Shri Adi Shakti Kundalini Puja Nirmal Temple, Cabella Ligure (Italy)

Shri Adi Shakti Kundalini Puja. Cabella Ligure (Italy), 6 June 1993.
今日の崇拝の対象は 私です 初めてです これまでは 私の一部や一側面でした 今こそアディ シャクティとは 何かを知るべき時です それは全能の神の 純粋な望みといわれ サダ シヴァに由来します では全能の神の 純粋な望みとは何でしょう あなたは自分の望みをみると 何に由来するでしょう 聖なる愛ではなく 身体的な愛であり 物質的な愛であり 力への愛です これら全ての背後に愛があります 何かを愛しなければ 欲しないでしょう あなた方はこれら平凡な愛をもち そのために 多くの時間を浪費します 実際それで 満たされることはありません 真の愛ではないからです 少しの間のぼせて すぐに飽きるのです それをあちこちで繰り返します 次々と対象をかえながら アディ シャクティは神の愛の 現れで 神の純粋な愛です でも彼は愛において 何を欲するのでしょう 人間を創ることを欲し 彼らが従順になり 崇高な 天使のようになるよう望みました アダムとイヴの創造は 彼によるものです 天使には自由はありません そのように創造されました そう決められています なぜそうするかも知りません 動物もなぜ自分が ある行動をするか知りません ただするだけです 自然に縛られていて 全能の神に結びついています シヴァはパシュパティであるといわれ 動物を支配するという意味です 彼はパシュパティです 彼は動物を支配するので 全ての動物の欲求が彼に含まれますが 悔やむことはありません エゴもなく 良い悪いを考えることもありません カルマの問題もありません エゴがなく 自由もないからです ここで 純粋な愛であるアディ シャクティは 一つの人格に全ての愛を注ぎ それゆえ何も残されておらず ただ観じるのみの父なる神を 想起します 彼は考えること無く ただ自らの思いを観ます 愛を観ます それがいかに作用するかを 観ています それを見る際は注意深く 私の創造した神格は 愛と慈悲に他ならないと 知っているからです その慈悲は高貴で それを損ねたり害したり いかなる形であろうと 乱したり貶めたり 侮辱することは 決して許しません 彼はその点とても注意深く 良く観ています ある分離が彼の愛によって 起こったと言ってよいでしょう この愛にも人格があり つまりエゴをもち作用し 独立した人格となり 自由に好きなことを為します 現世の夫婦ではありえませんが 夫婦共に完全に自由で 好きにすることができます 何の結合力もなく 合意もなく 調和も関係もないけれど 月と月光のよう 太陽と太陽光のようです ある意味 非常に結びついていて 一方がすることを他方が楽しみます その美しい分割において アディ シャクティが 彼のプランを変えることにしました サンカルパ ヴィカルパ カロティ として知られます 何かを過度にしようとすれば 彼女はそれを分割します 今日の11時のプージャのように なのでアダムとイブの事にしても 彼らが動物や天使のように なったところで何になるかと そう考えました 自覚が必要だと 自分がしていることを知るべきだと 彼らには知識を得る自由があると 知る権利があると ただ動物のように生活して 機会的に同じ繰り返しを する必要があるでしょうか なので彼女の任意で 当然熟慮の上ですが 蛇として来たのは彼女なのです そして告げます 知識の果実を味わいなさい と サハジャ ヨギではない人には これを教えられません ショックを受けるでしょう ですがこの蛇こそが 彼らに試しに言ったのです この果実を味わいなさい と 蛇は女性に言いました 男性ではなく 女性は物事を 受け入れやすいからです ブーツでも無意味なことでも 受け入れられます 受け入れる存在だからです 一方男性はたやすく受け入れません 議論したり口論します なので女性に行って言いました 彼女が来たと言うべきでしょう 聖霊は現に女性性だからです より女性に近く この力が蛇として来て言いました 知識の果実を味わいなさいと だから夫を説得することは イヴの 女性の仕事です 女性はどうするかを知っています 時に間違えることもあるかも 知れませんが 間違った 不吉な事を 言うかもしれません マクベスでもそうでした 夫を変にする女性は 沢山見てきました でも夫というのは 導かれることもあれば 解放されることもあります 妻がちゃんとしていればですが 彼は妻に 全幅の信頼を寄せ 信じて 知識の果実を味わいました それは神の女性性の人格 聖霊の導きでした これは キリストの姿や モハメッドやナナカを 多少理解したといっても 分からないことです 理解できません ちょっと分かっただけです 人に話しても こう言われてしまいます ハア それは何ですか と 耳を貸そうとはしません なので当時の意識や 世の反応に対して 彼らはダルマと上昇について 話しました でもインドではクンダリーニについて 古くから語られ それはアディシャクティの 私達の内なる反映であるとされます いいですか 彼女が自ら言ったのです 私は全ての人の中に宿ると ならばアディ シャクティは 愛それも純粋な愛であると 慈悲であると知りなさい 他には何もありません 彼女のハートの純粋な愛のみです その純粋な愛は とてもとても力強く この母なる大地に愛を与えました その母なる大地は 我々の行いの罪深さに関わらず 美しい物を通して 万人に愛を注いでいます これらの美が あらゆる方法で 銀河や星々を通して 表れています 科学的観点からは 科学には愛はありません 愛を問題にはしません 人はヨガでさえ 愛や慈悲を問題にしません 愛と慈悲がなければ その人に聖なる光はありません 全てが聖なる愛に 完全に浸っています 地上の被造物は全て 宇宙の創造の全ては そしていくつもの宇宙が 聖なる母の愛によるものです なのでアディ シャクティの愛は 極めて精妙で 時にあなたの理解を超えています 私はあなたが私を 愛していると知っています それは巨大な愛ですが そのヴァイブレーションは さざ波のようで 岸については引いていきます そして多くのキラキラした泡が その浜を覆っています 同じように私のハートには あなたの愛が光を放ち その響きがこだましています この聖なる愛において それがどんな感じかを 説明しがたい経験です まず目に涙が溢れてきます なぜなら それは慈悲で サンドラ カルナで アダル つまり乾いていません 父なる慈悲は ドライかもしれません “これをしなければ撃つ こうすると・・・” 父親はそんな言い方をしますが 母親は そんな傷つけるような 言い方はしません たまに貴方を正すために 言うこともありますが 父親のそれとは違う言い方です 彼女はサンドラカルナを 持っているからです アダルとは 乾いていない の意です このようなハートを 彼女は持っていて この聖なる愛を抱え 体中が 全てが聖なる愛で できています どの部分も聖なる愛を放ちます ヴァイブレーションとは 聖なる愛です 以前言ったように この化身が来る 必要がありました 時が熟しました その時がきたと皆分かりました でもそれは固定された時ではなく サハジャである時です 固定された時間は 例えば電車の出発時刻や 到着時刻です 例えば 機会があるペースで 生産をし続ければ このくらいの期間で これくらいの生産量が見込めるだろうと しかし生き物は自発的で サハジャであるので いつとは言えません 自由のプロセスも同様です あなたは最大の 自由を持っています だからいつとは言えません いつ人々が この聖なる愛の 精妙な知識を受け入れるか ドライな知識もあります インドではひどい人がいて 本を読んだりマントラを言ったり そればかりに忙しく そうやってどんどんドライになります 骨格しか残っていないような 人たちです そしてとても短気で 誰かを見ると その人は灰と化します こんなことのために 地上に生まれたのでしょうか 苦行だとかを重ねて 人を灰にするためでしょうか でもそれで彼らは 自分たちが偉いと思いました 人を見ることで 灰にしたり消したり バスミサットと呼ばれます 彼らのハートには 善の概念がありません ですから まず聖なる愛によって 成就するのは あなたの善です 善ということば自体が 大分濫用されています 善とはあなたのスピリットに良い という意味です スピリットとは 全能の神の繁栄です だからあなたの中でスピリットの 美しさが反映されだすと あなたは与える側になります もはや何かをとる側の人でなく とても満たされて与える側になります この降臨はそうと決められた その時に起こりました 先にいったように あなたには自由があります 人々は荒んで あらゆることをしています 分かりますか それ以前は 