ナヴァラトリ10日目、深さと満足/ナヴァラトリ プージャ Butlins Grand Hotel, Margate (England)

「自身の中のデーモンを壊しなさい」1989年10月8日マルゲート(イギリス)

デヴィ プージャを イギリスですることは 自然の流れで決まりました ここで行われるべきでした ここがサダ シヴァの場所であり アディ シャクティが崇拝されるべき 場所だからです なぜデヴィ プージャをするのか 今日 理解すべきです デヴィ プージャをする 理由は何でしょう それから何を得られるでしょう 私たちの内実において 何を得るべきなのでしょう まずクンダリー二はデヴィです 彼女はアディ シャクティの反映です なのでデヴィを崇拝するとき まずあなた自身の クンダリー二を崇拝します あなたにリアリゼーションを 与えたからです 普通の人に比べ デヴィのプージャに対して持つ 理解は遥かに深いです 彼らはリアライズ ソウル ではないからです クンダリー二が覚醒していません なのでデヴィ プージャの目的は リアリゼーションを得るためです デヴィを歓ばせて 人はリアリゼーションを得ます あるいはリアリゼーションを与える人に 会う機会を得ます しかし あなたはもはや 違うレベルにいます ですから 自身のクンダリー二に対する アディ シャクティに対する 感謝から行うものです 内にあり アディ シャクティによって 反映されたクンダリー二によって 奇跡的に起こったことに 対する賞賛です しかし 私たちが リアライズ ソウルであるということは ポイントではありません ヴィブレーションを感じられるというのも ポイントではありません 他者にリアリゼーションを与えられる ということもポイントではありません それでは何が大事なのでしょう 重要なのは内にある内実です 何が内にあるかが大事です これらは内にあるものの 現れにすぎません 例えばある者は 気前がいいとします そしてその者が金持ちだと分かります そうでないとできません なので自分たちの内実を 見なければいけません 内実において 自然界で真の内実があるのは どこでしょう 海を見ると 水で満たされています あらゆるところから水を吸収し 太陽によって蒸発し 雨になります ですが海は 最も低い高度にあります そしてあらゆるところから 水を吸収します 同じようにサハジャ ヨギが より良い内実を望むなら 外側において高いところにいることは ないと知るべきです 聖書に「柔和であれ」とありますが 意味は説明されていないと思います 強い者のみが柔和になれます 安定している者が柔和になれます 真髄において 豊かな者が柔和になれます 不安定な者にはなれません 不安定な者が どうして柔和になれるでしょう いわゆる金持ちも 柔和になれません 寛容でないからです 満足していません 哲学的ではありません 豊かさはなく 欲深い乞食のようです ですから内実が大事です 私たちの内実は何でしょう あなたは私を愛していて 私もあなたを愛しています いいことです しかし あなたが私を愛する時 サハジャ ヨギとして愛すべき資質が あることを知らないといけません 人はサハジャ ヨガをしていても 我を見失います 何に対しても克服できる 大丈夫だと考えれば 自分を見失います 私たちが柔和である時 その内実は謙虚さです 人に対し謙虚でいなさい すると自分自身を好きになります その資質を楽しめます “私は他の者より謙虚である” その他に内実において 大きな山が挙げられます 高さがあるからです 山が雲に触れます なので海の謙虚さと 山の高さには関係があります サハジャ ヨギは そのようでないといけません なぜなら 大海には内実が潤っており それが雲となり 山の高みに シヴァが住まうカイラス山に触れます なので大変 歓びを与えるものです 私が描かれた絵のように 昔の私の状況はそうでした 今日も精妙なレベルにおいて 働きかけています 沢山のネガティビティがあり 様々なレベルで 働きかける必要があるからです 人間が悪魔になっても仕方ない という言い訳はできませんし サハジャ ヨギはもってのほかです しかし私はあなたを 我が子と呼んでいるので 多少祝福はあります 長いロープに例えれば 気にすべきはロープでなく あなた自身の資質 吸収する内なる力です ありのままの海を見ると 海は周りの水を 取り込む性質があります そして太陽が スピリットとも言えますが 太陽によって蒸発します 海だからこそ可能です 川ではそれほどできません 海は大変広大で 深く 無尽蔵だからです そして完全に 純粋なものがでてきて ハートに触れます サハジャ ヨギだからできます ハートがシヴァが内在する高みの レベルにあるからです 純粋さ 心の広さ 深さ 謙虚さやマリヤダがないと そこに至ることはできません 海は決して マリヤダを超えることはありません 片方から押し寄せれば もう片方に表れ 決してその範囲を超えません もし太平洋がもう30メートル深ければ 問題があったでしょう なのでその深さ 高さ 広がりにおいて 自身のマリヤダがありますが そのマリヤダの中で 自然と お母さんと一つである という感触があります 母なる大地を乱すことなく 母なる大地の一部に 適切に位置されています 自然は神聖の下に束縛され 神聖が自然を世話しています すべてが美しく作用し 自由があります サハジャ ヨガを始めると より大きな自由を得ます 完全な自由です 無意味なもの 罪深いもの 低俗なものには束縛されません あなたは山のように それらを超越します 山と海が組み合わさり そこに船を通すことができます 深みある者のみが 深さがある岸に辿り着きます そのようにしてあなたのハートと バヴァサガラの繋がりに 自分の深みを得ます そこは人があなたのところに来て これは素晴らしいと 分かる美しい場所です 皆分かっています 私は普通の女性に見えるでしょう あなた方は違って 見えたかもしれませんが 通常は・・・ どのくらいの人が プログラムに来るでしょう どのように来るでしょう コロンビアでは私の名前すら 聞いたことがない者が 何千人も来ました 驚くべきことです 座る場所に困るぐらいでした ロシアでも私のことはもちろん 誰も知りませんでした 出版された本もありませんでした なので “貴方が集合的無意識を 操作をしました”と言うでしょうが していません ですがそうなったようです なのでサハジャ ヨギが 内実を高めると 集合的意識が 神聖が確実に作用します 広告を出せば 人が来るようなものです 人はお金をとると 買えると考えます しかしお金やビジネスは関係なく ただ素朴な者であれば 神聖によってすべて成されます 神聖がワークアウトさせます しかしその場のヨギが 何の役にも立たないのであれば 私がそこにいたとしても ワークアウトしません 生半可な者では ワークアウトしません あなた方を失望させる つもりはありませんが 自身の内実を育み 自身を完全に信じないといけません これはサハジャ ヨギの 最もすばらしい財産です ではこの大海は何でしょう 愛です それは愛です それは話すことも 何かを成すこともありません ただ自発的に働きます 自分でしようとしないほど 良いです “私はこれをします 処理できます”ではなく あなたはただ 自身の内実を育むだけです 皆さん幸運です 誰もが持てなかったものを 沢山持っています 人々はジャングルに入り グルの怒りを受けないと いけませんでした 彼らを守る者もいませんでした 崇拝する アディ シャクティもいません あなた方には アディ シャクティがいます その力は神聖です あなた方は大変 有利な状況にいますが まずそれに 気付かないといけません 内実を育むとき その器は 強くないといけません そうでないとすべてが壊れます この力であなたが 完全に守られていると知ることです 誰もあなたを傷つけません しかし試されないと 完全に安全であると分かりません あなたが理解しているか見るために トリックが起こるかもしれませんが 何もせずとも すべてが解決します どのように解決したか ワークアウトしたか分からないでしょう 問題はサハジャ ヨギが この力をどのように持つかです 私はそれをシュラッダだと言います シュラッダとは 盲信ではありません サハジャ ヨガを始めたあと リアリゼーションのあと あなたはすべてを分かります あなたは 私の写真を見ました サハジャ ヨガが いかに作用するか 人のクンダリー二の 上げ方も分かりました ヴァイブレーションを 感じることができます 人について分かり 治すことができます これらの力すべては あなたの中にあります エゴなしにこの力について ただ悟ることがあなたの力です あなたが強力なときエゴはありません 必要ないからです エゴは力がないときに 出てきます もっと欲するからです 