Adi Shakti Puja, Use Your Right Side For Giving Realization (Nirmal Temple)

Adi Shakti Puja. Cabella Ligure (Italy), 23 June 2002.
今日は皆さんにとって いつもとは違った日です アディ シャクティ プージャだからです アディ シャクティとは 完全なる人格 皆さんの知っている レフト サイドだけではないのです 皆さんはレフト サイド すなわち シュリ ガネーシャから上昇する 左側のチャクラしか 知らないでしょう 私が最初に ライト サイドを伝えなかったのは ライト サイドを通った人は 自分を見失ったからです 彼らはガヤトゥリ マントラを 書面から得たのですが どういう意味か分からず ただ暗記していたのです 本来の意味も分からず そのため ライト サイドに傾き アギヤに到達し そしてセルフ リアリゼーションを 得ようとしました 彼らはライト サイドさえ しっかりと行えば 最終的にリアリゼーションに 到達すると約束されましたが 誰一人 到達できませんでした 人々はひどく短気になり 他者に呪いをかけ 破壊するようになりました これら全てを ライト サイドから学びました クンダリーニを覚醒できず 彼らはアギヤ チャクラ までしか上昇せず そして無知へと 崩壊していったのです これらの書物は ライト サイドからのアプローチが 簡単ではないことを理解せず クンダリーニを 覚醒させようとしたのです クンダリーニは 中心にある全てのチャクラに沿って アギヤまで到達し 交差し サハスララに到達後 突き抜けます ブラマランドラというこの突き抜ける場所が なぜ重要なのでしょうか お話したことは ありませんでしたが 皆さんに お伝えする時期が来ました 幼少の頃は タルという泉門が 常に脈動しています なぜ脈動しているかというと そこからスピリットが入り込み そこを閉じた後に ハートに留まるからです あなたはスピリットを 認識した人になるべきですが どのようにして サハスララに入るかが問題なのです タントラ教の人々は レフト サイドを通り さまざまな呪術を 発達させました ライト サイド寄りの人は とても短気で 野心的で 残忍でした 彼らは人に呪いを かけることにとても長け 人々を呪いで殺し始め 強引に他者の権利を 踏みにじりました 彼らは最も野心的で パワフルな人とみなされていました バラモン教やクシャトリヤの人々は ライト サイドを通りました ライト サイドは彼らを とてもパワフルにしました 彼らは世界中の パワーを手に入れ パワフルで威厳ある人だと みなされていましたが そうではなかったのです とても短気だったからです 短気な人は スピリチュアルにはなれません “心配しないで続ければ スピリチュアルリティを得られる”と言われ ライト サイドの 7つのチャクラの説明を受けました 彼らによると “ブー” と “ブルバ” があります “ブー” とは プリシービ この世です “ブルバ” とは全コスモス アンタリクシャとも言えます “スワーハ” とは ナビ チャクラでの消費 “スワダ” とは 内側で消費 吸収 “スワーハ” “スワダ” “マナー” とは 精神 心 その次がヴィシュディ ヴィシュディ とは “ジャナ” 集合性 人の集り アギヤは“タパ”です “タパ”の 中心には キリストが居ます レフト サイドには ジャイナ教 ライト サイドには キリスト教がありました それらは 上昇の道ではありません 真実を求める者達の エネルギーの捌け口のようなものでした これらはインドで 長い間起こりました これらを行った全てのグル サドゥ タパスビスは どこに到達したのでしょう タパスビスは人々に “クシュ” 鋭い呪いをかけることができます “カタクシャ” 一瞥で 人を殺したり 燃やすことができます このライト サイドのパワーによって 彼らはどこに到達したのでしょう 地獄 辺獄です セルフ リアリゼーションを 得た者は誰もいません インドの古い書物を 読んでもわかるように ギリシャ人 エジプト人 イギリス人 ドイツ人などは皆 攻撃的でした カトリックの人々や ローマ人などは侵略的で 外国の土地や 所有物を奪いとりました 極端に攻撃的でした 人を殺すことに 何の抵抗もない とても侮辱的で 短気な人たちでした どうしたら彼らを正常に 中心へと戻せるでしょうか ひとつは先ほどお伝えした “ブー” “ブルバ” “スワーハ” “スワダ” 消費です それはグルの原理により 行われます そして“マナ” “ジャナ” 即ち集合体 彼らは 集合体となりました なぜなら 彼らはパワフルだった為 沢山の人を抱え 抑圧のために戦いました その抑圧的な気質で 人々を押さえつけたのです ご存知のように このような時代は歴史に現れ 消えていきました 戦争が行われ 沢山の人々が殺されました ヒットラーが 残虐の極みでしょう 人類に対して なんとも思わなかったのです そしてアギヤに到達し キリストを殺したのです 中心の経路を通った 多くのすばらしい聖者や化身をも 破壊しました 全てはラーマの時代以降に 起こりました 次から次へと 悪魔が現れ 世界の平和な文明を 破壊していったのです ひどい傲慢さの自己顕示だと 言えるでしょう とても攻撃的な人々です 攻撃性は とても強い力で 次から次へと行われました 行き着くところまで 行きました 人々は反抗すると 殺されたのです 残酷な人々が 生み出されました 攻撃的で 破壊的な人々です この性質が未だに 残っている人もいます 右寄りだからです 癇癪 攻撃性 他者をコントロールするなど ライト サイドの人は 皆これらの問題を抱えています スピリチュアルな成長は 止まります 彼らはスピリチュアリティを 求めていましたが これらの行いをした為に スピリチュアリティーから遠ざかりました この世には沢山の 化身が現れましたが 全て殺されました 人類を救うことなど 不可能でした 一人の悪党が現れ 世の中を破滅させたのです ヒットラーによって 全ての人々 国々 民族は破滅しました これらの原因はライト サイドを 選択したことにありました スピリチュアリティにとってそれが 簡単だと考えたのですが 間違いです そして一線を越えて 悪魔になったのです 人は悪魔になれる ということを知らずに 彼らのグルも同様でした 全ての化身を 拷問にかけたのは彼らです どの様にして 自分自身を救ったかは驚きです しかし 最終的には何も 達成できませんでした まず最初に私は クンダリーニについて学び それを上昇させることを 行いました 私はクンダリーニを 上昇させるために来ました 人々が右寄りでも 左寄りでもなく 中央経路を歩めるようにです レフト サイドの知識とクンダリーニを 上昇する方法を以前お伝えしました クンダリーニを上昇させることで サハスララを突き抜け 現実の歓びの領域に 到達します 全ての悪い性質は そぎ落とされます 中央経路で まず最初はムラダーラです 中央経路でムラダーラを覚醒することで とても純粋になります 目は純真になり 放縦さや軽薄さは無くなり とても神聖な人になります そうでなければ サハジャ ヨガには居られません みだらであったり 軽薄だったり 他人のお金を 盗み取ろうとしたり 攻撃的であってはいけません サハジャ ヨガから 追い出されます 一度追い出されると 彼らは怒りをぶつけます 追い出されたことが 気に食わないのです しかし今となっては自分たちが 過ちを犯したことに気付いた人もいます まず第一に純潔さを養い 尊重し 楽しむことです これはムラダーラが覚醒された ことにより起こったのです 左側の第一チャクラには シュリ ガネーシャが宿っています 右側にも 神格がいます 全てのチャクラには 互いを補う神格がいます シュリ ガネーシャは 中央にいます ですから私たちは彼の強力な 純粋さに祝福されました そして純粋の美しさや 純粋の力を理解し始めました このようにして右寄りから 脱することができたのです ライト サイドは争いや殺戮 憎悪のために使います これらの人々に 平穏は訪れません 他者を制圧することしか 知らないのです そしてスワディスタナのレベルへ 上昇しました スワディスタナまで上昇し 攻撃的な人による 創造が行われました 今でも行われています 名声を得るために さまざまな 無意味でグロテスクで 汚いことが創造されています これがスワディスタナの 別の側面です 地位や名声を求める 人々です これは右スワディスタナから来ます 次に3つ目の ナビ チャクラに到達します ナビ チャクラでは 金儲けに翻弄します ラクシュミではなく お金です あらゆる方法で 世界を騙したのです これによって得たお金で さまざまな悪行を働きました 欺瞞か 侵略を行ったのです 欺瞞はインドのような 左寄りの国々で見られ 侵略は右寄りの国々で 見られました 中心経路のスワディスタナの 性質は創造性です アートの創造性などは とても美しく 深みがあり 非常にスピリチュアルです これらは消滅し 人々は悪習慣に満ちた 化身まで表現し始めました このプロセスにより さまざまな不浄が現れたのです そしてお伝えしたナビです ナビでは人は お金を追い求めます 左の者は金儲けに 右の者はお金で攻撃的になり 稼いでいれば 自分が世界で一番だと感じ お金があれば自分たちに 