力を求める人の問題がありました インドに行ったり 中国に行って侵略したり 反対にアフリカを侵略したり そこらじゅうです いわゆるアメリカ人も アメリカを占拠しました この時期は人が自由を 力の行使に使っていた時代です アディ シャクティが生まれる 時期ではありませんでした 力を希求する人たちがいました 今日でもそういう人がいますが 当時は力と領土 そればかりでした まったく重要でないのにです その時期ではあり得ませんでした 当時は自由のため戦う 必要がありました 帝国主義者の支配から 逃れるために 力で圧倒する人たちにです 状況は徐々に変化しました 大変スムーズに変わりました 驚くことに 私自身変化を目の当たりにしました 上手くいきました 私自身もご存じのとおり インド独立運動に参画しました 大切なことです インドからそれは起こったのです まず帝国主義からの自由 その自由の概念が次第に 各国に広がり 民衆は考えだしました 理解しだしました 植民地は不要だと 自分の場所へ戻るべきだと これらの変化は 私の生前に起きたのです まず自由を求めた人は 亡くなりました 多くの人が殺されました バガットシンのような人がいました どの国でも 革命家は投獄され ひどい扱いを受け殺されました インドだけではありませんでした そこを通過する必要がありました 自由が試されたのです 彼らは無駄死にだと考えました これは自由ではないと 結局あれは何だったのかと後悔し そして ある種の恐れを抱き 他者を恐れ いわゆる レフト ヴィシュディの問題が 始まりました 強く負い目を感じて 自分が間違ったことをした するべきではなかったと この時点でも 様々なほかの問題があり カースト制度や 奴隷制 身分の格差で 低く扱われる人がいたり より優れた人とされたり 民族的にも優劣があり あらゆる馬鹿げたことがありました 自由を通して これらを作り出したと 自由のせいだと それは事実ではありません でもそういったものが作られた 例えば これはカーペットじゃない と そう言い続けたとします するとみな洗脳されて これはカーペットじゃなくて違うものだ と皆が言い出すのです それはまる催眠術のようです 人々がこの人種差別を受け入れて 格差や隷属を カースト制や女性蔑視を 受け入れました これらは全て 彼らが選択したものです 何が良くて何が悪いか 彼らにとっては 良いことだったと分かります 好ましいことだったのです このような状況では 慈悲は無駄になるでしょう 聖なる愛も無駄でしょう それを知的に理解する 準備がなかったから 彼らには話せないでしょう これは完全な盲目で 無知だからこんなことをする といっても これは正しくない これはあなたを貴くせず あなたは卑しいことをしている といっても駄目でしょう もちろん何人もの聖者が やって来て 高貴さや許し 融和や合一が唱えられました 偉大な予言者が生まれ そういったことを語るに至りました 民衆はさほど 準備ができていませんでしたが 次第にそれらの教えが 人々の間で働き始めたようでした でも最も大きな問題は いわゆる宗教問題です 宗教は皆脱線し 彼らはある種の水たまりをつくり ムスリムはここ クリスチャンはここ ヒンドゥーはここと それぞれが溜まっていました そこで命を与える者が必要でした 水たまりを満たして 一つにするためです ある種の人種が 他より優っているなど 完全な無知で愚かさそのものです ただ言えるのは それぞれが 違う状態だということです 違う意識があって より高い意識の者もいますが 一概に誰かを責めることはできません 彼はだめだとか この社会はだめだとか 一概には言えません 個人的には言えますが 一概には言えません でもこの無知の闇はとても深い 集合的になるからです それは集団での無知 集合的無知です 彼らは皆が手を取り合って この宗教が一番だとか 我々こそが 選ばれた民だとかいいます 他の人は いやいや違うと この人たちは完全にだめな民族で 私たちが最高だと 宗教の名の下で 全能の神の名の下で これらナンセンスを始めたのです なのでアディ シャクティが 完全な力を 発揮しなければなりません まず彼女が分かったのは 家族とは何かを知る必要です こどもは家族の中で育ちます 子どもがきちんと両親によって 注意されないと 甘やかされて育てば もしくは過干渉にされたり 放っておかれたりすれば こどもは愛を知りません 子供が愛が何かをわからないのは 愛とは甘やかして おもちゃをたくさん与えたり 取り上げたりすることではありません いつも子供に 注意をおくということです 甘やかす注意ではありません 子供の善に対する注意です いつもそこに善があるように こうして家庭生活が まず維持されるべきと思いました とても大切です なぜならこの時代は 宗教をかたって 尼僧や聖職者や 出家僧や ありとあらゆる賢人がいます 彼らはみなとてもドライです 皆民衆をミスリードしています 民衆は色々な修行をはじめ 出家して 妻や子供から逃げ出します なのでまず私が分かったことは 人間は愛を知らなければ 愛せないということです この愛はコレクティヴなら より効果的です インドで見たはずです インドの家族は 本当に愛し合っています 会ったことのない親戚でさえも どんな関係かもわからずに お兄さんとかお姉さんと呼びます 関係も知らないし 誰が父親とか姉妹であるとか 知らずにです 単にお兄さんのように 感じるからです 自分の兄のことを聞かれても わからないでしょう 理由は拡大家族制にあり それはコレクティブのような制度です 誰が本当の兄かもわからない 誰が義兄で 誰がいとこかも分からない 皆が一緒に親戚として 一緒に暮らしたのです それもまた廃れてしまい 拡大家族も廃れました 経済的理由とか何とか 理由は何であれ なのでこの大切な時期に 人々は愛を知る必要があるのに 家族制度が あらゆる国で崩壊しています 西洋諸国では特に 男女ともに家族制度の 重要性を理解していません 家族制度を信じていません 可哀想な子供達にとっては 不安な事態です 不誠実な土台では ちゃんと育ちません それによって暴力的な ひどく取りつかれた 世代が来ました 彼らは戦争の商売に行きました 無意識に戦いを欲するのです 木と戦う子供を見ました “なんで戦っているの?” “戦うのは良いんだよ” と言います でもなぜそうするかは 気づいていません 理由は愛の欠如です 見るものすべてが嫌で これもあれも嫌いだといって 憤りでもって何かをし 見るものすべてを破壊します 新しい傾向が始まりました 戦争が終わると 当然価値観が堕落し 民衆は何だったのかと 私たちの価値によって 何を得たのか 戦争ばかりで 社会が荒廃し 子供達も殺され 何が戦争だというのかと 概ね民衆のこころは まあとにかく戦わなねば となります 痩せている人が最高で 支配する人が 上昇志向が最高だと こうして帝国主義的な支配は 終わったにもかかわらず 個人の支配に姿を変え 支配へのエゴが育ちました 子供の教育においてさえ 子供をとても傲慢にしむけます 人為的で 極めて傲慢かつ不自然です なぜ子供がコントロールされず これは悪いと 教えられていないのか 信じがたいです なぜなら親が とても防衛的な態度で 子どもに向き合おうとせず 悪いことを教えないからです 子供に見捨てられるとか そんな考えにとらわれて 何でもしていいから一緒にいよう と言います そんな状況下で 人間は良い家庭生活から次第に 離婚などおかしな 男女を共有する信条などへ 堕落してきています アディ シャクティの出現には 何とひどい状況でしょう それに他に大きな問題として 宗教があれこれと主張して 考えや制約を人々に課していて 民衆を盲目にしていることです なので混乱があり こうした混乱の時だからこそ アディ シャクティがダルマを 確立しにくる必要がありました 彼女がダルマを確立させる 必要がありました とても不誠実で 胡散臭い時代でした 生まれてきて人々を見て驚きました 当時はシーカーも あまり居ませんでした 一人か二人の リアライズドソールに会いましたが ほとんどは自分の保険とか お金とかの心配をしている人でした 話しかけようにも どんなところに来てしまったのかと 何を話せば良いかわかりません 聖なる愛の話を どうやってするというのでしょう 探求すらしていない人たちに それが次第に 自信を持ち始めました 最初はちょっと早く来すぎたかと もう少し待ったほうがよかったかと そう思いました 人々はお互いに憎しみ合い それぞれが敵対しあい 騙しあっていたし それにお互い 嫉妬しあっていました 出世競争とか 足の引っ張り合いもありました なのでサハジャ ヨガの時代では まだないかと思いました すると偽のグルに会って 人々に魔術をかけ 支配しているのを見ました それで本当に考えました もう世間の雰囲気を 気にするのはやめようと どんな人であれ気にせず 始めようと こうして最初の