Birthday Puja New Delhi (India)

Puja for the 79th Birthday, Delhi (India), 21 March 2002. English part
愛について話しています 全能の神の全てを遍く 包み込む愛についてです それは全てを産みだし 全ては愛の空気で 満たされています しかしそれは子どものように 純粋な者にだけ可能で あなたが非常に憎しみに満ちているなら 誰もあなたを救えません 憎しみを正当化するのに 十回でも議論をするでしょう 正当化するために どこまででもいってしまいます 私たちの国は穏健で 平和な国とされていますが 殺人だけを 信じるような人がいます このようなことは全く信じなかったこの国が 長いあいだ暴力に溺れていますが 基本的に私たちは 平和を信じる国民です 平和なくして 成長は起こりえないからです 完全な平和が必要です 内に平和が宿れば 平和な環境にあれば 美しい国民に育つでしょう 怖れからでも 圧力からでもなく あなたの内なる完全な 平和が胸にあれば 怖れていないというだけではなく 平和を醸し出します 平和を与えます そういった者の近くに行く人は 誰でも穏やかな感じを持ちます あなた方は皆サハジャ ヨギで リアリゼーションを得ています つまりスピリットが平穏さと喜びの ヴァイブレーションを発しているということです どこにいても穏やかな ヴァイブレーションを発するでしょう 平和をつくりだすのです 如何に平和をつくり出すか 平和な 雰囲気を確立するか見いだすでしょう 私たちが平和をつくり 平和を他人に与えるような 模範となるよう成長していく ことが非常に重要です このデリーでこんなに多くのリアライズ ソールをもてるとは信じられません 期待していませんでした まず 私は 人々の心が私の仕事を理解できる状態に なるのを待たなければなりませんでした なぜなら私たちは国の分断を体験し 多くが命を落とし 財産を失いました 私はそれに直面し 目撃しました 彼らは本当に 他の人を許せませんでした 許しは他者の痛みや困難を理解するために 非常に良い方法ですが この深みを まずあなたは 開発しなければなりません 怒ったり 復讐的になったりするかわりに 聖なる愛を通して 心の平穏を持つことができれば 何かを特別にする必要など ないのです 今やあなたが胸に宿しているのは 平穏さだけです それをただ感じなさい あなたは平穏な人で 簡単に気分を害したり 人の気分を害するために腹をたてることに 対して言い訳をしたりしないでしょう あなたはこれらの怒りやばかげた復讐心など 全てを超越した者です リアライズ ソールでない人たちに 説明するのは難しいです 彼らはそれを 好まないからです リアリゼーションを得れば 話せます 最良なのは サハジャ ヨガを広めることです シーク教徒 イスラム教徒 キリスト教徒… […]

Mahashivaratri Puja, Destructive Power of Shri Mahadeva New Delhi (India)

Mahashivaratri Puja, Delhi (India), 25 February 2001.
今日 私達は マハシヴァラトゥリを祝うために 集まりました シュリ マハデヴァについて 理解することは 私達 皆にとって 大変光栄なことです あなたがセルフ リアリゼーションを 得ない限り シュリ マハデヴァの 偉大な神格 その性格 その力を 理解することはできません 私達が謙虚でない限り 彼の偉大さ その深さに到達することも 理解することも 容易ではありません シュリ マハデヴァの 蓮の御み足に到達するためには 私達はとても 謙虚でないといけません この偉大な人格の 蓮の御み足にいるために サハスララでさえ 越えないといけないのです 彼は私達の 概念を超越していますが スピリットとして ハートに内在しています そして あなたが リアリゼーションを得たとき 大変よく反映するのです しかしながら 私達は シュリ マハデヴァの力を 理解しなければなりません この偉大な神について 短い言葉で説明することは 容易ではありませんが 彼自身が持っている 最初の力とは 大いなる許しの力です 彼は許します 彼は たくさんある私達の罪 たくさんの破壊的な行動 みなに問題を起こそうとする 気質を許します ある程度までです しかし 同時に破壊する 最も大いなる力も持っています 彼はすべての 五大要素を支配しているので 彼の破壊は 突如起こります すべての要素を支配しています 母なる大地を 支配していますし その他の要素も すべて支配しています 彼は問題を見つけ 望みさえすれば すべてを 破壊することもできます 地震は私ではなく 彼によって 起こるといわなければなりません 私は破壊のために いるのではありません この地上で何が起こっていて 人間に何が起こっているのかを見るのは 彼なのです グジャラットの例をあげましょう グジャラットの人々は 大変な金銭主義者です 株式取引について心配したり あれこれと 常にお金のことばかりです 外国に暮していたとしても 非常にお金重視です 彼らにサハジャ ヨガの話を するのが不可能なのには 時折 驚かされます 彼らは偽者のグル達が 好きなのです どこからそれを得るのか わかりません ともかく グジャラットに バヴナガールという場所があります ある時バヴナガールの人達が来て 銀のスリッパ パドゥカスを 私にヴァイブレート してもらうために持ってきました 驚きました この人達がそのように考えていたことに 少なくとも嬉しかったのです バヴナガールで そしてバロダでも 彼らはプージャをし ハヴァンをしました これらがボカンパや地震によって 害が及ばなかった 二つの場所なのです 想像できますか そして 遠いところにある スラットは 完全に破壊されました 何人かのサハジャ ヨギは すべて助かりました そして彼らの 家も動きませんでした つまり あなたのお母さんの保護と 全能なる神の 怒りの間にいるのです 彼がすべての要素に対して 力を持っていることを 良く理解するべきでしょう 私がフランスに行った時 何人かが 私を困らせようとしました マスコミが 私を追いかけていました テレビや他のところで 私のことを悪く言っていました どこかで何かが起こることは わかっていました そして突然海から大きな 何と呼ぶかわかりませんが 大きな嵐が起こりました 誰もなぜそれが 起きたのかわかりません そして二つの船が 完全に沈み 助けようと行った人達は ガンになりました 次に起こったことは この嵐が早く動きはじめ すべての教会の屋根を ふきとばし たくさんの牧師の家が こわされました その嵐がどんどん進み 私が買ったとても大きな 城のところまで来ました そこでまさに止まりました それは私が やったことではありません 彼がすることなのです 彼は大変許すことができ 非常にやさしく 穏やかですが 彼の力を意識するべきでしょう これらすべての力は 私の仕事を守るために 使われています 行き過ぎることもあります スピリチュアリティの仕事を 邪魔すべきではないことを 人々に示すためなのです 本物のスピリチュアリティ でないといけません 偽りのグルのような者が 魔法のようなものを見せたり 不自然なことを話したり するのではだめなのです 本当のスピリチュアリティ であるなら 常に守られますし シヴァはこの上なく幸福です そして あなたに与えられたものは あなたが想像できる以上の すばらしいものなのです 彼は大変許すことができます そのような許しの源です あなたの心に許しがあれば 彼はあなたの心に内在します そうでなければ 次第にあなたは 大変重い病気にかかるでしょう あなたが許せるなら あなたのハートはとても早く動くでしょう 誰もあなたのハートを おかすことはできません 心臓発作を起こすことは ありえません しかし もしあなたが 我慢強く 苦しみ いろいろなことを 自分の力として受けとめるなら 間違ったことをし 神を忘れるなら あなたのハートは だんだん弱まり始めるでしょう ですから 一方では非常に 攻撃的なハートになっていき ヒットラーのような ハートになれるのです いかなる主張をしようとも あなたが誰かを 苦しめるのであれば あなたのハートは固くなり 強力な心臓発作になるでしょう これは避けられません また あなたが 大変辛抱強く 意味のないことを辛抱し 大変従順で おびえているとします おびえているのなら その恐れでそれをしているなら 別の心臓疾患 狭心症を引き起こすでしょう 最終的には 罪悪感のようなものを持ち始め ありきたりの人生を 送ることでしょう このような精妙なことが とても辛抱強いと思われる人に よく見られます スピリチュアリティのためであれば 辛抱するのもかまわないでしょうが 恐れをから するものではありません あるいはこわさから するものではありません サハジャ ヨギであるなら 何も恐れることはありません インドでは 人々は何でもこわがります リスを見てこわがったりします トカゲを見ようものなら もうおしまいです 彼らは何でもこわがり 女性はゴキブリでさえ こわがります このような気質は 大変ばかげています 狭心症に陥りがちな 人になるからです こわがる必要はありますか サハジャ ヨギであるなら 何にもこわがることはありません 人はねずみを見てはこわがり 何でもないことにこわがり それを自慢し 話題にします ハートがどんどん 弱くなっていきます また インドの男性にも 責任があるでしょう 女性を付属物か 義務のように扱ったりするからです 女性をどう思っているか わかりません 彼らの態度は 信じられないほど悪いです 特にインドの北部です 女性に地位はありません 家の中に閉じ込められ 