勝る者はいないと思っていました これは彼らを 滅亡させました 彼らは お金とは破壊するためでなく 建設するためのものだと 気付かされるのです 国を建設したり 人類が共に愛と平和を育んだり 助け合ったり 良いことに使われるべきだと 同じく右寄りの人が 母なるチャクラへ到達し 子供や皆を支配しようとしたり 子供の為に何も犠牲にできないなど 酷い母親になりました このように夫や子に対して 攻撃的な女性は沢山います 男性間でも 母性は消滅しています 私が地球に来たとき このような人が 沢山いてショックを受けました なんとひどい人達なのでしょう 彼らをどのように扱い クンダリーニを覚醒すればよいのでしょう ナビ チャクラにおいても 自分を見失っているのに さらには母なるチャクラもです 彼らには父性も母性も無く 子供を排斥したのです とても身勝手で 自己中心的で支配的な親です これがハート チャクラです 次に集合性のチャクラである ヴィシュディに到達しました ここでは全世界を 支配しようと目論んだのです 世界を支配し 自分たちが皇帝になろうとしたのです そして帝国を築き 人として受け入れ難いような 無礼な振る舞いを行ったのです 彼らは魔でした その悪魔の性質は 未だ存在します 人に対する態度 全てに見て取れます 人をその様に扱うからです これはスピリチュアリティに反する人 攻撃的な人を創り出します そして二面性の世界 即ち攻撃する側とされる 側を創り出したのです この二面性の世界は 大分減りましたが 今でも存在します 集合的理解のおかげで 沢山の良い施設が創られましたが あまり機能していません 何故ならトップにいる人が 支配しているからです 自分自身でなく 他者を支配するのです これらの行いが このチャクラの働きを阻害したのです 現在私たちの周りにある 集団性を見て分かるように 至る所で戦争が起こり 戦いが続き 殺人と破壊が 行われています なぜでしょう この世界には沢山の スピリチュアルな人たちがいるのにです それはスピリチュアルな人たちが とても静かで平和的になり 単にスピリチュアルな人生を 楽しむようになったからです これでは平和は もたらされません もっと活動的になり 世界に平和を 呼び込まなければなりません 自分たちの進化に 満足していても 他者の進化がどれだけ進んでいるか それに対して何ができるのかなど 気にかけていないのです 私は沢山の 変容をもたらせますが あなたのレベルで どれだけの人を変容しましたか 何をしましたか これが分からないといけません あなたはまだアギヤのエゴで 生きています サハジャ ヨガによって得た平穏に とても幸せなのです これは現在世界が 直面している不幸なのです スピリチュアルな人 高みに到達した人が やるべき善きことに無頓着なのです 彼らは自身の スピリチュアリティを楽しみ プージャに参加し もっともっと得ようとします しかし人々を変容するという コレクティブな仕事を行っていません しっかりやっている人もいますが それもほんの少数です ほとんどの人は周りから 素晴らしい人だと受け入れられている 自分自身を楽しんでいます あなたがどれだけ コレクティブな仕事をしたか どれだけの人に 行ったか内省してください 誰と話し どれだけの人に サハジャ ヨガを伝えましたか キリストは12人の弟子しか いませんでしたが 彼らの方があなたより 活動的でした ここでライト サイドを 活用するべきです ライト サイドを活用するとき ダイナミックな人を創造するでしょう 平穏で静かで忍耐強く 役立たずな人ではなくです これはサハジャ ヨガの 意図ではありません サハジャ ヨガの意図は変容 沢山の変容です これを行う人には 私からの恩恵が受けられます 自分だけの為に サハジャ ヨガを行う人は良くありません あなたの国にどれだけ サハジャ ヨギがいますか どれだけの人に サハジャ ヨガを教えましたか あなたのヨガは完全でなく レフト サイドの部分的なヨガです 愛情があり 優しいだけです 攻撃的になれとは 言っていません リーダーになって偉くなろうという 人達を見たことがありますが どれだけの人に リアリゼーションを与えたのでしょう サハジャ ヨガを伝えたのでしょう 至る所で サハジャ ヨガの話をしています しかしサハジャ ヨガを 自分自身の為に 自分自身を理解する為に 使用しています その為にあなたに もたらされたのではありません リアリゼーションを人々に広める為に もたらされたのです 若い世代の人へ忠告します サハジャのエネルギーを 無意味なことに使わないことです サハジャ ヨガをどんどん 勧めてください 広めてください 学校を経営したり貧困者のために 何かしたりする者がいますが あなたの 仕事ではありません あなたの仕事は サハジャ ヨギを増やすことです しかし これが 行われれていません ライトサイドが欠けているのです ライトサイドを活用してください 悪いことは起りません 誰もあなたを殺したり 邪魔をしたり 逮捕したりしません 私を信じてください パワーが備わっていても 使わなければ意味がありません それ故ライト サイドを使うことを 知るべき時が来ているのです ライトサイドは とても重要です 次回ライト サイドについて お伝えします 今後何をするにも レフト サイドに偏るべきではありません ライト サイドを正しく理解し 正しく活用してください ヒットラーのように独断的であったり 支配的にならないでください サハジャ ヨギにも ヒットラーはいました しかし今は 以前に聖者が成し遂げた 以上のことを皆さんがやる時が来ました 自分だけの為に 素晴らしい家族や 子供を楽しむだけのものではありません サハジャ ヨガはそのために あるのではありません サハジャ ヨガは 全世界を変容するためにあるのです このことを考えてください あなたは何をしてますか 何処にいますか サハジ ヨガから何を得ましたか そしてアギヤに到達しました アギヤで 何が起こったかというと ヨギ達は様々な苦しみに耐えられますが それは望んでいません 人々の苦しみや攻撃性を 取り除くことを望んでいます 私たちにはそのような組織や 理解はありません それがワークアウトすれば あなたは変わるでしょう 私たちは聖なる間にいる 聖者のように変容したのです 攻撃性無しに何か ポジティブなことをしてください 皆さんの中には未だ攻撃的で自己 顕示欲のある人がいるのを知っています コレクティブでワークアウトする 気があれば あなたの何が間違っていて 何が欠けているかが分かるでしょう とても重要なことです アギヤ チャクラではなぜか 多くのヨギがつまづくことがあります アギヤでは 許すべきと伝えましたが 他者の間違った行為を 見過ごすことではありません 争わず 何も言わず 許すことは 簡単ですがそうではないのです その人の所へ行って 間違いを伝えるのです 向き合わなければいけません 向き合えなければ あなたは役立たずです 何のために リアリゼーションを得たのでしょう 今理解すべきことは 私達にはヴァイブレーションがあり 人を癒すことができる ということだけではありません 公共の場に行って コレクティブになり サハジャ ヨガを広めることです 世界中にサハジャ ヨギが 沢山いるのに進展がありません 具体的にどのようにサハジャ ヨガを 広めていくか考えてください とても重要なことです 皆さんはサハジャ ヨガを話したり 歌ったりするのはとても上手ですが もっとヨギを増やさない 限り意味が無いのです トルコのような小さな国でも 2万5千人のサハジャ ヨギがいます 皆イスラム教徒でした 2万5千人のイスラム教徒が サハジャ ヨギになったのです それに比べ 他の国では ヨギが少数しかいません 彼らは裕福ではないけれど 自身のリアリゼーションや 他者に与えることを大事に思っています どのようにして広まったのか 興味深いことです 自身の問題や敵 権力 について考えるより 他者にパワーを与え ヨギにすることを考えてください とても重要なことです あなたがサハスララに居るなら 全てのパワーを持っています サハスララに居て 広めないなら 何のためのリアリゼーションでしょう 自分のためだけですか 自分勝手です 自分の栄光や 名声を広める代わりに もっとサハジャ ヨガに連れてきてください ダイナミックな勢力になってください サハジャ ヨギは死人のようだと 沢山の人が愚痴をこぼします それがあなたですか 一人で沢山の仕事をしてきました あなた達はどうなのですか 自分の国で できる限りのことをしましたか 考えてみてください これを行わない限り “サンプルナ” 完全にはなれません アディシャクティの完全なる パワーを理解していません それ故 私をアディ シャクティとして 崇拝するのは重要です アディ シャクティは完全でなくては ならないと理解すべきです レフト サイドだけでは だめです これをワークアウトせずに 何の意味があるでしょう それは他のリアリゼーションを 得るようなもので重要ではありません あなたは広めるだけでなく ヨギを増やし認識させるのです あなたに与えた全ての恩恵 愛 パワーをどうぞ理解してください ありがとうございました […]

Guru Puja, Sharddha Nirmal Temple (Italy)

Guru Puja. Cabella Ligure (Italy), 23 July 2000.