ブラマランドラチェダンが インドで起こりました 5月5日のことです 1970年5月5日の朝です 他にももちろん急いで始める 理由がありました 私の準備は整っていて 人間の問題を知っていました でも人はセルフ リアリゼーション を得られるとは 信じないだろうと思いました この化身はとても特別です 多くの化身が来ましたが 彼らはやってきて言葉で教えました これが良いあれが良いと 彼らに魅せられて 追従したものもいました でもハートは空っぽでした 聞いたことはよくても それは説教であり 講義であり ギータであるだけです そのような人の生も 聖なる愛の輝きが 内にありませんでした 何人もの良い人が この短い間に存在しました マハトマガンディーや マーティンルーサーキングや 色々な人が方々にいて アブラハムリンカーンも ジョージワシントンも ウィリアムブレイクもシェイクスピアも この間文学のみならず 老師もソクラテスもいました ソクラテス以来 何人もの哲学者がいて より高い生を語りましたが それにも関わらず 人々は彼らを変な人扱いし 理解不能として黙殺しました 誰も例えば グルギータを読もうとしません 読みません 意味のないことだとして 役に立たないたわごとだと こんな態度がそこら中にあり 私はそれを見て ああ どうやって話すというのでしょう 自分について 彼らについて 見つけねばならないものについて 私はこころから 人々に熱心さを望みました 少しでも私に チャンスが与えられたら この聖なる愛はとても精妙で 彼らのハートに届くでしょう でも彼らは石のようでした どんな話をするのも無理でした それに最悪だったのは 自分のことばかり考えていることでした この状況で サハジャ ヨガが始まりました そこでアディ シャクティの力が 問題よりも ずっと強いことが分かりました 自分ではっきり分かりました この力がクンダリーニを 引き起こすからです 自分がクンダリーニを引き上げ られるのは知っていました それを大勢に一度に 与えられるのも知っていました でもあげた人がまた戻ってくるかは 分かっていませんでした 人々は無知だからです 帰ってくるとは思っていませんでした このレベルまで サハジャ ヨガを実践するとは これっぽっちも思っていませんでした 誰かに言われても 笑って否定したでしょう 最初の講義の時は どこもホールが一杯で もちろんホールのせいでは ありませんが 私は別の場所に滞在していて ホールがなかなか 借りられませんでした そしてその後も ほとんど人が来ずです だからもう何を言っても駄目だと 耳から頭を通り抜けるだけで なにも理解しようとしないと 何もわかっていない 私は家族から反対され あれこれと 問題と圧力を感じていました でもそれは重要でなく 一番重要なのは どうやって人の心に届くかです 唯一の解決法は彼ら自身の クンダリーニを上げることでした それにより内なる光が灯ります 私はずっと座っていて そこへ誰かが クンダリーニをあげてもらいに来て 私がクンダリーニを上げてあげて というのは間違った考えで 私にはそれが分かりました そこで集合的 リアリゼーションが始まりました 人々はとても驚きました それはマジックではなく 物語でもなく真理でした 彼らは自分の手先で 実際に感じました 頭頂部でも感じました それがサハジャ ヨガの実現です 驚くほど上手くいきました でなければ無理だったでしょう 今日目にするこのすべての驚異は あなたが反応してくれがおかげです あなたが反応し受け入れたからです でなければ アディ シャクティも役立たずです あなたが受け入れなければ 私は無です 実際それはあなたの英知が 感覚や探求が サハジャ ヨガに導いたのです 手紙を書いたこともなければ 電話もしません 他のグルは皆そうします 新しい場所につくと かの地の要人をリストアップして 手紙を一斉に送ります 少なくとも2、3人が 出席するようにです しかしそんなことをせずとも この集合的目覚めを いかに達成できたか 人々はサハジャ ヨガを それによって理解でき 彼らに浸透していきました まずそのために私は 自分のクンダリーニをあげます パブリック プログラムの度に 自分で上げます その上あなたの問題をすべて 私のクンダリーニで受け止めます それは痛みます だからプージャの後は しばらく石のような状態になります あなたの内にあるものを 吸収するからです あなたを私の体に入れるようにです あなたは私の身体の一部なのです 私の体の細胞の一つ一つが あなたの為です あなたにはそれほど 精妙さが必要です 自分が何を抱えているか理解したり サハジャ ヨガや他の事に できることがないか アシュラムを始めたいとか 何かあるなら たちまち私は分かります あなたが私の中にいるからです ほとんどのことをハッキリわかります 分からないこともあります 理由は一つ あなたと私の関係です もちろんそれは親密なもので 私の体の中にあなたがいます でもあなたが瞑想していなければ ありふれたことを言わなければなりません ディヤーナガンミャです あなたが瞑想していなければ 私はあなたと無関係です あなたは私の親族ではありません 私に対して何の権利もありません 何かを質問することもできません どうしてこんなことが起こるのですかと なのでいつも言います 瞑想 瞑想と 私とあなたはは 何の関係もありません もはやそこにはいません 私とはつながりがありません 他の人と同じようです サハジャ ヨギかもしれません サハジャ ヨガの単位を リーダーがくれたかもしれません 偉大な人と 思われているかもしれません でも瞑想していなければ 毎日朝か晩にしないなら シュリ マタジの領域にはもういません つながりは ただ瞑想を通してだからです ギャナです 瞑想をしない人がいました すると苦しんで 子どもも苦しむ何かが起きます そして私に来て言います でもその人が瞑想していないのは はっきりわかります 私は何の関係もありません 私に何か聞く権利は 彼にはありません はじめは瞑想になるまで 時間がかかります ですがどんなものかわかったら どうやって私と一緒にいて 一つになるか どうやって関係を築くか あいだには何もいりません 手紙やなんかも必要なく 特別なつながりも何もいりません 瞑想だけが必要なものです 瞑想のなかで成長します そこでスピリチュアルに上昇します それが起こると あなたはある意味 成熟した意識状態へと サハジャ ヨガで成熟します すると瞑想を辞めたくなくなります なぜなら瞑想中に 私と一体だからです 3時間も4時間も 瞑想する必要はありません どれだけ本気で私といるかが重要です どれだけ長いかではなくです ならば私はあなたに責任があります あなたの子供や皆に対してです あなたの上昇や ネガティヴィティから守ること それらに私が責任をもちます 父親が直接罰するような そういうやり方ではありません そうでなく “そうですか もうあなたは私と 無関係です”と それが唯一起こりうることです 瞑想してない 良いでしょう 無理強いはできません 私もあなたと無関係です 他のところで外で誰かと 関係をもてるでしょう でもあなたの善を得られる 内なる関係は 瞑想なしにはいられません 何度も行ってきました 瞑想してくださいと 毎日瞑想するようにと でも人は理解しないようです どれほど大切なことか “マザー 私たちは瞑想しません” “なぜ?” “もう私たちはリアライズドソール だから必要ないです” 道具がそろっているのに 主電源につながっていなかったら 何の役にも立ちません 瞑想の中で愛を感じるでしょう 聖なる愛の美しさを感じるでしょう 風景が一変します 瞑想的な人は態度がとても違います とても違う気質を持ち いつも満たされて 特別な人生を送っています 今日は上昇の初日であると そうも言えるでしょう この崇拝によって 実際は今日でなくとも そう言うことはできます それが起こりあなたを助け あなたへの大きな恵みとなった であれば それを維持しなければならない さらにいかに高めるか いかに楽しむかを知るべきです ちょっとした出来事 最後の物語や あれこれで満足せず 完全な一体を得るべきです 神との完全な合一です それは瞑想によってのみ可能です 簡単なことです マザー 時間がとれませんとか いつも考えてばかりですとか 時計を見たくなるとか言います 最初はちょっと問題もあるでしょう あるとは限りませんが ないかもしれません あるとしても最初だけです 徐々に大丈夫になるでしょう 徐々にマスターするでしょう 少しずつですが 極めて上達するでしょう すると他には何も必要なくなります ほかの安っぽいものには 見向きもしなくなります いいですか その美に至るのに その栄光に 偉大な人格に至るのに すでに現れてきていますが 信心深く必要なのは 瞑想だけです 今日は遅く帰ったから 瞑想できなかったとか 明日は仕事ではないから 瞑想できないではなく 