召使いのようです 顔を常に 覆っていないといけません 許可なしに 外出はできないのです ひどいものです イスラム教徒の影響である という人もいます しかし 永遠の命 スピリチュアルな命を 信じるのであれば いかなる無意味な残虐行為にも 支配されるべきではないのです ですから インドの女性が 自由になる必要を感じるわけです 彼女達は大変いい人達で 辛抱強く 心やさしいのですが 自分の価値を 自分自身を尊ぶことを 知らないために 悪い病気にかかったり 精神疾患を引き起こしたりするのです このことについては すでにお話ししています なぜ男性は このように振舞うのでしょう 私達の国では 少なくとも70%が女性ですので 北部では70%の人々のエネルギーが 無駄になっているように思います 彼ら自身 どう思っているか 分かりませんが その報いを受けています このような国々は 決して栄えることはありません 女性はラクシュミだからです しかし 彼女達も ラクシュミであるべきです ラクシュミのように 振舞うべきですが このようなひどい状況には ショックを受けます どうして女性でいられるのでしょう 悪魔のようです このような社会での アンバランスもまた シュリ マハデヴァによって 罰せられるわけです 彼は大変親切で 苦しんでいる人達の 面倒をみようとしますし 苦しめる人達を 罰しようとします 攻撃的な人達を滅ぼすことで 助けようとするのは 彼の本質なのです 彼はクンダリーニや セルフ リアリゼーション について語りません ただしっかりと罰を与えます ショックを受けるぐらい ひどい方法でやります 苦しみの中で生きている 女性達を見てきました 彼女達は寿命より かなり早く死んでしまいますが そういう人達を彼は救います これらのことを 正しく見なければなりません 彼はもちろん 守るためにいますが それ以上に 滅ぼすために存在します 彼はさまざまな動物 さまざまな鳥 あらゆる自然を守ります 彼が守ります すべての喜び スピリチュアリティの 喜びをもたらすのは 彼なのです しかし もしあなたが 攻撃的になろうとしたら 滅ぼすのは彼なのです 自分の首を吊るためのロープに ゆとりをもたらせます それで人はまだ大丈夫と思い 自己満足するのです 逆に西欧では 男性より 女性の方が支配的なようです 大変驚きです どうやっているのでしょう 常に支配しているのです 男性は 手玉に取られています どうやっているのかわかりませんが 支配しています 彼女達は 謙虚ではありません 愛していないのです 常に夫と 離婚し続けているのです 愛していないのです 愛とは何か 知らないのです またインドの男性も 愛が何であるか理解していないようです 一生のパートナーである妻を どう愛していいかわからないのです どう敬意を払っていいか わからないのです そして ひどい怒りが起こってきます この怒りは いろいろなところに作用し そのような男性達には 恐ろしい病気や問題ごとが 次々と引き起こされます 社会全体もまた 謙虚な者達に対してふりかかる さまざまなことに責任があります 双方です あなたが攻撃的であるなら シュリ マハデヴァの 第3の目に見つめられていると 理解するべきでしょう 例えば あなたの召使に 攻撃的であれば 部下に攻撃的であれば あなたの子供達に 攻撃的であれば この怒りに満ちた神がいます 彼の破壊の呪文の下に 置かれるでしょう しかし 彼は私達に ヒマラヤのすばらしい高さを与えます 彼は人間を非常に美しく とても気高くします そして 彼は人々がお互いを 愛し合うことを望んでいます 人間の間には 純粋な愛があるべきです そして彼があなたを とても繊細に 人に対して振舞えるように 人にやさしくできるようにします それができないのであれば あなたは違う方向へ 行っています 彼の最も偉大な特権は あなたに高さと深さを与えるということです あなたが彼を崇拝するなら 全世界を目撃者として 見ることができる高さを得られます 彼は全世界を サクシ スワルパとして目撃します ですから 彼は知識なのです 彼は純粋な知識なのです あなたはリアリゼーションを 得たかもしれません 涼しい風を 感じたかもしれません しかしその知識を持っていますか 自由とは何かを この手の意味は何かを ヴァイブレーションは何かを 話さなければなりません 彼がその知識なのです その純粋な知識です 最も高いレベルの 完全な知識なのです ですから 彼が知識の源なのです 謙虚でない人は その知識を得ることはできません 傲慢な人 他の人を繊細に 優しく 美しく扱えない人は 彼の恩恵を得られません そういう人は 人生において何も得られません 何を得るべきでしょう 地位でも富でもありません これらの外的なもの ではありません 愛することができるハートを 得ないといけません あなたが愛することができる ハートです シヴァがハートに 内在するのであれば あなたはすべての人を 大変美しい方法で愛せます 愛について おかしな考えはありません 純粋な愛だけです すべての人への純粋な愛です そのお恵みで あなたの荒っぽさは すべて消えます 例えば もしほんの少し 力があるとします するとあなたは 良くないことに使うでしょう シヴァを見てください 非常にたくさんの力を 持っています 彼がそれを 間違って使えば この地上に草一本も 生えないでしょう いかにあなたが罪深いか 自己中心的か それでも彼は あなたにチャンスを与えます “成長するかもしれない”と 彼は非常に寛容です 彼は大変許すことができ また極めて寛大です 仮に 砂漠に住んでいる人達が いるとします そして彼らが 大変いい人達だとします 砂漠に住むがために 苦しんでいるなら 彼らにオアシスを創るでしょう 彼は母なる大地を 支配しています 彼らを幸せにするためなら 何でもできます 彼らがスピリチュアルであれば 崇拝しているのなら しかし 人間はとても愚かで 神の名のもとで戦いつづけます 例えば南部では 二つの種類の人達がいます 一方はシヴァを もう一方はヴィシュヌを崇拝します ヴィシュヌは シヴァを崇拝していたのです 誰も高くも 低くもありません すべてが大切なのですが シヴァを崇拝するか ヴィシュヌを崇拝するかで 人々は戦っていました 彼らは現実から 程遠かったのです 現実が何か 知らなかったのです ただ戦い 戦いだけです 神の名のもとで戦う者に シヴァが行き 彼らを三俣の鉾で 刺します 神の名のもとで戦ってはいけません 愛し 理解することです 神の名のもとで 戦うことは無意味です それだけではなく 大変危険です そのようなことをする者は 滅ぼされるでしょう 自己破壊的です 完全に滅ぼされます ですから 神の名において 愛さねばならないことを 理解する必要があります ばかげたことを 我慢する必要はありません 愛さなければいけません 愛を広めなさい 次第にその愛は 世界中に達して 私のヴィジョンが達成されつつあるのを 見ることができます しかし 諍いや憎しみ あらゆる攻撃性があるなら これら全てはシヴァに反し 滅ぼされるでしょう 彼らが滅ぼされるとしたら 何ができるでしょう 拝金的で 物質主義であるなら 彼らは愛しません 金銭のためだけに 愛しています 彼らが皆滅ぼされるのは 疑いがありません 謙虚であるばかりでなく 非常に愛する人でなければいけません シヴァの恩恵に与るには 極めて愛する人でなければなりません そういった人は利口だったり ずる賢くはないかも知れませんが 純真であると思います 誰かを愛すると その人を助けたいと思うからです 私自身苦しみました 人々を助けようとして 彼らは私を欺きました だから何だというのでしょう それが彼らの性質で あげく破滅しました 私は自分を欺くように 頼んだわけではありません 私は彼らに良くしましたが それでも私を欺いたのです ですから 破滅がやってきます 私に何が できるというのでしょう 誰も破滅して欲しく ありません この自らの創造を 愛していますが 彼らが破壊的であるとしたら 守る方法がないのです 彼らを破壊するもう一つの 偉大なる力があるからです 私がどうしようもない立場にいる ということがわかるでしょう どう表現してよいか わかりません しかし シヴァの 愛と恩恵によって あなたは極めて愛情深く 寛大で 非常に優しく 子どものように 純粋になれるということを サハジャ ヨギとして 理解すべきです あなたは 純真でなければなりません ずる賢くなる必要は 全くなく 純真さが如何に守られるかに あなたは驚くでしょう あなたが純真なら 心配する必要はありません シヴァの第3の目の力が存在していて あなたを保護します どこに行こうと あなたと共にあります 馬鹿になる ということではありません 現実的でなくなる というわけではありません シヴァの力によって 現実的な側面は ことごとく引き受けられます 彼の導き 愛 優しさを 人生の中のありとあらゆる 歩みの中で見ることができます まず自分の歩みに 気を付けなさい 攻撃的ではないですか 人を困らせてはいませんか 他人につらくあたったりは していませんか あなたは謙虚ですか 穏やかですか 親切ならば 彼はとても喜びます 自然のなかで働いているのは 彼の掟です それは非常にシステマティックで お互いを理解し合いながら 生きています 例えば ジャングルに行って 全く静かで 鳥のさえずり さえも聞こえなければ そこに虎が座っている と思うべきです 彼は王様です 従うことを皆知っていて 王がいる場には 礼儀が存在します 自動的に礼儀を 理解しています 虎がいれば 誰も動かないでしょう 彼は威厳をもって座ります 1週間か10日に一度だけ 一匹の動物を殺します 彼も食べなければなりません 一匹殺して 彼とその家族が まず食べます 血が流れ出るまで待ってから 