十分であれば エゴはありません なのでこの力をまず 確かめないといけません あなたに力があるかどうか まず確かめます 例えば椅子に座る前に 壊れていないか確かめます “大丈夫だ 座れる” サハジャ ヨギの中には 際にいる者がいます 時には高みに達した者と 外側にいる者に大きく差があります これらすべて 昔滅ぼされたネガティブな力です 彼らを殺すのに シャクティ一人で十分でした カリ シャクティや ドゥルガ シャクティです でもあなた方には沢山います マハラクシュミ シャクティや サラスワティ シャクティがいます 12人の神格が あなたのために働いています では あなたがそれに気付くということは 自分を完全に 信じるということです 未だに自分を疑っているなら これも人間の資質ですが 犬は自分が 犬か猫か疑っていません 虎も分かっています 自分の能力も分かっています 人間だけが他の愚かな資質に加え 自分自身を疑うことをします この疑う資質が 彼らを臆病にしています サハジャ ヨガでは自分に対す る疑いを持つべきではありません “私は未だこうです このようにしてしまいます” それなら取り除きなさい 背中に猿を担ぎたいなら 私は問題を解決できません “まだ背中に猿がいます” 取り除きなさい 簡単です 私のシンプルな理論では これが答えです 猿を担ぎながら “マザー 私は猿を担いでいます” 見えてます 頭や背中から 取り除きなさい 簡単です あなた方はサハジャ ヨギです ロシア人は違うようです 彼らに猿はいません 驚きです 全く猿がいません 誰にもです 個人的 公的 その他問題はありません 全くです 議論もありません 彼らは“政府がこうだから”と 言えたかもしれませんが言いません うんざりしたのでしょう 大変学識があり専門家で 謙虚で 心を開いていました ただリアリゼーションを望みました “貴方は私たちの 解放の為に来ました” 私のサリーや歩いたところに 触れようとはしません ヴァイブレーションのことも 私が アディ シャクティだとも話していません どのように私を認識したでしょう 彼らは自身の内に力を シュラッダを育みました 自国で神について 決して話したことはありません 教会やイスラム寺院を立てる 愚かな者もいましたが ほとんどの者が大変強く 内実が現れていました プログラムがある度に 今でさえ フォローアップのときも 最低でも千人はいます このイギリスでは デヴィ プージャに千人もいません それに人々は何千キロも遠くから シベリアなどから来ます 自分たちでホールを予約し 支払います サハジャ ヨギはお金を取りませんが ホール代はかかります 生半可な者はワークアウトしようとも 頑張ろうともしません それはサハジャ ヨギの 生き方ではありません 私たちは 悪魔を殺すことはありません デヴィと共に戦ったように 戦争に参加することも 兵士のように 戦う必要もありません あなたは内にあるネガティビティを 倦怠感を取り除くだけです そしてワークアウトさせるだけです マントラを言ったり マントラの力を知っていても 神格が起きた状態 でないといけません そのため何度も言いますが 瞑想しないといけません ただ座って“分わかりました ゴルフと同じですね”違います まじめなことです あなたはアディ シャクティを 崇拝しているのです 完全な理解と献身で 瞑想しないといけません 機械的ではなく 遊びでもありません 大変精妙で特別なことです 行動で示せるものではありません ただ大変深い気持ちです その深みは他のどの 気持ちとも比べられません その想いで 瞑想しないといけません その後結果を見ます 多くの者が“あれこれしたのに まだ問題があります”と言います それは十分深くないからです 祈りの長さや言葉の多さは 関係ありません 神聖の御み足をどれほどの深みで 触れたかが大切です なので今日 デヴィがすべての ネガティビティを取り除くために 私たちのハートを剣でもって貫き シヴァのために蓮の花を根付くよう 植えるのだと理解することが重要です デヴィは私たちの内から すべての醜さを取り除きたいのです まるでデリケートな 素晴らしく成される手術のようで あなたは それを感じないほどです この間ある本をもらいました ヴァイブレーションのことをスパンダと 呼んでいました 脈打つという意味です サンスクリット語でアナハタです 震動がないというの意味です しかし この本を読むと 大変回りくどく 説明だらけで誰も理解できません ひどいものです 私はそれ以上のことを 簡単に説明しています その本を2ページ読めば 頭痛がします でもあなた方はサハジャ ヨガの 全知識をすばらしく得ました すばらしいことです 別のマントラについて読めば その説明は現実とは 無縁だったりします 現実と関係あったとしても とても回りくどく 複雑です アディ シャンカラチャリャは それに気付いて論文を断念し “お母さんの賛美をただ讃えれば 全て大丈夫です”と 人は難しく捉えますが とてもシンプルです 人間は大した専門家です ラジオのように次々賛美し 何もハートには入ってきません あなたはその深みを 育まないといけません サハジャ ヨガでは脳ではなく ハートを通して理解します あなたはハートを育み ハートで他者の素晴らしさを 受け止めないといけません 人は他者の間違いを 簡単に見れます 自分の間違いは見ません 知的な者は特にです リアリゼーションは必要ありません しかし賢い者は 自分の間違いを見ます そして賢いので 自分を信じられます 疑いはありません 自分が賢いと分かっています 自分の間違いや すべきことを分かっています 今日における女神の仕事は 大変違います 明白です もちろん象徴的には同じですが 大変精妙になりました まず第一の仕事は存在する ネガティビティを滅ぼすことです より光があれば 無知は消えます 光が広がり 暗闇がなくなります あなたが光です あなたは光を灯し その光を世話しないといけません そしてその光を 永遠のものにしないといけません これはあなたがしている 仕事の一つです 光を広げ人々を啓蒙することは あなたがするすばらしい女神の仕事です あなたの周りにあるネガティビティは あなたの内にあるものより 危険ではありません 今日では さらに精妙になりました ネガティビティはより 精妙になっています あなたの中に入り込みます 気をつけないといけません いつでもあなたを倒します あなたが登ろうとするとき 一歩でも間違えれば 落ちることができます なので緊張することなく 注意深くいないといけません すると注意深さが育ちます 光が内にあれば それを見始めます すぐさま見れます どう正すかも分かります すぐに取り組むでしょう 素敵なサリーに汚れがつけば すぐにきれいにするのと同じです 同じように私たちは 大変注意深くいないといけません ダクシャです 以前はこれは女神の仕事でした 女神が啓蒙し 人々のために注意深くいました 子どもたちのために 虎のように座りました 人は祈り プージャや ハヴァンを捧げました 女神は彼らの前に座り ネガティビティから守り 悪魔を殺し あらゆることをしました しかしその段階は 終わっています 彼女はあなたの中に 入っています なのであなたは自分のネガティビティ を殺さないといけません お母さんと 同じ力を備えています いかなるネガティビティも あなたに触れることはできません あなたはリアリゼーションを与えられます その力を備えています そして他者ではなく 自分の欠点を見ることができます そして取り除けます あなたの善にも 上昇のためにもならないからです 誰も得しません それはコレクティブ レベルおいて 自動的に作用します 心配することはありません 煩わせる者はいなくなります 盲目の者が崖から 落ちてしまうようなものです これについて 心配することはありません ただ作用します あなたはすでに見てきています あなたにある もう一つの資質は あなたを通して女神が作用していると 信じれることです 彼女はあなたの中に内在しています その力を備えています あなたは人を癒すことも 治すことも 平穏や至福を 与えることもできます 女神があなたに 至福を与えたからです あなたは至福になった ということです 冷房がかかっているとします 涼しい風がきます 同じようにあなたが至福を発するなら 他の者に至福を与えています しかし内に至福がなければ 与えることはできません ですからヨギは女神のように 至福に満ちていないといけません 彼女には 極端な性格があります 非常に残酷でもありえますし 非常に温和でもあり得ます 昨日の二つのラーガのようにです 彼女は 人間の想像以上に 非常に凄絶にもなれますし 非常に温厚にもなれます この凄絶な側面を あなたは持つ必要はありません ただ作用します この側面は 神聖のみが持つものです