今日 私たちは グルの原理について 知るために 集まりました グルは 何をするでしょう グルはあなたが 持っているものが何であれ あなたの中にある 貴重なもの全てを あなたの知識のために 発見します 実際 全てがそこにあります 全てです 知識の全て スピリチュアリティの全て 歓びの全てが そこにあります あなたの内に 備わっています グルがする唯一のことは あなたの知識について あなた自身のスピリットについて 理解させることです 皆 自分自身の中に スピリットがあります 自分自身の中に スピリチュアリティがあります 外側から 得るものはありません この知識を得る前は 無知の中に 生きています 無知の状態では 内にある宝に 気づきもしません ですから あなたが何であるかを 教えるのがグルの仕事です それが第一段階です あなたは “自分のアイデンティティは” “幻影である この外観の世界にはない” と気付き始めます そして自分自身の中に 光を見出すようになります 十分な光を得る者もいれば 少しずつ得る者もいます 全ての宗教の真髄は 自分自身を知ることです 宗教の名の下で 戦う者たちに “あなたの宗教は” “自分自身が何であるか 教えてくれましたか” と尋ねるべきです 全ての宗教が 一つのことを言っているなら 自分を知るために これら全てをしなければいけません しかし 人々は 儀式に走ります 儀式をすることで 神に近づけると考えます 自分自身について 完全に無知のまま生きています 毎日 自己と全く 関係ないことをしています 祈りやプージャ このようなことが 続けられています 全て無知から来ます 彼らは人々の払い続ける お金で大変金持ちになり お金だけに 興味を持ちます 彼らはあなたのお金を 全て奪い あなたを愚かにします あなたのエゴを 甘やかします エゴを甘やかすことで あなたは 幻の大海に漂い始め 幻に溺れ 自分が大変宗教的で 神と繋がっていると思い込みます 神を知るには まず自分自身を知るべきです 自分を知らないで 神を知ることはできません 自分自身を知ること は不可決です しかし 自分自身を知る時 一部しか知ることができません 経験が 十分ではないからです 知識は出てくるものです グルが あなた自身についての 知識を与えます 照らし合わせなければいけません あなたのグルが 教えていることが何であれ 真実か真実でないか 正しいか正しくないか 幻かどうか 見極めなければなりません 上昇において 多くの問題が生じます まず第一に エゴの問題です 特に西洋では エゴが大きくなり 自分が偉大で 他者より秀でていて 何か特別である と考え始めます この無知は 世間的な無知より 大変危険だと思います なぜなら 世間的な無知は 間違ったことからの 結果を感じます あなたが 上昇の途中にいる時 自己について 無知な時 より高度な領域に 行こうとしている時 エゴを持ってはいけない と常に理解すべきです そこで内省が始まります 自分の何が間違っているのか 自分自身を見始めます 自分にエゴがあると分かれば 自分自身を見始められます 自分に何か欠けている 何か間違っていると 分かれば内省できます これは大変正直な 努力でないといけません サハジャ ヨガを 始めた頃は 自分が大変偉大で 内省は必要ないと 考える者がいます 自己に到達せずに 再び 無知の雲に覆われます ですから 自分自身何をしてきたか 自分が何であるか どれ程成長できたか 内省しなければいけません (今 通訳をしないでください 後でできます) (集中して 聞かないといけません) (理解できなかったとしても 効果はあります) そのような態度で望む者は 少しずつ変わります まず 非常に攻撃的で 短気で エゴが大きい者は 大変穏和で 柔和になります 恐れを持つ者 怖がる者 とても用心深い者は 恐れのない者になります この段階において 恐怖心はありません あなたは 自分が正しい道 正しい軌道にいる と確信します 容易に心を 乱されません しかし さらなる高みに 上昇しなければなりません 瞑想すると 自分の何が おかしいか気づきます あなたは セルフ リアリゼーションを得ました セルフ リアリゼーションの 恩恵を受けました 身体も健康で 数えきれない程の 恩恵を受けています 全て得ていますが あなたはさらに 成長しなければなりません サハジャ ヨガについての 全ての知識を 理解しなければなりません まずメンタルに 理解します そして どこまで正しいか 証明しないといけません どれほど理解したか どれほど 自分のものにできたか どれほど認識できているか 自分自身を 見始めると バクティ(献身)の領域に 入り始めます あなたは穏やかな者になり 優しい者になり あまりしゃべらず 誰も困らせません 大変感じよく 大変温和で 大変理解力の ある者になります 他者に対する あなたの振る舞いで 確かめないといけません アテンションを 自分から他者へ移し 自分が どう振る舞っているか見ます どれほど愛しているか あなたの 慈悲の程度はどれほどか 人を見返りなしに 愛せれば(愛だけです) その者に 完全に献身的で 従順です サレンダーといえる この愛があれば あなたはその者のために 何でもします これは愛そのものです サレンダーは 愛以外の何ものでもありません この愛は 大変歓びを与えます すると バクティ(献身)が始まり このバクティによって あなたは浄化されます あなたの 悪い面 あなたの持つ欠点 抱える問題を理解し 克服できます 同じような性質 同じような 問題を抱える者を見ると その者への愛から あなたは寛大に接しようとします その者への愛ゆえに 忍耐強くなろうとします そういう者は忍耐強いです 攻撃性はありません 許します リアライズ ソールは許し続けます 彼らの許す能力は 物凄いです 誰に対しても 悪意を持つことは全くありません いかなる怒りも持ちません 絶えず寛大に接し 許し そして許します この許しは いわゆる あなたのバクティの 美しい調べに過ぎません これらのマスターが持つ 許しの大きさは キリストの生き方に 見ることができます 聖人達は苦しめられ 十字に架けられました 人々は彼らを決して 好みませんでした ご存じのように彼らは 十字に架けられましたが 受け入れ 決して復讐しませんでした 慈悲に反することは 決してしません 彼らは 慈悲を持っていました その者に対して 慈悲を感じ “神よ 彼らを どうか許してください” “自分の行いが 解っていないのです” 大変 慈悲深いです 彼らの特質です 特質となり得た時 完全な 平穏を持ちます 彼らは全く乱されません 何が起ころうと 決して乱されず 神の意志だと信じます 如何なるものも 彼らを乱すことはできませんでした 献身を 楽しんでいました グルへの 神への献身です その献身で 美しい詩を詠い 踊り 歌いました 内に平穏を持ち 自分自身を 楽しんでいたからです 彼らが一人の時 決して孤独ではありませんでした 自分自身を 楽しんでいました 神と 一体であると知っていて 神の恩寵を 楽しんでいました 彼らは上辺だけのものに 惹かれません 決して心配したり 動揺したりせず 未来や過去を考えず 現在にいました 現在にいる時 彼らは完全に静寂の中にいます 何か問題が起こったり 彼らに何か起これば 彼らはすぐさま 思考のない状態になります それが 彼らの持つ能力です あなたはグルになるために その人格を備えないといけません 何かに囚われずにです 例を挙げましょう 私は決して急ぎません 時間をほとんど気にしません 一度アメリカで・・・ 神が計画を立てていると確信したなら 何も気にすることはありません 神聖が面倒を見ている時に 何を気にすることがありますか アメリカで子どもが 高いところから落ちてしまいました 私は丁度 出発するところでした その子は 腕を折ってしまいました 子どもを見て “治しましょう”と言いました 彼らは時間を気にしていましたが “いずれにしろ行きます”と答えて 30分程かけて治しました “では向かいましょう” と言うと 彼らは“間に合いません” と言います “私は決して遅れたことはありません さあ 行きましょう” 私たちが 飛行場へ着くと その飛行機は 故障していて NYではなく ワシントン行きが待っていました 実際 私はワシントンへ 行きたかったのです いかに色々なことが ワークアウトするか想像してみてください それを“サハジャ”と 呼んでいます サハジャに ワークアウトします