家族皆が来て食べます それからその動物を そこに残していき 他の動物たちが順に来て プラサードとしてそれに与るのです 最後には カラスたちが来て その動物を食べます それほどの規律 礼儀の理解が存在しています シヴァによってどれほど動物たちが 統率されているかに驚きます 動物が ストライキをしているとか 動物の巨大な裏社会がある とは聞かないでしょう 動物がものを盗む というのも聞きません 私達は動物の段階から 進化してきたというのに動物以下です 争いのようなおかしな 行動様式をもちながら どうして私達が 上昇できるというのでしょう どんな小さな原因であれ 争い始めます 動物も多少戦いますが 集団ですることはありません 人間のように 集団ではしません ほんのちょっとの腹立ちで 仲間をつくって争い始めます 動物も仲間集団をつくりますが 争いません 動物たちは 真に理解しています 私達も自然の掟を 理解してはどうでしょう このような自然の摂理に 従わせるのがマハデーヴァです 空や大地ですら 全てが彼によって保護されています 美しいことを 私達のために行います 季節の移り変わりと共に 美しい花々をつくり出します 心地よく 美しい 喜びを与える ようなものを創造し 保護します 自然が与えるものを示し 私達が無邪気な子どものように楽しんだり 喜んだり 幸せでいられるようにします しかし 私達は傲慢にも 何事につけ反応します 絨毯を見れば “これは好きではない”と言うでしょう 特に西欧では 良くあることです 何かを好まないというあなたは 自分を何だと思っているのでしょう 良くあることで 恥じらいもなく“これは好きではない これは好き”といいます そういった人間はどこへ行き着き 何が起こるのでしょう 何事も愛でることなく 楽しむこともなく なぜ批判的な反応を するのでしょう そういった反応は西欧に多いです インドではあまりありません しかし そこにはある種の 文化の違いがあると思います インドなら 異常者のように思われるでしょう どう愛について語り それを表現するかが大切です まず 自分の妻から始めなさい そして自分の子どもや 他人に向かうようにしなさい 時折 世界は愛せても 妻は愛せないようなことがあります それは特殊です インドではあります 西側でも 妻を怖れるが故に愛するような おそらくは離婚を怖れる人がいます 愛はただ “自由な” 愛であるべきです 怖れなしに 責めることなしに その純粋な愛を楽しみなさい それが今日の 人間に足りないことです 人々が愛の美しさを 悟る日が訪れると 天国から花々が 私達に降り注ぐでしょう マハデーヴァが 第3の目を閉じることができて こころ穏やかになる すばらしい日になることでしょう それが私のヴィジョンです それがあなた方の未来です どれほど人と 穏やかに話せるか どれほど優しく 人を愛せるか どれだけ人に 与えられるかわかるでしょう 例えば 何か贈り物を しなければならないとすると 彼らは店に行き 最も安っぽい ひどいものを買って 贈ろうとします そうではないのです 大きさが何であれ 愛情をもって買うべきです それが愛を語るべきで どれほど費やしたかではありません インドですら昨今では いかに着飾るか どれほど自分に価値あるかを 見せびらかすのが とても一般的です 何のためでしょう なぜでしょう そういった人々を 多く知っていますが 亡くなれば 遺体を運ぶのに 4人の人さえもいません 生前は 自分のことばかりを 際限なく考えていました そのような時に その人を愛したり気にかけたりする人が 何人いるかを見るべきです 育ちのせいか 愛を知らなかったのかも知れません どんなことでもそのせいにできます しかしサハジャ ヨギにとっては 愛こそが人生であり スピリチュアリティであり その愛は 見返りを期待しない 愛であるということを学ぶことが重要です 貧しい人や何かを援助するのに 長けた人がいることも知っていますが その背後に力があって 単に権力意識を満たすだけで 愛を満たすことなく考えます ですから 働いているときに 何らかの利益や 地位のためではなく 単にスピリットを満たすためだけ 愛を満たすためだけにしていると 知っていなければなりません こういった類の執着のない愛 ヴィラクタを有していれば 何らかの資格を 得る必要もありません あなたはすでにそれを得ているし 楽しんでいるのです 英語で話さなければならない というのは残念です 英語を解さない人も いるかも知れませんが 英語が最近では 優位でどうしようもありません 英語を強いなければならないのです 他の言葉を私は話せません しかし 人は 愛の言葉を発するべきです 動物たちを見ると 馬でも犬でも 動物たちは みな愛を理解します あなたになついたり 愛情を表したり 非常にかわいらしいです これを今 彼らから 学ばなければいけません 他にどうやって愛の価値を 理解させられるかわかりません 現実的ではないと 批判したり たいしてお金がないとか 権力がないとか そういったことではないのです それは重要ではありません そんなことならいくらでも 手にはいるからです けれども 私達は違います 私達は人類の宝石で 輝いていなければなりません ダイアモンドが貴重に見えるには カットされる必要があるように 内にある悪いもの全てを 切り落とすのです 私の唯一の 望みがあるとすれば “シュリ マハデヴァの性質に 従うようにしなさい”ということです いかに彼が偉大か いかに彼に執着がないか 完全に執着がありません 彼は骨やそういったものと 暮らします どこに 誰と住むか 何を所有するかにも 何にも頓着しません 私達も 無執着であるべきです 同時に彼のように 極めて愛情深くあるべきです どれほど彼のハートが 他者への愛で満たされていて どんなに他者の世話をするか 私は警告しています あなた達は私を愛していることを 知っていますが あなた達がお互いを 愛するべきだからです 愛するハートを持ち 他者を愛することに満足しなさい それを育てることができたら サハジャ ヨガでのあなたの 高みと深みが増すでしょう 確かに女神があなたに シュラッダ(信仰)を与えます しかしそのシュラッダの深さは サンスクリット語や ヒンディ語では知りませんが マラティ語ではデャスと言います その愛の深みに飛び込めば 愛を全身に浴びれば 愛を楽しめば あなたは何も欲しいとは思いません 全てを得たのです 何を欲しがるというのでしょう シュリ マハデーヴァの 偉大さのように 彼はあまりに偉大なので 執着がありません 彼以上に偉大なものがなければ 彼以上に重要なものもありません 何を望むというのでしょう だから彼は無執着です この無執着を あなたも育てる必要があります しかし同時に 彼は芸術 音楽 リズムの 神でもあります 先日 男の子達が リズムを奏でていました 彼こそが万物に リズムを与えます 自らの命のリズムに 私達は無自覚です 子どもが生まれるのも 9ヶ月と何日と正確です 誰がこのリズムを守るのでしょう そしてある花が ある季節に咲きますし 自然には四季が存在します 誰がこのリズムを守るのでしょう 彼はリズム以外の 何者でもありません そのリズムが自然において 守られています 全てにおいてリズムがあります そしてリズムのある人こそ 大きなハートを持った人です それは大海のようです そのリズムが狂うと 残酷だったり 妄想的な人がいたりすると 整った 美しく穏やかな 全くさざ波もないような湖の中は 愛以外は 存在しないのですが そういった静かな ハートのリズムが乱されると シヴァが働き出します ですから 人は完全な時間のリズム 自然のリズムや 全てにおいてのリズム感を 持つべきです 花の名前さえ こういった花が何かさえ 何時ごろに咲くかも 知りません そういった生命のリズムに 関して全く知りません 知ろうともしません 見てみれば 全てに渡って 季節が存在します ですから 彼はあらゆるリズムを タブラやパクワジを演奏するように 全ての季節のしらべを 奏でたのです そしてそれによって自然が芽吹き 花を咲かせ 枯れていくのです その点を わかっていません 自分自身にかかずらって ばかりいます “調子はどうですか” と尋ねれば “マザー 頭痛や胃の痛み 他にも・・・” 何から何まであります 別の人はいいます “ええ 順調です” “マザー 世界をどうか 正して下さい”と 自分の心配をせずに 他者のことを心配します 世界を幸せにするために何ができるか という美しい理解のもとで いわば一生懸命に 働かなければなりません そのなかで “この世を美しくするのは 私達の義務ではないか” “この世界をリズミックに スピリットと調和のとれた世界にするのが” “私達の仕事ではないか” と考えるのです それは私達の義務です サハジャ ヨガを自分のためだけではなく 他人のためにするのです 自分のことをいつも心配するのではなく 他人の心配をするのです 世界で起こっていることに気を配る それが愛です その愛は自発的で 働くときにはすてきな働きをします 今夜は美しい夕べで この場所で偉大な成長の源を 崇拝しています あなた方が どれほどその力を得ているか シヴァのリズムにおいて どれほどその力を 全身に浴びたかを 理解するよう望みます 彼はそのリズミカルな方法で あなた方にヴァイブレーションを与えます 私達の生の道すじを流れ それがあなた方を 完全に包み込むはずです そこであなたの自己意識は 溶けていくように要請されるでしょう 私はそれを祝福します ありがとうございました […]

Mahashivaratri Puja, Surrender New Delhi (India)

Mahashivaratri Puja. Delhi (India), 14 March 1994.

