 人や悪い環境から離れれば リアリゼーションを得られると 考えたのでしょうが 得ることはありませんでした 簡単に得られるものでも 大変貴重なもので 素晴らしいものだと 理解すべきです リアリゼーションを得るのは 容易なことではありませんでした 自覚を得た者について 読んだことがあるでしょう 彼らはそれをどう得たかも クンダリーニのことも知りません でもグルや 苦行を通して得ました 仏陀はリアリゼーションを得るまで どれほど苦労したでしょう いかに得たか 考えてみてください 彼の人生を見れば ぞっとするでしょう 最期は飢えと貧困で 亡くなりました しかしあなたには そのようなことはありません 何の困難もなく得ました 大変優しい方法です お金も努力もなしにです だからといって尊重しなくていい ということではありません それは種が母なる大地に植えられ 自然に発芽し 木へと育つようです 胚芽に生命が宿ります しかし水を与えなければいけませんし 世話する者がいないといけません この場合 あなたが 世話をしないといけません まず慈悲と愛の栄養を与えます 慈悲と愛を持っていますか 人を愛していますか 今日子どもが嫌いだという者がいて ショックを受けました “他人の子は好きですが 自分の子が嫌いです” なぜ我が子が嫌いだなどと 言えるのでしょう まずあなた方は “好きです 嫌いです”と 決して言うべきではありません 反マントラです “私はこれが好きです” と言うあなたは誰ですか “この絨毯が嫌い 銀のものが嫌い” あなたはそれを創れますか この決めつけは自然な判断だと 思いがちですが違います そのように言う権利があるという発想は コンディショニングから来ます あなたは何ですか スピリットなら 決して言わないでしょう 人を傷つけるかもしれません 傷つけるような言葉は使いません 危害を加えません スピリットなら愛深さ 慈悲深さ 穏やかさ を与えることを言うでしょう 他者に歓びを発するでしょう スピリットは他者に歓びを 与える力があります あなたが不機嫌なら 自覚を得た者ではありません あなたは歓び 愛 慈悲を 与えることができるはずです そしてそれは 全く自然に起こるものです マハラシュトラでの 聖人の話しがあります 人は“カヴァドゥ”と呼ばれる水亀で 水を運んでいました グジャラートからシュリ クリシュナの 寺院まで遥々運びます シュリ クリシュナに帰依する すばらしい行為だとみなされていました その聖人も“カヴァドゥ”と呼ばれる 水亀で水を運んでいました マハラシュトラの村から 遥々運んでいて 寺院のある麓にさしかかると 喉が渇いて死にそうな ロバを見かけました すると彼はそのロバに 水を与えました “神格に捧げるため 何マイルも幾日もかけて運んだ水を” “このロバにあげるのか” と皆は言いました 彼は言いました “神が水を飲む為に降りて来られた ことが分からないのですか” 彼の態度を見てください 自覚を得た者にとって 慈悲はこのようでないといけません 大変寛容です あなたが寛容でなく狭量で 常にお金や貯金のことを心配するなら 成熟したサハジャ ヨギとは 言えません それにそのようなお金は 幸福を与えません 欲深さは スピリットに反しています スピリットは非常に寛容です 決して何かを倹約したり 人を騙したり 盗んだりしようとしません 論外です その者に欲が 全くないからです 欲が全くないので リアライズ ソールは欲深くないのです 大変寛容です 大変寛容な者を 他者の問題に理解力がある者を 多く見てきました 自分の問題事に悩む者は サハジャ ヨギではありません 他者の問題を 解決する為にいるのであって 自分の問題解決やそれを 話題にする為ではありません 現代の“これが私の問題です” という言葉は 以前は幾何学でしか 使われていませんでした 人は“問題はない” とか言いますが それが問題なのです あなたの問題を 他者に振るべきではありません 何も要求しないことです “私のためにこれをして あれをして” 人が相手を利用しようと するのには驚きます 外国に行くのが好きで “あなたの国に言ってみたい” と連絡する者がいます 寛大なサハジャ ヨギは “来てください”と言うでしょう 問題は要求している方です 何も要求すべきではありません あなたは完全だからです 満足してるだけでなく 完全です 人が何をあなたに 与えるられるというのでしょう あなたが完全であるとき 全ての欲求が消えます 来るとき 多くの星が見えました でも月が出るや否や 星は全て消えました 同じように あなたが完全なら 人から何かしてもらおうと 期待しません 反対に他の為に何ができるか 見つけようとします 他者の問題を 自分のことのように考えます 真剣に考えます あなたの成長につながります あなた方全員に起こるべきです リアリゼーションを 得ているからです 自分の為でなく 他者の為に生きる人格が発達します あなたはどこでも暮らせます 寝れます どんな食事でも 食事がなくても構いません あなたは 満足しているからです 逆に他の者の為に 料理したいと望むでしょう できることは 何でもしようとします できるならそうするでしょう