つまり努力を 要しないということです しかし まず あなたの人格が 大変すばらしく 献身的でないといけません すると神聖が あなたの面倒を余儀なく見ます 神聖な力が あなたを取り巻き この力が あなたの安全を 完全に保証している と理解しなければなりません あなたが望む 全てにおいて言えます “マザー 貴女は とても力強いです” あなたが神聖な仕事に 完全に献身的であれば あなたも大変 力強くなれます あなたは 全ての力を備え 神聖はあなたが望む 必要な仕事 時間を与えてくれます 全てが 神聖によって与えられます この慈悲が 人から神へ 神聖へ あなたの グルへ広がるなら 生きることが とても楽になります シンプルになります 複雑でなくなります 全てが整い どんなことも 気にならないでしょう 目を閉じるだけで 全てがワークアウトします 全てがあなたの意志で あるかのようにワークアウトします あなたはそれを望むことも 考えることもありません ただワークアウトします 神が 全て面倒をみてくれます あなたの安らぎも健康も 全て面倒をみてくれます そして あなたが望んだり 願ったりすることなく 神聖は助けます 神聖が責任を持たなければいけない 人格を備えるからです 神聖はあなたに対して 特別な責任を持っています そして何があなたにとって良いか 悪いか知っています 多くありますが 一つ例を挙げます 例えば 誰かが 私に会いに来るとします “マザー 彼はとてもネガティブです 彼は決して来ません” “決して来ません” 様々なポジティブなことが 起こりますし ネガティブなことであれば あなたの慈悲を使うことができます ネガティブなことであれば 慈悲を使って問題を解決できます 自分自身の問題を 自分を取り巻く あなたの共同体の問題を 解決することができます 今あなたは リアリゼーションを得ています どれくらいあなたが 深くなったかは分かりません 多くの女性が 瞑想をしていないという 不満を耳にします そのような女性は 自分自身を大切にしていません リアライズ ソールではありません 多くの男性は “そのような女性は 役に立たないので離婚したい” と口にします その逆も言えます この問題の解決には 慈悲がないといけません あなたは 人生のパートナーを 慈悲でもって 勝ち取らなければなりません 男性は女性より 遥かに多忙ですが 女性は 他のことで忙しくします 家族や子どもの面倒を 見なければいけません そして そのような 日常的なことに気を取られ 瞑想する時間はありません しかし 瞑想なしに 上昇できません 瞑想しなければいけません 人は“リアリゼーションを得たので 大丈夫だ”と考えますが 毎日 瞑想しなければなりません その時浄化されるからです 浄化されることで 理解します あなたには何が必要で 必要でないか理解できます 浄化されます それは 神聖によって行われます あなたは宗教的に 瞑想しなければいけません 次第に瞑想が 深まっていくのが分かるでしょう あなたは 大変深くなります すると力が 現れ始めます あなたがどこにいようと ネガティビティは逃げ出します あらゆる問題も 解決されます あなたが望むものは 手に入ります あなたの望みが何であれ 人を助けるにしろ 人に与えるにしろ 叶えられます 私がお話していることは 私自身の経験です 毎日せめて十分 朝は五分ほど 瞑想しなければいけません 完全な献身と 崇拝の気持ちを持ってです バクティである献身 より高い献身である シュラッダを持つ者がいます それは あなたの一部になります あなたを完全に 包み込みます あなたが シュラッダを持つ時 多くの奇跡が起こるでしょう ある者は私を想うだけで 治りました だからといってシュラッダに 達していたことにはなりませんが シュラッダを 育まなければなりません では自然のスピリットの光 であるシュラッダを育むには どうしたらよいでしょう 人々は シュラッダを得ようと 努力しますが メンタルによって 育むことはできません 静かな瞑想によって 得られます 瞑想によってです・・・ 瞑想するよう 常に言っています 瞑想している者と していない者はすぐに分かります 私のプージャへ来て サハジャについて話し 人気を得るために 何かする人がいます 多くの者がそのようです 外へ出て人気を 得るために活動します 内側で自分自身に 向き合っていません 成長段階において 瞑想と内省によって 容易にそのレベルに到達できると理解し 励みに思わないといけません 内省することで 新たな理解の質を得られます 様々なものへの 解決策が見つかります リアライズ ソールである者が 持つ一つの特質です 他者の問題を 解決することもできます どのようにしたら 助かるか 提案できます するとシュラッダから 一種の兄弟愛が芽生えます あなたはサハジャの講演も することができますが シュラッダがない限り 上昇できません シュラッダは あなたの内にある一種の愛です それは燃えることのない 熱を帯びない 優しい炎のようです 冷たく 美しいそよ風のような感じで あなたに理解させます あなたは決して他の サハジャ ヨギの悪口を言いません 私はサハジャ ヨギを悪く言う者には 決して耳を傾けません 度を過ぎれば コレクティブにおける 不満であれば 少し気になり それについて リーダーに話します しかし ある者が 私のところに来て苦情を言えば その者に自分自身を 内省するように言います 人の粗を探すのは 人間にありがちな遊びです 自分の欠点は見ません 他者の欠点を見て 何の役に立つでしょう 他者の欠点を見ることは 自分の助けになりません 自分の欠点を 探すようにしなさい それは治すことのできる 助けることのできる ワークアウトさせることの できるものです 自分の欠点を探し それらを正すことは あなたの責任だと知るべきです ある者は自分の好みを 誇りにします “私はこれが好きです あれが好きです” しかし あなたのスピリットは 好みますか これが好き あれが好きでも あなたのスピリットはどうですか それを好みますか それを楽しみますか “これが好き あれが嫌い” と言い続けます 西洋ではよくあります 女性達が私のために 美しい絨毯をつくりました それはとても分厚く 歩くと少しバランスを崩しますが 愛でもって 彼女達がつくったことは 私を喜ばせ 幸せにしてくれました 私がどう感じているか 想像つかないでしょう この歓び この歓びの大海は あなたの中にあります それが現れると 些細なことは気になりません あなたに 美しさを与えます どう表現してよいか 分かりませんが あなたに霧雨が降るような 恩寵が 降り注ぐような感じです 人の愛に あなたは虜になります それを求めなくとも とても愛に溢れた 心優しい者と逢えば その関係に 真の友情を感じます サハジャ ヨギについて 悪く言うことは間違っています その者が犯した間違いを 皆に言うのは間違っています その者を助ける代わりに その者へのコレクティブな 嫌悪感をつくりだすことは間違っています 常に人は問題を抱えています 悪口を言うのではなく コレクティブで助けるべきです その者は 間違ったかもしれません しかし その者の悪口を言い始め “彼のこれは間違っている あれが間違っている”というなら あなたは サハジャ ヨギではありません 内省を通して自分の欠点を 見ることができるなら あなたはサハジャ ヨギです あなた方のほとんどは リアリゼーションを得ました 経験をしました しかし 中には知識を 得ていない者もいます 知識は 得なければいけません 知識が本当にそこにあるか 確かめないといけません アメリカの 国立衛生研究所NIHで サハジャ ヨガの試験を 試みました 医者が集まり その内の一人が進み出て “私のどこが悪いかヴァイブレーションで 教えてください”と言いました 女の子は“ハートに何か感じます” と答えました 彼は“当たっています” と答えました 彼は一カ月前に心臓の バイパス手術をしたばかりです 全く当たっていました 彼らを大変驚かせました 医者は誤診を するかもしれませんが これは人を診断する とても簡単な方法です ヴァイブレーションを 感じるだけです ですから彼らは 私たちに大変注目し 病院内でもサハジャ ヨガを 取り入れたいと望んでいます あなたは 自身で証明すべきです 自分自身を吟味し 自分自身について 何を得たか解るようにしなさい 例えば夫婦なら 妻が瞑想し 全て解っているとします 夫の何がおかしいのかも 