シヴァの崇拝に世界中から皆が集まり とても喜ばしいです 実は今日はサダシヴァの崇拝をします ご存じのようにサダシヴァはシヴァとは違います サダシヴァとは全能の神であり 原初の母によるドラマを観る方です サダシヴァと原初の母であるアディシャクティの関係は 月と月光や太陽と陽光のようで 人間同士の関係や婚姻では 理解できません アディシャクティが創造するのは何であれ サダシヴァの望みであり 彼によって観られるのです しかも彼が創造を観る際は 完全に細部まで観ます 全宇宙を観ていると同時に 母なる大地も観ていて アディシャクティによる全創造を観ています 彼の力は観ることであり アディシャクティの力は 偏在する愛の力です 原初の父ともいえる全能の 神の望みである イッチャシャクティが 原初の母として現れます そして彼女は自らの力を 愛として表現します このように両者の関係は極めて 理解があり、とても深いものです 何であれ彼女の創造で 何か問題を見つけたり 彼女の仕事を邪魔しようとする 神の仕事を邪魔する人が 神でもないのにエゴを振りまくなら 彼が破滅をもたらします 彼が破壊の力の源なのです 彼は人間のハートに反映しています 全ての創造の中に彼は脈打っています でもその脈、拍動は原初の母の力です そして彼はそのアディシャクティの計画に 反するもの全てを破壊できます アディシャクティは愛であり 彼女は許し 愛します 自らの創造を愛し 想像が繁栄することを願っています そして創造されたレベルに到達するように 願っています 彼女は人間が神の王国 サダシヴァの王国へ 入れるよう願っています そこには恩寵と許し そして歓びがあります これはあなたが探求して そこに行きたいと望みさえすれば できるものです この望みは原初の母性の反映として 私たちの中にあります この望みと同時に世俗的な望みもあり それがあなたの上昇を止めます サハジャヨガでは決して 出家したり世俗を捨てたりすることで 欲を乗り越えようとはしません 過去に説かれたような手法も使いません まずスピリットの光を得たのです スピリットがサダシヴァの反映で この光で彼は道を示し 示し続けます スピリットは道を照らすために 燃えている光のようです その道中において あなたはとても賢くなり 英知と善の光の中を進むのです 破壊的なものは何であれ スピリットの光で見えるからです あなたは破壊的なことは全て 諦めだすでしょう 誰かにあれこれしてはいけないと 言われる必要はありません あなた自身がそれが間違っていると分かり 止めようと思うのです これが私独自の人間理解でした 今日では人間は完全に幻の中にいて ただ生きるためにもがいて争っています こんな状況ではどんなことをしたところで 世俗を去ってヒマラヤに行ったりしても失敗するでしょう 大衆にそれをするなら 抜本的な何かをしなければなりません 幸運にも私はその方法を見つけました まずは種を発芽させ リアリゼーションを得るのです リアリゼーションを得た人でも まだ学ばねばなりません リアリゼーションを得た人は多くて 数えたことがないので 何人かは分かりませんが まだ彼らにも放棄がたりません 口にするのも恥ずかしいですが それが事実です 現代のサハジャヨガは 放棄さえすればという状況です 自分の理解や別のやり方をし始めても サハジャヨガは理解できません 放棄しなさい イスラムという言葉が表すように 放棄するのです そしてその放棄なくして 神の大国に入れる者はいません 放棄とは家族や子供を捨てることではありません 家や財産を捨てることでもなくて 放棄とは まずはエゴを捨てること そしてコンディショニングを 捨てることです 例えば先日 苦しんでいる ある男性に会いました 彼にあなたの指導者は誰なのか聞いて言いました 彼はあなたに何も良いことをしてないです 彼のもとを去ってはどうでしょうと 明日そうしますというので なぜ今日でないのというと 今日彼に関するモノを捨てて 「明日の朝そうします」 「よろしい そうしなさい」 「マザー 何を捨てればいいですか」 「彼を崇拝するための全ての物を とにかくすべて捨てなさい」 そして彼は家に戻って家中にある 崇拝の用具を集めて海に捨てました そして海に言いました 「すみません 「私はこの男のせいでひどい思いをしました あなたは苦しみませんように」 このような染みわたるような知性がない限り 放棄できないものです 人はしがみつき続けるものです コンディショニングがなかなか取れない人を わたしは何人も知っています エゴよりも難しいものです 日常のコンディショニングと あなたの状況のはからいがあります まず生まれのコンディショニングがあります インドとかイギリスとかです サハジャヨガにくると殆どの人が 自国や国民のどこが悪いか 分かり始めます 自分たちの宗教や読んできた本のどこが悪いか すぐにハッキリと見つけ出して これが間違っているとかダメだと理解します それを皆からかいます 世界中の人がそうします だれも自分が英国人だから最高だとか ロシア人だから最高だとか インド人が最高とは思いません 彼らのどこに問題があるかを探し出し どうしてリアリゼーションを得ないかを 理解します その一方でとても慈悲深くなって 「マザー 多くの人がまだリアリゼーションをもらっていません」 「ぜひ彼らにリアリゼーションをあげましょう」と これは光の二重の作用です まず自分が光を得てそれを自覚している だから何であれ注意を向ければ現実が見えます するとこれは自分の国や社会のコンディショニングだとか 理解できるのです するとそれを嫌うようになり 自分から引き離します でもまずはお伝えしたように サレンダリング 放棄です 放棄によってある意識状態になり 内側から世俗を離れるのです あなたは何にも支配されなくなります サニャーシとは 世俗を超越している者という意味で 何も彼には張り付きません 彼が何かを見れば その本質が分かります 彼はすべを知っているとは言わない かもしれませんが間違いを犯しません とても無執着なので それによって 自分の間違いを見ることができます 彼は自分の家族や周囲を観察しだして あらゆる場所で何が悪いかを観ます 驚くことに自分とすら同一化しません トルコに行ったときに ある大きなスイスのホテルを経営している紳士に会いました 彼は私のところに来て言いました 「マザー 私にリアリゼーションを与えてください」と スイスではリアリゼーションを欲しがる ような人に会ったことがなかったから とても驚きました まさかトルコで会うとは 私がリアリゼーション与えると 「私はスイスに戻りません」 と言いました 想像してみなさい とても明確ですね この光があなたに偉大な知恵と バランスを与えるのです 例えば道を歩いていて足元が見えなければ 転んでしまうかもしれませんが 少しでも光があれば見えるのです これがサハジャヨガがしたことで あなたは光を授かったのです その少しの光であなたが多くのことを 放棄するのに十分でした 反対側はエゴの方です 人間のエゴはとても精妙なものです どうやって発達したのか分かりませんが あるのは事実で ちょっとしたことでいきり立つ 単純なエゴの人もいます 小さなことで怒ったり 誰か支配できる人を見つけると 支配的になります これを見つけたら 自分を笑いなさい 自分はどうしたのかと 考えるのです エゴはコンディショニングのように 外からは来ません 内側からくるもので 原因は何でもでありえます 人間はあらゆる馬鹿げた エゴを持っています ある女性が高慢で笑おうとも しない日がありました 「あの女性はどうしたのですか」 と尋ねると 「彼女は人形作りが上手だから尊大なんです」と 「ただの人形づくりで鼻にかけるなんて」 「そうなんです 彼女はそれで威張っているんです」 「だれでも人形くらい作れるのに 何を鼻にかけているんでしょう」 「でも本人はそれがすごいと 思っているんです」という具合です このように人はどんどん馬鹿になれます それがエゴを持つ人のサインです あまりに馬鹿なので話していると 呆気にとられてしまいます 無料で道化師が目の前に来て あれやこれやとお笑いを 見せてくれるのです 驚くべきことです エゴイストは見ると決まって 「私はこれをした 私は 私は」と言っています 当の本人はまたったくの厚顔無恥で 罪深い生活すら平気でしていたりします 女性や酒やあれこれが好きで とても罪深い生活をします そしてそれを自慢します 「あの日はこんなに飲んだ」とか 「5人の女性がいる」とか言い出します エゴイストには恥という概念がありません 意味のないことをただ言ってまわるので 「ああこんな人と話するのか」と 皆が思うのです その上何だって正当化します ある人に「心臓発作を起こしたことがあるから 飲まないほうがいい 飲酒をやめたらどうですか」と言うと 「プーネのキーロスカーという人も 95歳で飲んでいるから」というので 「あなたはキーロスカーさんではないし 彼が飲んでいてもそれで何が得られるというのですか」 「いやいや 飲酒していても成功者ですから」 「飲んでいるから成功しているのですか」 と言いました ごく普通の理性さえないのです 一般的に言ってもどんなに飲む国でも 酔っ払いの像があるのを 見かけたことは決してありません どんな国でも女性がいて飲酒で死んだと 讃えられる国は見かけませんでした 今のところはですが どれだけ人間がエゴを 推し進めるか分かりません 現代ではこのエゴがとても広がっていて 「これが好き これは好きじゃない」 とすぐに言います 「どれが好きじゃないの」 「このサリーが好きじゃない」 「こういうのは好きじゃない こんなのが好き」と でもあなたは何様ですか 人からは見ていても自分で見えていません あなたが好きでも嫌いでも どんな影響があるんでしょう なのに若者の間でよく目にします 「これがいい あれがいい」と これは完全な破滅のサインです エゴはあなたを馬鹿にするだけでは ありません 最近の着飾り方を見てください 「好きだからいいでしょう」 と言い張って やりたい放題しています そのうち頭で歩いても 「好きなんだからいいでしょう」 というかもしれません あらゆる愚行がエゴで説明できます リアリゼーションを得ることができた人は 神に感謝して理解することです これは私のエゴが話していると すると自分を笑ってからかい初めます これはエゴだったなと 一方サハジャヨガには 「まとめ役をしてみたら」と言っても 「マザー私のエゴが出てきてしまうから」 「それは何?」 