誰も言い訳を聞きたくありません 自分のことなのです あなた自身のためです 全てがあなたのためです 誰かに自分が 進化の高みに到達したとか 知らせる必要はありません その高みから更に上昇する 無理ではありませんし 可能でしょう でもまずはあなたが何であれ ハイクラスなサハジャ ヨギであれ 瞑想には謙虚でありなさい この瞑想的な資質は こうして話していても 私はそこに入っていきます とても喜びに満ちているから 喜びの大海に飛び込みなさい 最初は難しいでしょう しばらくするとこのつながりが シュリ マタジとのつながり それだけが欲しいものだと分かります もう一つ人が迷うのは よく見かけることですが そこで失敗する人もいます 個人で瞑想するのは とても正しいことで 個人的に瞑想しますが 座って瞑想し プージャも行う でもコレクティブで瞑想しない これがもう一つの覚えておく点です コレクティヴで 瞑想しなければなりません 私が皆をすべて合わせた 存在だからです コレクティヴで瞑想すると あなたは私のすぐ側にいます だからプログラムでも何でも コレクティブで瞑想しなさい プログラムでは常に 瞑想を優先しなさい 歌を歌ってすべて終えたら瞑想です 何か力説するとすれば これが真理であり すべての土台であると 理解することです 平凡なことにみえますが とても重要です 今アディ シャクティを 崇拝するにあたって どうするべきでしょう かつてないことです アディ シャクティへの祈りなどは ありませんでした バガヴァティまでは行きましたが それ以上に至ったことがありません なのでどんなプージャになるでしょう でもやってみましょう 瞑想が最上の方法でしょう 実際に何かを成就できます なので5分瞑想に入りましょう 目を閉じてください 11のルドラが覚醒しました 彼らがすべての ネガティヴィティを破壊するでしょう […]

ナヴァラトリ10日目、深さと満足/ナヴァラトリ プージャ Butlins Grand Hotel, Margate (England)

「自身の中のデーモンを壊しなさい」1989年10月8日マルゲート(イギリス)

デヴィ プージャを イギリスですることは 自然の流れで決まりました ここで行われるべきでした ここがサダ シヴァの場所であり アディ シャクティが崇拝されるべき 場所だからです なぜデヴィ プージャをするのか 今日 理解すべきです デヴィ プージャをする 理由は何でしょう それから何を得られるでしょう 私たちの内実において 何を得るべきなのでしょう まずクンダリー二はデヴィです 彼女はアディ シャクティの反映です なのでデヴィを崇拝するとき まずあなた自身の クンダリー二を崇拝します あなたにリアリゼーションを 与えたからです 普通の人に比べ デヴィのプージャに対して持つ 理解は遥かに深いです 彼らはリアライズ ソウル ではないからです クンダリー二が覚醒していません なのでデヴィ プージャの目的は リアリゼーションを得るためです デヴィを歓ばせて 人はリアリゼーションを得ます あるいはリアリゼーションを与える人に 会う機会を得ます しかし あなたはもはや 違うレベルにいます ですから 自身のクンダリー二に対する アディ シャクティに対する 感謝から行うものです 内にあり アディ シャクティによって 反映されたクンダリー二によって 奇跡的に起こったことに 対する賞賛です しかし 私たちが リアライズ ソウルであるということは ポイントではありません ヴィブレーションを感じられるというのも ポイントではありません 他者にリアリゼーションを与えられる ということもポイントではありません それでは何が大事なのでしょう 重要なのは内にある内実です 何が内にあるかが大事です これらは内にあるものの 現れにすぎません 例えばある者は 気前がいいとします そしてその者が金持ちだと分かります そうでないとできません なので自分たちの内実を 見なければいけません 内実において 自然界で真の内実があるのは どこでしょう 海を見ると 水で満たされています あらゆるところから水を吸収し 太陽によって蒸発し 雨になります ですが海は 最も低い高度にあります そしてあらゆるところから 水を吸収します 同じようにサハジャ ヨギが より良い内実を望むなら 外側において高いところにいることは ないと知るべきです 聖書に「柔和であれ」とありますが 意味は説明されていないと思います 強い者のみが柔和になれます 安定している者が柔和になれます 真髄において 豊かな者が柔和になれます 不安定な者にはなれません 不安定な者が どうして柔和になれるでしょう いわゆる金持ちも 柔和になれません 寛容でないからです 満足していません 哲学的ではありません 豊かさはなく 欲深い乞食のようです ですから内実が大事です 私たちの内実は何でしょう あなたは私を愛していて 私もあなたを愛しています いいことです しかし あなたが私を愛する時 サハジャ ヨギとして愛すべき資質が あることを知らないといけません 人はサハジャ ヨガをしていても 我を見失います 何に対しても克服できる 大丈夫だと考えれば 自分を見失います 私たちが柔和である時 その内実は謙虚さです 人に対し謙虚でいなさい すると自分自身を好きになります その資質を楽しめます “私は他の者より謙虚である” その他に内実において 大きな山が挙げられます 高さがあるからです 山が雲に触れます なので海の謙虚さと 山の高さには関係があります サハジャ ヨギは そのようでないといけません なぜなら 大海には内実が潤っており それが雲となり 山の高みに シヴァが住まうカイラス山に触れます なので大変 歓びを与えるものです 私が描かれた絵のように 昔の私の状況はそうでした 今日も精妙なレベルにおいて 働きかけています 沢山のネガティビティがあり 様々なレベルで 働きかける必要があるからです 人間が悪魔になっても仕方ない という言い訳はできませんし サハジャ ヨギはもってのほかです しかし私はあなたを 我が子と呼んでいるので 多少祝福はあります 長いロープに例えれば 気にすべきはロープでなく あなた自身の資質 吸収する内なる力です ありのままの海を見ると 海は周りの水を 取り込む性質があります そして太陽が スピリットとも言えますが 太陽によって蒸発します 海だからこそ可能です 川ではそれほどできません 海は大変広大で 深く 無尽蔵だからです そして完全に 純粋なものがでてきて ハートに触れます サハジャ ヨギだからできます ハートがシヴァが内在する高みの レベルにあるからです 純粋さ 心の広さ 深さ 謙虚さやマリヤダがないと そこに至ることはできません 海は決して マリヤダを超えることはありません 片方から押し寄せれば もう片方に表れ 決してその範囲を超えません もし太平洋がもう30メートル深ければ 問題があったでしょう なのでその深さ 高さ 広がりにおいて 自身のマリヤダがありますが そのマリヤダの中で 自然と お母さんと一つである という感触があります 母なる大地を乱すことなく 母なる大地の一部に 適切に位置されています 自然は神聖の下に束縛され 神聖が自然を世話しています すべてが美しく作用し 自由があります サハジャ ヨガを始めると より大きな自由を得ます 完全な自由です 無意味なもの 罪深いもの 低俗なものには束縛されません あなたは山のように それらを超越します 山と海が組み合わさり そこに船を通すことができます 深みある者のみが 深さがある岸に辿り着きます そのようにしてあなたのハートと バヴァサガラの繋がりに 自分の深みを得ます そこは人があなたのところに来て これは素晴らしいと 分かる美しい場所です 皆分かっています 私は普通の女性に見えるでしょう あなた方は違って 見えたかもしれませんが 通常は・・・ どのくらいの人が プログラムに来るでしょう どのように来るでしょう コロンビアでは私の名前すら 聞いたことがない者が 何千人も来ました 驚くべきことです 座る場所に困るぐらいでした ロシアでも私のことはもちろん 誰も知りませんでした 出版された本もありませんでした なので “貴方が集合的無意識を 操作をしました”と言うでしょうが していません ですがそうなったようです なのでサハジャ ヨギが 内実を高めると 集合的意識が 神聖が確実に作用します 広告を出せば 人が来るようなものです 人はお金をとると 買えると考えます しかしお金やビジネスは関係なく ただ素朴な者であれば 神聖によってすべて成されます 神聖がワークアウトさせます しかしその場のヨギが 何の役にも立たないのであれば 私がそこにいたとしても ワークアウトしません 生半可な者では ワークアウトしません あなた方を失望させる つもりはありませんが 自身の内実を育み 自身を完全に信じないといけません これはサハジャ ヨギの 最もすばらしい財産です