知っています しかし 彼女は 夫には言いません 我慢します 不満をもらしません 何も要求しません ただ我慢します この忍耐こそ 彼女が彼より高い 人格であることを夫に納得させます 彼がどんな者であれ 次第に彼女が偉大な人格を 得ていると理解します 人には多くの欠点があります 特に西洋では 道徳的にあります 蛇にでも噛まれたかのような 人たちがいます 人々がしていることは 後進国の人間には 思いもよらないことです 発展は あらゆる放棄を だらしない気質を もたらしました 人々は自分が大変自由で 楽しめれば良いと思っています このような生き方は 良くありますが 自分自身を 判断してみてください あなたも このようなタイプですか 上昇において 高みにいる者ですか これは過程です 急に高みに 立てるわけではありません 時折 新しいサハジャ ヨギの者の方が 良い場合があります これは彼らがとても強い 望みを持っているためです 私たちは 何を求めていますか なぜ求めているか 理解すべきです なぜなら自分自身を知ることを 望んでいるからです なぜか 自分自身を知らないと いけないとわかっていました 今まで分からなかったので 求めます 真実の追求という 名の下で 私たちは様々なことを 間違ったことをしました しかし この求める気持ちは サハジャ ヨガに導きます そしてリアリゼーションを得ます クンダリーニを通して 容易に得られます クンダリーニはほとんどのことを ワークアウトさせます ある者は飲酒や喫煙を 一晩で止めました 一晩でです 私が止めるように 言ったわけではありません たった一晩で止めました そしてその者は “以前は自分の髪型にこだわり” “美容院で何時間もかけて 皆と違う髪型にしていました” “でも止めました” と言いました “あまり道徳的とは言えない 服を着ていましたが” “自分に敬意を払うようになり まともな服を着始めました” 全ての知識は あなたから来ます あなたの中に自然にあります 全て自分のものだからです あなたのグルが言うように あなたは導かれています グルの仕事は 人々を導くことです では この時点で 何が欠けているでしょう サハジャ ヨガにおいて何が 欠けているかお話ししなければいけません 大規模な災害が 多く起きています 災害は多様にあります 地震や洪水 大雨 川のように押し寄せる 泥水など 世界には 様々な災害が起きています ヨギは それらから救われます 疑いなく全てのヨギが 救われています しかし 救われることを どう理解しますか 知っていますか なぜこのような 災害が起きるのでしょう サハジャ ヨガが強固な コレクティブでないためです 強固にならなければいけません あらゆるところに 広まらないといけません 未だ会ったことのない人にまで 行き渡らないといけません 行き詰っているか 頑張りが少ないのでしょう 隅々まで広めなさい キリストの12人の弟子を ごらんなさい もちろん人々は誤った方向に 行ってしまいましたが 彼らの働きと 行いの徹底さを見るべきです 徹底的にしないのなら サハジャ ヨガを広めるための 完全な自己の奉仕がなければ コレクティブな問題は 解決しません あなたは日常や仕事や その他の生活に忙しくしています サハジャ ヨガでは構いません しかし アテンションをもっと 人生の この側面に置くべきです コレクティブのために何をしているか サハジャについて話しているか 広めているか 人々に伝えているか 一度 飛行機で 驚くことがありました 一人の女性が 私の隣に座りました とてもひどい ヴァイブレーションでした 私は自分にバンダンし “スピリチュアルなことを していますか”と尋ねました 彼女は バハイの名を挙げました “まあ大変” このような人が増えれば 大勢になってしまいます すると何が起きるでしょう 災害です 彼らは大変 ネガティブな者たちです 世界に善を もたらすことはありません いかに間違ったグルが 人々を引きつけて虜にし メッセージを広めているかをみると 大変なものです おかしな服を着て 道で歌う グルの賛美を歌う人々を見かけます 私たちはそのようなことを 願っていません もちろんあなたは 知識を持っています 疑いなくリアライズ ソールです しかしサハジャのために 何をしたかが大切です あなたは 広めないといけません 隅々までです 例えばバッジを付ければ “これは何ですか” と尋ねられるでしょう あなたは説明できます サハジャについて 話し始めることができます それ以外 話す必要はありません サハジャについて話し 広めないといけません それをしない限り コレクティブにはなれませんし コレクティブなナンセンスから来る 様々な災害が起きます あなたは多くのことから 助けられています 公害があったとしても ヨギに影響はありません 大地震が起きても ヨギは助かります しかし 全世界を 救うことはどうでしょう 災害は次々と起こります あなたに慈悲があるなら 災難に遭う者 大変な目に遭う者のことを 考えなければなりません もちろん私は多くの者を 治すことができますが コレクティブを強固にする 方法は分かりません ここには大勢います 各自 せめて百人に リアリゼーションを上げることができます あらゆるところへ行きなさい サハジャについて話しなさい 神の賛美を歌いなさい そうすれば 全世界は救われます 素晴らしい サティヤ ユガの到来は 数人を救うことではなく この母なる大地をも 救うことで来ます 母なる大地に住む人を 救わなければなりません とんでもないことをする者たちを テレビで見かけます 何を発言しているかも分からず 恥じらいなく話しています 後方には 何千という人もいます 彼らが愚かである というわけではありませんが 間違った道を望んでいる わけではありませんが これらの間違ったグルは 如何に人を魅了し 虜にし 話すかを心得ているようです サハジャ ヨギであれば ネガティブなヴァブレーションを 持つ者を見れば逃げ出します そのような 社会から逃げ出します 近づきません “ひどいヴァイブレーションです 要りません”と言えます あなたは勇気を持ち これらの場所に行って人と話し コレクティブにして いかなければいけません さもないとこの世界を 神の怒りから救うことはできません 疑いなく神は 怒りに満ちています 神はあなたを救うでしょうが 何のためでしょう 母なる大地を 救わなければなりません そのための準備と ワークアウトが必要です 機会があれば サハジャを広めなければいけません “マザーが来てくださればうまくいきます” と言いますが なぜですか あなただって私のようにできます 人に話すことができます 私は一人の人から 始めました 当時は 至るところ完全に暗闇でした シーカーはいなく ひどい人たちばかりでした しかしワークアウトして 光がもたらされました 一人でも多くのヨギを得られるのですから あなた方もできます あなたの態度 生き方の全てが 人に感銘を与えるでしょう 私たちの最終目標である 集合的意識に到達できるよう ワークアウトしなければいけません サハジャ ヨギだけでなく 皆のためです 起きている全ての災害 ひどいことが止むようにです 完全になくなると 確信しています あなたは常に救われるからです リアリゼーションを得た者 全てが救われます 私たちが間違ったことを 不道徳なことを 騙したり 他の者を抑圧したりするなら 私たちは 破壊の力となりえることを 率直に人々に 伝えてはどうですか でなければ 大規模な災害が起こり 責任を持つことになります あなたが 伝えようとすることは 組織体でもって 立ち向かうものでなく 人を納得させたり サハジャに連れてきたりする あなたの力によって 作用します あなたがグルとして 何をすべきか理解したと思います グルとして 多くのことがあります 昨日 登場した人物は 老子が師をどう描き いかに全てを超越していたか 表していました 彼らは混乱することも 嫉妬することもありません 軽率でもありません 全てを超越した 偉大な師です あなたも努力すれば グルになれます 到達しなければなりません 達成している者もいますが あなた方も慈悲と愛で 達成しなければなりません […]

Shri Adi Shakti Kundalini Puja Nirmal Temple (Italy)

Shri Adi Shakti Kundalini Puja. Cabella Ligure (Italy), 6 June 1993.