「エゴがでるからまとめ役はちょっと」と エゴが出ることはあり得ません 例えば何かが燃えていれば それが見えるはずです どうやって自分を燃やすというのでしょう これはサハジャヨガの仕事を 避ける巧妙な言い訳です 「いや、エゴにとらわれるから」と 「だったらやってみて確かめてみなさい」 と私は言ったのです 人を馬鹿で間抜けにする事が沢山あって 今日では一体いくつあるのか分かりません 結婚でもよく見かけます 「私は彼女と結婚しましたが しなかったら良かったと思います」 とか何とか でもその時あなたはどうしたんでしょう 何故その時結婚したのでしょう こういう話を何度も耳にしました あらゆる愚かで馬鹿げたエゴの問題です ハッキリと理解することです このエゴが如何に自分の中で働いて 自分を下げているか 私たちが上昇について語る時は 高次の人生について語っています 私たちはサニャーシとなり 蓮のように池から出て 水面より上に位置するのです 蓮の葉ですら見ずに浸かっていません 私たちもそうなるべきです 托鉢僧のような恰好をする 必要は全くありません でも内面から執着を離れ 注意はそこにあるべきです すると内面と外面の問題点が すぐに見つかるはずです サハジャヨガではどうやってそれを 克服するかも分かっています これはとても効果的で 効率の良いシステムです でもそれを達成するにしても 内面でシヴァになる つまり無執着になる必要があります シヴァは完全に無執着ですから あなたもそうあるべきです その無執着がシヴァの英知を与えます サダシヴァはアディシャクティの 劇を静かに観ています 奢ることもエゴを発達させることもなく 「私の望みの力がどうしているか見てみよう」と ただ観ています でも破壊に関しては 彼が壊したほうが良いとなれば たちまちその部分を壊して取り除きます 私たちも同様になるべきで 人生を大きな場所と見て 自分がどうあるべきかを問いなさい 「だから何だ 自分はサハジャヨギだぞ」 という人を見かけました サハジャヨギであるなら そんな話し方をしてはいけません 合掌して「私はサハジャヨギです」 というべきです あなたの態度や言動全てにおいて 極めて謙虚であるべきです でなければサハジャヨガがあなたに 2重のエゴを与えたことになります ご存知のようにシヴァが無邪気で 素朴で許す方です 彼は悪魔も許します 誰でも平等に許します でも原初の母に逆らうものには 容赦しません この彼の性質を理解しなさい サレンダーとは外面を 放棄してしまうことではありません そこに何があるでしょう 石しかないような場所で何を放棄すると? サレンダーとは自分を完全に浄化して 完全な無執着になることです 無執着でしか上昇できません あるものは病気になり大騒ぎします 「病気になった 私は病気だ 世界が知るべきだ」と サハジャヨギならただ観るのです 確かに自分は病気になった では観てみようと スポーツのように観戦するのです 病気だとして次は何が起こるだろう 熱がいい感じででてきたなあとか 今度は下がってきたとか 遊びながら陽気に気にかけるのです 来たときは熱があったけれど だれも気付かなかったな 結婚に疲れていても 「全然疲れてなさそうだ」と言われたら 「そう 大丈夫」と言うのです こうやって人生で遊ぶべきです それはただの劇なのです そしてそれを智慧の光で観るのです サハジャヨガでは 深刻なことなんて何もありません なのにとても深刻になって 大騒ぎする人がいます 私たちが学ぶべきことは沢山あります シヴァを崇拝する際に彼を讃えます あなたはこうだとかああだとか言います 私を崇拝するときもあなたは同じくします 私は意識していませんが あなたが言うなら良いでしょう そういうならいいでしょう あなたはこうです ああですと シヴァの1000の名前も 女神やヴィシュヌの名前も良いでしょう でもこれらは彼らの名前の崇拝で あなたたち自身はどうでしょう いくつの名前を持てるでしょう プージャでは実際のサンスクリットの 名前を唱えることで それらがあなたの中で目覚めるのです それは間違いありません プージャの後にそう感じるはずですが あなた方はそれを使おうとしません 多くの者がプージャに来ては 神々とおなじ力を授かりますが 終わるころになるともう無くしています どこかに行ってしまいます だからサレンダーには別の側面があります 自覚です サハジャヨギであるという自覚であり それらの力を吸収できるという自覚です つまり一方ではサレンダーし委ねますが 何故委ねるのでしょう 吸収するためです あなたが何かを放棄すれば自然と 何かを取り入れることになります 取り入れたら維持する必要があります そして自分でその力を持っていると 自覚するのです そこで失敗するサハジャヨギが多いです 初めはサハジャヨギ達は 誰も触ろうとしませんでした クンダリーニを上げようともしません そのころには少なくとも50人ほどいたのに 「どうしたものでしょう チャンネルを用意したというのに 指を使うことすら誰もしないなんて これで上手くいくわけがありません 無理です」と言ったものです ナシックでプログラムがあった際に 私もそこから30マイルほどのところに 滞在していました そしたら途中で車が壊れて 他の車も通りかからないし 途方に暮れましたが 待っている大勢の聴衆が 「シュリマタジはいつ来るんですか?」 と聞くものだから とてもプレッシャーを感じて 「それじゃ私達がリアリゼーションを与えます 座ってください」 こうしてリアリゼーションを与えました これがサハジャヨギが初めて 自分の力に気づいて リアリゼーションが与えられると 気づくキッカケになりました こうして皆が与え始めたのです だから自覚が必要です 自分には力があると そしてこれを無駄にせずに 有効利用すると 他者を助け自分だけに取っておかないと そういった自覚が芽生えるべきです かつて船旅の最中 ある船員が冷蔵室に閉じ込められて 肺炎にかかりました そこで船長が私のところに来て この子は肺炎をおこしているから ヘリで搬送しないと行けないと言いました 「私がリアリゼーションを与えたから、 あなたが医師ですよ」というと 「私が」「そう」 「でも必要なら私が行きましょうか」 「いえいえ、私にどうするべきか教えて下さい」 「とにかく彼の胸に手を置きなさい」 「私が?」「そう あなたが!」 彼が手を置くとその子は回復しました 彼は驚きました その後結婚式であった際に 「これは私は誰にでもできるんですか?」 「そう誰にでもできますよ」と でも自覚もなくただ座って 瞑想だとか放棄だとかやっているだけでは 何の役に立つでしょう だからやらないといけないのでうす シヴァの状態を達成したら アディシャクティの仕事をしなさい サハジャヨガ広げたい 上手く機能させたいという望みを持つべきです でもコンディショニングやエゴが あるかもしれないから 注意しなさい 観察することで上手くいきます 沢山できるに違いありません 自分で自覚して動いている人もいます 各国に沢山成し遂げた人がいます だからまずはサレンダーが大切で スピリットやシヴァ サダシヴァの意識になりなさい 第2の意識は他者に思いを寄せることです はじめの方はサンスクリットでヴィヤシティといいます 個人的な獲得という意味です まずは個人として得なさい 次がサマシュティで集団の意味です 集団で機能させる必要があります リアリゼーションすら持っていない人々が 組織を作ってあれやこれや沢山しています あなた達はすべてを持っているのです 他者に与えることが大事で この光を他者に広めるのです […]

Birthday Puja, Satya Yuga New Delhi (India)

Puja for the 70° Birthday, New Delhi (India), 21 March 1993.
これほど多くのサハジャ ヨギが 世界中から来て 笑顔で座っているのが眩しく 胸が一杯です 今日私のヴィジョンが 実現したかのようです 私にはあなた方が 明日の世の救済者に見えます カリユガの惨禍が あらゆる方角から 私達を取り巻いているなかで あなた方は生まれかわり カリユガの池から 色とりどりの蓮の花になり 芳しく美しく咲いています 私の誕生日を祝うのでなく あなた方の誕生を祝うべきです 先日お伝えしたように あなたこそ偉大な真理と愛の 探求者であり 預言者で それをもたらす存在です さもなくば 一人を変えることすら とても難しいことでしょう しかしあなた方は敏感で 深みがあり 驚くことに 精妙な知識を吸収しました 信じがたいことです 自分でも このカリユガに 偉大な人々が生まれました これほど沢山の 聖者が私の前に座っていて 信じがたいことです スピリチュアリティ史上 なかったことで 天国においてさえ 神々は少数です 優劣をつけがたい 美しいハートと 卓越した知性 活発な意識を有しています この70才の誕生日に 皆さんに会えて感謝します サハジャ ヨガは 一人から始まりました 参加者がいても 権力や金銭を求めていたりして 問題を起こすものが多くいました 次々と問題に見舞われたり 低次元の探求者も 沢山やってきました しかし今日においては 全員が美しく 見分けがつかないほど 成長しました サハジャ ヨガに コミットできるのは この世の最高の恵みです お分かりのとおり 私一人ではできません あなた方が必要です あなた方がチャンネルで もっともっと広めるべきです デリーのヨギたちは全てを 上手に運営してくれました そもそも皆がこぞって 70歳の記念日に 来るつもりでした 理由はともかく 皆が乗り気で デリーのヨギたちは 今回は私達がやります といったのです マザーぜひデリーで誕生日をと 大変そうですよ 気をつけて下さい 皆が来たがっているみたいですと 軽く考えていたようで “沢山何百人も来ますよ 大丈夫ですか”と訊くと それならもっと嬉しいです 彼らの運営にかける熱意を 私は見ました 最高なのは デリーのような政治家や 政党のある政治の中枢で サハジャ ヨガ内に 政争がないことです 言い合いもなく 足の引っ張り合いもなく デリーのような場所で 注目すべきことです 連日のように 国会内ですら 乱闘が報じられるのに おそらくこの地獄ゆえに 善人が生まれ サハジャ ヨギに なるべきだったのでしょう サハジャ ヨガの知識は ご存知のとおり 極めて精妙で 簡単ではなく いわゆる知識階層や 因習に囚われている人々には たやすく浸透しません 一方には無知な大衆がいて もう一方には自分の頭で作った 枠組みの中だけで 生きている階層がいます 両者とも極めて荒削りです しかし 如何に彼らが 神の微細な恵みを吸収したか 信じがたいことです 私の誕生の後に 多くの者が生まれたこと それをだれも理解できません 私の前に生まれた人も 少数います 彼らは私の誕生直後に生まれ サハジャ ヨガに来たのです しかし私は世界を見て ショックでした カビラ自身よりも 衝撃を受けました どうやって誰かと話せるでしょう 私の家族とも どう切り出せば良いか わかりませんでした 無知の暗闇が深く できませんでした どうしたら 聖なるものを信じるでしょう それが待っていると分かるでしょう 彼らは皆 ある種の宗教を信奉し 現実から乖離していました どう話せばよいか 思い描くことすらできませんでした 最初の出来事を覚えています ナゴールに行き サハスララを開いたときです 最初にリアリゼーションを与えたのは グジャラート人の宝石商でした たちまち他の皆が 35人足らずでしたが 宝石商で金持ちだから だと言いました だからマザーは リアリゼーションを与えたと 本気で怒ったのは あの時が最初で最後でした 彼らに怒鳴りました あなた達は全くの役立たずで 聖なるものを決して分からないでしょう 本気でもうやめよう と思いました サハジャ ヨガが 理解されるまで もう1回生まれ変わる 必要があると ですが突然 人々がクールブリーズを 手に感じ始めした 私が怒鳴った直後です マザー 働いていますと 身体の内外で働いています こうして12人を得ました 以前リアリゼーションを 与えた女性も 後に加わって 14人のサハジャ ヨギで 始めました 突然そうなったので 皆が驚いていました それが何か 知らなかったからです すると驚くことに 憑依された女性が プログラムに来て ジャガダンバ ジャガダンバと 言い始めたのです 彼らは理解できませんでした 私も自分について教えていませんでした さもなければ 教えなかったでしょう 彼女は次に詩を吟じ始め それはサンスクリット語の ソゥンダリャラフリでした 彼女はただのメイドで しかも男性の声でした 皆ショックを受け どうして霊が そういったのかと思いました その後彼女は去りました すると人々は 私が何者かわかりだして 最初の私への プージャをしたがりました 私の自宅でした でもまだ自信がなくて 神官まで呼んだようです このサプタサディは 難しいプージャだから どうなってしまうのだろう ですがプージャが済むと 何も起こらなかったし 前より良くなりました 皆クールに感じました 雰囲気も完全に変わりました 彼らはサハジャ ヨガが ユガ ダルマであると知りました このカリユガの時代のダルマで サハジャ ダルマが このユガのダルマになりました このユガ(時代)は とても確かに難しいです だからこそあなた方は 皆さんが 熱烈な探求者になったのです あなた方は大衆が ただ何かに従い 道を見失っていると分かりました 自身の殻のなかで 頭をあちこちぶつけていると 彼らはたちまち リアリゼーションを得ると 自身の探求や人生について 私に語ってくれました 私は驚きました 彼らには探究心が働いていて サハジャ ヨガに 導かれてきたのです その過程で偽のグルつかまって 道を失った者も多いことも 忘れてはなりません にも関わらず こんなに多くのサハジャ ヨギが 国を代表してここにいます ですが祖国には 更に沢山いるのです インド国内でさえ もっとずっといます あなた方は代表しているのです その何倍もの数が いるということです 何人かわかりませんが サハジャ ヨギは何人いるんですかと 何度も訊かれましたが “わかりません” “わからないのですか” “わかりません 記録しないので” 彼らには理解し難いようで オフィスも記録も事務員もいません 私はタイプもできません 小切手の切り方も知りません 人々は理解できません 現代に私のような人が 存在することを ですが全て何とかなります 現代の無知があるけれども 全てが完全に パーフェクトに運びます リモコンのようです これら全てに関して 私はひとことも 言ったことはありません どうすべきだとか 何人必要だとか 全て自然に上手くいきました 皆がコミットしているからです そのコミットメントが 素晴らしい運営力を もたらしたのです 本当に多くがまとまりました パラマチャイタンニャが クリタ ユガにさしかかり 全てを運んでいるからです それがあなた方を完全に助けます たとえば警察は ムスリムがここに住んでいるので 何か問題になるかもと言っていました 危害があるかもというので どのムスリムですかと聞くと ニザムディン アウリアの人が 住んでいます 彼らは私たちに危害を加えません なぜなら彼らはスーフィだから それに彼は偉大な聖人だったから なので彼らの殆どがスーフィで それを信じているはずで 私たちに危害を 加えるわけがありませんと 明日早朝に チャードルを頭にまいて 行って来なさい 彼らはとても感激して ここまではるばるやってきて それにとても丁寧でした すると私を呼んで チャードルをくれたのです 他にも何かとくれたり 歓待されました 彼の弟子に アミールクスロウがいて 彼も偉大なスーフィで 私は彼の詩やニザムディンの 気品ある生き様を 賞賛していました 彼らムスリムは 私にこうして手を向け クールブリーズを感じます と言うので これがルーです ああ これがルーですか 彼らはルーを得たら すぐにサハジャ ヨギになり その結果 世界中に沢山のスーフィがいて 彼らの住所を調べて 会いに行きましょう そしたらもう一つ テントが必要になるかもしれません 2つか もしくは 3つかもしれません デリーでは サイズをあまり恐れません またデリーでするのが良いでしょう また昨今では デリーは騒がしい都で それをなだめ沈めるのにも 私達が居ると良いでしょう いわゆる国の舵取りをする 役人たちに智慧を与えられます 間違いなくそうなります これらサハジャ ヨギによって レーションが 放たれています あなた方の頭上をみると 天井の布が上下に揺れ続けています 外の風はないのにです 木の葉は動きません あなた方の頭が動かしています このヴァイブレーションが 政治家や役人を 鎮静して穏やかにし やがて平和を確実にもたらします 世界で様々なことが起きていて 不安に満ちたこの時代 政情不安があり ロシアでも ボスニアでも イギリスでは不景気 アメリカも スペインも不景気で 皆が苦しんでいて 彼らは極端な態度にでました なのでこの極化により 彼らは物質主義との 向き合い方を変えるでしょう 必ずあるバランスに至るでしょう あなた方の全なる望みや祈りで この世は美しく 魅力的になり 後世の人々は この世が聖なる芳しい 香りに満ちた蓮の花になった というのです あなた方は花びらで コロナであり 色彩であり 美であり 花粉であり 私の世界のビジョンの 美しい蓮の花です 今日この日に サハジャ ヨガのために 働くと決めて それを広め 自らにも働きかけて下さい 危険があるとすれば エゴに支配されないことです それが唯一の暴れ馬で 馬に引きずり回されず 自分を乗りこなせば とても早く前進するでしょう 美しく こうしてサハジャ ヨガは広がります 誕生日ごとに 誓いを立てたりしますが 私は何を誓えばよいのでしょう 私に無理をしないようにと 人々は言います 私は一生懸命働いています ですがそれを 倍にしようと思います 同じようにあなたも 皆が誓いましょう サハジャ ヨガの仕事にコミットし 社会に出て行くと それについて考えると 科学者なら 博士なら本を書くべきです 記事を書き 動きまわり 同僚と話し 同僚たちと 研修会を催すべきです 建築家たちや 他の職業でも 同僚たちに リアリゼーションを与えるべきです 金融の分野にいてさえ サハジャ ヨガをするべきです それが大事で お金の問題は聖なる力でしか 解決できないからです 誰にも解決できません この世の誰もが 法律でも別の分野でも サハジャ ヨガをするべきです そしてクリエイティブに 仕事をなすべきです そしてまた 周りの環境 村や都市 どこであれサハジャ ヨガの プログラムをして 拡めて行きなさい 治療に関しては 誰にも触らないように 私の写真だけを使って こうしてどんどん サハジャ ヨギが増えていき 病気の者は減っていきます 人々は治っていき 皆サハジャ ヨギになるでしょう 農業もあります 何度か試しましたが 更に農業に応用すべきです 政府に農業分野での 可能性を訴えるべきです 委員会を作り 会いに行き サハジャ ヨガが 農業にどう役立つか話しなさい 子どもの援助も必要です 彼らを大切にしなければなりません 彼らにどんな未来が 待っているでしょう どんな世になってくるでしょう インドにおいてさえです なので子どもを サハジャの文化で ちゃんと世話することが とても大切です 彼らが明日の サハジャ ヨギだからです 多くが生まれながらに リアライズしています ちゃんとしつけて 彼らをアーラにすべきです アーラ ダルザです カワリで言われる サハジャ ヨギのことです 家庭もとても大切です 今日の家族が 狂っているのをみるのは ショックなことです 誰もその大切さに 気づかずにいます サハジャ ヨガでは 小競り合いやケンカ キツさや残酷さはなくすことです ちゃんとした関係をつくり まずは夫婦からはじめて 連れ添っていき それを子どもが見て学び 楽しむのです 生活のなかでの装いも 威厳と品位をもって 自らを敬いなさい とても大切です 自分に似合うものを 国に合わせて着るべきです 真夏の季節で 3ピースのスーツを来たりしたら どうなるでしょう 適切で 文化にあったもの 品があって伝統に沿った 装いをするべきです 特に女性には大切です より高貴に見えるような 服を着ることです もう一言女性に加えると 女性が少なくとも 新聞くらいは読むことです 注意が世界の問題に 向いていれば とても効果的です あなたの注意は効くからです 注意を使いなさい 新聞も時に恐ろしいのは 知っていますが バンダンをしなさい 何が起こっているか見なさい 大切です 男性はセンセーショナルなものは 読まないことです 現実に起こっていることに関し 読んで解決を考えなさい サハジャ ヨギとして どう役立つか 個人的にも社会的にも 私たちは多くの問題を 解決しなければなりません 名作も読むべきです 映画も見なさい それらに対する感想を持ち こころを敏捷に保ちなさい 私は美しい詩歌を 最近たくさん読みました それらは まさか詩を書くとは 思えなかった そんな人々による 最上級の美しいものです これらの詩を集めましょう 奇跡的な写真も 方々から集めましょう 今それらを編纂しています そしてそれらによって 自然に何かの助けになれば 素晴らしい達成です 今までにそうした情報を集めたり 保管したりしてこなかったからです 最も大事なのは瞑想です 瞑想しなさい 瞑想によってのみ現在にいることができ スピリチュアルな成長が可能です 何度も言っているのに