ナヴァラトリ10日目、ダッシェラのお祭り、ダッシェラ Sydney (Australia)

ナヴァラトリ10日目、2007年10月21日、シドニー(オーストラリア)

今日はインドでは ダッシェラという大切な日です ラヴァナがやっつけられた日 と言われます 彼は人類の最大の敵でしたが 抹殺されました 故事はともかく シュリ ラーマという 素晴らしい人を偲んで 今日ダッシェラを祝います それによると この日にドゥシュタと 言われる悪人達 ネガティブな人々が 抹殺されました 分かりますか? だからインドでは とても大切な日とされるのです ラヴァナの 大きな像をつくり ラヴァナのことを 皆さんは知っていますか? シュリ ラーマに 成敗されました 彼は酷い人で シュリ ラーマの奥さんのシータを 無理やり誘拐しました でも 彼女は とても貞節な女性で ラヴァナは彼女に 触れられませんでした 触れようとしても できませんでした 彼女を従わせることが できませんでした 反対に 彼女はとても強かった そして 当時シュリ ラーマの義母が ダシュラタの妻でしたが かつて彼女は厳格な 修行僧でもあったのですが 彼女は 今日から 重婚を禁止するとしたのです なのでヒンドゥーでは重婚はなく 一夫一婦制です 浮気は罪深いと みなされます インドの文化ではそうです そういう人もいますが 間違っているし インド的でもありません 義父はその法律を通しました 彼自身2人の妻がいて 苦労していました その妻うちの一人がシュリ ラーマをジャングルに左遷しました 彼女はとても残酷でした 自分の息子を 王にしたかったのです 父もうかつにも 自分を戦地で 助けてくれたお礼として 見返りを 約束してしまったのです そこで彼女は シュリ ラーマを ジャングルに左遷するよう 頼んだのです そして第2には自分の息子に 王位を望みました 息子はラクシュマナでした しかし彼はそれを望みませんでした 彼はシュリ ラーマの権利を 奪いたくないと言いました 彼はジャングルの シュリ ラーマを訪れ 戻るように説得しました どうか都のアヨッディヤに戻り 戴冠してください シュリ ラーマは“それはできない 義父に従わねば”と が ちょうどその時に インドでは 重婚を認めないと 義父が制定しました 2人の妻のために 家族が苦しんでいたからです そこで妻は一人のみで 二人はダメだとなりました インドでは今でも一夫一婦制を 信じています 驚くべきことです しかし外国では 重婚しなくても 浮気をしたりして 妻を尊敬しません 悲しいことです これによって 国が苦しみます 女性が虐待され苦しめば 子どもが苦しむからです そこで彼は法律で 重婚を禁止しました ムハンマド サヒブだけが 4人までの重婚を認めました なぜなら 戦争で死傷者が多く 男性があまり 残っていなかったからです 女性が多く 男性が少なかったのです なので彼は 4人の妻をみとめました それで問題を解決しようと ですが解決しませんでした ムスリムだって この問題を抱えています 彼らが4回結婚しても 驚きません でも彼らの家庭生活は 悲しいものです 私たちインド人は彼らから それを学んではなりません 反対に 全世界に言うべきです 女性を追いかけずに 自分の世話をしなさいと この点を西洋ではまったく わきまえていません もちろん彼らは 重婚はしませんが 別の女性と関係を続けます サハジャ ヨガでは それは禁じられています そうするなら 離婚するように私は言います そして彼らの結婚を アレンジします とても悲しいことです なぜ西洋的なライフスタイルに 影響されるのでしょう 別の妻を持とうとし それにより 全てを汚してしまいます 結局彼らの子供たちが 苦しむのです その場のモラル意識が 悪ければ 次世代を担う子供たちが 苦しみます それにより国が 病気になるのです イギリス人はかつて分別があり 自らを誇っていましたが でも今では とても不幸になりました なぜなら一人の妻を 信じないからです 家に妻がいても どこか別にもいます とても悲しいことです サハジャ ヨガでは こういったことを我慢しません 一人の妻をもち 一人の妻と暮らすのです 確かに 頑固な女性もいるでしょう ならサハジャ ヨガをやめなさい 問題を起こす 男性もいるでしょう だから私はサハジャ ヨガを やめるよう言います サハジャ ヨギであることの 恩恵を得たいなら 他の女性や男性を 持つことはできません 共に幸せな生活を 送りなさい できないならサハジャ ヨガ から出ていきなさい でも妻や夫のために 酷い思いをした人もいます だから 浮気をするような人は サハジャ ヨガに入れない と言うのです 私たちは純粋な社会を 作らなければなりません 私たちの責務は争わずに 幸せに暮らせることを示すことです サハジャ ヨギ達は分別ある 夫たちであると思われています 皆さんにこうして会えて 嬉しいです 何人かは私が仲人をして 幸せなのを知っています なので男女全ての 皆さんに言います 献身ある人生を送りなさい 夫が浮気しているなら 地獄へ行かせなさい 妻が浮気しているなら 地獄へ行かせなさい 私たちはサハジャ ヨギで よい人格を保たねばなりません あなたの人格が良ければ 自分の人生を楽しむでしょう あなたが浮ついた人生を送るなら 人生を楽しめず この人やあの人を 追いかけ続けます そういう人は幸せになれず 人生を無駄にするでしょう ですが死ぬ間際になって 自身の状況がとても酷くて こういう人は とても苦しみます とても酷く 苦しんだひとを見てきました だから私たちはお互いを 楽しむために夫婦なのです それで幸せな生活を送るのです 惨めにならないことです サハジャ ヨガで結婚した 皆さんの中には まだ夫婦で幸せでないという人も いるかもしれません でもそれはサハジャ ヨガの間違い ではなくどうしようもありません あなた自身の誤りであり あなたの妻の誤りです さあ 皆が襟を正し きちんとした生活をおくりましょう 口論やケンカに時間を 無駄にしている暇はありません どこに違いがあるのか なぜ争ってしまうのか見つけなさい 違いはあるべきで 問題ではありません 結局あなたは別々の人間 だからです 違って当然です しかし違いが 問題を起こしてはいけません 逆にその違いを楽しみなさい 献身的な妻や夫でなければ 人生を楽しめません いつも心配で不安でしょう では皆さん ありがとうございます このような偉大な吉日に 皆が集まりました そしてみんな幸せそうです ありがとうございました […]

ナヴァラトリ2日目、スワディスタンを満たしなさい Sydney (Australia)

ナヴァラトリ2日目、2007年10月13日、オーストラリア、シドニー