ではこの大海は何でしょう 愛です それは愛です それは話すことも 何かを成すこともありません ただ自発的に働きます 自分でしようとしないほど 良いです “私はこれをします 処理できます”ではなく あなたはただ 自身の内実を育むだけです 皆さん幸運です 誰もが持てなかったものを 沢山持っています 人々はジャングルに入り グルの怒りを受けないと いけませんでした 彼らを守る者もいませんでした 崇拝する アディ シャクティもいません あなた方には アディ シャクティがいます その力は神聖です あなた方は大変 有利な状況にいますが まずそれに 気付かないといけません 内実を育むとき その器は 強くないといけません そうでないとすべてが壊れます この力であなたが 完全に守られていると知ることです 誰もあなたを傷つけません しかし試されないと 完全に安全であると分かりません あなたが理解しているか見るために トリックが起こるかもしれませんが 何もせずとも すべてが解決します どのように解決したか ワークアウトしたか分からないでしょう 問題はサハジャ ヨギが この力をどのように持つかです 私はそれをシュラッダだと言います シュラッダとは 盲信ではありません サハジャ ヨガを始めたあと リアリゼーションのあと あなたはすべてを分かります あなたは 私の写真を見ました サハジャ ヨガが いかに作用するか 人のクンダリー二の 上げ方も分かりました ヴァイブレーションを 感じることができます 人について分かり 治すことができます これらの力すべては あなたの中にあります エゴなしにこの力について ただ悟ることがあなたの力です あなたが強力なときエゴはありません 必要ないからです エゴは力がないときに 出てきます もっと欲するからです 十分であれば エゴはありません なのでこの力をまず 確かめないといけません あなたに力があるかどうか まず確かめます 例えば椅子に座る前に 壊れていないか確かめます “大丈夫だ 座れる” サハジャ ヨギの中には 際にいる者がいます 時には高みに達した者と 外側にいる者に大きく差があります これらすべて 昔滅ぼされたネガティブな力です 彼らを殺すのに シャクティ一人で十分でした カリ シャクティや ドゥルガ シャクティです でもあなた方には沢山います マハラクシュミ シャクティや サラスワティ シャクティがいます 12人の神格が あなたのために働いています では あなたがそれに気付くということは 自分を完全に 信じるということです 未だに自分を疑っているなら これも人間の資質ですが 犬は自分が 犬か猫か疑っていません 虎も分かっています 自分の能力も分かっています 人間だけが他の愚かな資質に加え 自分自身を疑うことをします この疑う資質が 彼らを臆病にしています サハジャ ヨガでは自分に対す る疑いを持つべきではありません “私は未だこうです このようにしてしまいます” それなら取り除きなさい 背中に猿を担ぎたいなら 私は問題を解決できません “まだ背中に猿がいます” 取り除きなさい 簡単です 私のシンプルな理論では これが答えです 猿を担ぎながら “マザー 私は猿を担いでいます” 見えてます 頭や背中から 取り除きなさい 簡単です あなた方はサハジャ ヨギです ロシア人は違うようです 彼らに猿はいません 驚きです 全く猿がいません 誰にもです 個人的 公的 その他問題はありません 全くです 議論もありません 彼らは“政府がこうだから”と 言えたかもしれませんが言いません うんざりしたのでしょう 大変学識があり専門家で 謙虚で 心を開いていました ただリアリゼーションを望みました “貴方は私たちの 解放の為に来ました” 私のサリーや歩いたところに 触れようとはしません ヴァイブレーションのことも 私が アディ シャクティだとも話していません どのように私を認識したでしょう 彼らは自身の内に力を シュラッダを育みました 自国で神について 決して話したことはありません 教会やイスラム寺院を立てる 愚かな者もいましたが ほとんどの者が大変強く 内実が現れていました プログラムがある度に 今でさえ フォローアップのときも 最低でも千人はいます このイギリスでは デヴィ プージャに千人もいません それに人々は何千キロも遠くから シベリアなどから来ます 自分たちでホールを予約し 支払います サハジャ ヨギはお金を取りませんが ホール代はかかります 生半可な者はワークアウトしようとも 頑張ろうともしません それはサハジャ ヨギの 生き方ではありません 私たちは 悪魔を殺すことはありません デヴィと共に戦ったように 戦争に参加することも 兵士のように 戦う必要もありません あなたは内にあるネガティビティを 倦怠感を取り除くだけです そしてワークアウトさせるだけです マントラを言ったり マントラの力を知っていても 神格が起きた状態 でないといけません そのため何度も言いますが 瞑想しないといけません ただ座って“分わかりました ゴルフと同じですね”違います まじめなことです あなたはアディ シャクティを 崇拝しているのです 完全な理解と献身で 瞑想しないといけません 機械的ではなく 遊びでもありません 大変精妙で特別なことです 行動で示せるものではありません ただ大変深い気持ちです その深みは他のどの 気持ちとも比べられません その想いで 瞑想しないといけません その後結果を見ます 多くの者が“あれこれしたのに まだ問題があります”と言います それは十分深くないからです 祈りの長さや言葉の多さは 関係ありません 神聖の御み足をどれほどの深みで 触れたかが大切です なので今日 デヴィがすべての ネガティビティを取り除くために 私たちのハートを剣でもって貫き シヴァのために蓮の花を根付くよう 植えるのだと理解することが重要です デヴィは私たちの内から すべての醜さを取り除きたいのです まるでデリケートな 素晴らしく成される手術のようで あなたは それを感じないほどです この間ある本をもらいました ヴァイブレーションのことをスパンダと 呼んでいました 脈打つという意味です サンスクリット語でアナハタです 震動がないというの意味です しかし この本を読むと 大変回りくどく 説明だらけで誰も理解できません ひどいものです 私はそれ以上のことを 簡単に説明しています その本を2ページ読めば 頭痛がします でもあなた方はサハジャ ヨガの 全知識をすばらしく得ました すばらしいことです 別のマントラについて読めば その説明は現実とは 無縁だったりします 現実と関係あったとしても とても回りくどく 複雑です アディ シャンカラチャリャは それに気付いて論文を断念し “お母さんの賛美をただ讃えれば 全て大丈夫です”と 人は難しく捉えますが とてもシンプルです 人間は大した専門家です ラジオのように次々賛美し 何もハートには入ってきません あなたはその深みを 育まないといけません サハジャ ヨガでは脳ではなく ハートを通して理解します あなたはハートを育み ハートで他者の素晴らしさを 受け止めないといけません 人は他者の間違いを 簡単に見れます 自分の間違いは見ません 知的な者は特にです リアリゼーションは必要ありません しかし賢い者は 自分の間違いを見ます そして賢いので 自分を信じられます 疑いはありません 自分が賢いと分かっています 自分の間違いや すべきことを分かっています 今日における女神の仕事は 大変違います 明白です もちろん象徴的には同じですが 大変精妙になりました まず第一の仕事は存在する ネガティビティを滅ぼすことです より光があれば 無知は消えます 光が広がり 暗闇がなくなります あなたが光です あなたは光を灯し その光を世話しないといけません そしてその光を 永遠のものにしないといけません これはあなたがしている 仕事の一つです 光を広げ人々を啓蒙することは あなたがするすばらしい女神の仕事です あなたの周りにあるネガティビティは あなたの内にあるものより 危険ではありません 今日では さらに精妙になりました ネガティビティはより 精妙になっています あなたの中に入り込みます 気をつけないといけません いつでもあなたを倒します あなたが登ろうとするとき 一歩でも間違えれば 落ちることができます なので緊張することなく 注意深くいないといけません すると注意深さが育ちます 光が内にあれば それを見始めます すぐさま見れます どう正すかも分かります すぐに取り組むでしょう 素敵なサリーに汚れがつけば すぐにきれいにするのと同じです 同じように私たちは 大変注意深くいないといけません ダクシャです 以前はこれは女神の仕事でした 女神が啓蒙し 人々のために注意深くいました 子どもたちのために 虎のように座りました 人は祈り プージャや ハヴァンを捧げました 女神は彼らの前に座り ネガティビティから守り 悪魔を殺し あらゆることをしました