あなた方は もう一方の側面を持ちなさい 凄絶な側面は 神聖に任せなさい いずれにせよ神聖も 仕事をしないといけませんので あなたがすべての仕事をするなら することがなくなってしまいます なので神聖が その面を世話します 女神が自身を楽しむように あなたも自身を楽しまないといけません 彼女は自身の至福を 平穏を 創造のすべてを 子どもたちを 彼らの愛を楽しんでいます 同じようにあなたも 楽しまなければいけません すべてを知らなければいけません すべてを熟知する者 でないといけません “神聖よ どうか私たちをお守りください” と言う以外は 全く言う必要がありません せめてそれだけです 仮に言わなくとも 守られています 見えていなくても神聖が その舞台をワークアウトしています あなたはその舞台にいます 彼らが光をどこに照らし 何を変えるか すべてアレンジしています あなたは 居心地良くいるだけです 全ての仕事をする 必要はありません あなたは演じたり 台詞を言ったりして 自分の仕事をするだけです 他は彼らにさせなさい うまくやります 彼らはすばらしく 配置された専門家です 神聖の手に任せることを “サレンダー”と言います それができるなら ほとんどのことは 奇跡的にワークアウトするでしょう 驚くほどです “マザー このようにワークアウトするとは 思ってもいませんでした” 大変大きな力が 作用しています その力 すべてのエネルギーの 源であるそのエネルギーです この偉大な宇宙を創造し 母なる大地や 太陽を創造し あなたをデリケートに 創った力です その力が働いています その力があなたを世話し あなたがこのステージにいることを 誇りに思っています 今日は女神に “どうか私たちの内にあるネガティ ビティと戦えるよう助けてください” “戦えるようあなたの虎をください ライオンをください”と祈ります 私たちの内にいる 恐ろしい動物たちや 恐ろしい取り憑くもの 恐ろしいコンディショニング それらを取り除かないといけません 自分をよく見ると 沢山のコンディショニングがあります 薄いカーテンで覆われていて 見れなくなっていますが そこにあります その洞穴に虎を入れて 見つけなさい するとあなたは女神のように馬や ライオンや虎にまたがって楽しめます 結局子どもたちはお母さんから 受け継いでいる財産があります あなたはそれらを 使うことができます しかしあなたは それに値する者でないといけません 自分にはその価値があると 気づかないといけません それに値し それができると 今日私たちは このプージャのためにここにいます パースで予定されていましたが ここになりました このプージャができるのは 幸運なことです そしてこれはより深く より精妙な性質のものです あなたの血のように この七日間で女神は血の色の赤を 常に身に付けると言われています 胎児は母の子宮の中で まず赤色を目にします それは安心感です 一方で赤い服を意味し もう一方で 安心感を意味します あなたの周りに 安心感を与えます あなたが行くところが どこであれ安心感があります ただ感じなさい あなたは 神の王国に入っています 疑いようがありません 皆さんそこに入り すばらしく落ち着いています 神の祝福がありますように […]

シュリ ヴィシュヌマーヤ プージャ、姉妹の力/ Southlands College, London (England)

シュリ ヴィシュヌマーヤ プージャ 1985年9月1日 イギリス ロンドン市、ウィンブルドン

今日の シュリ クリシュナのシスターである ヴィシュヌマーヤのプージャですが 今までインターナショナルプージャには ありませんでした 神の愛のために 献身者が集まるなら 神でさえ規則を 破らないといけません ですから 行われることになりました せめて一回は 行われても良いでしょう あなた方の愛 そして献身ゆえに望まれ このプージャが 行われることになりました そのような折りに私が 英国にいるのは自然の成り行きで このプージャを行うなら インドで行われたはずです このプージャの神格である ヴィシュヌマーヤは その種を植えるには 西洋の国では容易ではないからです すべてのシャクティは このようにプログラムされています まずシャクティとして お母さんがいます 本源的なお母さんです 彼女から三人のシャクティが生まれます マハカリ マハラクシュミ マハサラスワティです そして彼女達からも子どもが 生まれます 兄弟姉妹です 妻の力が創られる前に シスターの力が創られます ブランマ ヴィシュヌ マヘシャは この三つのシャクティから生まれました そして彼らにはシスターがいて それぞれ結婚しています 例えばヴィシュヌのシスターは パルヴァティで シヴァと結婚しています この三種類の力が常にチャクラに 働いていることを理解するのは 大切なことです これらの三つの力の作用を 理解すれば ヴィシュヌマーヤの大切さを 理解できるでしょう ヴィシュヌマーヤは 家族におけるシスターの力です 女性は力であって 男性はこれら三つの力を現わす 動的な力です 男性の力が加わると これらの力は連携し 助け合います ヴィシュヌマーヤの力を 理解するのは大切です お母さんの力は純真さを 守るためにあるからです 大事なことです 純真さを守るのはお母さんの力です ヴィシュヌマーヤの力は あなたの純潔を守るためです 時にあなたは純潔や 純真とは何か理解しません 純真は行動しない力です 家の中の電気のように 私たちの内に純真があります つまり行動は 純潔を通して行われます “私はこれを純真にやった” とは言えません 純真さからしたのであれば あなたの人格や純真さや徳深さを 傷つけることはないからです ですから“純真にやったのに” と言うのは間違いで 純真にしたなら それは純潔です 純真さで行われれば 純潔になります 自分の純潔に敬意を 払わないといけません 純潔は内にあるヴィシュヌマーヤの力 ガウリの力 純粋な処女です 結婚はしません ヴィシュヌマーヤは生まれてすぐ カンサに殺されました 内にある純潔を理解するには 純潔はすべてのダルマの礎であると 分からなければいけません 純潔感がない限り ダルマは持てません ダルマの礎だからです 純潔がなければ 不安定なものでしかありません 純潔の礎がなければ すぐさま崩れ落ちてしまいます 西洋では挑戦されていますが 純潔は大事なことです この国で純潔の種を植えるのは難しくても そうならないといけません このプージャが行われるのですから 神聖な計らいがあるのでしょう 容易いことではありません 純真な者 信心深い 人生を歩んできた者 純潔に敬意を払ってきた者によって 行われるべきです いまやあなたは聖人です 全てが純粋で善いものです 神聖な人生を歩んできたので 純潔が内で覚醒されました 純潔は内でガウリとして クンダリーニとして作用しています サハジャ ヨガの徳ある 生き方の真髄は純潔です 多様化できません この純潔があなたにマリヤダを与えました 境界を定めました 純潔があなたに マリヤダを 境界を与えます どのように与えるでしょう 空にある雷のようにです サハジャ ヨギを二つの雲とすると 海から発生し 雲から純粋な水が 流れ出ないといけません 接近するとエゴが一線を超え 互いに争い 衝突すると 純潔である雷が起こります 雷が“あなたは間違っている なぜ互いのエゴを戦わせるのか”と言います そのように注意するのが シスターの仕事です 昨日も大勢の シスターがいましたが シスターの仕事はどちらか一方の 味方をすることではありません 兄弟としての一線を超えれば 雷が落ちます さて雷の力は シュリ クリシュナの力の一部で 彼の一部から取りました だから彼は大変優しく 温和な化身なのです 自分の一部から取って “私のシスターとなって人が不義を働く度に 正させないといけない”と言いました シュリ クリシュナが大変温和で ロマンチックな化身として言われているのは シスターの部分が 取り除かれたからです 彼女は常に彼と共にいて 役割を果たします 家族におけるシスターの役割は 兄弟が争わないようにし 面倒をみて 他から 挑発されないようにし どこまで相手に踏み込むかの マリヤダを与えることです フロイトや たわ言を言う者が ヴィシュヌマーヤに挑戦するような 間違ったおかしな理論を打ち出したことは 間違いだと理解することは 大切なことです 兄妹間で そのような関係があるなら 七世代に渡って 家族がひどい病気に苦しむでしょう フロイトが言うような関係なら 14世代に渡って苦しみます ヴィシュヌマーヤの制限する力は あなたのエゴやスーパーエゴ 家族をコントロールします 内に存在するヴィシュヌマーヤの 純粋な力に導かれ 全てが彼女の力の コントロール下にあります ですが悲しいことに 西洋諸国ではヴィシュヌマーヤが 