皆さんが楽しんでいるのが とても喜ばしいです 今日は2日目で 進化の点でとても大切です ご存知のように 第二のチャクラは大切です なので今日はとても大切です 第二のチャクラは何ですか? 知っていますか? 何と言いましたか? 大きな声で言って下さい スワディスタンですね カリ・ユガにおいて重要で 最も働くのです 沢山のエージェントが このチャクラを酷使させます 第二のチャクラにおいて 人は野心に取り憑かれて 忙しくさせられるのです 多くのサハジャヨギが それで迷っています だから今日は大事です 二番目のチャクラは大切です なぜなら 現代はとても過活動で 私達は関係もない人のことを 心配しては頭を悩ませます このチャクラはあなたの頭を悩ませ 人のことを心配させるのです 何を言ったか 何があったか 誰かを怒らせたか といった無意味なことです あなたはサハジャヨギですから 人の心配をする必要はありません 自分を愉しめばよいのです 第二のチャクラでは あなたは愉しめば良いのです サハジャヨガを楽しむには それが一番です スワディスタンが満たされると 決して乱されなくなります サハジャ ヨギであれば スワディスタンをケアしてマスターできます このチャクラで 皆心乱されます 特に西洋では 皆考えすぎです いつもいつも考えています あなたはスワディスタンで この問題にはまります スワディスタンを満たすためには 静けさを得なさい 黙って 自分を見つめるのです どんな考えによって 自分を悩ませているか 困らせているか 考えすぎる人もいます 問題はないのに 考えすぎて頭を悩ませ 問題を作ってしまいます スワディスタンは 無意味な問題を忘れて 笑って楽しんでいると 満たされます サハジャ ヨギには 悩みは必要ありません 自己認識がない人だけが 苦しむのです 彼らは苦しんで あなたを困らせるかもしれませんが ただ笑って許しなさい そういう人は そうならざるを得ないからです スワディスタンが そうさせているのです 座る場所がありませんか? ちょっと前にいらっしゃい 可哀想に ごめんなさいね 前に来なさい ちょっと空けてあげてください これでいいですね。前へ ハーモニアムをこっちに あなたはダンスをするんですね 良いですね ですから あらゆる無意味な考えを 気にしないことです あなたはその考えと 何の関係もありません それでもスワディスタンさんの お陰で考えが出てきます 彼はあなたを乱そうとするので あなたは静かになるべきです 静けさに入れば 彼は去っていき邪魔しません 私はあなたの国に 全幅の注意を置いています あなた方はとても良い サハジャヨギだから 世界中に何千もの サハジャヨギがいますが オーストラリア人とは 違うと思います 彼らは深く 世界の問題に触れています あなた方は スワディスタンに関わらず サハジャ ヨギとして 乱されないことです 皆さんがこんなにいるとは 思いませんでした “何人かいます”というから “分かりました”と言ったのに 何人いるのですか? 数えましたか? とても可愛いですね このような子どもたちが オーストラリアにいて素晴らしい 皆子どもを大事にします こどもの世話が まず第一です それでスワディスタンと戦えます 何か心配があるなら 子どもの心配をしなさい それで終わりです 子どもの世話をすれば 全てが上手くいきます “どうしたの? 大丈夫ですか?” あなた達はスワディスタンの罠に はまっていないので恵まれています 間違いなく あなたの国の チャクラのお陰です 考えに惑わされて 右往左往しなくて済むのです サハジャヨギは皆 この問題があります だからスワディスタンに 乗っ取られることなく 乗りこなすのです 良いですか? この国の皆さんを とても誇りに思います どうやって一つにまとまるかを 世界に示しました 驚くべきです 他の国では 別の問題があります あなたの国では スワディスタンの問題がありますが 皆さんは 静かに 穏やかになって 無意味な悩みが去ったのを見ると とても嬉しいです あなたには もう何の悩みもありません 病気の元は スワディスタンなのです なのでスワディスタンにかかずらって 考え続けないことです ありもしないことを考えては 悩み続けます そんな考えが出てきたら “考えたくない”と言って終わりです 私が代わりに 悩んであげましょう でもあなたは 悩まないことです 何かあったら 私が見てあげるから いいですね スワディスタンは あなたの国のチャクラです でも 他の国にも ヨギ達はいますが この国のヨギ達は特別です 大きな自信を持っています 間違った考えをしません 私はそれに感謝します じゃあ どの歌を歌ってくれるの? 歌を聴きたいです […]

Birthday Puja, Sincerity Sydney (Australia)

Puja for the 67° Birthday, Sydney (Australia), 21 March 1990.
世界中の 何という熱意でしょう シドニーにある花全てが 買い占められたようです すばらしい言葉やカード 手紙 美しい詩をもらいました 子どもたちも 美しく歌っています 誠実な幸福の 気持ちに対して 歓びの気持ちを表す 言葉がありません あなたには 世話をしてくれる 気にかけてくれる 叡智であなたを変えてくれる お母さんが必要でした ですから 誕生日が来るたびに サハジャ ヨギは より寛大になり もはや一滴ではなく大海の一部である と気付いていると感じます その大海はあなた方を強め 世話しています あなた方を養います そしてその大海によって 導かれます ですから一滴と大海のつながりは 完全に確立されなければいけません 一滴の限界は 大海の偉大さによって 完全になくならなければいけません 配慮と優しい言葉で コレクティブの深さを 向上させることができます コレクティブになりたいという 誠実な望みでもってできます コレクティブになりたいという望みは 大変誠実でないといけません するとあなた自身に 広がりがでてきます まず必要なのは 自分に対する誠実さです 一滴の状態から つまり小さな限界を持つ 一滴から来ているので 何度も限界に 突き当たりますが 自身のヴィジョンを 見なければいけません 将来あなたは どうなっていたいか コレクティブになりたいと思う 誠実さは 全ての障害を取り除きます どんな目的に対しても誠実であれば 時間も労力も全て忘れます 小さなことでさえ 得ようと望みます ではこの誠実さは どこから来るのでしょう 2つの事によって 誠実さは作用します まずサハジャ ヨガとは何か あなたに何をもたらしたかを 自分自身で見なければいけません リアリゼーションを与えました より広いヴィジョンを与えました 集合的意識や 思考を超えた 疑いを超えた 意識状態を与えました 卵から鳥になるように 新しい人格を与えました あなたは鶏になりました 殻に戻ることはできません 一度サハジャ ヨガが あなたのために何をしたか気づけば そしてまたあなたが 何を得たかを気付けば・・・ あなたは長年内密だった クンダリーニの知識を得ました 完全に内密で 誰も知りませんでした クンダリーニについての知識を 大学やいかなる学びの場で 学ぶことなしに得ました 実験室に行くことなく 経験しました 理解しました クンダリーニの 上昇を見ました 人にリアリゼーションを与えました 聖霊の涼しい風を経験しただけでなく 自分自身の力も体験しました また 物事を理解する ための知識は 以前と比べると 大変変わりました あなたの知識は 大変豊かになり クンダリーニを上げる権利を 与えられています 以前は偉大な聖人でさえ 偉大な預言者や聖者でさえ できませんでした ほんの少数の者しか クンダリーニを上げれませんでした それを得ています チャクラを理解し 診断できます 子どもでもできます あなたが気付いていない すばらしさです 人間の段階では それについて クンダリーニという言葉さえ 知りませんでした しかしあなたは短い時間で その知識に精通しました サハジャ ヨガの恩恵です 豊かな知識や アテンションの光の作用をみると