しかしその段階は 終わっています 彼女はあなたの中に 入っています なのであなたは自分のネガティビティ を殺さないといけません お母さんと 同じ力を備えています いかなるネガティビティも あなたに触れることはできません あなたはリアリゼーションを与えられます その力を備えています そして他者ではなく 自分の欠点を見ることができます そして取り除けます あなたの善にも 上昇のためにもならないからです 誰も得しません それはコレクティブ レベルおいて 自動的に作用します 心配することはありません 煩わせる者はいなくなります 盲目の者が崖から 落ちてしまうようなものです これについて 心配することはありません ただ作用します あなたはすでに見てきています あなたにある もう一つの資質は あなたを通して女神が作用していると 信じれることです 彼女はあなたの中に内在しています その力を備えています あなたは人を癒すことも 治すことも 平穏や至福を 与えることもできます 女神があなたに 至福を与えたからです あなたは至福になった ということです 冷房がかかっているとします 涼しい風がきます 同じようにあなたが至福を発するなら 他の者に至福を与えています しかし内に至福がなければ 与えることはできません ですからヨギは女神のように 至福に満ちていないといけません 彼女には 極端な性格があります 非常に残酷でもありえますし 非常に温和でもあり得ます 昨日の二つのラーガのようにです 彼女は 人間の想像以上に 非常に凄絶にもなれますし 非常に温厚にもなれます この凄絶な側面を あなたは持つ必要はありません ただ作用します この側面は 神聖のみが持つものです あなた方は もう一方の側面を持ちなさい 凄絶な側面は 神聖に任せなさい いずれにせよ神聖も 仕事をしないといけませんので あなたがすべての仕事をするなら することがなくなってしまいます なので神聖が その面を世話します 女神が自身を楽しむように あなたも自身を楽しまないといけません 彼女は自身の至福を 平穏を 創造のすべてを 子どもたちを 彼らの愛を楽しんでいます 同じようにあなたも 楽しまなければいけません すべてを知らなければいけません すべてを熟知する者 でないといけません “神聖よ どうか私たちをお守りください” と言う以外は 全く言う必要がありません せめてそれだけです 仮に言わなくとも 守られています 見えていなくても神聖が その舞台をワークアウトしています あなたはその舞台にいます 彼らが光をどこに照らし 何を変えるか すべてアレンジしています あなたは 居心地良くいるだけです 全ての仕事をする 必要はありません あなたは演じたり 台詞を言ったりして 自分の仕事をするだけです 他は彼らにさせなさい うまくやります 彼らはすばらしく 配置された専門家です 神聖の手に任せることを “サレンダー”と言います それができるなら ほとんどのことは 奇跡的にワークアウトするでしょう 驚くほどです “マザー このようにワークアウトするとは 思ってもいませんでした” 大変大きな力が 作用しています その力 すべてのエネルギーの 源であるそのエネルギーです この偉大な宇宙を創造し 母なる大地や 太陽を創造し あなたをデリケートに 創った力です その力が働いています その力があなたを世話し あなたがこのステージにいることを 誇りに思っています 今日は女神に “どうか私たちの内にあるネガティ ビティと戦えるよう助けてください” “戦えるようあなたの虎をください ライオンをください”と祈ります 私たちの内にいる 恐ろしい動物たちや 恐ろしい取り憑くもの 恐ろしいコンディショニング それらを取り除かないといけません 自分をよく見ると 沢山のコンディショニングがあります 薄いカーテンで覆われていて 見れなくなっていますが そこにあります その洞穴に虎を入れて 見つけなさい するとあなたは女神のように馬や ライオンや虎にまたがって楽しめます 結局子どもたちはお母さんから 受け継いでいる財産があります あなたはそれらを 使うことができます しかしあなたは それに値する者でないといけません 自分にはその価値があると 気づかないといけません それに値し それができると 今日私たちは このプージャのためにここにいます パースで予定されていましたが ここになりました このプージャができるのは 幸運なことです そしてこれはより深く より精妙な性質のものです あなたの血のように この七日間で女神は血の色の赤を 常に身に付けると言われています 胎児は母の子宮の中で まず赤色を目にします それは安心感です 一方で赤い服を意味し もう一方で 安心感を意味します あなたの周りに 安心感を与えます あなたが行くところが どこであれ安心感があります ただ感じなさい あなたは 神の王国に入っています 疑いようがありません 皆さんそこに入り すばらしく落ち着いています 神の祝福がありますように […]

1st Day of Navaratri, The Discipline (England)

Navaratri Puja, London Hampstead (UK), 23 September 1984.
今日はナヴァラトリを お祝いできる そして このツアーを通して久しぶりに お互い会える素晴らしい日です イタリアで イギリスは 宇宙のハートであると言いましたが イタリア人は納得しませんでした 驚いていました イギリスが宇宙のハートだとは 信じられなかったのです その理由に イギリス人にとってローマ人は かつてのイギリスの侵略者であり ローマ人にとってもイギリス人は 負けを認めない傲慢な者だったからです 負けても傲慢でした なのでイギリスが宇宙のハートだと 信じられなかったのです ハートであるなら 宇宙の状況はどうなのか そして私にもイギリス人の傲慢さについて 長々と説明しました 私もそう感じたことがありました 今 最もすばらしい ナヴァラトリを祝うのですから 特別なことがあるに 違いありません ハートを完全に 浄化しないといけません 身体全体を流れる血が 浄化されるほど完全に浄化します ハートが最高の 器官なわけですから ハートの細胞も 最高でないといけません 人間の身体の中で ハートの細胞が最高の細胞で 最高の資質を有し 最も敏感だからです ハートは響きのない音 アナハタを表します 度量の大きい者もいれば おしゃべりな者や 自慢好きな者もいて 度量の小さい者もいます この特別な国 イギリスに生まれたなら 器を大きくできるはずです その可能性を 内で育まないといけません では何が欠けているのでしょう 可能性を持ちながら すばらしい素質を持ちながら ここにいる利点がありながら なぜサハジャ ヨギが 長年に渡り高みに至らないのか 理由は何でしょう ハートは脈拍し 鼓動でもって動きます 心電図で 確認することができますし 系統だっています とても規則的で それ自身で修めています かすかな音や変化も 図で分かります 大変敏感です しかしここでは 修身が欠けています 常軌を逸した おかしなハートが エゴを膨れ上がらせています 何を話そうとも 別の解釈をします 何を言おうとも その時は真面目に聞いていますが 次の瞬間には効果がありません ですからこのことを よく理解しないといけません その素質があるのに 修身が欠けています 修身がなければ 器は大きくなりません そのためには 内なる知性を持つことです 教育ではなく 内的な知性です 器を大きくする必要があると 理解させる知性です ここにスピリットが脈動しています 力ではなく スピリットです 目撃者であり 神の反映で デヴィの仕事の傍観者です しかしその高みに行かないで “私たちはスピリットなので 見ているだけです”と言うなら その器に 達することはできません 祝福を受けても ハートの七つのオーラのように 七つのアシュラムがあっても 自分自身を修める必要があると 理解しません ただ利点として捉え サハジャ ヨガにいるだけで ヨギであると断言するなら ハートの細胞である ということにはなりません 警告しなければいけません サハジャ ヨガが離陸しようとする この時に大切なのことです スピードが増して 離陸しようとしています 残される者は残されます もはや傲慢ではいられません まずあなたの人格が 皆が言うように傲慢なら 謙虚になるようにしなさい 地上に取り残されるのではなく 飛行機に乗らないといけないと理解しなさい 速いスピードで動いています 最も幸運なことに 今日がナヴァラトリで ロンドンに私がいます ナヴァラトリ プージャが ここで行われるということです 他の国にこのような特権は 与えていません これはあなたが出席できる 最も崇高なプージャだからです なぜ私たちは ナヴァラトリをするのでしょう ハートでナヴァラトリをするのは シャクティの力を受け入れるためです これらのチャクラに 