今日の崇拝の対象は 私です 初めてです これまでは 私の一部や一側面でした 今こそアディ シャクティとは 何かを知るべき時です それは全能の神の 純粋な望みといわれ サダ シヴァに由来します では全能の神の 純粋な望みとは何でしょう あなたは自分の望みをみると 何に由来するでしょう 聖なる愛ではなく 身体的な愛であり 物質的な愛であり 力への愛です これら全ての背後に愛があります 何かを愛しなければ 欲しないでしょう あなた方はこれら平凡な愛をもち そのために 多くの時間を浪費します 実際それで 満たされることはありません 真の愛ではないからです 少しの間のぼせて すぐに飽きるのです それをあちこちで繰り返します 次々と対象をかえながら アディ シャクティは神の愛の 現れで 神の純粋な愛です でも彼は愛において 何を欲するのでしょう 人間を創ることを欲し 彼らが従順になり 崇高な 天使のようになるよう望みました アダムとイヴの創造は 彼によるものです 天使には自由はありません そのように創造されました そう決められています なぜそうするかも知りません 動物もなぜ自分が ある行動をするか知りません ただするだけです 自然に縛られていて 全能の神に結びついています シヴァはパシュパティであるといわれ 動物を支配するという意味です 彼はパシュパティです 彼は動物を支配するので 全ての動物の欲求が彼に含まれますが 悔やむことはありません エゴもなく 良い悪いを考えることもありません カルマの問題もありません エゴがなく 自由もないからです ここで 純粋な愛であるアディ シャクティは 一つの人格に全ての愛を注ぎ それゆえ何も残されておらず ただ観じるのみの父なる神を 想起します 彼は考えること無く ただ自らの思いを観ます 愛を観ます それがいかに作用するかを 観ています それを見る際は注意深く 私の創造した神格は 愛と慈悲に他ならないと 知っているからです その慈悲は高貴で それを損ねたり害したり いかなる形であろうと 乱したり貶めたり 侮辱することは 決して許しません 彼はその点とても注意深く 良く観ています ある分離が彼の愛によって 起こったと言ってよいでしょう この愛にも人格があり つまりエゴをもち作用し 独立した人格となり 自由に好きなことを為します 現世の夫婦ではありえませんが 夫婦共に完全に自由で 好きにすることができます 何の結合力もなく 合意もなく 調和も関係もないけれど 月と月光のよう 太陽と太陽光のようです ある意味 非常に結びついていて 一方がすることを他方が楽しみます その美しい分割において アディ シャクティが 彼のプランを変えることにしました サンカルパ ヴィカルパ カロティ として知られます 何かを過度にしようとすれば 彼女はそれを分割します 今日の11時のプージャのように なのでアダムとイブの事にしても 彼らが動物や天使のように なったところで何になるかと そう考えました 自覚が必要だと 自分がしていることを知るべきだと 彼らには知識を得る自由があると 知る権利があると ただ動物のように生活して 機会的に同じ繰り返しを する必要があるでしょうか なので彼女の任意で 当然熟慮の上ですが 蛇として来たのは彼女なのです そして告げます 知識の果実を味わいなさい と サハジャ ヨギではない人には これを教えられません ショックを受けるでしょう ですがこの蛇こそが 彼らに試しに言ったのです この果実を味わいなさい と 蛇は女性に言いました 男性ではなく 女性は物事を 受け入れやすいからです ブーツでも無意味なことでも 受け入れられます 受け入れる存在だからです 一方男性はたやすく受け入れません 議論したり口論します なので女性に行って言いました 彼女が来たと言うべきでしょう 聖霊は現に女性性だからです より女性に近く この力が蛇として来て言いました 知識の果実を味わいなさいと だから夫を説得することは イヴの 女性の仕事です 女性はどうするかを知っています 時に間違えることもあるかも 知れませんが 間違った 不吉な事を 言うかもしれません マクベスでもそうでした 夫を変にする女性は 沢山見てきました でも夫というのは 導かれることもあれば 解放されることもあります 妻がちゃんとしていればですが 彼は妻に 全幅の信頼を寄せ 信じて 知識の果実を味わいました それは神の女性性の人格 聖霊の導きでした これは キリストの姿や モハメッドやナナカを 多少理解したといっても 分からないことです 理解できません ちょっと分かっただけです 人に話しても こう言われてしまいます ハア それは何ですか と 耳を貸そうとはしません なので当時の意識や 世の反応に対して 彼らはダルマと上昇について 話しました でもインドではクンダリーニについて 古くから語られ それはアディシャクティの 私達の内なる反映であるとされます いいですか 彼女が自ら言ったのです 私は全ての人の中に宿ると ならばアディ シャクティは 愛それも純粋な愛であると 慈悲であると知りなさい 他には何もありません 彼女のハートの純粋な愛のみです その純粋な愛は とてもとても力強く この母なる大地に愛を与えました その母なる大地は 我々の行いの罪深さに関わらず 美しい物を通して 万人に愛を注いでいます これらの美が あらゆる方法で 銀河や星々を通して 表れています 科学的観点からは 科学には愛はありません 愛を問題にはしません 人はヨガでさえ 愛や慈悲を問題にしません 愛と慈悲がなければ その人に聖なる光はありません 全てが聖なる愛に 完全に浸っています 地上の被造物は全て 宇宙の創造の全ては そしていくつもの宇宙が 聖なる母の愛によるものです なのでアディ シャクティの愛は 極めて精妙で 時にあなたの理解を超えています 私はあなたが私を 愛していると知っています それは巨大な愛ですが そのヴァイブレーションは さざ波のようで 岸については引いていきます そして多くのキラキラした泡が その浜を覆っています 同じように私のハートには あなたの愛が光を放ち その響きがこだましています この聖なる愛において それがどんな感じかを 説明しがたい経験です まず目に涙が溢れてきます なぜなら それは慈悲で サンドラ カルナで アダル つまり乾いていません 父なる慈悲は ドライかもしれません “これをしなければ撃つ こうすると・・・” 父親はそんな言い方をしますが 母親は そんな傷つけるような 言い方はしません たまに貴方を正すために 言うこともありますが 父親のそれとは違う言い方です 彼女はサンドラカルナを 持っているからです アダルとは 乾いていない の意です このようなハートを 彼女は持っていて この聖なる愛を抱え 体中が 全てが聖なる愛で できています どの部分も聖なる愛を放ちます ヴァイブレーションとは 聖なる愛です 以前言ったように この化身が来る 必要がありました 時が熟しました その時がきたと皆分かりました でもそれは固定された時ではなく サハジャである時です 固定された時間は 例えば電車の出発時刻や 到着時刻です 例えば 機会があるペースで 生産をし続ければ このくらいの期間で これくらいの生産量が見込めるだろうと しかし生き物は自発的で サハジャであるので いつとは言えません 自由のプロセスも同様です あなたは最大の 自由を持っています だからいつとは言えません いつ人々が この聖なる愛の 精妙な知識を受け入れるか ドライな知識もあります インドではひどい人がいて 本を読んだりマントラを言ったり そればかりに忙しく そうやってどんどんドライになります 骨格しか残っていないような 人たちです そしてとても短気で 誰かを見ると その人は灰と化します こんなことのために 地上に生まれたのでしょうか 苦行だとかを重ねて 人を灰にするためでしょうか でもそれで彼らは 自分たちが偉いと思いました 人を見ることで 灰にしたり消したり バスミサットと呼ばれます 彼らのハートには 善の概念がありません ですから まず聖なる愛によって 成就するのは あなたの善です 善ということば自体が 大分濫用されています 善とはあなたのスピリットに良い という意味です スピリットとは 全能の神の繁栄です だからあなたの中でスピリットの 美しさが反映されだすと あなたは与える側になります もはや何かをとる側の人でなく とても満たされて与える側になります この降臨はそうと決められた その時に起こりました 先にいったように あなたには自由があります 人々は荒んで あらゆることをしています 分かりますか それ以前は 力を求める人の問題がありました インドに行ったり 中国に行って侵略したり 反対にアフリカを侵略したり そこらじゅうです いわゆるアメリカ人も アメリカを占拠しました この時期は人が自由を 力の行使に使っていた時代です アディ シャクティが生まれる 時期ではありませんでした 力を希求する人たちがいました 今日でもそういう人がいますが 当時は力と領土 そればかりでした まったく重要でないのにです その時期ではあり得ませんでした 当時は自由のため戦う 必要がありました 帝国主義者の支配から 逃れるために 力で圧倒する人たちにです 状況は徐々に変化しました 大変スムーズに変わりました 驚くことに 私自身変化を目の当たりにしました 上手くいきました 私自身もご存じのとおり インド独立運動に参画しました 大切なことです