たくさんの恩恵に満ちていて 自動的で 何もすることなく結果を得ていて 驚きます どうやって起こるか どう作用するか理解できません “突然そこでこれが起きた” どうやってでしょう この大海はどの瞬間も 細部に渡って作用します これら全ての事柄が示す あなたはもはや普通の人間でなく 聖人であるという事実に 目を開かなければいけません 私達の姿勢が 変わらないといけません 多くの人間は未だ動物です 互いを殺したり 振る舞い方を見れば 人間ですらありません そのような者と 共に住んでいます 彼らは犯罪者で それだけでなく 彼らの中には 大変低いレベルの文化があります 動物とも呼べます 半分人間で 半分動物の者もいれば 完全に人間で 真実の探究者である者もいます サハジャ ヨガで 得たものへの理解から 自分が何者であるかを 悟るべきです 全て私達に 自然に起こったことであれば それに対して 大変誠実であるべきです 私達が得たものはすばらしいものだと 感じなければいけません ですから私達は 誠実でなければいけません メンタルにも 感じないといけません これはとても重要で 価値のあることだと メンタルにも まず第一に感じることです それに対してあなたは 大変誠実になります 次の段階では 見て 知ったことに対して 心を開き始めます 次の段階として あなたはハートを開かないといけません つまり誠実さは ハートからきます ハートが開いていなければ 誠実にはなれません 心が開いていないとは どういうことでしょう あなたは再び生まれ リアリゼーションを得ました ある意味 あなたの誕生日です あなたの知識と 理解の成長において あなたは今まで自分のハートと 歩調を合わせていませんでした 何があなたのハートを そのようにさせるのでしょう ハートが身体や脳を支配していることは 容易に分かります ハートが止まれば 全て停止するからです 脳が止まっても 心臓は止まりません ですからハートが最も大切で あなたの中で全てを支配しています 大変繊細で循環する この特別な器官が石のようなら どのように鼓動できるでしょう ですから “心を広げる”という時 石のような固いハートが 溶けないといけません なぜ石のようになるのでしょう 私達はそのルーツに いかないといけません ハートが脳をコントロールしているので 石のようになります 脳に七つのオーラがあるように ハートにも七つのオーラがあります そしてこれらのオーラ全てが 脳のオーラをコントロールしています 脳にはエゴとコンディショニングの 2つがあります それらが脳を抑えつけます 結果として 脳のオーラは抑えつけられます ですからハートを取り巻く オーラも抑えつけられます しかし脳は考えることができます “これは大変いいです どうクンダリーニを上げるか知っています” 考えることができるので 石のようにはなりません どんなにハートが石のようでも 脳は考えることができます ヒットラーのようにです ですから脳は コンディショニングやエゴによって 石になったり 考えられなくなったりはしません 大きなエゴがあれば その者は 愚かになるかもしれません しかし考えます 本当に愚かになります エゴイストは アギヤが キャッチしている者は愚か者になります 確かです その者の態度や話し方 行動にみてとれます 自慢したがります 大変愚かになります 賢い者は その愚かさに気づきます 頭がスーパーエゴで 覆われていても 脳は固い石の ようにはなりません 代わりに その者を大変愚かにします そのような者は 永遠と話し続けます 人はすぐさま その者の愚かさに気づきます コンディショニングは さらにひどいです 大変陰険です コンディショニングが強い者は 表だってそれを出さないからです 自慢しません しかし 悪賢く サハジャでない考えで 頭がいっぱいです プージャで私が手を洗った水を とっておくのを見るとします すると“なぜとっておくのか” お母さんの手を洗ったものです 別の者が“マザーの手には 強いヴァイブレーションがあり” “そこにヴァイブレーションが 浸透します” その者は 信じられませんでした コンディショニングが強く 汚れだけが出ると思うのです ヴァイブレーションのことを 考えられないのです そのようなコンディショニングが 人の頭にはあります コンディショニングがあるために ハートで理解できません その者は悪賢い考えをしたり 嘘を言ったり ナンセンスなことを言ったりして まともであると納得させようとします その者達は愚かではなく 馬鹿なのです 馬鹿な者のように話します 馬鹿なことを受け入れます 叡智がありません 一方は愚か者で もう一方は馬鹿です 間にサハジャ ヨギがいます コンディショニングは 頭を歪めますが 石にはしません 精神錯乱を持って 生まれた者であれば 考えることができず 石のようになります 普通の脳は考え続けます コンディショニングかエゴでもって 考え続けます 脳によってハートに 影響を及ぼすべきではありません ハートが脳に 影響を与えるものです ハートから出ているオーラは 鈍くなったり 消えたりします ハートのオーラは大変敏感で “脳に光を与えても仕方がない” と感じます するとオーラは どんどん小さくなります そしてハートが小さくなります そこに居続ける意味が なくなるので小さくなります 結果として ハートが小さくなります “心が狭い人” “臆病者” とも言いますが そのような者を “石のようなハート”と言います コンディショニングやエゴがあるため これが起こります その結果はハートが 石のようになることで感じられます ハートは敏感で 脳は敏感ではないからです 柔らかいものを茹でるなら 固くなりますが 石を茹でても 固さは変わりません 敏感で繊細なハートは 石のようになります 脳波の熱で茹でるようです 大変固い石になります 一言も優しい言葉は 出てきません 常に人を攻撃し 言うべきでないことを言ったり “人を傷つけるために何を言おう” と考えます 悪賢いので“人をおとしめるには どうしたらいいか”と考えます またハートはエゴで凍ります そしてハートは考えます 脳にオーラを 放つことができなくなります 脳は“ハートはコントロールする力がない” と考えます するとハートも “私は私ですべての仕事をします” ハートは小さく 石のようになり 作用しません そして脳が支配権を得ます 脳は理解が及ばないことを し始めます 動物のうように 悪魔のように振る舞います 大変残忍になり 人にどう優しい言葉をかけていいか 分からなくなります 間違ったプライドを持ち 他者を傷つけたりします 同類が現れて 共に破滅するまで互いを軽蔑し合います それが全てにおける 問題点ですが そうでなければ 全滅しているでしょう エゴが強い二人は一緒にいれないので 互いを無力化するからです おかげで 彼らから救われています ですから脳にある これらの二つの状況が ハートを凍らせ ハートの領域をなくし 脳がそれ自体で 主張し始めます それ故 どう人に優しくしていいか どう助けていいか どう人を安心させ 守っていいか分かりません これら全ては受け継いでいます あなたがサハジャ ヨガに来た時は 石のようなハートで 脳はエゴかスーパーエゴで いっぱいでした しかし クンダリーニの上昇は 頭を一掃します クンダリーニが動いて ハートの座である ブランマ ランドゥラに触れると 