しようとしません 10分ほど瞑想できれば 寝る前にすれば効果的でしょう 間違いなく 早く成熟します 私には瞑想しているか すぐに変化が分かります 習慣づけば 決して止めないでしょう 簡単な瞑想です フットソークなどもあります 朝はエゴを叩きなさい それだけです それは義務や 苦行ではありません そういったことではなく シンプルなことです でも自分自身でそれを行い 自己実現と神聖への成長に 敬意を現すのです 私たちには 沢山の強みがあります でも気をつけていただきたいのは 探求心のない人々に サハジャ ヨガを勧めないことです 議論や口論して 力を浪費しないことです あまり議論できることでは ないからです 彼らは忘れて放っておくことです 私に任せなさい 真理を探求している シンプルな良い人を選びなさい 議論ばかりの人々のために 頭を痛めてほしくありません 今日では サハジャ文化が出てきて 人々はあなた方を見て 特別だと感じるでしょう 何かユニークさをもっていて 他にない性質があると これらは全て あなたの内面から 自然に出てきましたが それを恥じずに保つことです 自身の美徳を 恥じてはなりません 人が何をしてきても こうしろああしろと言われても 間違いなら 従うべきではありません あなたにはもう力があり したくないです といえば良いだけです あなたが民衆を導くのであって 人にリードされるべきでありません ファッションにも惹かれず あなたがファッションを作りなさい 彼らに道を作るのです 彼らの道を あなたが歩くのではありません いいですか あなたの人格は 多くの精妙さを 理解するレベルにあり その力に人は気づきません だからあなたが 当然リードしなければなりません 彼らの考えを取り入れるのでなく サハジャ ヨガやあなた自身に 何かを言われても 恐れないようにしなさい 自身を持ちなさい そうすれば上手くいきます 私はただの女性で主婦ですが サハジャ ヨガに自信があるから うまくいきました 始めるかどうか 迷うことなく ただ始めたら 家族ではあまり評判は 良くなかったけれど それは問題ではなくて 自分で全てを初め 全て上手くいきました 真理に完全に自信がありました 真理が私を助け 私を訪れる人々をも助けると そして現にそうなりました あなたにも難しくないでしょう まずは皆さん 自分が条件づけされてなく エゴがないことを 確かめてから始めていけば 上手くいくので驚くでしょう 今日のプージャは短いので 長く講義しました この短い時間では まだ言えないことがたくさんありますが ですが坐れば簡単にできます 12345678自分と なので自分がオーガナイザーだと こころに留めて下さい 何をするべきか 何ができるか 何をなそうとしているか ぜひやってみてください 皆ができます 日記をつけるのが 一番よいでしょう 何をしたかとか リアリゼーションを何人に与えたか 何人治り 彼らについてどう思ったか でもサハジャ ヨギ達は 今持っていないと マザー 今は持ってないので 明日から始めます 今日から始めなさい サハジャ ヨギの唯一の問題は ものを軽く考えすぎるところです もちろん そういう性格なのでしょうが サハジャ ヨガに関してはいけません 他のことなら 軽く考えても良いです 誰かに怒鳴られたら 叩かれたとしても 軽く受け止めれば良いでしょう そんなことは何でもありません あなたはスピリットなのですから スピリットを壊すことはできません ナイナム チダンティ シャストラ二 でもサハジャ ヨガに関しては 違う態度であるべきです 一方ではリラックスしていて もう一方では精力的であるべきで そちら側でサハジャ ヨガの理論を 前面に押し出すのです 人々に話す際に プレスコンファレンスを催したり したいようにしなさい どんなレベルであっても やりたいなら キチンと計画したなら あとはただ実行するのみです 全てうまくいくでしょう 間違いありません 私のこれらのアイデアで 多くの者が来るでしょう 来年にはきっと 実現していることでしょう ライ氏のように多くの人に 本を書いてもらいたいです 医者は皆書けるでしょう ドクターライは簡単に書きました 簡単に書けました 美しく成功しました 誰もが自分の体験を サハジャ ヨガの理解を持って 書くことができます それがサハジャ ヨガを 助けるでしょう ただ非常に 誠実な本であるべきです そうであれば サハジャ ヨガでも賞賛され 出版されることになるでしょう アイデアがあるものは 誰でも本を書いてみるべきです 新しいアイデアや創作です とても大切です 現代では人々は 新しいことをしようとするからです このような状況ですから 皆が上手くやれるに違いません サハジャ ヨガについて常に考え アイデアを思いついたら書き留め それを編纂し サハジャ ヨガの 美しい本にしなさい 女性にも多くのチャンスがあり サハジャ ヨガのために色々できます 今が絶好の機会です 間違いなく明日から サッティャユガが始まると思います 何が兆しかといえば サッティヤ(真理)が 勝利するということです 何であれしようとすると 真理が勝利します 真理の勝利 それがあなた達により起こります そのためあなた方に おめでとうといいます それを是非やってみてください 神の恩恵がありますように […]

Mahashivaratri Puja New Delhi (India)

Mahashivaratri Puja
シヴァは永遠で常在するのに なぜその誕生を祝うのでしょう 今日祝うのは 地上でのシヴァの確立で 物質的な自己にあります 全ての物質は神格によって創られ そこに神が宿ります なのでアディシャクティは まずシヴァを確立しようとしました 究極の存在であるシヴァ抜きでは 何も確立しないからです なのでシヴァを確立しなければなりませんが どうすればよいのでしょう 彼はタモ グナの神です 冷たく 静的なもの全ての神です まず 地球は熱い太陽から 離れた月の近くに置かれます 月はシヴァの義兄です 地球は月に近づき 氷に覆われるようになりました それから次第に 太陽の方に近づいていきました すると氷が溶けだします それでも氷が溶けずに残る その場所でシヴァが確立されました その地点は今もあり それがカイラスです 溶けずにある氷は シヴァの顔のように 目や鼻など年中はっきりと 形が見えます シヴァは このようにして創られ 地上で起こること全てを 観ずる存在としています 宇宙のクンダリーニである インドのある南を向いています 彼は両手を このようにして南を向き アディ クンダリーニの スペクタクルを観ている そのように創られました 宇宙のハートは イギリスですが シヴァはサハスララに座していて そこが彼の玉座なのです シヴァはあなたのハートに 宿っていても 彼の座は頭頂で そこからすべての身体を 観ています だから脚は南 頭は北 左手は東で 右手は西です このように宇宙が創られたと 見ることができます 立たないで座っていなさい 写真をとらないで 私の話を 注意して聞きなさい 瞑想的に聞くのです 私の話を最大限 役立てたいでしょう 瞑想的に聞きなさい そうすればはっきりと聞けます なにかせず 瞑想することです なのであなたは 目撃者として南を向いています 誰かが南の人は南枕で 寝る人がいると聞きました するとシヴァに足を向け 寝ることに なります カイラスは北ですね なのに何故脚を 北に向けるのでしょう 理屈にあいません ブラミンが言ったからといって 反対のことをしているのです ブラミンからこの国が 守られるといいのですが ブラマ(神)のことを 知らないくせに聖職者でいます 彼らが本物であれば 必ずこの国を治める用になると思います シヴァが物質において まず確立されるなら 私達においても同様で 胎児が形成されるとき シヴァの確立によって心拍が起こります シヴァが確立された というサインです 心臓に問題がある場合 シヴァの確立が 不完全であると言わざるを得ません 悪い人ということではなく 長生きする運命ではなく 後世で別の心臓を 持つのかもしれません もしくは前世で何らかの問題が あったのかもしれませんが シヴァの原理に 注意を払えば治ります 最も大切な臓器は 心臓です 心臓が止まれば 存在することができません なので アトゥマであるシヴァを 大切にすることが最重要です 私達は些細な 世事にかまけています あれこれと心配し スピリットに関心を向けません それが私達の 最大の問題です スピリットに 注意を払えば 全宇宙が歓びそのものである パラブラマと共鳴しだします ですがスピリットに注意を払わずに 人生を楽しもうと思ってもできません 無意味な事に囚われて スピリットを忘れていては人生を楽しめません 完全な静寂はスピリット以外からは 得られないのです 内なるスピリットが 目覚めると 静寂が働きだしてリラックスして 自分自身でいられるようになります 問題はなく 普通人が求めるものを求めず 自分自身と共にありたいと 思うでしょう ただ 同じようにスピリットを見つけた 他のサハジャ ヨギを求め ハートに宿る スピリットの交流をするでしょう スピリットは私達の内なる普遍性で 合一により普遍的な意識をもたらします シヴァやその原理には 多くの性質があり 全てはお伝えしませんが もう一つの次元があります シヴァの原理を持っている人は 冷静なタイプだということです そのような人は 熱いヴァイブレーションではなく 活動的なタイプでなく 極めて冷静な性質を発達させます 低血圧であったり スピリチュアルな性質を持ちすぎるゆえ 下痢気味だったり するかもしれません レフトサイドの作用で 愛の側に立つ人かもしれない レフトサイドはいわゆるカパの側で 粘液質のことです レフトサイドなので 風邪をひきやすいタイプです このような人は風邪などから 身を守る方法を サハジャ ヨガで 学ぶ必要があります スピリット自体は 健康問題を超越しています ですが スピリットの事ばかり考える レフトサイドな人は偏ってくるので この世に生きるなら バランスが必要です 自身のスピリチュアルな成長のための 活動に従事する事です スピリチュアルに成長した人が シヴァの原理で地上に生活することはできません バランスのとれた 性質でいなければなりません そのバランスが発達すると スピリットがハートから頭頂に登ります これが第2段階で ここは集合性 コレクティヴィティです 愛と情を中枢神経に注ぎ込んで 頭頂のヴィラータに導くと あなたの集合的な存在から 愛が広がり始めます そうなって初めて あなたは十全な人格となります でなければシヴァの原理は 宇宙の存在と無関係に存在しています シヴァの原理の重力に 