インドからそれは起こったのです まず帝国主義からの自由 その自由の概念が次第に 各国に広がり 民衆は考えだしました 理解しだしました 植民地は不要だと 自分の場所へ戻るべきだと これらの変化は 私の生前に起きたのです まず自由を求めた人は 亡くなりました 多くの人が殺されました バガットシンのような人がいました どの国でも 革命家は投獄され ひどい扱いを受け殺されました インドだけではありませんでした そこを通過する必要がありました 自由が試されたのです 彼らは無駄死にだと考えました これは自由ではないと 結局あれは何だったのかと後悔し そして ある種の恐れを抱き 他者を恐れ いわゆる レフト ヴィシュディの問題が 始まりました 強く負い目を感じて 自分が間違ったことをした するべきではなかったと この時点でも 様々なほかの問題があり カースト制度や 奴隷制 身分の格差で 低く扱われる人がいたり より優れた人とされたり 民族的にも優劣があり あらゆる馬鹿げたことがありました 自由を通して これらを作り出したと 自由のせいだと それは事実ではありません でもそういったものが作られた 例えば これはカーペットじゃない と そう言い続けたとします するとみな洗脳されて これはカーペットじゃなくて違うものだ と皆が言い出すのです それはまる催眠術のようです 人々がこの人種差別を受け入れて 格差や隷属を カースト制や女性蔑視を 受け入れました これらは全て 彼らが選択したものです 何が良くて何が悪いか 彼らにとっては 良いことだったと分かります 好ましいことだったのです このような状況では 慈悲は無駄になるでしょう 聖なる愛も無駄でしょう それを知的に理解する 準備がなかったから 彼らには話せないでしょう これは完全な盲目で 無知だからこんなことをする といっても これは正しくない これはあなたを貴くせず あなたは卑しいことをしている といっても駄目でしょう もちろん何人もの聖者が やって来て 高貴さや許し 融和や合一が唱えられました 偉大な予言者が生まれ そういったことを語るに至りました 民衆はさほど 準備ができていませんでしたが 次第にそれらの教えが 人々の間で働き始めたようでした でも最も大きな問題は いわゆる宗教問題です 宗教は皆脱線し 彼らはある種の水たまりをつくり ムスリムはここ クリスチャンはここ ヒンドゥーはここと それぞれが溜まっていました そこで命を与える者が必要でした 水たまりを満たして 一つにするためです ある種の人種が 他より優っているなど 完全な無知で愚かさそのものです ただ言えるのは それぞれが 違う状態だということです 違う意識があって より高い意識の者もいますが 一概に誰かを責めることはできません 彼はだめだとか この社会はだめだとか 一概には言えません 個人的には言えますが 一概には言えません でもこの無知の闇はとても深い 集合的になるからです それは集団での無知 集合的無知です 彼らは皆が手を取り合って この宗教が一番だとか 我々こそが 選ばれた民だとかいいます 他の人は いやいや違うと この人たちは完全にだめな民族で 私たちが最高だと 宗教の名の下で 全能の神の名の下で これらナンセンスを始めたのです なのでアディ シャクティが 完全な力を 発揮しなければなりません まず彼女が分かったのは 家族とは何かを知る必要です こどもは家族の中で育ちます 子どもがきちんと両親によって 注意されないと 甘やかされて育てば もしくは過干渉にされたり 放っておかれたりすれば こどもは愛を知りません 子供が愛が何かをわからないのは 愛とは甘やかして おもちゃをたくさん与えたり 取り上げたりすることではありません いつも子供に 注意をおくということです 甘やかす注意ではありません 子供の善に対する注意です いつもそこに善があるように こうして家庭生活が まず維持されるべきと思いました とても大切です なぜならこの時代は 宗教をかたって 尼僧や聖職者や 出家僧や ありとあらゆる賢人がいます 彼らはみなとてもドライです 皆民衆をミスリードしています 民衆は色々な修行をはじめ 出家して 妻や子供から逃げ出します なのでまず私が分かったことは 人間は愛を知らなければ 愛せないということです この愛はコレクティヴなら より効果的です インドで見たはずです インドの家族は 本当に愛し合っています 会ったことのない親戚でさえも どんな関係かもわからずに お兄さんとかお姉さんと呼びます 関係も知らないし 誰が父親とか姉妹であるとか 知らずにです 単にお兄さんのように 感じるからです 自分の兄のことを聞かれても わからないでしょう 理由は拡大家族制にあり それはコレクティブのような制度です 誰が本当の兄かもわからない 誰が義兄で 誰がいとこかも分からない 皆が一緒に親戚として 一緒に暮らしたのです それもまた廃れてしまい 拡大家族も廃れました 経済的理由とか何とか 理由は何であれ なのでこの大切な時期に 人々は愛を知る必要があるのに 家族制度が あらゆる国で崩壊しています 西洋諸国では特に 男女ともに家族制度の 重要性を理解していません 家族制度を信じていません 可哀想な子供達にとっては 不安な事態です 不誠実な土台では ちゃんと育ちません それによって暴力的な ひどく取りつかれた 世代が来ました 彼らは戦争の商売に行きました 無意識に戦いを欲するのです 木と戦う子供を見ました “なんで戦っているの?” “戦うのは良いんだよ” と言います でもなぜそうするかは 気づいていません 理由は愛の欠如です 見るものすべてが嫌で これもあれも嫌いだといって 憤りでもって何かをし 見るものすべてを破壊します 新しい傾向が始まりました 戦争が終わると 当然価値観が堕落し 民衆は何だったのかと 私たちの価値によって 何を得たのか 戦争ばかりで 社会が荒廃し 子供達も殺され 何が戦争だというのかと 概ね民衆のこころは まあとにかく戦わなねば となります 痩せている人が最高で 支配する人が 上昇志向が最高だと こうして帝国主義的な支配は 終わったにもかかわらず 個人の支配に姿を変え 支配へのエゴが育ちました 子供の教育においてさえ 子供をとても傲慢にしむけます 人為的で 極めて傲慢かつ不自然です なぜ子供がコントロールされず これは悪いと 教えられていないのか 信じがたいです なぜなら親が とても防衛的な態度で 子どもに向き合おうとせず 悪いことを教えないからです 子供に見捨てられるとか そんな考えにとらわれて 何でもしていいから一緒にいよう と言います そんな状況下で 人間は良い家庭生活から次第に 離婚などおかしな 男女を共有する信条などへ 堕落してきています アディ シャクティの出現には 何とひどい状況でしょう それに他に大きな問題として 宗教があれこれと主張して 考えや制約を人々に課していて 民衆を盲目にしていることです なので混乱があり こうした混乱の時だからこそ アディ シャクティがダルマを 確立しにくる必要がありました 彼女がダルマを確立させる 必要がありました とても不誠実で 胡散臭い時代でした 生まれてきて人々を見て驚きました 当時はシーカーも あまり居ませんでした 一人か二人の リアライズドソールに会いましたが ほとんどは自分の保険とか お金とかの心配をしている人でした 話しかけようにも どんなところに来てしまったのかと 何を話せば良いかわかりません 聖なる愛の話を どうやってするというのでしょう 探求すらしていない人たちに それが次第に 自信を持ち始めました 最初はちょっと早く来すぎたかと もう少し待ったほうがよかったかと そう思いました 人々はお互いに憎しみ合い それぞれが敵対しあい 騙しあっていたし それにお互い 嫉妬しあっていました 出世競争とか 足の引っ張り合いもありました なのでサハジャ ヨガの時代では まだないかと思いました すると偽のグルに会って 人々に魔術をかけ 支配しているのを見ました それで本当に考えました もう世間の雰囲気を 気にするのはやめようと どんな人であれ気にせず 始めようと こうして最初の ブラマランドラチェダンが インドで起こりました 5月5日のことです 1970年5月5日の朝です 他にももちろん急いで始める 理由がありました 私の準備は整っていて 人間の問題を知っていました でも人はセルフ リアリゼーション を得られるとは 信じないだろうと思いました この化身はとても特別です 多くの化身が来ましたが 彼らはやってきて言葉で教えました これが良いあれが良いと 彼らに魅せられて 追従したものもいました でもハートは空っぽでした 聞いたことはよくても それは説教であり 講義であり ギータであるだけです そのような人の生も 聖なる愛の輝きが 内にありませんでした 何人もの良い人が この短い間に存在しました マハトマガンディーや マーティンルーサーキングや 色々な人が方々にいて アブラハムリンカーンも ジョージワシントンも ウィリアムブレイクもシェイクスピアも この間文学のみならず 老師もソクラテスもいました ソクラテス以来 何人もの哲学者がいて より高い生を語りましたが それにも関わらず 人々は彼らを変な人扱いし 理解不能として黙殺しました 誰も例えば グルギータを読もうとしません 読みません 意味のないことだとして 役に立たないたわごとだと こんな態度がそこら中にあり 私はそれを見て ああ どうやって話すというのでしょう 自分について 