誠実さがでてきます すると王が戻ってくるように ハートが戻り 脳を支配し始めます ハートが戻ると 怒りを感じていた人や話したくない人や 関係ない人に対し 親切になります 人は様々なやり方で あなたを傷つけました すべての危害や 全てがただ消えます そして 大変優しく すばらしくなります クンダリーニがハートの座である ブランマ ランドゥラに触れたということです それが開き始めるや否や ハートも開き “脳に支配されるなんて” と目が覚めます 人が突如変わるのを見ると 驚くでしょう アメリカにある男性がいました “マザー リアリゼーションの後” “あまりに変わって 大変穏和になりました” “伯父や誰に対しても 幸運を祝ったことがありませんでしたが” “伯父さん こんにちは” 伯父は彼を見て “大丈夫かい” そんな風に声を かけたことがありませんでした “伯父さん 何かできることはありませんか” と素敵な言葉をかけました 伯父は “酔っ払っているのか” “なぜそんな優しい言葉をかけるのか 信じられない” このように起こります 簡単に抜け落ちると 理解すべきです それらを身につけたからです 身につけたので なくせます それらによって 煩わされることはありません 一度ハートが目覚めれば エゴとスーパーエゴを 立ち退かせることができます ですから人と接する時 良いコミュニケーションをとることで 氷を壊さないといけません 自分自身に言い聞かせます “この者は そんなに悪い人ではない” “まともかもしれない” 誰かを悪く決めつけるのは 簡単です 一度そう思い始めると 自分の周りに要塞をつくり 自分が最高で 周りは良くないと考えます そしてこの考えは 地域や社会 人類全てに害を及ぼします サハジャ ヨガはそれを直す 唯一の方法です サハジャ ヨガがこれらを終わらせる 唯一の方法です あなた達によって なされなければいけません クンダリーニを上げて ブランマ ランドゥラを開くことです そして人はこれによって 誠実さが戻ると理解できます あなたのハートは上昇します 覚醒された人格になり 常に狂ったように考える脳を 支配できます これが一度起こると 疑いのない意識状態に 飛び込んだことに気付くでしょう 2つの関係は 理解されていないといけません まずハートの支配が ハートの王国が挑戦されて力を失うと 脳が王になり 私達を支配し始めます “私はこう考える” “私はこう感じる”と 脳が エゴが言います “私はこう考える” “私はこうしたい” と言うことを断念すれば 全てうまくいきます 代わりにこの身体が それを望んでいると言うべきです 自分から切り離します “私がこうしたい”と言わないことで 自分と切り離し始めます “この身体が この手が この頭が” と言うべきです 切り離します 一度切り離すとエゴやスーパーエゴの 障害が消えるでしょう またこの2つを取り除くのは 容易いです クンダリーニを上げて ブランマ ランドゥラを貫くことによってだけです これはあなたが得た 最高のことです ブランマ ランドゥラを貫き クンダリーニが包括的な力と繋がるだけです ですから瞑想しなさいと言います そうすればうまく作用します 外側のことにあまり 注意をおいてはいけません もちろんある意味 あなたは サハジャ ヨガに責任があります それに対して誠実だからです 自分を強制できません ですから何度も言います 自分の誠実さを計りなさい “いかにサハジャ ヨガに 誠実であるか” ある者は軽率にも “マザー 私は馬鹿でした 混乱していました” そのように言えないはずです あなたはサハジャ ヨガに 恩義があるからです あなたの人生が 新しくなりました “混乱していました 馬鹿でした” などとは言えません 自分にはできないと 言うのですか お母さんは誠実さに 働きかけてきました それに対して 不誠実ではいられません 偽善者ではいたくありません 感謝の気持ちや 自尊心があるなら “混乱していました 馬鹿でした” とは決して言うべきではありません 自分が冴えない者だと 言っているようなものです サハジャ ヨガや自分自身に対して 全く感謝の気持ちがありません サハジャ ヨガはあなたを 必要としているわけではありません あなたがサハジャ ヨガを 必要としています サハジャ ヨガ自体 完全体です 完璧です そのままであり続けます それ自体の位置づけ 重要性 威厳があり 完全です それから何かを得ようとするなら あなたが作用させなければいけません ガンジス川から 水を汲むなら 必要な深さの 水差しが必要です 石を持って行っても 汲めません ガンジス川は流れ続けます それ自体の容量で あり続けます 石を持っていっても 変わりません クンダリーニを 出来る限り上げることが大切です 常にクンダリーニに 注意をおきなさい 問題がどこか見て 完全に取り除きなさい 問題がどこかを探り 何回もクンダリーニを上げ 大脳辺縁系に 流れているのを感じなさい そうすることで ハートが開きます ある意味 機械的なプロセスと言えます しかし それさえしません していたら ハートが大きいはずです “私のハートがアジアのように 大きくなった”と言うでしょう ハートの奇跡を見るでしょう あなたは ヴァイブレーションを放ち それによって慈悲深く ダイナミックになります サハジャ ヨガに 誠実になります 今日のプージャで 心を開くようお願いします あなた方は歓喜に満ちています 心を開いたからに違いありません 私に対して大きなハートを持っている ためですが 自分に対してではありません 私のために何でもしますが 自分のためには何もしません ホールを飾るために 朝から晩まで働きます これらの花を 私のために揃えました “自分の為に瞑想しなさい” というとしません “自分のためにこれを習得しなさい” というとしません そういう状況です これらを飾ることで力を無駄にせず 自分自身を飾るべきです 誠実さでもって ハートを大きく保てると 自分の想像や知性や良識を使うことが できると信じることによってです これが世界中への 今日の誕生日のメッセージです 全世界が一つの脈動する 大きなハートのように感じたからです 電話を取ってからここに来ました 電話がかかったり お花が届いたり すばらしい言葉が送られました それに浸っています あまりにもすばらしいです 子どもや女性 男性から 心温まるものをいただき いかに彼らが私の誕生日に対して 歓びに満ちているかをみると驚きます 同じように毎日が あなたの誕生日だと考えてください 常にクンダリーニを 上げておかなければいけません クンダリーニの基準を より高く保ちなさい ハートが開けば開く程 クンダリーニの糸が上がって あなたのハートはより開きます 目覚めます より力強くなります 開いた 大きな 力強いハートで おかしな考えを与える脳を 支配できます 今年そうなることを願います 大きなハートが持てるように 努力してほしいです 大きなハートとは 愚かさではありません 私を入れられるハートのことです 私はかなり大きな人です 私が内在できるほどの 大きなハートを持たないといけません 大きなハートです それを持つべきです これが起これば 全てがうまく作用するでしょう どのようにサレンダーすればよいか 知らなければいけません サレンダーできない部分をどう保つか 知らなければいけません サレンダーは あなたのハートを 完全に開くことでするからです 私をハートにおきなさい そして自分自身を 完全にコントロールできたときに贈る 私への花を持っていなさい 持っている花のように あなたの感情や気持ちを持ちます それはあなたの ハートの大海の一部です 一度準備ができれば 全て整います もし家の準備ができていれば 花を 感情を 美しいものを 持ってきて それらを大切にします 他者にかける優しい言葉 についての本があるべきです そのような本を探すべきです あるいはどう優しく言えるか いかに他の者の面倒を見れるか どうすれば愛を感じてもらえるか の本を書くべきです そのような本は 人に素敵な 言葉をかける手助けになります 何か優しい言葉をかけると その優しさは戻ってきます まるでさざ波が浜辺に触れ 嬉しく感じるのと同じです 優しい 心地よい ありがたく感じられる 言葉を言い続けなさい 誠実さから言うなら 表面的に良いからといって 適当な言葉を言うのではなく 心から言うなら 相手のハートが開き 感情の美しい花が あなたに流れるでしょう 一方で自分のハートを 開かないといけません そしてもう一方で 美しい繊細な気持ちを あらゆるところから吸収して取り入れ 適切な時に それを他へと注ぐのです それは芸術です この花も庭で育てられ 適切な時にここに運ばれました 花は適切な時に使われて 光栄に感じています 私達のハートも そうでないといけません 人間は大変繊細だからです 大変美しいものです 美しくさせるには 美しいことを言わないといけません この口は乱暴なことを 言うためにはありません 他の者にもその美しさが出てくるような 美しいことを言うためにあります すばらしい言葉は 私の心に残ります “このような言葉を 人に言える機会がいつ訪れるだろう” “これはすばらしい言葉だ 優しい言葉だった” “ではどこでこの言葉を使おう” と思います 店に行って 何か良いものを見つけると “あの人が喜ぶだろう では買おう” と思います 同じように 素晴らしい気持ちや 素晴らしい感情に触れたら 素敵な言葉を言われたら あなたはどうしますか それを集めます 心に留め 適切な時に 適切な場所で使います これはシュリ ガネーシャの叡智です 純真な者は 最も誠実な者です 狡猾な者は 誠実にはなれません 彼らは狡猾さを 楽しんでいるからです 素朴な者 愛深い者 何よりも愛を大切にする者が 素晴らしい言葉を 誠実に言うことができます 今日はオーストラリアでの この誕生日が どんなにすばらしかったか お話ししたかったのですが 言葉がありません オーストラリアは 大変遠い所にあります たくさんの人がここに来て “アガタ スワガタ”を歌っていることは 信じれられません お金をあげたわけでも 受け取ったわけでもありません そのようなことを 言ったこともありません 歌っているだけでなく 楽しんでいます 素晴らしいことです あなた方は楽しんでいます ハートが大きければ 他者のために何をするにせよ楽しめます 素晴らしいことをしたり 言ったりすることを楽しみます ですから 美しい言葉の精選された 花を持つべきです 互いに表現できる 精選された気持ちを持つベきです 今日から始めなさい 常に お互い美しい言葉を かけあわないといけません 耳を澄まし 目を開き 機会あるごとに すばらしい言葉を聞いたなら 心に留め 使うようにしなさい 大変 遠く離れた オーストラリアに こんなにたくさんのヨギがいると 思うだけで感激です サハジャ ヨガに対して誠実であることは あなたの責任です 誠実さでもって 全てをすれば 以前耳にしたような おかしな口論は起きないでしょう “私達はマザーを愛していて” “お互いを愛し 常に素敵なことを 互いに言うことで愛が増す” と考えるようにしなさい 悪く言うことは 人のハートを壊すようなことを 言うことは罪深いです 聖人のハートを壊すことはひどい罪で 罰せられるでしょう あなた方は皆聖人です お互い尊重しないといけません それだけでなく 自分の誠実さを楽しまないといけません それ故 誠実さを 楽しみなさいと言います 頭によぎる 愚かな考えをなくしなさい 口論を耳にすると これは何かと思いました 彼らはサハジャ ヨギなのか それとも普通の人なのか あれこれ起きたり 子どもたちについてもです インドに送りなさいと 言い続けています あなたは 自己中心的でした まともに育ちません インドに送りなさい ハートが開きます 全世界が あなたの家族だからです 世界のどこへ行こうと あなたを愛する人や 何でもしてくれる人に会えるでしょう あなたに会うのを心待ちにしている人が どこにでもいると分かります このミュージシャン達は シンガポールに行きます どこに泊まるでしょう 色々計画を立てます 突然 私はバンダンをしました すると電話がきました バラが言うには “私のお母さんが世話をします” いかなる問題も解決できます あなたが誠実だからです 不誠実であるなら 不誠実な人だけに出会い 概算通りに 人を評価したようになるでしょう サハジャ ヨガに 不誠実な人の居場所はありません 誠実さを育てなさい 何度もクンダリーニをあげなさい サハスララに留めなさい そしてハートが 開いているかみなさい “どうハートを開くか”尋ねるでしょう “鍵を取りなさい”としか言えません “心を開く”とは クンダリーニを上げ ブランマ ランドゥラに留め ブランマ ランドゥラが開いているか見ることです ハートが開いたら 人に優しくすることで どう感じるかを見なさい あまり話さない 人に会わない者がいます そのような者はなんらかの憑きものが 頭に取り憑いているようです そうでなければ サハジャ ヨギにとって不自然です 今日たくさんのことを お話しました 気遣い 愛情 叡智 忍耐が 備わるべきだからです 私があなたのグルなら お母さんなら これらの資質を備えるべきです 私は全てにおいて心配します 誰かに問題があれば心配します 問題を解決しようとします 問題が解決するまで 私は気にかけます そして子どもや妻 夫について “正した方が良い”と率直に話します あなたを気にかけているからです これがサハジャ ヨギに対する サハジャ ヨガに対する態度であるべきです これがあなたを大変強くします あなたが気にかけるので 他の者も気にかけるからです 多くが私のようなインド人を こんなにも気にかけています なぜ私を気にかけるでしょう あなた方はサハジャ ヨギですが そうでない人も大勢います 子どもの頃から 知っている人達や家族も 皆が気にかけます 私が気にかけているからです 心配するからです 私に問題を打ち明ける者がいれば 解決するまで頭から離れません 問題を解決できないかと 見ようとします 自分の問題は 全くありません あなたも自分の問題を 持つべきではありません そうすれば うまく対処できます いいですね 神の祝福がありますように 来年の誕生日は インドに来てくれることを望みます ツアーを考えています 恐らくうまくいくでしょう もっと安くで来れればと思います 多くのことを気にかけないといけません うまくいくでしょう […]

Birthday Puja, Overcoming The Six Enemies Sydney (Australia)

Birthday Puja, “Overcoming The Six Enemies”. Sydney (Australia) 21 March 1983.