力があると悟り これらが啓蒙されれば これら九つのチャクラの力を 現すことができると悟るためです 七つのチャクラに加え ハートと月で九つです これら七つとその上の もう二つのセンターと言えるでしょう 驚くことに ブレイクも 九つのセンターだと説明しました 上の二つについて 今は言えませんが 七つのセンターについて話しましょう 私たちはこれらのセンターの力を 内で育んでいるでしょうか 時間もなく 忙しくしていて 傲慢でいるならどう育むのでしょう この力を育むのに これらのチャクラに集中しないといけません 行く先々で私に尋ねることや 彼らの様子には驚かされました 誰も自分の家族や家 仕事 失業などの つまらないことに触れませんでした 彼らはただ “このチャクラの力を育むには どうしたらよいですか”と尋ねました なぜ特定のチャクラについて 尋ねるのか聞くと “自分の中にこれが欠けていて 良くないため”と言いました リアライズ ソウルに 私があなたに 修身させることはできません 今日 厳しく言いたくはありませんが 今警告しなければ 後に私を責めるでしょう 重要な警告として 受け止めてください リアリゼーションのあと 私があなたを 修身させることはできません あなた方には光があるからです あなた方は リアリゼーションは何かを知り リアライズするとは どういうことか分かり どれほどのものを得て 自分の人格がどれほど 向上したかも分かっています でも それだけではいけません 自分を修められているか 見ないといけません リーダーや他の者に 言われる必要は全くありません あなたはリアライズ ソウルなのです 自分自身のマスター グルです あなた方全員が偉大なグル サットグルです 自分は天使たちに祝福される敬意に値する 聖人だと想像してみてください それでいて傲慢に講義したり 傲慢に話したりしています 神格にとっても 恥ずべきことです 彼らはあなたにガーランドを贈るべきか 黙らせるべきか困っています あなたはリアリゼーションを与えられた すばらしい地位にいます ただこのすばらしいヨガの美しさを 受け入れるだけです これら七つのチャクラにある あなた自身の力を啓蒙するだけです まず最初のチャクラの力は ガウリの力です シュリ ガネ―シャの母の力です 大変力強いです 彼女の力のおかげで あなたはリアリゼーションを得ました あなたはその力を育むために 何をしましたか 今日がナヴァラトリの初日なので 何をしたか見るべきです 自分の中に その純真さを育めているか 人は話すとき 大変棘々しく話します 純真なら なぜ棘々しくなれるでしょう 人は大変傲慢です 純真なら なぜ傲慢になれるでしょう 純真であるなら なぜ人を騙せるでしょう なぜお互いを傷つけられるでしょう 純真であるなら ナンセンスなことはすべて無くなるはずだと まず分からないといけません 純真であることを望むなら 純真でないものは 抜け落ちるはずです 無知な者であるなら分かります 純真を知らないでしょう しかしあなたは無知ではありません 知識が豊富です 啓蒙されています 純真の力は大変すばらしいです 完全に恐れのない者にします 傲慢ではなく恐れのない者です 純真である最もすばらしいことは 人に対して敬意を払えるということです あなたの中に 人への 他のサハジャ ヨギへの 敬意を育めないなら アシュラムに対する敬意や 自分を律していく上で 自分自身に敬意を育めないなら サハジャ ヨガの話をすることさえ 無駄です それが基本だからです はじめは敬意を払えなかったり 傲慢であったり 愚かであっても仕方ありません しかし光を得たあとは 今まで握りしめていた蛇を 手放さなければいけません 簡単なことです あなたの子供のような 資質によってのみ ガウリの祝福を得ることができます 真に子供のようでないといけません さもないと無駄です 自分が賢いと思っているなら 何をあなたに言っても無駄です 全てを知っていると 思っているからです 最初の力を育むのに まず母なる大地に 座るようにしなさい 最初のチャクラは母なる大地でできているので 大地に敬意を払います 母なる大地でもって 自分を安定できるようにしなさい 木に花が咲いても 大地にそれほど敬意を払いませんが 実になれば 母なる大地に頭が垂れます 同じように サハジャ ヨガの果実を得たなら 頭が下がらないといけません 純真は人を大変平穏にする 特別な力があります 怒り 短気 攻撃性は 純真を前に存在できません 純真でないがために 悪賢いか攻撃的なのです ハートに平穏は訪れません 純真な者は波立ちません 純真に生き 完全な平穏と 調和の中ですべてを楽しみます 攻撃性は狡猾になると 出てきて 思考はこう考えます “自分は賢く相手は愚か者だ 相手に怒鳴る権利がある” しかし純真でない者は 決して賢くありません 切れ者のように見えるかもしれませんが 賢くはありません 叡智は純真であるときにあります どれほどの叡智が あなたにありますか それを見るべきです 純真の力が増すと 叡智が現れます 人は“この者は大変賢い” と言うでしょう 例えば 妻のことで 泣いている者がいれば 賢い者は“この者は妻のことで まだ振り回されている” 家のことで 泣いている者がいれば “まだ家のことで 振り回されている”と言うでしょう 彼らにきりがありません サハジャ ヨガについて 一時間講義をしなければと エゴを膨らませる者を見受けます 一時間講義をしない限り 自分のエゴを発揮できないと思うのです しかし賢い者は 何か言ったり 話したりすることはありません もっと簡単に人に 彼の静寂や叡智を印象づけます そのことを気付かないといけません 自分を修められているか あなたの成長は まだ初めの段階です かなり成長しないといけません 人は利己的な気質でもって 自分は成長すべきだと 理解しません あなた方は 大きく成長しないといけません 成長れば この叡智は慈愛で芳しくなります あなたの叡智は 慈愛で芳しくなります そのようなすばらしい慈愛が あなたの存在から放ち 近づく者は あなたの吉兆さを感じるでしょう リアリゼーションに 自己に しかるべき敬意を払わないといけません そのためにすべきことは瞑想です ある者からヴァイブレーションのひどい 手紙を受け取りました なぜこんなにひどいのか尋ねると 自分には瞑想は必要ないと 言っていることがわかりました 彼は14番目の天国に達していて 瞑想は必要ないと 言い訳をするのは簡単ですが 誰に言い訳をするのでしょう 自分に言い訳をすべきです 誰も聞きたくありません 自分にだけです 飛行機に乗り遅れるようなもので すでに飛び立っていれば 誰に言い訳をしても仕方ありません なので言い訳するなら 自分自身にだけです 空や通路に向かって “こんなことがあって 時間がなくて 渋滞で” と説明したところで 飛行機は飛び立っています 誰に説明するというのですか ですから皆毎日 瞑想をしなければいけません 大変大事なことです 私のいない イギリス以外の国では皆しています 私がイギリスにいるので 皆さん 私がいることを当たり前のように思っています “マザーがすべてしている” それなら私は4時に起きて あなた方のために 瞑想しなければいけません またそうしないといけません 瞑想の時間がないようなので せめて私があなたのためにしないといけません 皆さん毎日瞑想すると 私に約束しないといけません 朝起きなさい 世界中の皆が起きれるのですから イギリス人だってできます ウォタルーの戦争では 一番でした 時間通りだったので 戦争に勝ちました その時間の正確さは 今はどうしたのでしょう 私たちはお酒を飲みません 二日酔いもありません 夜更かしもしません では今日“毎朝起きて瞑想する” と決断しないといけません そして瞑想中は他者でなく 自分に注意をおかなければいけません どのチャクラがキャッチしているか どうすればいいか このナヴァラトリの日に 今日という初日に ガウリの力が内で 啓蒙されないといけません それは表れないといけません このすばらしさは 一度にお話できません 本源的なクンダリー二を 考えてみてください 母なる大地に作用し 宇宙に作用します 動物に 物質に 人間に作用します そして今 あなたに作用しています 彼女があなたの容姿を決めます どんな子供を授け どんな子供が あなたに必要か決めます 彼女があなたに 輝かしい顔や目を与えます これらすべてを あなたのためにしていますが あなた自身の中にある 力はどうですか どれほど現せていますか 本源的な力は 一生懸命働いていますが クンダリー二が覚醒されている あなたの方はどうでしょう どれほど開きましたか クンダリー二は 真の望みに過ぎません 自身を完全にし 成長させる真の望みです 真の望みであれば 他のことは重要ではありません 他のすべての望みは 二番手 三番手に下がります 最も重要な望みは 成長することです 誰のためでしょう 自分のためです