彼らについて 見つけねばならないものについて 私はこころから 人々に熱心さを望みました 少しでも私に チャンスが与えられたら この聖なる愛はとても精妙で 彼らのハートに届くでしょう でも彼らは石のようでした どんな話をするのも無理でした それに最悪だったのは 自分のことばかり考えていることでした この状況で サハジャ ヨガが始まりました そこでアディ シャクティの力が 問題よりも ずっと強いことが分かりました 自分ではっきり分かりました この力がクンダリーニを 引き起こすからです 自分がクンダリーニを引き上げ られるのは知っていました それを大勢に一度に 与えられるのも知っていました でもあげた人がまた戻ってくるかは 分かっていませんでした 人々は無知だからです 帰ってくるとは思っていませんでした このレベルまで サハジャ ヨガを実践するとは これっぽっちも思っていませんでした 誰かに言われても 笑って否定したでしょう 最初の講義の時は どこもホールが一杯で もちろんホールのせいでは ありませんが 私は別の場所に滞在していて ホールがなかなか 借りられませんでした そしてその後も ほとんど人が来ずです だからもう何を言っても駄目だと 耳から頭を通り抜けるだけで なにも理解しようとしないと 何もわかっていない 私は家族から反対され あれこれと 問題と圧力を感じていました でもそれは重要でなく 一番重要なのは どうやって人の心に届くかです 唯一の解決法は彼ら自身の クンダリーニを上げることでした それにより内なる光が灯ります 私はずっと座っていて そこへ誰かが クンダリーニをあげてもらいに来て 私がクンダリーニを上げてあげて というのは間違った考えで 私にはそれが分かりました そこで集合的 リアリゼーションが始まりました 人々はとても驚きました それはマジックではなく 物語でもなく真理でした 彼らは自分の手先で 実際に感じました 頭頂部でも感じました それがサハジャ ヨガの実現です 驚くほど上手くいきました でなければ無理だったでしょう 今日目にするこのすべての驚異は あなたが反応してくれがおかげです あなたが反応し受け入れたからです でなければ アディ シャクティも役立たずです あなたが受け入れなければ 私は無です 実際それはあなたの英知が 感覚や探求が サハジャ ヨガに導いたのです 手紙を書いたこともなければ 電話もしません 他のグルは皆そうします 新しい場所につくと かの地の要人をリストアップして 手紙を一斉に送ります 少なくとも2、3人が 出席するようにです しかしそんなことをせずとも この集合的目覚めを いかに達成できたか 人々はサハジャ ヨガを それによって理解でき 彼らに浸透していきました まずそのために私は 自分のクンダリーニをあげます パブリック プログラムの度に 自分で上げます その上あなたの問題をすべて 私のクンダリーニで受け止めます それは痛みます だからプージャの後は しばらく石のような状態になります あなたの内にあるものを 吸収するからです あなたを私の体に入れるようにです あなたは私の身体の一部なのです 私の体の細胞の一つ一つが あなたの為です あなたにはそれほど 精妙さが必要です 自分が何を抱えているか理解したり サハジャ ヨガや他の事に できることがないか アシュラムを始めたいとか 何かあるなら たちまち私は分かります あなたが私の中にいるからです ほとんどのことをハッキリわかります 分からないこともあります 理由は一つ あなたと私の関係です もちろんそれは親密なもので 私の体の中にあなたがいます でもあなたが瞑想していなければ ありふれたことを言わなければなりません ディヤーナガンミャです あなたが瞑想していなければ 私はあなたと無関係です あなたは私の親族ではありません 私に対して何の権利もありません 何かを質問することもできません どうしてこんなことが起こるのですかと なのでいつも言います 瞑想 瞑想と 私とあなたはは 何の関係もありません もはやそこにはいません 私とはつながりがありません 他の人と同じようです サハジャ ヨギかもしれません サハジャ ヨガの単位を リーダーがくれたかもしれません 偉大な人と 思われているかもしれません でも瞑想していなければ 毎日朝か晩にしないなら シュリ マタジの領域にはもういません つながりは ただ瞑想を通してだからです ギャナです 瞑想をしない人がいました すると苦しんで 子どもも苦しむ何かが起きます そして私に来て言います でもその人が瞑想していないのは はっきりわかります 私は何の関係もありません 私に何か聞く権利は 彼にはありません はじめは瞑想になるまで 時間がかかります ですがどんなものかわかったら どうやって私と一緒にいて 一つになるか どうやって関係を築くか あいだには何もいりません 手紙やなんかも必要なく 特別なつながりも何もいりません 瞑想だけが必要なものです 瞑想のなかで成長します そこでスピリチュアルに上昇します それが起こると あなたはある意味 成熟した意識状態へと サハジャ ヨガで成熟します すると瞑想を辞めたくなくなります なぜなら瞑想中に 私と一体だからです 3時間も4時間も 瞑想する必要はありません どれだけ本気で私といるかが重要です どれだけ長いかではなくです ならば私はあなたに責任があります あなたの子供や皆に対してです あなたの上昇や ネガティヴィティから守ること それらに私が責任をもちます 父親が直接罰するような そういうやり方ではありません そうでなく “そうですか もうあなたは私と 無関係です”と それが唯一起こりうることです 瞑想してない 良いでしょう 無理強いはできません 私もあなたと無関係です 他のところで外で誰かと 関係をもてるでしょう でもあなたの善を得られる 内なる関係は 瞑想なしにはいられません 何度も行ってきました 瞑想してくださいと 毎日瞑想するようにと でも人は理解しないようです どれほど大切なことか “マザー 私たちは瞑想しません” “なぜ?” “もう私たちはリアライズドソール だから必要ないです” 道具がそろっているのに 主電源につながっていなかったら 何の役にも立ちません 瞑想の中で愛を感じるでしょう 聖なる愛の美しさを感じるでしょう 風景が一変します 瞑想的な人は態度がとても違います とても違う気質を持ち いつも満たされて 特別な人生を送っています 今日は上昇の初日であると そうも言えるでしょう この崇拝によって 実際は今日でなくとも そう言うことはできます それが起こりあなたを助け あなたへの大きな恵みとなった であれば それを維持しなければならない さらにいかに高めるか いかに楽しむかを知るべきです ちょっとした出来事 最後の物語や あれこれで満足せず 完全な一体を得るべきです 神との完全な合一です それは瞑想によってのみ可能です 簡単なことです マザー 時間がとれませんとか いつも考えてばかりですとか 時計を見たくなるとか言います 最初はちょっと問題もあるでしょう あるとは限りませんが ないかもしれません あるとしても最初だけです 徐々に大丈夫になるでしょう 徐々にマスターするでしょう 少しずつですが 極めて上達するでしょう すると他には何も必要なくなります ほかの安っぽいものには 見向きもしなくなります いいですか その美に至るのに その栄光に 偉大な人格に至るのに すでに現れてきていますが 信心深く必要なのは 瞑想だけです 今日は遅く帰ったから 瞑想できなかったとか 明日は仕事ではないから 瞑想できないではなく 誰も言い訳を聞きたくありません 自分のことなのです あなた自身のためです 全てがあなたのためです 誰かに自分が 進化の高みに到達したとか 知らせる必要はありません その高みから更に上昇する 無理ではありませんし 可能でしょう でもまずはあなたが何であれ ハイクラスなサハジャ ヨギであれ 瞑想には謙虚でありなさい この瞑想的な資質は こうして話していても 私はそこに入っていきます とても喜びに満ちているから 喜びの大海に飛び込みなさい 最初は難しいでしょう しばらくするとこのつながりが シュリ マタジとのつながり それだけが欲しいものだと分かります もう一つ人が迷うのは よく見かけることですが そこで失敗する人もいます 個人で瞑想するのは とても正しいことで 個人的に瞑想しますが 座って瞑想し プージャも行う でもコレクティブで瞑想しない これがもう一つの覚えておく点です コレクティヴで 瞑想しなければなりません 私が皆をすべて合わせた 存在だからです コレクティヴで瞑想すると あなたは私のすぐ側にいます だからプログラムでも何でも コレクティブで瞑想しなさい プログラムでは常に 瞑想を優先しなさい 歌を歌ってすべて終えたら瞑想です 何か力説するとすれば これが真理であり すべての土台であると 理解することです 平凡なことにみえますが とても重要です 今アディ シャクティを 崇拝するにあたって どうするべきでしょう かつてないことです アディ シャクティへの祈りなどは ありませんでした バガヴァティまでは行きましたが それ以上に至ったことがありません なのでどんなプージャになるでしょう でもやってみましょう 瞑想が最上の方法でしょう 実際に何かを成就できます なので5分瞑想に入りましょう 目を閉じてください 11のルドラが覚醒しました 彼らがすべての ネガティヴィティを破壊するでしょう […]