このよき日をあなた方と 共にできるのは素晴らしいことです オーストラリアの サハジャヨギは とても良いヨギと 分かりました 短い間に スピリチュアルな 生活において 早く成長しました こうして私の子供たちと ここに居るのが とても嬉しいです ご存じのとおり 私には多くの子供たちが 世界中にいます 実際に産んだ 子供たちの他にです ここに来ていない 者たちのことも 私たちは 思い出すべきです 彼らは何千マイルも 離れたところで スピリットの上昇を 祈っています 人はスピリットの 上昇のみを願うべきです 上昇すれば 他は全てついてくるからです 必要なものを 得られないとしたら 上昇が足りないのです そのために 問題があるのです 未だに私が解決しなければ ならないこともあります プージャに来る前にです ですがスピリチュアルに 上昇すると決心すれば 必要なものは 全て得られるでしょう 神があなたに 注ぐべき恩恵の全て 彼の王国の民に なるための全て 裁かれることのない国 罰せられることもなく 試されることもない 神の愛とその栄光に 永遠に包まれる 場所にです 10年で これ程達成できるとは 10年前には 考えられませんでした 私たちはサハジャヨガと 他の偽のグルとを 比べるべきではありません 一人の預言者を作るのでさえ 千もの生を必要とするのに 多くの者が預言者になったのは 偉大なことです 自分の欠点は忘れましょう 自分が預言者であると 自覚しましょう この自覚を確かにしなさい あなたが何者になったか 自覚できれば 神の栄光を放つでしょう 花が咲く時のように ある香りが 自然に漂うでしょう でも 自覚しないということもまた 人間だけが持っている自由です 自らを偽り 演出することも 正しく自覚することもできます 預言者になってもなお 自分とは違う幻に しがみついたりします まだ恐れていて エゴ中心です それは偽りで 本当のあなたではなく 俳優が 演じているようなものです シヴァジ王のような 振る舞いを演じていると シヴァジのように なってくるのと同様に 生き方まで変わって シヴァジのようになりますが 同じ人が ヒトラーを演じていると ヒトラーになってしまいます どちらも人為ですが そうなります あなた方が 真に預言者であると 本来の自分自身であることが 難しいと分かります しかし 以前の人為が 無くなっているのです 無くなっていて 罪人は死んだのです エゴイストはもういません 恐れる人も消えて あなたは預言者なのです その人格の栄光まで 昇りなさい 預言者でないものは 神に背く者でさえ 自分を預言者だと 言うことはできますが 本当の預言者は “自分自身”を偽りたがりません あなたは 自覚さえすればなれるのです 私たちは今まで 慣れ親しんできたこの種の 心のトリックを 乗り越える必要があります 偽りは 全てはがれ落ちるべきです もちろん お伝えした通り 誘惑的で 悪魔的な力だらけの中で 10年でこれほど達成できるとは 思っていませんでした これは あなた方の達成でもあります 多くの問題や ハードルにも関わらず あなた方は上昇しました 高く高く上昇し 美しい預言者になりました あなたは大きく変わり 自覚さえ持てば とても優しい気持ちに なれるでしょう 私が上の孫と話した際に 11歳の小さい女の子ながら 自分の母親に言いました “もうおばあちゃんと話せないわ だって女神様なのよ” “恥ずかしくて 話せる訳ないでしょ” あんな歳でいうのです 彼女はいつも クラスで一番で 学校新聞の 編集員をしています 素晴らしい子です その上とても謙虚で “恥ずかしくておばあちゃんとは 話せない”というのです “女神様なのよ 話せる訳ない”と ラスタムが彼女から ヴァイブレーションが出ているといいましたが あなた方も そう成長するべきです まず 自分が預言者だと 知らなければなりません そして私が聖霊であると 知る必要があります 私はアディシャクティです 私はこの偉業のために 初めてこの姿で 地上に現れた者です これを理解するほど 良くなります 驚くほど変わるでしょう いつかオープンに言うことだと 知っていました そして明らかにされました さあ 次はあなた方が それを証明する番です キリストの弟子たちは リアライズ ソールですら ありませんでしたが どこであれ キリスト教を布教しました キリストが磔になってしまい 残されたのは たった12人という状況で 彼らは耐え抜きました 彼らは極めて 謙虚な人たちでした それにキリストと自分 そしてマザーの違いを知っていました そして自分たちと他の者たちの 違いも知っていました 清らかな キリストに啓蒙された 人生を送りました 彼らはリアライズ ソールでは なかったのに 自身を浄化し 生活を美しく保ちました なのでサハジャヨギであれば 尚のこと 次の6つの敵に 与せません まず かんしゃくです これは 慈悲を含みません かんしゃくを慈悲に 置き換えなさい 今日は 60歳の誕生日ですが 心の中で戦うべきは たった6つの敵です 第2は色情で すでにあなた方のほとんどが 倒錯への注意を正しました あなた方殆どが 前より良くなり キョロキョロしなくなりました ですが まだ エゴ中心です うぬぼれがあります まだ競争心があり 嫉妬があります まだ隠れた 物質主義があります そして新しく 家族への 執着が起こりつつあります それを 変えなければいけません 違った用途にです 神の仕事にも 同じことが使えます サハジャヨギの 6つの手として使えます まず 怒り 自分が間違ったら 自分に怒りなさい 負い目を感じなくとも 間違ったことをした自分に怒るのです 罪悪感は自分を変えないために 最も役立つものです 鍵のついた 個人的な倉庫みたいなものです 私はあなた方の罪悪感で ひどい思いを沢山してきました それは 次々と出てくるのです 罪悪感を感じたら 自分に怒る必要があります “どうして私が罪悪感なんか 感じれるだろう” “なぜしたのだろう もうそれはしない”と 他人ではなく 自分への怒りを育てなさい それに怒りは戦いのために とっておくこともできます でないと本当に 戦う必要があるときに アルジュナがしようとしたように 武器を置いてしまいます それに対して人々は “アルジュナは戦争が始まるまでは 偉大な戦士だった”というでしょう なので力を無駄に使わず 些細なことで戦争をせず 幻と戦うことはやめることです 性欲 倒錯は 自身のパートナー 妻に向けられるべきです そして貞節を守ることです 全てが貞節に集約されます 貞節な生活を送りなさい 動物的でなく 人間としてです そういったすべての意識を 貞節の力にしなさい それがあなたを守り 神とのつながりになります 強いられる貞節ではなく 理解とバランスに基づいた 貞節です 家族と 妻と 貞節な生活を送ることができます 女性にはもっと それが当てはまります 夫を悪く言うような もしくは夫に刃向うよう 吹聴するような別の男性に 耳を貸してはいけません 女性の夫を悪く言うような 男性は皆 サハジャヨガから 一掃されるべきです 婚姻は聖域です 夫婦の間に 割って入ってはいけません そんな権利は だれにもありません 問題があるなら 私に伝えてください それは 愚かさのサインです 次にうぬぼれは プライドに変えられます 自分がヨギであると プライドを持ち 本当に誇りなさい プライドで頭を上げなさい “私たちはサハジャヨギだ”と 誇りは押しつけがましくなく 栄えあるものです ですがうぬぼれは 押しつけがましいです プライドとは 自尊心の表れに他なりません 物乞いや債務 猿まねなどは全て 自己理解の不足によります うぬぼれは プライドに変わるべきで プライドとは 自尊心の表現です 自尊心とエゴは大違いです 自尊心は実物ですが エゴは偽物です 男性は男性らしくあるべきで 女々しくてはいけません 牛のように従順で 女性の思いに 縛られてばかりではいけません 社会を リードしなければならないのです インドでは女性の権利のために 戦っているのは女性ではなく 男性です 女性ではなく 男性です