しかし自分の問題にしか 目を向けない者がいます サハジャ ヨギではありません スピリットは問題を持たないものです あなたはもはやスピリットであって 全てを超越していると理解しなさい あなたの創造性は また別の次元へといきます もちろん他者に リアリゼーションを与え始めます 芸術を創造します ババママは文学が 得意ではありませんでした 母が数学者だったので 数学は得意でしたが 言語においては 得意ではありませんでした 私が彼の小論を 書いていたほどです しかしリアリゼーションの後 大変美しい詩を書きました ババが書いたとは 皆信じられませんでした 先程言ったように 私が小論を書いていたくらいです 驚くことに ウルドゥやマラティ ヒンディの詩を書き始めました 兄弟が彼にどうやって ウルドゥの詩を書いたかと尋ねると “シュリ マタジに教わった” “全てにおいて教わった” と答えました ですからあなたの中の 創造性が開花します どこから創造性がきたのか 自分でも驚くでしょう 数学者が突然詩人になったと 想像してみてください 不可解に見えますが あなたにはこのような能力があります あなたは多岐に渡って 創造的にならないといけません 私は大変創造的です 常に何かに働きかけていて 結果も良好です それに人から称賛されるべきだとか 新聞に載るべきだという 普通の人が持つような興味は 私にはありません 創造のために創造します その創造をただ楽しみます すると人が言ったり話したり 行動したりすることにも 適応性を 持てるようになります 人は攻撃的になったり 称賛したりするでしょう でもあなたを称賛していると 気がつかないでしょう “シュリ マタジ キ ジェイ”を 私も一緒に言って 私のことを言っていると 忘れることがあります あなたは これらを超えています そのような人間の振る舞いに 全く理解できないほどです サハジャ ヨガに来ると リーダーになりたい サハジャ ヨガの偉い組織者になりたいと 強い欲求を持つ者がいます そのようなものは 偉大なサハジャ ヨギとして 国際的な名声を欲します 伝えている創造性とは 離れています 私は何を創造したでしょう 人間にとって 人から称賛を得たいと思うのは 普通のことです あなたがスピリットなら 皆知っています 何を自慢することがありますか 脚光を浴びる必要がありますか 後ろにいても光はあります ですからあなたは 暗闇から出ないといけません あなたが光で 光を広げる者だからです 暗闇にいるなら 光を広げることはできません ですからあなたのスピリットは 問題を持てません 恐れはありません そして何よりも すごい叡智があります それがより高次な人格である あなたの印です これは進化です あなたが変わったとき 別の特質を持つ者として進化します 際立ちます 周囲と同じになるなら サハジャをしても 意味がありません キリストはどうでしょう 大工の息子でした 教育を受けていません でも何をしたでしょう 彼はスピリットでした 内に神を反映しました そしてまた そのために 十字に架けられました サハジャ ヨガでは 起こりません そのような試練はありません しかし 自分の判断基準が どうであるか見るべきです 内省を通して ワークアウトしているか 自問すべきです “サハジャ ヨギ氏 ごきげんよう” “自覚を得ていない者が夢中になることに 没頭していませんか” 探ってみなさい サハジャ ヨギの成長は その振る舞いや生き方や 表情に表れます このような者にシワはありません 心配事はありません それなのに なぜシワがあるのでしょう そのような者は 誰に対しても逆上しません 逆に笑います 一度スイスの教会で 私を聖書で叩こうとした 女性がいました 私は聖書で叩くなんてと 笑いました 笑っていたので 彼女は怖がりました 聖書で叩こうとする愚かしさを 見なさいと言いました 石ならまだ分かりますが 聖書では叩きません 皆さんの目の前で 起こったことです ご存じと思います ネガティブな力が あなたを精神的にも 感情的にも 傷つけるかもしれませんが 超越していれば 誰もあなたを傷つけられません 傷つけられたと感じないでしょう 気にもなりません しかしあなたは 何か創造しましたか 今日何人かの男女が 離婚しようとしていました サハジャ ヨガで結婚して 離婚を望みました 考えられますか ショックでした 夫が兄弟のようだと 変な考えをしていました おかしな考えをしていて スピリットの光が ありませんでした スピリットの光があれば あなたの理解は 違ったものになっていたでしょう 自分でなく 他の者のことだけ心配し その者の為に 解決策を見出そうとします 助けようとします あなたにとって 簡単なことだからです 光を灯すのは簡単です 一度啓蒙されて 灯されているからです 輝きをなくす方が 難しいです 人間は リアリゼーションの後でさえ 何年も成長した後でも まだ愚かです リアリゼーションの価値を 分かっていません スピリットを 殺すことはできません 吹き払うこともできません この光は消せても スピリットの光は消えません 灯し続ける油は 何でしょう 慈悲や愛 他者への思いやりです 中には支配的な人がいて 問題を起こします