完全に病んでいます 私の左耳が 聞こえなくなるほどです 純潔感が 完全に欠如しているからです 私たちは無分別の人のことは 忘れないといけません 私たちはサハジャ ヨギなのです 多くが“あの男性とは 良い交友がある“とか “あの男性とは大変親しい”など おかしな考えを持ちます マリヤダがありません 男女間の交友はあり得ません ばかげています 西洋文化も おかしくなっています 夕食に招かれれば 両側に他人の旦那が座ります 東洋ではそれはありません ヴィシュヌマーヤが 反対しているからです 彼女が夫婦を 一緒に座るようにさせます ここでは純潔が欠けていて 左のヴィシュディがキャッチしています それについて私が話せば 余計キャッチします あなたは実際 ヴィシュヌマーヤに 自分のシスターに罪悪感がないと 認めているのです 彼女はあなたに 罪悪感を持ってほしくありません 妻ならあなたに罪悪感を 持ってもらいたいかもしれません 自分の力が挑戦されている ライバルがいると感じるからです しかしヴィシュヌマーヤは違います シスターはそうは言いません ブラザーとシスターは 決して友達ではありません グループの中でも互いが 兄弟姉妹であると分かっています 特定の者や一人のシスターとだけ 親しくはしません ある時 キリスト教徒の 集まりがありました 中に少なくとも30人の従兄弟と 4,5人の兄弟がいました 様々なインド人の キリスト教徒でした その中に愚かな者達がいて 私たち姉妹に絡んできました 自分にそんなに沢山の従兄弟が いるとは知りませんでしたが 急に私たちのところに飛んできて 彼らをやり込めました 兄弟の多さに 改めて気づかされました 兄弟達や私たちは それぞれで話していて そんな中突然大勢の兄弟が 助けにきました シスターの純潔を守るために 飛んできました シスターが彼らの純潔の 基礎だからです いつも話す間柄ではありません 近しくはなりませんが 困難な状況やマリヤダが必要な時 家族に助けが必要な時は シスターのところに行きます 最近 家族に問題が起こったので 弟から手紙をもらいました 母は丁度いませんでしたし 普通シスターの方が役に立つものです すぐ聞いてくれるからです 母親は家族全員の面倒で忙しいわけです なのでシスターの気持ちは とても大切です 私たちの左のヴィシュディが 悪いのは 自分達の純潔に 気にかけてこなかったからです 敬意がありませんでした インドでは違います 女性も男性も自分の純潔に 敬意を払います ある外国の若者に尋ねると 彼らは “間違ったことをしてきているものの 何かが間違っていることには気づいていました” なぜか尋ねると “シスターの関係を感じるからです”と しかし今ではインド人の男性も あなた達のようです 自分の純潔を守る力を 失っています 男性は自分の純潔に 敬意を払うべきです 純潔のお陰であることを 分かっていないからです スピリチュアルな存在の基礎がなければ すぐさま崩壊するでしょう ですから母なる大地や緑に 注意を向けなさいと言っているのです 緑の色です そこに注意を向けるなら 常にシスターや他人の妻 娘達を 見ることで犯している 不貞から救われます さて 娘やシスター 母の関係は 大変純粋なものです あなたが頭を使い過ぎれば なぜハートがキャッチするのかに繋がります 右側を使いすぎれば なぜハートがキャッチするのでしょう ハートがキャッチする理由は 何でしょう これは理解すべきことです シヴァとヴィシュヌの関係と同じです まずヴィシュヌの妻は、、、 シヴァのシスターは誰でしょう シヴァのシスターはサラスワティです サラスワティにおいて働き過ぎると ハートがキャッチします マリヤダがあります そのように結婚によって繋がる シスターの関係が あなたのチャクラの マリヤダを守るために働きます 度が過ぎれば 急に左や右に傾きます マリヤダを超えるからです このシスターとの関係は 他の化身にも存在します モハメッド サイーブのシスターは アリの妻でしたが 彼女は彼の 娘として生まれました 娘としてもシスターとしても 生まれることができます 彼女はナナカのシスター ナナキとして生まれました モハメッド サイーブの娘としてもです それが化身のシスターでも 娘でもあり得ます 娘もシスターも純真で 真の純潔です 純潔の大切さを理解できない者に 法について説明しても無駄です 法の意味が マリヤダだからです それはヴィシュヌマーヤの力を 通して意味をなします 他人の物を盗むのは 良くないと言いますが 他の人の所有物だからです でも誰がそれは間違っている と言うのでしょう もちろん警察はいますが 正しくないと言うのは誰でしょう 法律家でしょうか 無意識の中でその役目を果たすのが ヴィシュヌマーヤです 何かを盗むや否や 罪悪感を感じるからです 法律にも“有罪” という言葉があります 罪悪感は左の ヴィシュヌマーヤから来ます ですから純潔感を 持つことは大切です ですが人は分かれています 道徳的な純潔を持つ者は 物質的な純潔を持たないかもしれません 物質的な純潔を持つ者は 道徳的な純潔を持たないかもしれません 道徳的な純潔が生来のものなので まず最初に来ます 大切なことです あなたの道徳的純潔が 完全に滋養されていれば 自動的に 物質的な純潔が出てきます その効果は同じです サハジャ ヨガでお金を騙すのも 道徳的に騙すのも ヴィシュディはキャッチします 全ての問題は 左のヴィシュディから始まります サハジャ ヨガの中で誰かが騙そうと お金を騙し取ろうとするとします すぐさまその者の 左のヴィシュディがキャッチします キャッチすると おかしな態度をとるようになります そのキャッチ全体が表れてきます 不道徳になっても 左のヴィシュディはキャッチします すべての罪悪感は そこから来ます 何であれ母に口答えするのも 母に対して無礼です 多くの者がよく “マザー それは違います”と言います 決して言ってはいけません 否定すれば左のヴィシュディが キャッチしてしまいます ヴィシュヌマーヤの力が何であれ 否定することには我慢しません 多くの者がそれを習慣化していますが 言ってはいけません 一度左のヴィシュディがキャッチすれば 左全体のチャクラが弱くなるからです すべてのチャクラの基礎である 純潔が弱まるからです ですから左のヴィシュディの価値を 理解することは大切です 私達は左のヴィシュディをキャッチしても 大したことはないと考えます “左のヴィシュディね つまり罪悪感があるということだ” 何をしたのか理解していません 限度を超えたので それが表れているです ある種の徳を怠ったから 聖なる父母に対して間違ってしまった からだと理解していないのです 左のヴィシュディは 間違えや過ちや罪の印です サハジャ ヨギは左のヴィシュディを キャッチさせてはいけません 人は喫煙や様々なものを吸って 問題を悪化させます インドではタマクと呼ばれる 葉タバコを吸います そして何も悪いとは思いませんが 左のヴィシュディはキャッチします 左のヴィシュディは 自分の様々な問題の戸口です 何に対しても罪悪感を感じないよう 気を付けないといけません その上大変悪循環です 例えば間違えを犯した者が いるとします その者がどう思おうと 私は直に 間違っていることを伝えようとします もちろん分かってもらえるよう トリックをしますが 私の言おうとしていることが 分からないのであれば “私の中にあなたをいさせることはできません” と言いサハジャ ヨガから出てもらいます サハジャ ヨガから出れば せめて私の頭痛はなくなります この負の力が働くと 人はそれに向き合うことをしません “私が間違っていた それは間違いだった”といったように 間違いに向き合わず 言い訳をします 言い訳をすれば 左のヴィシュディが こぶのように大きくなります そうすると治すことも 浄化もできなくなります ですから人は“なぜ間違ったのか” と言い訳をします 一度間違ったと言えば 間違いを受け入れるだけです “次はその間違いはしない すみません”と このすみませんという言葉は 西洋では曖昧です インド人のサハジャ ヨギにも “すみません”と言う者がいます 良いことにインド人は 決して罪悪感を感じませんし すみませんとも言いません 間違いを犯した後 自分は 人間だということを理解すべきなのです 間違えるのは人間だからで 許すのは神聖です しかし間違えた事実を 知らないといけません 言い訳をし続けるなら 神が全てを知っていることに 気づいていないのです 神に間違いを犯したと言われたなら やはり間違えたわけです それに対して“あれが理由で 間違えてしまった”とは言えないはずです あなたにショックを与える 電気の力が働きます すると間違いに気づくのです ですから自分にショックを与えるような 機会を与えないことです