なぜなら男性は 女性の父でも 兄弟でもあるからです そして女性の幸福を 気にかけているからです 女性は男性と戦うと きりがないと知っているので 滅多に戦うことはありません 男性と共存すべきと 知っているので戦わないのです ですが男性同士では戦います アメリカですら 女性の解放のために戦ったのは 女性ではなく アブラハムリンカーンでした なので うぬぼれでなくプライドです サハジャヨギであることを誇り この時代に生まれたことを誇りなさい 神の仕事を することのできる時代です 神はあなたを選んだのです あなたの上昇のためにです サハジャヨガのなかで 急に気難しい 隠遁者になるものがいます 神が多くを与えたのに 許されないことです 誰かがあなたに ダイヤを与えたとします あなたは 見せびらかそうとします スピリットを与えられたら それを誇りに思うべきで 隠れるべきではありません 働かないほうがいい とか考える者もいます “外にはいかず 瞑想だけしよう” サハジャ ヨガにはそういった人の 居場所がありません “私にはできません” といいますが “できません”ということばは 皆の辞書から削除されるべきです 仮にもサハジャヨギであるなら “私にはできません” とは言えません 自尊心はあなたに サハジャ ヨギとして必要な ダイナミズムを与えます 分別のある 賢いダイナミズムです 私があなたの問題を解決する 必要はなくなります 競争と嫉妬の性質は 方向をかえて 自分自身に 向けられるべきです 過去の自分と 現在の自分の競争です 過去か現在か どちらが勝つでしょう 現在が より早くなり続けるべきです 過去をできるだけ 置いていくのです サハジャ ヨギどうしの競争は あってはなりません 何を入手したかなど 競争が見受けられます どなったり 悲鳴を上げたり 誰かにつらく当たるなど 激しく争っています 慈愛の心の競争をしましょう マイルドさ 優しさ 美しい態度 誰がより文化的で 紳士的か だれがより深遠か お手本を誰か見つけなさい あなたから見て紳士な人 レディーというに ふさわしい人を 反対に 男性のように振る舞う女性を 理想としてしまったら それも間違っています 女性のような男性もです それは理想ではありません 逆もしかりです 男性とは違う 女性の権利ばかりを 強調するような女性もです サハジャ ヨガでは 男性も女性もありません 男性だから女性だからと いうことでなく スピリットなのです あなたの姿かたち 肉体 あなたのランプや光は 違うものです 光を灯し続けるためには 女性は女性らしく 男性は男性でなければなりません 昨日お伝えしました りんごがマンゴになろうとか マンゴがりんごに なろうとしてはダメです 一番のりんごと 一番のマンゴになれば良いのです なので隠遁して 逃げようという人たちは 人間的というよりは なんと言うべきかわかりませんが 動物はそんなことしませんね 失業手当をもらいながら 怠け者になってはいけません まず できるだけ 手当をもらって欲しくありません 良いヨギではありません 皆ハードワーキングで あるべきで 学業的にも そして何より人格的に 優れているべきです よき生徒 よき料理人 良き母親 良き父親 良き役人 そういった人達に 一体どこで会えるのでしょう 私たちは皿洗いに なるわけには行きません さて 男女の競争は 止めるべきです それぞれの 居場所を持つべきです 女性は男性が 自分の両手だと知りなさい あなたが動力源だとすると 彼らは機械なので壊してはなりません 怒鳴ったり 金切り声で 彼らの自信を 失わせてはなりません 自分の立場がなくなります 彼らが聖なる仕事ができるように 励ますべきです サポートすることです 世話をしなさい 彼らは あなたの機械であり 両手であり あなたは彼らの 動力源だからです 彼らが動力源に逆らえば もちろんひどい目にあいます 子供同士や親子の争いも 我が子と人の子を比べて 張り合わないことです そこから気を逸らして 完全に共存すべきです なので競争心は 共有によって止められます どれだけ分かちあえるか 酔っ払いは 独りで飲めなくて 誰かが 一緒にいて欲しいものです 泥棒ですら徒党を組みます なのに神の恩恵を賜り どうして独り占めできるでしょう 楽しめません 一人だと喜びが欠けています お互いに 優しく親切になりましょう 神の恩恵を楽しむなら いかに多くの人と それを分かちあえるかで 競争すべきです 誰がより分け与えるか より気前がいいか 物質主義は 美に変えられます 一つの手造りの製品が とても美しく 金銭的価値を上回ります 人は金銭を求めて 昼夜お金の勘定をしていると 変になります どこか頭に異常をきたして 結局お金も失います 恩恵を数えなさい 命や 物に込められた 美を見なさい 命がいかに働くか 木を見れば そこに独特の模様が見えます 無味乾燥な 死んだものではなく それは 生気に満ちています 芸術を 鑑賞することもできます 美しいもの全てを 見ることができます 神の創造の力の反映です そうしてあなたに 幸福感を与えます モノに支配されることは 望んでいません あなた方が主人です 最後に 自分の子供への執着です または自分の妻であったり 自分の 自分のと “自分の”といっても それは“自分”ではありません 自分の家 それは“自分”ではありません “私のこれ” “私の 私の”というのは 止めるべきです “ママトヴァ”を壊しましょう それに代わり “私たち”というべきです “私たち”というのは良い言葉で 私もよく使います それでいつだったか 誰かが私に尋ねました “私たちというのは どういう意味ですか” “一体感を感じて 私たち というのは可能でしょうか” “もちろん可能です” あなたは私の体の一部なので 私たちは一つじゃないですか 心臓と指を分けたりしませんね あなたが 私の体の一部であるなら “私たち”という言葉を 使うべきです 私は集合的な存在として 皆がここに居ることに意識的です なので“私”でも“私の”でもなく “私たち”といいます 自分に話すときも 3人称を使えます 例えば “このニルマラがロンドンにいく”とか 本当にです なぜなら行くのは体であって 私そのものではないからです “アディ シャクティである私が行く” といっても どこへ行くというのでしょう どこへも行きません 私はどこにでも存在しています 私が存在しない場所は ありません どこかに行かなければ ならないなら 地獄だけでしょうが 行きたくはありません なので “今 ニルマラが発つ”という 言い方ができます “オーストラリアから出発する”と 私は明日発ちますが 何が起こるというのでしょう 私の体が移動するだけです そのように自分の体に対して 語りかけてみなさい 私の心 とか 誰々さんの心とか 自分を何々さんと言ったほうが良いでしょう 自分に“誰々さん 起きてください” と言ってみなさい 子供はそうします 三人称を使うので驚きます あらゆる場面での ユーモアを感じることができます 自分を 笑うことができます “さあ あなたこちらに来てください こんなことして” そうやって自律を マスターするでしょう どうやってこの赤ん坊を 扱うか分かってきます そうやって 成熟していくでしょう “私の子供です 私の妻です” というのは もちろん子供も妻も あなたの責任において 世話する必要がありますが 他人の子にはもっと 自分の子以上に 構ってあげなさい 自分の子供に対する 過保護は あなたにトラブルを与えます あなたの家族は 父なる神の家族であり 母なる神が 世話をしています 自分で世話ができる と思うならばやってみなさい 過保護にならないように 心配しすぎないようにしなさい 家族のことで 慌てすぎないように 社会的な態度を保ち 子供が同じように ならないようにしなさい 分かち合いを教えなさい 子供が転んだら 別の子に助けるように言いなさい 子供が遊びの中で 身体の不自由な子に 自然に別の子供たちが集まり 助けようとする そんな場面を経験させなさい 劇や物語を通して 様々なことを通じて 良いことを教えなさい 