それが全世界のために なっていきます 今日のサハジャ ヨギは この宇宙の成長 人類の成長の尺度です あなたが大変重要な役割を 担っていることを理解していますか 世界が崩壊しそうな 重大な時期にです あなた方にはウィリアム ブレイクのような 偉大な聖人や この時期について語っている 偉大な人たちがいました 彼らが培い 伝統的に私たちが培ってきました 長年に渡る偉業がイギリスを この状態まで上がらせました イギリスのサハジャ ヨギの立場が 大変重要であると気づいていますか なぜ自己を理解せず 叡智に欠け 傲慢で 大声で話せるのですか なぜ自分自身が弱く 傲慢でありながら すべてを仕切ろうと考えるのですか 今日 毎日瞑想している者が 何人かは数えませんが これだけは言えます 毎日瞑想しない者は 来年ここにはいないでしょう 確かです 毎日瞑想しないといけません 自らを修めなさい あなたは新しい展望にいます 新しいヴィジョンです そのヴィジョンで見据えるなら それを知ったなら ただそこに立っていることは できません 動きなさい 皆 言っていますが “マザー イギリスのヨギのために” “多くの時間を費やしています なぜですか” 彼らが偉いから 私が尽くしていると 大事なことは あなたがハートの国にいるので 他の国の者より あなた方を もっと浄化させなければいけません しかし実際は違います 他の者は早く成長していて 彼らのヴァイブレーションや 感受性や理解に驚くほどです 皆 マスターしています ここではただ集まるだけで サハジャ ヨガを理解していないのに 講義したがります 目上の者への 敬意がありません 年配者や若年者への 敬意がありません 人より早くリアリゼーションを得ているので 偉いと思う者もいます キリストの言葉を 思い出すべきです “最初に来る者が最後になる” 自分は成長しないと いけないと理解しなさい これらの力を現せるようにするのは あなた自身です あなたがどれぐらい 理解できたか分かりませんが ガウリの力を備える者は その場に足を踏み入れるや否や みんなのクンダリー二が上がります 讃えるからです ガウリの力があれば あなたは際立ちます 目に純真な 欲のない 美しい 輝きがあるからです あなたが目を向けるところは 一瞥ですぐさま クンダリー二が上がります 癌や病気で苦しむ者は ガウリの力さえ育めば すぐさま治ります あなたの悩みもすべて解決します ネガティブなものはなくなり あらゆるネガティブなものを打ち負かす 美しく芳しい蓮のようになります ある者に感化されたので 自分も自己中心的になったり 自己中心的な者が他の者と話して その者も同じようになるのは 感受性が高まったからではありません 神に対して感受性を 持たなければいけません しかし私たちは良いものより 悪いものに感化されやすいです 良いものと同化する力 良いものを放出する力を あなたは得ることができます それは 称賛することによってではなく あなたの挑戦心と すばらしい好奇心 あなたの飛躍でもって 得なければいけません しかし成長していません イギリスでも成長していません 中にはおかしなタグを着けた おかしな者がいます 彼らに注意すべきです 後で宣告してもかまいません ブラック リストに載せるべきでしょう 最初はここでプージャを するつもりはありませんでした 大変悲しかったからです ヴァイブレーションを見ると 様子を見ると イギリスでは人がまるで ピクニックをしているようだからです あなたは私を常に夢中にさせ あなたの努力を ありがたく感じてきましたが 自身を省みるなら 自身の内をみるなら 一人ひとりが自分の内にある 真意をみるべきです あなた方は友達や婚約者 妻や夫のことを心配します 器の大きさはありません さらに小さくなる一方です よくありません 私の慈愛があなたをだめにしているなら これ以上注げません あなたはこの国に生まれた 利点を持っています あなたは高みに 達することができます それについて議論したり 考えたりすることによってではなく すばらしい力を備えることによってです そしてコレクティブの恩恵に 気づかなければいけません きっと驚くでしょう 限りない恩恵を受けています それなのになぜその力を 備えられないのでしょう 何が問題なのでしょう コレクティブでないのなら 自分たち自身の間に問題があるなら そうさせない存在 エゴがあるということです このことを真に分かるようにしましょう 神の恩恵により 大事な時に生まれたという リアリゼーションを授かる 恩恵を賜っているという 私たちは成長しているという 深い理解を持つと誓いましょう しかし私たちは羽を広げるどころか 切り落としています 些細なことを心配する 狭心者になってはいけません 何も重要ではありません 自分の前世において 様々な食べ物 旅行 結婚など すでに時間を浪費しました 無意味なことを様々してきました もう終わっています 新たな事をしなさい 前世において幾度も結婚し 家も何件も持ち 快楽もありました もう終わりにしなさい これは特別な時です あなたが成長すべき リタンバラの最高の時です この時に成長しないのなら もはや成長しません この利点を使いなさい サハジャ ヨガに 一意専心なさい 仕事を断念することではなく サハジャに専心するなら あなたはすべてにおいて専心します しかし専心さがありません ミュンヘン行きも急遽決めました ウォレンが話したかわかりませんが 最後の瞬間に行くことを決めました ミュンヘンにひどい人がいると 伺っていました 彼女は大変傲慢だったので ミュンヘン行きを考え直しましたが ヴァイブレーションを感じて 急遽行くことにしました 彼らは私のビザを取得するので 忙しくしていましたが いつものようにうまくいきました この短期間に 何百もの人が集まりました 彼らは大変な専心さで 子どもでさえ私の一言一言に 聞き入っていました 真珠かダイヤモンドを受け取るように 一言一言を書き記していました リアリゼーションを得ると 彼らは驚いていました ドイツ人がです あなた方イギリス人を超えています あなた方はどうなるでしょう 彼らは意志も強く 良いことをしようと思えば 多くを成し遂げるでしょう このようではありません 私がホールを出ると 彼らはサハジャ ヨガのことを 話しながらまだ驚いていました でもここでは 私が出ていくなり 意味のないことを話し始めます 聞こえますし ヴィブレーションも分かります 専心さがありません 専心さを高めなければいけません これをシュラッダと言います 大変重要です 今年はサハジャ ヨガへの深い理解を あなた方は持てると思います しかし専心さが欠けています 過去において 何か間違いをして それに対して 執着しているのかもしれません でもあなたならできます 過去は忘れなさい サハジャ ヨガでは 過去は意味がありません あなたは全くの新しい者です ただ自身の精妙な仕組みを見なさい 私はあなた方に 懸命に働きかけてきました 自分を信じていない以外に 何もおかしなところはありません 自分を信じれない者は 常に傲慢です ですからまず あなたのスピリットに ハートに軸足をおきなさい おしゃべりしたり 自慢するのではなく あなたの力 内的な力を育みなさい 未だ多くの者が 取り憑かれています 恥ずかしいことですが 神の寺院にいながら 邪悪なものに取り憑かれている者もいます なぜでしょう 今も取り憑かれています なぜでしょう 専心さを持たなければいけません 自分は成長できないと思っていても 後々自身のすばらしさに 気づき驚くでしょう まずは自身を修めることです 修めなさい 中には食べすぎる者 おしゃべりが過ぎる者がいます あるいは全く話さなかったり 食べなかったり これでは 自分を修められていません より高次のスピリチュアルな 人生を望むなら スピリットにおいて 自分を修めることです そうすれば自然とできます スピリットに 支配してもらいなさい それは可能です 短い間しかいなかったので 彼らの名前すら知りません しかしここでは皆さんを名前で ヴァイブレーションで分かります そして彼らは成長しています 今日は素晴らしい日です もちろん これはすばらしい特権です 常にあなた方には特権があります 神の家にいるようです しかしある日この神の家が 完全に消えてしまうかもしれません あなた方は神のように 振まわないといけません ですから謙虚にお願いします どうか自分を修めることに対して 崇拝の念を持つようにしてください あれこれしなさいとは言いません あなたは何をすべきか分かっています もはや“わかっている すべきだったのは知っている”とは言えません 知っているならなぜしないのですか その力は備わっています 今日 自分に対する 上昇に対する完全な自信で 十分な専心さで プージャに望みましょう そしてハートにおいて “私は自分自身を修める”と決断しましょう 神の祝福がありますように […]