ショックに至るような 振る舞いはしないことです もちろんお母さんの力は許しです サダシヴァの力は許しです ですからあなたがしていることを しばらくは続けさせてくれます しかしこれは間違っていると 教わっているはずです 例えば完全に自分の限界を 超えるとします すると突然ヴィシュヌマーヤが現れ すべて暴露します サハジャ ヨガでは 暴露されます なのでこの力は大変助けになり 導いてくれ 向上させ 滋養され あなたを守りますが ある点までだと 理解しないといけません さもないと 彼女があなたを暴露します あなたのその愚かな行いに 彼女は耐えれません ですからそれを続けるなら 暴露します 人の低劣な行いを あなたは知っているはずです 沢山の首相や社長を知っていますが 彼らが死ぬと暴露されます 誰もそのような者が 純潔であったとは言いません 国のリーダーの中には純潔な者が 僅かにいましたが 大変稀です 人生において権力を得れば 自由を得た 好きなことができる と考えるからです 純潔でもそうでなくとも 好きなことができます “自分には力があり 最高の地位にいる” という概念に負かされます そしてそれは その者にとって完全な 幻になり 純潔が大切だと忘れさせます 高い地位になればなるほど エゴを甘やかすものを 得るほど 左のヴィシュディが圧迫されます そのような者は 左のヴィシュデに逃げ込みます 心の奥底で無意識に 罪悪感を感じるからです 全てが左のヴィシュディに 罪悪感としてきます 罪悪感として左のヴィシュディにあると 状況は厳しいです 非常に敏感になるからです その者に何か言えば もっと罪悪感を感じます 正そうとすれば もっと悪くなります 左のヴィシュディをキャッチする者 にとって良くない状況です またそのような者は 常に言い訳をします 右のヴィシュディなら 傲慢になりますが 左のヴィシュディは 口答えをし 全てに言い訳をする悪賢さを持ちます 言うことは何であれ “マザー違います こうです” そしてそこで終わらず 皮肉を加えます だから西洋の者は常に 率直に言わず皮肉的です 伝えるのが難しくても 皮肉的に話さない限り 率直に言うのは愚かで 知性に欠けると考えます なので大変ひねくれた 話し方をします この話し方は左のヴィシュディの 問題から来ます あなたの左のヴィシュディが 良くならない限り 優しさや美しさや 感謝できるものは得られません 左のヴィシュディに問題があれば 決して感謝できません 左のヴィシュディに苦しむ者は 他人の良さを見れません エゴにとって問題が存在しないと いけないので“自分が一番だ”と考えます それは相手の方が秀でていることを 人に従わなければいけないことを 人から教えられることを 受け入れたくない歪んだエゴです 特に私と一緒にいる者は 左のヴィシュディがすぐキャッチします プロトコールに欠けるからです プロトコールに欠けると 左のヴィシュディにきます 私と一緒にいることは ブレッシングですが プロトコールに逸脱しないよう 最新の注意を払わなければいけません 馴れ合いになって はしゃいではいけません 中には度を越え 左のヴィシュディをキャッチします マザーに対する畏怖の念や 敬意を持つべきです それは左のヴィシュディによって 守られるものです これはシュリ ガネーシャの 隠れた力です シュリ ガネーシャの力は 左のヴィシュディで 純潔として作用します ガネーシャの力は 左のヴィシュディを通して表されます ですからガネーシャを信じる者 純粋な純真さを信じる者は 毎日自分の振る舞いや行動において 純潔でないといけません ガネーシャは 純潔の花として表されます 神聖な法において 純潔がなければ どのように人は境界を持ち 正し 浄化し 進化できるでしょう 例えば育つ木に 限界がなければ 際限なく伸び放題で 収拾つきません ですから人をより高次にするには 制限が要ります 父がよく良い例を話してくれました 小麦が、、、 (邪魔しないでください) (出ていきたいなら出てください) (ただ人に迷惑は かけないでください) これも同じです 左のヴィシュディによる 動乱に過ぎません 目立ちたがったり 邪魔したり 圧力を与えたり 出しゃばる傲慢さは全て 左のヴィシュディが原因です 自分の左のヴィシュディに 打ち克ちたいのでそうするのです だからそれらが加わるのです 打ち克とうとすればするほど加わります 父の話してくれたことをお話しします 小麦があるとします 小麦を広げるとアテンションのように なくなってしまいます でも黄麻袋に入れると まとめることができます 高さも得ることができます 同じように純潔なしにアテンションを 散漫にすれば 広がってしまいます 制限がありません 形がありません しかし制限があれば あなたはより高くなれます スピリチュアルな人生において 高く上昇できます あなた方はスピリチュアルな 人生を望んでいるので 左のヴィシュディは正されないと いけないと理解すべきです では左のヴィシュディは どのように正すのでしょう 時折私はこれに対して うんざりすることがあります キャッチしていることを伝えれば 余計ひどくなります 悪循環です それをどう治せるでしょう 向き合うことです “何のために罪悪感を感じるのか 同じことを繰り返している” 自分に喝を入れるべきです なのにその代わりに “マザー違います”と言い始めます 自分に言いなさい “自分が違うのだ” “私は今日も明日も明後日もしてしまう” もう止めなさい この時点で止めなさい そうやってヴィシュヌマーヤの 力を働かせます ヴィシュヌマーヤの力は 中和されないといけません あなたの間違いによってです その力を取り戻すなら ヴィシュヌマーヤ の力を使わなければいけません 自分にショックを与えることです そうすること によってのみ可能です あなたはヴィシュヌマーヤの見地で それをしないといけません このプージャについて考えていました あなた方が私に このプージャをする際 私が何か言えばさらに あなたにヴィシュヌマーヤを創ります “私は罪深く感じる”とあなたは 簡単に処理できるからです “自分は罰を受け 罪深い” と言います 陪審員に有罪を言われ 受け入れるようです でも罰はありません ですが間違いを犯したのであれば 自分に罰を与えなさい 人には二通りの方法があって 一つは“私は断食する” と言って自ら罰する者です しかし断食の習慣を持つ者は 逆に周りを困らせ攻撃的になります 人間は大変歪んでいます 歪んだナイフで自分を殺せます それでは自分を正せません 正すのであれば 適切な方法で 自分に向き合わないといけません 何か間違えを犯したなら 人はいつも自分が好むことをして 罰を与えます すみません間違えました 自分がいつも好むことをしてはいけません 正すにあたって ある者は庭や 花の手入れを好んでいるとします 間違えを犯したなら しばらくは花を見ないことです 花から目を遠ざけます ある者は 歌うのが好きだとします 間違えを犯したなら 歌うのをやめなさい そのようにして 自分にショックを与えます ご存知のようにヴィシュヌマーヤは雷です 講義もそうでないといけません シュリ クリシュナのように 優しくてはいけません 強力です ヴィシュヌマーヤの力が神によって あなた達の内に目覚めますように 人間が持てる最も強力で 最も吉兆なものです あなたは聖なる人格を持ちます 神のリアリゼーションを得る 方法の一つです 昨日 良いタイミングで 純潔を確立するための質問がありました バンダンやヴァイブレーションを もらうだけで去っては無意味です 朝から晩まで 自身を正しなさい 自身と向き合い 罪悪感を感じないことです そして新しいことを学びます あなたどうすればが向上するかを 教えるのは マザーでなくシスターです マザーに“違います” と言えるからです でもシスターにそのようなことを言えば 電気ショックです プラグに指を入れてみなさい 分かるでしょう 説明は要りません このような理解で 今日は純潔を 感情における 精神における純潔を 確立するためにプージャをします 今までしてきたことや 過去は忘れなさい 過去を忘れることは大事なことです でないと言い訳できます “あれがあったから こうなった 私の父母がこうだったから・・・” 母も父も皆忘れなさい あなたは聖なる家族の一員です 聖人である皆とあなたは 共にいます そしてこの法が 自動的に作用します あなたが誰と仲良くするかを 私が言う必要ありません 常に異性への関心を持つことは 純潔の印ではありません それどころか完全に馬鹿げていて あなたを愚かにします ある男性は女性の香水を 熟知しています 何のためでしょう 無意味なことに長けます 男性なら男性らしく生きなさい そして女性は純潔感を持たないといけません 女性は力だからです なぜ男性のように なろうとするのですか 