助けるという意識なく 助けなさい それは喜びであり 光栄なことです 大いに光栄なことです 考えを完全に変えなさい 我が子優先で 我が子にまず与える これは全く下品です 育ちの悪さが出ています まず他者に与え その後に自分の家族です 我が子のために 何かを確保し 食べ物を隠し持つ こういったことは全て “クパマンドゥラ”つまり “井の中の蛙”のしるしです 克服しなさい 試してみなさい 男女それぞれ グループを作ってみなさい 男性から女性にあまり 指示をだすべきではありません 良くありません おかしな事を 沢山見つけました 解りません どうして そうなってしまうのでしょう 一方で家族は もうたくさんだと感じて 夫はたくさんだと言い 家族から 離れておきながら 夫をあきらめます 彼はだめだ 結婚は失敗だと言いつつ 別の何かにくっついたりします それは 更なる破滅への道です なので どちらも良くありません 自分の夫や妻 子供の側に立ちなさい 適切な時にはです ただ あからさまに することはありません “わかった いいよ” “でも人前ではダメ” というべきです その子があなたの子だと 分からないようにすべきです ほかの子と交わって 一緒にいて分かち合う それがサハジャ ヨギです ご存じのように私は 自分の子に リアリゼーションすら与えていません 信じられますか クンダリーニの知識は とってあります いつでも教えられると 知っています 時間も 全く与えていません 分かりますか 全くです どれだけ自分の娘たちに時間を 与えたかというと ほとんどなしです 今年は 年にせいぜい3日です 今もっとも大切な 人間関係は サハジャ ヨガや サハジャ ヨギなのです 親に手紙を書くヨギを 見受けます 自分の母や 兄には書きますが サハジャ ヨギには あまり書きません 驚くことです 父には書くけれど サハジャ ヨギには書かない ヨギに書くようにしなさい ロンドンにすんでいる皆 誰か彼らに書いていますか 友達になりましたか さっぱりです 自分の問題で一杯一杯で わざわざ 愛の繋がりを 作ろうとしません サハジャ ヨガに 関心がないかのようです ロンドンの アシュラムにいましたが 何人が 彼らに手紙をしましたか ロンドンの皆に 何人書きましたか プログラムで会った彼らに あなた達の何人が手紙して 関係を持っているでしょう 手間はかからないことです 今日帰ったらすぐにでも この誕生日について 手紙するべきです どんなお祝いだったっかを 美しく 家族にではなく 自分の周りの人でない 人に書きなさい そこら中にいることを 知っているはずです 代表者に書きなさい たとえばグレゴアに またはイタリアのルースに ジェノヴァの ジェネヴィーヴにも書けます 会ったことがあるのだから 書きなさい 女性は女性に 男性は男性に書きなさい アルノーがローザンヌにいます なぜ書かないのですか 知っていますか 彼の妻は出産のために アメリカに行きました お互いのことを 知っているべきです 私は多くの人の 細かいことまで知っています こうやって自分を 愛で満たすのです 今度アメリカとか 他のところに行ったら そこに兄弟姉妹がいるのです マザーについて書きなさい 自分の考えを あなた方は私には書きますが お互いに文通しません 私には特にですが 長文の手紙は書かないでください 詩的な 優しい手紙を書くのです 花を贈るようなもので 人を喜ばせます とても良いアイデアでしょう こうして 6つの敵を克服して 自分の支配下におき 自分のために使うのです するとすばらしく変化します あなたのアシスタントになり あなたの軍隊の長になり あなたの装飾品になります 全てあなた次第です 知恵を持ってしなさい 私はこの歳になりましたが いつも同じ歳でもあります 私は常に今のように成熟しつつ 子供でもあります 若い娘であり 年老いた女性でもあります 毎年毎回同じです ただ 人間理解においては 確実に成熟しました 人間を理解することに 関しては 間違いなく上達しました 生まれた当初は アディ シャクティでありながら 人間のことが 分かりませんでした 自分で創造しておきながら 全く理解できませんでした でも今は成長して あなた方のことが分かります あなたが私の子供で 私を愛している事を知っています どれほど親密かも 知っています なぜそんなに 泣いているの “トイレに行きたいそうです” 連れて行かせなさい “私と行きたいそうです” “自分で行くべきです” 行かせなさい これなんです こういった子たちはとても頑固です 憑き物のようですね 行かせなさい ダメでしょう 行きなさい ほら じゃあ降ろして どうしたことでしょう とても頑固です これは憑き物です こんな大きな子が トイレに行かれないなんて 邪魔したいだけです もう叩きなさい 二回叩けば 憑き物がおちるでしょう 後はもうしません この場合は叩かなければいけません 強くではなく あなたがこれを受け入れないことを 分からせなさい 憑き物は叩かないと 出ていかない場合があります 子供で特に 起こりやすいようです 二回顔を叩けば 大丈夫になります 憑き物ですから 出ていきます 昨日子供について 教えたことを注意しなさい 子供をサハジャ ヨガの 資産にしなさい 負債ではなくです ちゃんとしつけて 育てなさい 彼らは質の良いしつけに ふさわしい存在です 初めはとても厳しく 罰することが必要です 善悪の判断が つくようにです 彼らが成長したときに どれほど重要な資産かわかり驚くでしょう とても良い子供もいますが 悪い子供の影響が 及んでくると よい子まで ダメになるかもしれません よい子を 褒めた方がよいです 優しい子をです 自分の若い時代を思うと 当時の夢は実現しました 私の夢は 想像を越えています 私に関しては もう達成しました あなた方はもう 私をそれほど必要としません あなたに必要な助言や 他者を啓発し どう癒すかはもう教えました あなた方は全て知っています そのアートの達人になりなさい 過去は忘れなさい あなた方は 皆が偉大な人です なので来年会うときは 私の膝の上ではなく この椅子に座って 自分で子供達に 教えているべきです 第2世代が始まるべきです 第1世代は準備ができています 第2世代が育つために 彼らの世話を しなければいけません 私は本当のあなたの お祖母さんになりたいのです 多くの孫に対して それは本当に光栄なことで 成熟であり成就です 雨がふってきましたね あなたの精霊を 満たそうとしています 私が聖霊であると 宣言したからです 皆が喜びに あふれているようです 私をここに招いて下さって ありがとうございます そして世界中のサハジャ ヨギを 思いなさい 皆です 今日はテレグラムを送るべきです 12通ぐらい できますか 全てのセンターに “マザーの60歳の誕生日は 喜びと共に祝われました”と “彼女は皆に恩恵をと伝えています” という感じで 喜ぶでしょう でも インド式では 61歳になります 生まれた日が 一回目の誕生日と数えるからです それが本当の誕生日でしたので 61歳といわれます そしてインドでも 大きなプログラムが行われます 皆さんは 特別待遇されています なので今年は皆さんも私を 特別に迎えて頂ければと思います あなた方皆が 新しい役割を担い 新しい穏和なスタイルを 男性は従順ではなく 女性に対して穏和な人となり 女性は従順に家庭的になると 美しく 穏和な笑顔が 大きな喜びを産むでしょう 私たちは喜びを産みだすためにいます 権利を主張するためではありません それは人為的な喜びです どれだけ喜びを産み出せますか どれだけの喜びを与えられますか この善き日に どうか心に喜びを 感じてください 心の奥底に 歓びの源が存在します なので内側へ 深く入って行きなさい そしてあなたの 60歳の母の歓びを感じなさい 私の中にもそれがあります 深く潜りなさい そこにあります それを楽しみ 他者に与えなさい 歓びの泉のように流しなさい 神の恩恵がありますように すべての国に私が聖霊であり この復活の特別な時のために来たのだと伝えなさい […]