宇宙は存在し 消滅していきます スピリチュアルな渇望を持つ者は 自身のシヴァをハートから頭頂へあげて 自分をサハスララの ディタッチした在り方に導くべきです 完全なバランスとは どこにあるでしょう サハジャ ヨガでは多くの人が 優しく 愛を持った良い人達です 例えばデリーでは ムンバイの人のようにきつくありません ムンバイの人はきついし プーナの人はもっときついです ですが ムンバイや プーナのヨギは深いのです 彼らは同情心のような感情を超えて 少しバランスをとれているからです “人にきつくしてはダメです不親切にしないで” という態度も変な場合があります 例えば昨日は私も 皆と同じ場所で寝ました ムンバイやプーナだったら 話し声は全く聞こえません ライオンやトラがいる森のように 静まり返るでしょう トラがいれば 何マイルも手前から 分かります 静まり返っているからです それがデリーでは 皆が話しています お金のことなどペチャクチャとしゃべり 外国からのヨギもそれに参加します 驚くほどです なぜあんなにいつも お喋りするのでしょう 逆に 私が寝ているときには 皆座って瞑想をするべきです なのに 無意味な話をしています 皆がペチャクチャと喋っていて どうしたら良いのでしょう 同情的な態度をもつかぎり 話し続けるのです “仕事でこんな問題があって”とか “私も同じですよ 彼らはダメですよね 他にも問題あったらしいですよ”とか サハジャ ヨガに 無関係な話をしています サハジャ ヨガの話ですら 私の前で話すべきではありません このような態度はサハジャ ヨギに 相応しくないとお願いしなければなりません 私の前で口を開くことすら 良くありません 詳細には 立ち入りたくありませんが シヴァの原理をハートから上げるには たくさんのことを学ぶ必要があります あなた方は人を歓ばせ まとめることには 長けているし 口論もありません ムンバイやプーナの サハジャ ヨギたちは口論好きです でもプーナやムンバイのサハジャ ヨギたちは 個人としての深みに到達しました 彼らは次に ハートに 少し帰ってくる段階です 彼らはちょっと人に厳しすぎるので 次の段階はそうなるのです ただ ある程度の厳しさが 必要なのです 例えば“マザーのおみ足に 触ってはいけません”と言われたら 悪い気がしますが 世俗的にはそうなります それが“私の足に触らないで下さい” と私が言ったら それに従い 自分ではなく 私を歓ばせるべきです “彼らは初めてなので これを言わないほうが良いです” という迎合的なアテンションを変えなさい やりなさい でないと私をアプラサンナにして それが問題を引き起こすことになります プーナやムンバイの マラティ語のようにきつくでなく ちゃんとしたウルドゥ語のように 人を不快にさせないようにしつつ 言うことは 言わなければいけません 私の邪魔をするようにしないで下さい きちんとするように伝えるべきです 自分に深く入るために 一人になり 瞑想と黙想に入りなさい デリーのヨギが皆そうだとはいいませんし ここでは組織運営が上手で ムンバイやプーネのヨギは 学ぶ必要があります 皆が口論し 飽き飽きします お互いをすり減らすのも 気に入りません でも 個人としては 彼らは良いので 個人的になります 個人的な人と社会的な人がいて 両極端になりがちです サハジャ ヨギはどうすべきでしょう マザー依存症になるべきです マザーが好むことをするべきです 分かりますか 世間や個人を 喜ばせる必要はなく マザーを歓ばせるというシンプルな事で アディシャンカラチャリヤが言ったことです “何がマザーを歓ばせるか” を学問にしなさい 分かりますか シヴァの原理として 私を歓ばせるのはたやすいことです 間違いをして 耳を引っ張っても大丈夫です でも やり過ぎないように 間違うのはいいけれど 当前と思い 間違え続けてはいけません 長いロープを掴んでも 結局それで首をつってしまうでしょう だからロープを与えられたら 却って気をつけないといけません 世間や自分の意見に こだわるべきではありません どちらも間違いです 私の中の全ての神格を 歓ばせるように振る舞いなさい 私は存在しないのです 信じて下さい 私は多くの存在の 集合にすぎません 宇宙にも この体にも 私は見当たりません たまに“これは一体何か” と思います 外部として感じられます でも そこに行き渡り 楽しみ 生活する一方 私はそこに存在せず どこにもいない 何がマザーを歓ばせるかを理解しようとすれば 私の望むような威厳を持てるでしょう 私の望むように 歓びを感じられるでしょう 私の与えるヴァイブレーションを さらに得る能力をえられるでしょう 何であれ あなたが自分に 良いことをすれば私は歓びます ただ 自分に良いことを自分流に考えて また個人主義になるかもしれません もしくは世間に 迎合するかもしれない 私が午後7時前に プログラムを予定しないように言うと 都合が合わないと言うかもしれませんが 私に合うかどうかが問題なのです 私にしか できないことがあるからです それをできる時間は 決まっています 私の予定をあなたの都合に 合わせないでください 午前11時以前に 予定すべきではありません 早朝5時であれば 良いですが ある時間は別の目的に 使わなければならないのです 何であれ私に合わせることが あなたの善につながるのです それが最も効果的です あなたのために 私のトリックを教えてあげているのです しかし働く人は 来られないだろうと言うのです 来なくて良いのです 7時に映画があれば 彼らは行くのではないですか だったらなぜ安易にマザーを 彼らの都合に合わさせるのでしょう 人が少なければ そのほうがずっといいのです そのほうが 天国がゆったりします 私を安売りしてはなりません 理解するべきです マザーの威厳を保ちなさい 皆や世間を 助ける必要はありますが でないと ゴミの駆除ができません 捨てるべきものが 沢山あります ゴミの部分を 心配しないで下さい 最良のものを選びますが その際にきつい話し方をしないことです “どけどけどけ” と 話すべきではありません 話し方を変えなさい どう柔らかく話すかを 皆に教えなさい これは大切で さもなくば最後は 聖人をも侮辱してしまうかもしれません だからやめるべきです 分かりなさい あなたは人前で 正しい概念 行い 態度と知識を 示すことができます 正しい理性ではなく 絶対的な正しさです シヴァは絶対で 絶対的知識を与え 私の歓ばせ方を知っています 私を不快になるその瞬間に 劇を中断します 彼は私のために それを観察しています ダメだと思ったら 劇を止めて “中止です 終わりなさい” シヴァは観察者と言いましたが 裁判官でもあります なのでちゃんとしなさい 私はシヴァを 歓ばせるようにしています シヴァのもとで 宇宙が良き場所であり あなたが約束された 永遠の生を得られるように でも何がマザーを歓ばせるか 理解しなさい 私をじっと見つめる者もいます それもいけません 目を伏せなさい 馬鹿げた行いです 馬鹿げているだけでなく 私を歓ばせません あなたもそうされれば 同じでしょう 私はあなたを 歓ばせようとしています どうやって歓ばせるか 私から学びなさい もちろん 私のようにはできません “マザー そこに行ったら馬をもらって・・・” と話しても 自己を達成できません 私はあなたの問題を解決できますが あなたは私の問題を解決できません あなたを歓ばせるのは 容易いです どんな仕方でも良かれと思って 人を不快にしないことです 特別なことを する必要はないのです この簡単な事が分かれば よかれと思って 私を不快にさせることもないでしょう 特別な事をする必要はなく 優しく 愛を持っていれば 私はいいのです そもそも私は上機嫌なので あなたに満足です いかにこれらを乗り越えて 何を達成すべきかですが 今のところデリーの人はハートから サハスララに行く必要があります ムンバイやプーナの人は ハートに戻る必要があります ラフリの人は ちょうどあいだと思います ちょうど中間です オーガナイズ上手だし 個人としても私に問題事をつくりません ラフリがおそらく 私のメッカかもしれません でも誰でもそうなれるのです 皆が伝え合い 教え合い 高め合えるのです 自分を本当に愛し 進化させようと思えば自然にできます 本当にしたければ 何かする必要はありません 次第に上手くいき バランスがとれてくるでしょう おしゃべりな人は あまり喋っていはいけません しゃべりすぎるなら 話を終えたらやめるべきです 必要なときに話し 必要なければ話さないことです そのような人格を 育てることができます どこまで話し どこには触れないかの知恵です やらない というのが シヴァの性質です 彼は何をせず 座って全ての喜劇を観ています 彼は何もせず 観ずる方なのです 彼が観るのをやめれば 劇は全ておわりです 何もしないことで 彼がどれほどしているか分かりますか その対比を見なさい 彼は皆を踊らせて 楽しんでいます 同じように あなたにも両面があります サハジャ ヨギとして そのバランスを達成できます それはあなたの善や進化 発展のためです さあ今日は 全てに浸透するシヴァの原理を 個々に伸ばすチャンスです カビラは美しい詩句に 表しました “私は愛を起こし 取り出して その波動を5大要素に注ぎ込む” と 偉大さが 分かるでしょう 彼は心から取り出して 5大要素に注ぎ込むのです これこそが サハジャ ヨガです これが分かれば 他に何も分かる必要がありません ハートにおいてそれを得たら 心の資本家となり 外では社会主義になります このバランスをきちんと 取れるようになれば終わりです できます 皆でやりましょう そして世界に それができると示すのです いわゆる普通の人が 非凡になれます 今日はそれをサハジャにすると 決意しなさい 常に自分を見続ければ 分かるでしょう 自分に言い訳しないことです そこがポイントではなく そういうのは馬鹿げています 自分に挑戦しなさい “どうしてこんなことになったのか”と そうして自分をワークアウトできます 力があるのだから間違いありません あなたのスピリチュアルな そしてコレクディブな成長を私は祝福します どちらも大切です コレクティブなしにスピリチュアルな 成長をしても意味がありませんし スピリチュアルな成長なしに コレクティブがあっても意味がありません 両者を統合しなさい シヴァをヴィラータに持っていき そこで確立するのです やりなさい これさえ分かれば 人との関係も末永く 実りある 良好なものになるでしょう そしてサハジャ ヨギの人生の質が すばらしいものとなります 神の祝福を […]