男性の後ろにいる力なのです 女性は自分の純潔の 面倒をみないといけません その面でインドの女性は尊敬します 彼女達は謙虚で 彼女達から学ぶべきでしょう もちろんそうでない者もいますが 謙虚さがあります ですが謙虚さを持てない 部類の者がいます それは化身です 残念ですが 私は謙虚さを持てません あなたが大事にできる資質のうちで 私が持てないものがあります 自分自身を 謙虚にすることはできません そうあるべきではないのです どの化身も謙虚ではありません 不可能です なぜなら罪悪感がないからです 私は罪悪感を持つ者を多く ヴィシュディに入れてきて 浄化するのに 耳がブロックしています あなたが罪悪感を 浄化できるなら開いてきます ですからどうか左のヴィシュディを 良い状態に保つようお願いします 罪悪感を感じてはいけません センターでいなさい 自身を見て向き合いなさい ショックを与え正しなさい そのような者のみ上昇できます もう一つの方法は瞑想です 左手を写真に向け 手元に炎を灯し 大地に右手を置きワークアウトします 炎をかざしてバンダンすることで ワークアウトできます でも心からしないと 儀式的になります なのでまず精神面で向き合い これらの方法を使いなさい 感情面においても理解しなさい 感情に罪悪感を持ってはいけません 罪悪感を示すような言葉を 使わないことです 謙虚でいなさい 罪悪感を持つことと 謙虚でいることは違います 罪悪感を持つ者は ストレスを感じていたりしますが 謙虚な者は自由人です 自身の自由の中で 謙虚さを持っています 木に実が生って母なる大地に 頭を下げるのと同じです 海では周りのココナッツの木が 海に向かって頭を下げます 海がその特性を与えたからです ココナッツの水は 海からきています 全ての木が海に対する謙虚さで 敬意を払います 同じように罪悪感を持たない者だけが 真に謙虚になれます 罪悪感を持つ者は皮肉や汚い言葉 口答えや言い訳で攻撃的だからです 謙虚な者は自由です 謙虚さ 親切心 穏やかさ 慈悲深さにおいても自由です そのようなサハジャ ヨギ でなくてはいけません 謙虚さで人に 感銘を与えられるようにです 謙虚さは何にも従属しません 純真さや謙虚さは 私が持ち合わせていない資質です 私は謙虚ではいられません 私を謙虚にさせることはできません してはいけません 私の振る舞いは謙虚でない とは誰も言えませんが 私は大変謙虚な者 のように演じます 謙虚な者を演じることができます 正直言って謙虚さはありません 慈愛は謙虚さとは違います 謙虚さは人間の資質で バクタのみが持てる特別な資質です バクタのみが持て 至福が注がれる 大変素晴らしい資質です 至福を与える側は謙虚になれません 何も受け取れないからです 謙虚である人間のみ得ることができ 受け取れます 受け取れない者は大変孤独です そのような者は 誰とも友好関係を持てません 与えなければいけないからです 孤独で 全てを自身で 向き合わないといけません 謙虚な者は互いに親切で 自分達の問題を分かち合えます 私はできません あなたに解決法がないからです 私は自身の問題を 解決しなければいけません ですから謙虚さが 明確に表現する助けとなり 皆と親密な関係を持たせ 困難を分かち合えます ですがあなたの謙虚さは 同情から来るものではいけません 謙虚さは 執着のない資質からきます 特定の者に 執着するものではありません 不必要に傲慢であったり 怒鳴ったりすることもない謙虚な生き方です インドでは牛は 大変謙虚な動物とされます ミルクを与え 全てを与えますが 誰にも攻撃はしません 謙虚さはあなたの守りです 時には謙虚な者を利用しようする 者もいますが構いません 謙虚さが失われない限り 全て大丈夫です ですが人は謙虚さを失います 人に困らされる時 人はレフト ヴィシュディにきて謙虚さを失います 失ってはいけないものです 神聖と繋がりを持つなら 謙虚でないといけません 他に方法はありません 謙虚でなければ 良い関係は保てません 二つの資質であり プラグとソケットのようなものです プラグはあくまでもプラグであって ソケットはソケットでないといけません 神聖から何かを得たいのであれば 謙虚であるべきです 傲慢さからは 攻撃性からは何も得ません “マザーを愛している”と思っても その愛は完全な謙虚さで 表されないといけません 私に近づける唯一の方法で 唯一の経路です 他にはありません 今日は大変高次の 段階までいきました それは神のリアリゼーションの 始まりです あなた方は私と共に 加速しなければいけません 神のリアリゼーションへと向かうのであれば まず純潔感や謙虚さを確立しなさい 神の祝福がありますように […]

1st Day of Navaratri, The Discipline (England)

Navaratri Puja, London Hampstead (UK), 23 September 1984.
今日はナヴァラトリを お祝いできる そして このツアーを通して久しぶりに お互い会える素晴らしい日です イタリアで イギリスは 宇宙のハートであると言いましたが イタリア人は納得しませんでした 驚いていました イギリスが宇宙のハートだとは 信じられなかったのです その理由に イギリス人にとってローマ人は かつてのイギリスの侵略者であり ローマ人にとってもイギリス人は 負けを認めない傲慢な者だったからです 負けても傲慢でした なのでイギリスが宇宙のハートだと 信じられなかったのです ハートであるなら 宇宙の状況はどうなのか そして私にもイギリス人の傲慢さについて 長々と説明しました 私もそう感じたことがありました 今 最もすばらしい ナヴァラトリを祝うのですから 特別なことがあるに 違いありません ハートを完全に 浄化しないといけません 身体全体を流れる血が 浄化されるほど完全に浄化します ハートが最高の 器官なわけですから ハートの細胞も 最高でないといけません 人間の身体の中で ハートの細胞が最高の細胞で 最高の資質を有し 最も敏感だからです ハートは響きのない音 アナハタを表します 度量の大きい者もいれば おしゃべりな者や 自慢好きな者もいて 度量の小さい者もいます この特別な国 イギリスに生まれたなら 器を大きくできるはずです その可能性を 内で育まないといけません では何が欠けているのでしょう 可能性を持ちながら すばらしい素質を持ちながら ここにいる利点がありながら なぜサハジャ ヨギが 長年に渡り高みに至らないのか 理由は何でしょう ハートは脈拍し 鼓動でもって動きます 心電図で 確認することができますし 系統だっています とても規則的で それ自身で修めています かすかな音や変化も 図で分かります 大変敏感です しかしここでは 修身が欠けています 常軌を逸した おかしなハートが エゴを膨れ上がらせています 何を話そうとも 別の解釈をします 何を言おうとも その時は真面目に聞いていますが 次の瞬間には効果がありません ですからこのことを よく理解しないといけません その素質があるのに 修身が欠けています 修身がなければ 器は大きくなりません そのためには 内なる知性を持つことです 教育ではなく 内的な知性です 器を大きくする必要があると 理解させる知性です ここにスピリットが脈動しています 力ではなく スピリットです 目撃者であり 神の反映で デヴィの仕事の傍観者です しかしその高みに行かないで “私たちはスピリットなので 見ているだけです”と言うなら その器に 達することはできません 祝福を受けても ハートの七つのオーラのように 七つのアシュラムがあっても 自分自身を修める必要があると 理解しません ただ利点として捉え サハジャ ヨガにいるだけで ヨギであると断言するなら ハートの細胞である ということにはなりません 警告しなければいけません サハジャ ヨガが離陸しようとする この時に大切なのことです スピードが増して 離陸しようとしています 残される者は残されます もはや傲慢ではいられません まずあなたの人格が 皆が言うように傲慢なら 謙虚になるようにしなさい 地上に取り残されるのではなく 飛行機に乗らないといけないと理解しなさい 速いスピードで動いています 最も幸運なことに 今日がナヴァラトリで ロンドンに私がいます ナヴァラトリ プージャが ここで行われるということです 他の国にこのような特権は 与えていません これはあなたが出席できる 最も崇高なプージャだからです なぜ私たちは ナヴァラトリをするのでしょう ハートでナヴァラトリをするのは シャクティの力を受け入れるためです これらのチャクラに 力があると悟り これらが啓蒙されれば これら九つのチャクラの力を 現すことができると悟るためです 七つのチャクラに加え ハートと月で九つです これら七つとその上の