それでも 思いやりなさい あなたとは違います 完全ではありません だからこそ 思いやりなさい “そうする必要があるのか” と思うならあなたは終しまいです このような反応は スピリットの者ではありません スピリチュアルな者の反応は これとは全く違います シュリ クリシュナの生き方に 見ることができます 彼には 大変貧しい友がいました シュリ クリシュナに 会いに行きたがったので 妻は彼に 米菓子を持たせました “あなたの友達に 持っていってください” 彼は恥ずかしく思いましたが 持って行きました シュリ クリシュナは 宮殿にいて 門番に“彼には会えません” と言われました “スダナが来たと伝えてください” シュリ クリシュナは王座に座り 話しあいをしていましたが 伝言を受けて 門へ駆けて行き 友を何度も 抱きしめました 彼は“なぜここに立っているのか” と言いました 中へ招き入れ 王座に座らせ 妻に友の足をきれいにするよう 言いました そして服を持ってこさせ 風呂に入れました そして彼のベッドに 寝かせました シュリ クリシュナの愛です そして友の足が汚れ ひび割れていたので 薬を塗ってあげました ひび割れを治そうと 精一杯のことをし 彼のベッドで休むように 言いました そして眠れるように うちわで扇ぐよう女性たちに言いました シュリ クリシュナの慈悲深さが 美しく表れています 私たちは 慈悲深いでしょうか 彼はそれをする義務も ドラマもありませんでしたが 彼のハートからくる 自然な判断でした スダナが来たと聞いて 友のもとへ駆けました 旧友が来たことに 嬉しく感じたのです 彼がハスティナプールに 行ったとき カウラヴァの長男 ドゥリョダナに “私の宮殿に来られて 滞在してはどうか”と言われました 彼は“行きます でもヴィデュールと食事をとります” ヴィデュールは 使用人の息子です 彼は行って ヴィデュールと食事をしました ヴィデュールは 貧しい者でした ドゥリョダナなら豪華な食事が 出たでしょうが どんな食事だったかは 分かりません 味や食事の質は 関係ありません 愛です リアライズ ソールであった ヴィデュールへの敬意です 他のサハジャ ヨギヘの敬意です 政治家だからといって サハジャ ヨギが尊敬するなら 理解できません スピリットは 全てを超越しています 他のヨギに敬意を払えないなら 何かがおかしいのです スピリチュアルな者は肩書きを持つ者より 高次であると理解すべきです そして生き方に 愛が表れています 全ての聖人 化身は皆 愛を持っていました 全てを超越し そして何も期待しません 人の期待から 行動するのではありません 神の愛を反映する人格です その反映が あなたにもあるべきです サハジャ ヨギでは人より秀でている という意味ではありません 人と異なる 超越している ということです 優越感がないので あなたは人と違うのです 大変謙虚なので 人と違うのです 大変歓びに満ち 穏やかなので 謙虚なのです シュリ クリシュナの生き方から お話しできることはたくさんあります 彼はヨゲシュワラ と呼ばれています ヨガの神です 彼がヴィラータだったからです 彼はアルジュナだけに 姿を見せました 誰もアルジュナのようでは なかったからです アルジュナでさえ 彼を見た時畏怖しました 彼はシュリ クリシュナのように 牛飼いとして暮らしました シュリ クリシュナはゴクールで生活し 自分の力を自慢しませんでした 彼の力は内にありました そしてそれは 自然に表現されました この力は叡智と分別です 完全な分別がありました もしなければ 神聖な力ではありません 悪魔的な力だったでしょう あなたに親切だからといって 親切にするなら間違っています インドではアヴァデュタ と呼ばれる者達がいました 彼らはリアライズ ソールで 社会から離れ 人から隠れ 質素な場所や 洞穴に暮らしていました “理解されないなら話す必要はない” と考えたからです 彼らは孤立し それぞれで暮らしていました 何ができたというのでしょう 多くのサハジャ ヨギといる あなた方とは違います あなたにはたくさんの友や お互いがいます でも彼らは孤独で 社会から離れました 人とも会いませんでした そうしようものなら 十字に架けられていたでしょう あなた方は違います 社会があります 良い友や スピリチュアルな人々の すばらしく啓蒙された 社会があります それらを伴い 創造的でありえないなら 何と言って良いか分かりません 何かを創造しないといけません 芸術や音楽 詩 文学 何であれ 創造しないといけません 何よりもサハジャ ヨギを 創らないといけません これが一番の 創造であるべきです 至るところでサハジャ ヨギを 創ることが大切です 私が色々な場所へ行き プログラムをすることもできますが すばらしい状態を得たという 模範を示さないといけません あなたが彼らに 気付きを与え サハジャ ヨギとしての生き方が できるようにしないといけません 実際完全になるなら あなたはマハヨギです そうならないといけません あなたのスピリットが 皆に歓び 平穏 恩恵を与える マハヨギになること以外に 大切なことはありません 神の祝福がありますように