もう二つのセンターと言えるでしょう 驚くことに ブレイクも 九つのセンターだと説明しました 上の二つについて 今は言えませんが 七つのセンターについて話しましょう 私たちはこれらのセンターの力を 内で育んでいるでしょうか 時間もなく 忙しくしていて 傲慢でいるならどう育むのでしょう この力を育むのに これらのチャクラに集中しないといけません 行く先々で私に尋ねることや 彼らの様子には驚かされました 誰も自分の家族や家 仕事 失業などの つまらないことに触れませんでした 彼らはただ “このチャクラの力を育むには どうしたらよいですか”と尋ねました なぜ特定のチャクラについて 尋ねるのか聞くと “自分の中にこれが欠けていて 良くないため”と言いました リアライズ ソウルに 私があなたに 修身させることはできません 今日 厳しく言いたくはありませんが 今警告しなければ 後に私を責めるでしょう 重要な警告として 受け止めてください リアリゼーションのあと 私があなたを 修身させることはできません あなた方には光があるからです あなた方は リアリゼーションは何かを知り リアライズするとは どういうことか分かり どれほどのものを得て 自分の人格がどれほど 向上したかも分かっています でも それだけではいけません 自分を修められているか 見ないといけません リーダーや他の者に 言われる必要は全くありません あなたはリアライズ ソウルなのです 自分自身のマスター グルです あなた方全員が偉大なグル サットグルです 自分は天使たちに祝福される敬意に値する 聖人だと想像してみてください それでいて傲慢に講義したり 傲慢に話したりしています 神格にとっても 恥ずべきことです 彼らはあなたにガーランドを贈るべきか 黙らせるべきか困っています あなたはリアリゼーションを与えられた すばらしい地位にいます ただこのすばらしいヨガの美しさを 受け入れるだけです これら七つのチャクラにある あなた自身の力を啓蒙するだけです まず最初のチャクラの力は ガウリの力です シュリ ガネ―シャの母の力です 大変力強いです 彼女の力のおかげで あなたはリアリゼーションを得ました あなたはその力を育むために 何をしましたか 今日がナヴァラトリの初日なので 何をしたか見るべきです 自分の中に その純真さを育めているか 人は話すとき 大変棘々しく話します 純真なら なぜ棘々しくなれるでしょう 人は大変傲慢です 純真なら なぜ傲慢になれるでしょう 純真であるなら なぜ人を騙せるでしょう なぜお互いを傷つけられるでしょう 純真であるなら ナンセンスなことはすべて無くなるはずだと まず分からないといけません 純真であることを望むなら 純真でないものは 抜け落ちるはずです 無知な者であるなら分かります 純真を知らないでしょう しかしあなたは無知ではありません 知識が豊富です 啓蒙されています 純真の力は大変すばらしいです 完全に恐れのない者にします 傲慢ではなく恐れのない者です 純真である最もすばらしいことは 人に対して敬意を払えるということです あなたの中に 人への 他のサハジャ ヨギへの 敬意を育めないなら アシュラムに対する敬意や 自分を律していく上で 自分自身に敬意を育めないなら サハジャ ヨガの話をすることさえ 無駄です それが基本だからです はじめは敬意を払えなかったり 傲慢であったり 愚かであっても仕方ありません しかし光を得たあとは 今まで握りしめていた蛇を 手放さなければいけません 簡単なことです あなたの子供のような 資質によってのみ ガウリの祝福を得ることができます 真に子供のようでないといけません さもないと無駄です 自分が賢いと思っているなら 何をあなたに言っても無駄です 全てを知っていると 思っているからです 最初の力を育むのに まず母なる大地に 座るようにしなさい 最初のチャクラは母なる大地でできているので 大地に敬意を払います 母なる大地でもって 自分を安定できるようにしなさい 木に花が咲いても 大地にそれほど敬意を払いませんが 実になれば 母なる大地に頭が垂れます 同じように サハジャ ヨガの果実を得たなら 頭が下がらないといけません 純真は人を大変平穏にする 特別な力があります 怒り 短気 攻撃性は 純真を前に存在できません 純真でないがために 悪賢いか攻撃的なのです ハートに平穏は訪れません 純真な者は波立ちません 純真に生き 完全な平穏と 調和の中ですべてを楽しみます 攻撃性は狡猾になると 出てきて 思考はこう考えます “自分は賢く相手は愚か者だ 相手に怒鳴る権利がある” しかし純真でない者は 決して賢くありません 切れ者のように見えるかもしれませんが 賢くはありません 叡智は純真であるときにあります どれほどの叡智が あなたにありますか それを見るべきです 純真の力が増すと 叡智が現れます 人は“この者は大変賢い” と言うでしょう 例えば 妻のことで 泣いている者がいれば 賢い者は“この者は妻のことで まだ振り回されている” 家のことで 泣いている者がいれば “まだ家のことで 振り回されている”と言うでしょう 彼らにきりがありません サハジャ ヨガについて 一時間講義をしなければと エゴを膨らませる者を見受けます 一時間講義をしない限り 自分のエゴを発揮できないと思うのです しかし賢い者は 何か言ったり 話したりすることはありません もっと簡単に人に 彼の静寂や叡智を印象づけます そのことを気付かないといけません 自分を修められているか あなたの成長は まだ初めの段階です かなり成長しないといけません 人は利己的な気質でもって 自分は成長すべきだと 理解しません あなた方は 大きく成長しないといけません 成長れば この叡智は慈愛で芳しくなります あなたの叡智は 慈愛で芳しくなります そのようなすばらしい慈愛が あなたの存在から放ち 近づく者は あなたの吉兆さを感じるでしょう リアリゼーションに 自己に しかるべき敬意を払わないといけません そのためにすべきことは瞑想です ある者からヴァイブレーションのひどい 手紙を受け取りました なぜこんなにひどいのか尋ねると 自分には瞑想は必要ないと 言っていることがわかりました 彼は14番目の天国に達していて 瞑想は必要ないと 言い訳をするのは簡単ですが 誰に言い訳をするのでしょう 自分に言い訳をすべきです 誰も聞きたくありません 自分にだけです 飛行機に乗り遅れるようなもので すでに飛び立っていれば 誰に言い訳をしても仕方ありません なので言い訳するなら 自分自身にだけです 空や通路に向かって “こんなことがあって 時間がなくて 渋滞で” と説明したところで 飛行機は飛び立っています 誰に説明するというのですか ですから皆毎日 瞑想をしなければいけません 大変大事なことです 私のいない イギリス以外の国では皆しています 私がイギリスにいるので 皆さん 私がいることを当たり前のように思っています “マザーがすべてしている” それなら私は4時に起きて あなた方のために 瞑想しなければいけません またそうしないといけません 瞑想の時間がないようなので せめて私があなたのためにしないといけません 皆さん毎日瞑想すると 私に約束しないといけません 朝起きなさい 世界中の皆が起きれるのですから イギリス人だってできます ウォタルーの戦争では 一番でした 時間通りだったので 戦争に勝ちました その時間の正確さは 今はどうしたのでしょう 私たちはお酒を飲みません 二日酔いもありません 夜更かしもしません では今日“毎朝起きて瞑想する” と決断しないといけません そして瞑想中は他者でなく 自分に注意をおかなければいけません どのチャクラがキャッチしているか どうすればいいか このナヴァラトリの日に 今日という初日に ガウリの力が内で 啓蒙されないといけません それは表れないといけません このすばらしさは 一度にお話できません 本源的なクンダリー二を 考えてみてください 母なる大地に作用し 宇宙に作用します 動物に 物質に 人間に作用します そして今 あなたに作用しています 彼女があなたの容姿を決めます どんな子供を授け どんな子供が あなたに必要か決めます 彼女があなたに 輝かしい顔や目を与えます これらすべてを あなたのためにしていますが あなた自身の中にある 力はどうですか どれほど現せていますか 本源的な力は 一生懸命働いていますが クンダリー二が覚醒されている あなたの方はどうでしょう どれほど開きましたか クンダリー二は 真の望みに過ぎません 自身を完全にし 成長させる真の望みです 真の望みであれば 他のことは重要ではありません 他のすべての望みは 二番手 三番手に下がります 最も重要な望みは 成長することです 誰のためでしょう 自分のためです それが全世界のために なっていきます 今日のサハジャ ヨギは この宇宙の成長 人類の成長の尺度です あなたが大変重要な役割を 担っていることを理解していますか 世界が崩壊しそうな 重大な時期にです あなた方にはウィリアム ブレイクのような 偉大な聖人や この時期について語っている 偉大な人たちがいました 彼らが培い 伝統的に私たちが培ってきました 長年に渡る偉業がイギリスを この状態まで上がらせました イギリスのサハジャ ヨギの立場が 大変重要であると気づいていますか なぜ自己を理解せず 叡智に欠け 傲慢で 大声で話せるのですか なぜ自分自身が弱く 傲慢でありながら すべてを仕切ろうと考えるのですか 今日 毎日瞑想している者が 何人かは数えませんが これだけは言えます 毎日瞑想しない者は 来年ここにはいないでしょう 確かです 毎日瞑想しないといけません 自らを修めなさい あなたは新しい展望にいます 新しいヴィジョンです そのヴィジョンで見据えるなら それを知ったなら ただそこに立っていることは できません 動きなさい 皆 言っていますが “マザー イギリスのヨギのために” “多くの時間を費やしています なぜですか” 彼らが偉いから 私が尽くしていると 大事なことは あなたがハートの国にいるので 他の国の者より あなた方を もっと浄化させなければいけません しかし実際は違います 他の者は早く成長していて 彼らのヴァイブレーションや 感受性や理解に驚くほどです 皆 マスターしています ここではただ集まるだけで サハジャ ヨガを理解していないのに 講義したがります 目上の者への 敬意がありません 年配者や若年者への 敬意がありません 人より早くリアリゼーションを得ているので 偉いと思う者もいます キリストの言葉を 思い出すべきです “最初に来る者が最後になる” 自分は成長しないと いけないと理解しなさい これらの力を現せるようにするのは あなた自身です あなたがどれぐらい 理解できたか分かりませんが ガウリの力を備える者は その場に足を踏み入れるや否や みんなのクンダリー二が上がります 讃えるからです ガウリの力があれば あなたは際立ちます 目に純真な 欲のない 美しい 輝きがあるからです あなたが目を向けるところは 一瞥ですぐさま クンダリー二が上がります 癌や病気で苦しむ者は ガウリの力さえ育めば すぐさま治ります あなたの悩みもすべて解決します ネガティブなものはなくなり あらゆるネガティブなものを打ち負かす 美しく芳しい蓮のようになります ある者に感化されたので 自分も自己中心的になったり 自己中心的な者が他の者と話して その者も同じようになるのは 感受性が高まったからではありません 神に対して感受性を 持たなければいけません しかし私たちは良いものより 悪いものに感化されやすいです 良いものと同化する力 良いものを放出する力を あなたは得ることができます それは 称賛することによってではなく あなたの挑戦心と すばらしい好奇心 あなたの飛躍でもって 得なければいけません しかし成長していません イギリスでも成長していません 中にはおかしなタグを着けた おかしな者がいます 彼らに注意すべきです 後で宣告してもかまいません ブラック リストに載せるべきでしょう 最初はここでプージャを するつもりはありませんでした 大変悲しかったからです ヴァイブレーションを見ると 様子を見ると イギリスでは人がまるで ピクニックをしているようだからです あなたは私を常に夢中にさせ あなたの努力を ありがたく感じてきましたが 自身を省みるなら 自身の内をみるなら 一人ひとりが自分の内にある 真意をみるべきです あなた方は友達や婚約者 妻や夫のことを心配します 器の大きさはありません さらに小さくなる一方です よくありません 私の慈愛があなたをだめにしているなら これ以上注げません あなたはこの国に生まれた 利点を持っています あなたは高みに 達することができます それについて議論したり 考えたりすることによってではなく すばらしい力を備えることによってです そしてコレクティブの恩恵に 気づかなければいけません きっと驚くでしょう 限りない恩恵を受けています それなのになぜその力を 備えられないのでしょう 何が問題なのでしょう コレクティブでないのなら 自分たち自身の間に問題があるなら そうさせない存在 エゴがあるということです このことを真に分かるようにしましょう 神の恩恵により 大事な時に生まれたという リアリゼーションを授かる 恩恵を賜っているという 私たちは成長しているという 深い理解を持つと誓いましょう しかし私たちは羽を広げるどころか 切り落としています 些細なことを心配する 狭心者になってはいけません 何も重要ではありません 自分の前世において 様々な食べ物 旅行 結婚など すでに時間を浪費しました 無意味なことを様々してきました もう終わっています 新たな事をしなさい 前世において幾度も結婚し 家も何件も持ち 快楽もありました もう終わりにしなさい これは特別な時です あなたが成長すべき リタンバラの最高の時です この時に成長しないのなら もはや成長しません この利点を使いなさい サハジャ ヨガに 一意専心なさい 仕事を断念することではなく サハジャに専心するなら あなたはすべてにおいて専心します しかし専心さがありません ミュンヘン行きも急遽決めました ウォレンが話したかわかりませんが 最後の瞬間に行くことを決めました ミュンヘンにひどい人がいると 伺っていました 彼女は大変傲慢だったので ミュンヘン行きを考え直しましたが ヴァイブレーションを感じて 急遽行くことにしました 彼らは私のビザを取得するので 忙しくしていましたが いつものようにうまくいきました この短期間に 何百もの人が集まりました 彼らは大変な専心さで 子どもでさえ私の一言一言に 聞き入っていました 真珠かダイヤモンドを受け取るように 一言一言を書き記していました リアリゼーションを得ると 彼らは驚いていました ドイツ人がです あなた方イギリス人を超えています あなた方はどうなるでしょう 彼らは意志も強く 良いことをしようと思えば 多くを成し遂げるでしょう このようではありません 私がホールを出ると 彼らはサハジャ ヨガのことを 話しながらまだ驚いていました でもここでは 私が出ていくなり 意味のないことを話し始めます 聞こえますし ヴィブレーションも分かります 専心さがありません 専心さを高めなければいけません これをシュラッダと言います 大変重要です 今年はサハジャ ヨガへの深い理解を あなた方は持てると思います しかし専心さが欠けています 過去において 何か間違いをして それに対して 執着しているのかもしれません でもあなたならできます 過去は忘れなさい サハジャ ヨガでは 過去は意味がありません あなたは全くの新しい者です ただ自身の精妙な仕組みを見なさい 私はあなた方に 懸命に働きかけてきました 自分を信じていない以外に 何もおかしなところはありません 自分を信じれない者は 常に傲慢です ですからまず あなたのスピリットに ハートに軸足をおきなさい おしゃべりしたり 自慢するのではなく あなたの力 内的な力を育みなさい 未だ多くの者が 取り憑かれています 恥ずかしいことですが 神の寺院にいながら 邪悪なものに取り憑かれている者もいます なぜでしょう 今も取り憑かれています なぜでしょう 専心さを持たなければいけません 自分は成長できないと思っていても 後々自身のすばらしさに 気づき驚くでしょう まずは自身を修めることです 修めなさい 中には食べすぎる者 おしゃべりが過ぎる者がいます あるいは全く話さなかったり 食べなかったり これでは 自分を修められていません より高次のスピリチュアルな 人生を望むなら スピリットにおいて 自分を修めることです そうすれば自然とできます スピリットに 支配してもらいなさい それは可能です 短い間しかいなかったので 彼らの名前すら知りません しかしここでは皆さんを名前で ヴァイブレーションで分かります そして彼らは成長しています 今日は素晴らしい日です もちろん これはすばらしい特権です 常にあなた方には特権があります 神の家にいるようです しかしある日この神の家が 完全に消えてしまうかもしれません あなた方は神のように 振まわないといけません ですから謙虚にお願いします どうか自分を修めることに対して 崇拝の念を持つようにしてください あれこれしなさいとは言いません あなたは何をすべきか分かっています もはや“わかっている すべきだったのは知っている”とは言えません 知っているならなぜしないのですか その力は備わっています 今日 自分に対する 上昇に対する完全な自信で 十分な専心さで プージャに望みましょう そしてハートにおいて “私は自分自身を修める”と決断しましょう 神の祝福がありますように […]