アディ シャクティ プージャ (Italy)

アディ シャクティ プージャ 2004年
イタリア カベッラ リグーレにて 今日の集会は特別です 今日は特別な日でもあり 多大なお恵みの日です なぜならある力 秩序が 誕生したと歌われ 語られるからで それはアディであり始源なるものです 偉大な宇宙の創造は この力によります 理由や方法については あなた方は既に知っています わざわざ話す必要はありません 今日はこの力について話します あなたのハートに隠されています それによりあなたは創造できます 新しい世界や家族や秩序 まだ見ぬ全てを創造できます それは可能です それは可能であり起こりつつあります 難しいのは 人間をどう適応させるか 互いに完全に同調させるか それが難しいようです 彼らは身内では大丈夫です 同じスタイルなどを持つ仲間内なら大丈夫です 別々の者を完全に一つにしようとするのは とても難しいし するべきではありません 一つにするべきではなく そうされるべきでもなく そうなるべきなのです 問題は 美しい魂の人たちがいるのに 彼らは 十分に一つになれないことです どう解決すれば良いでしょう 多くの人々が 「マザーなぜこの問題があるのでしょう」 私は微笑みました なぜならあなた方が どうしてX線のような 新しい方法を用いるようになったか それを考えると 私たちが皆ひとつであり唯一の存在であると 分かるためだからです だから皆の内面が一つであり 一人として違いがないことに 感謝すべきなのです その唯一なる存在が輝き 何かを執り行うなら すべてが同じ方法になることに驚くでしょう 同じことには同じ様に作用します 両者に違いはありません にも関わらず私達の心はさ迷い サハジャヨガには意味のないような 問題にはまってしまいます 私達は問題がないということを 解っていないことが一番の問題です 私達には問題がありません 問題があると考え それに取り組むべきと思いますが そもそも問題がないのです 私にはどこにも見当たりません 問題があると思う人は 私に手紙を書くように言いました 私から問題について 教えようと思います でも私がなにか言う前に サハジャヨギ達がまだまだ 自らが唯一無二であることを 理解する水準でないと言いたいです 全ては外からでなく内面からなので 外面の努力は全て無駄です 私達は努力を放棄して自分自身にならねばならない そこであなたは無を発見するでしょう 別の集会も謎解きも 何も必要ありません 全てはそこにあるのです あなたがそうなれば良いだけです これを理解するのはかなり難しく 皆が違った鼻をして顔も違いながら 同じになれるのです でも同じなのです 同じだからこそ違って見えるのです みな一つであると言わなければなりません 同じというのは 衝動も感情も理解も全てが 同じだということです ただ違ったタイミングで経験するから 勘違いして違うと感じますが 実際はそうではありません 一つの存在で一つの関係です アディシャクティとの関係です あなたはその一部であり 何をしようとするにしても アディシャクティなしには行えません あなたは彼女から生まれ導かれ 養われます 私には全てが一つです あなたには道も行動も違うと思いますが それは間違いです 私が何を言うにしてもそれは証明されるべきで ぞっとする話をあなたは受け入れることはありません 私自身あなたと一つです いつもそうだしこれからもずっと皆さんと一緒です 私には少しも違いはありません 外側のことで服やスタイルだけです 内面的な気質は 多分人によるでしょう それが少し変わるだけで あなた達は一体感を感じて あっという間に違いはなくなるでしょう 今日私はとても危険な人に会いました 彼はそうしたければ私を殺せると思いました 何でも出たはずですがそうなりませんでした なぜなら私が誤解していたのです 彼は私に敬意を示したかっただけだったのです 私を殺害しようとしたかったわけではないのです あなたがいかに互いを理解するかに驚きます その理解が適切にならない限り ありのままを理解することができません 本質や正しさや真理が分かりません 真理とはずっと前に 人がそれを望むずっと前から存在しましたが 多くの偽りの物事と共に 真理も失われてしまいました 例えば私があのヘビは 無知からから生まれと言い 他のヘビをがそれを支持すると ヘビがどんどん増えて 不正や嘘で宇宙全体を一杯にします するとそれを信じてお互いに 殺し合います 皆同じヘビなのにです どれだけこのナンセンスを信じるのでしょう どれだけそれに従うのでしょう どれほどそれを受け入れるのでしょう とても難しいことです なのに真理以上に受け入れられています 不正は真理より簡単に受け入れられます なぜでしょう 私達が不正に立脚しているからです 私達の理解が不正確だからです だから真理の理解の仕方を変えなければいけません それは難しくありません 私達が真理だからです 真理になるのは何故難しいのでしょう 自然に起こることなのに 何かがおかしいからです 私達のどこがおかしいのか 何がおかしいのか見つけなさい 自分のどこに向き合えていないかです 私たちは自分に向き合えません 人には向きますが自分には無理です 自分を見ることはありません 自分の置かれた状況を理解していません それこそがマザーに示されるべきことです そのためにマザーがここに来たのです 地上に降りてあなたの内なる問題を 指摘しに来たのです それを受け入れなさい この原理を実践しなさい するとあなたが知識をもっていて どれほど自分や周囲を理解できるかに 自分自身が驚でしょう 特別でも異質でもないことです 自分を受け入れるだけでよいのです 人はサハジャヨギになっているようで なりきっていません 成ろうとしていますがまだ成り切れていません 反対に彼らは自分がサハジャヨギであると 知るべきです 何かになる必要はありません すると問題がなくなります でも違うサハジャヨガやヨギがあると 受け入れると あなたが違う存在になります するとどうやってサハジャヨギになれるでしょう 無知です 私達の無知ゆえなのです まるで知らない人同士のように振る舞う 全くの無知です 全てが同じであると 理解する必要があります 無知は全く必要ありません それが起こればたちまちにして 世界の問題がたやすく解決されるでしょう 今日のプージャは特別です なぜならこのプージャは 決して変わることも変容もせず 常に同じ様に存在し続けるもの そのためのプージャだからです そこで私が何を言えるでしょう なにか言う必要があるでしょうか ありません 自分自身と一体になりなさい それこそが結論で 自己と一体になるのです 頭で考えて言葉に溺れたり 雰囲気や他人に流されたりしないことです 現代こそ脳が刺激され コントロールを失う時代だからです ヘビのようなもので 然るべき場所に納まるべきです 動き出すと危険です 私達の心も同じで すぐに間違った方向に行こうとします そのためには原始の母のプージャが必要です 私達は原始の母に沿うようになるべきで 自身の始原を保持し 本源的な自己を働かせ 自分を詩歌や理論に流されないことです これができれば最高の達成です できると確信しています 問題ありません ただ私達は自分がインド人であるとか 英国人とかヨーロッパ人とか意識しすぎています でも私達は違います 私達は単に私達そのものであり それと一つになることが目標です 神のお恵みがありますように! […]

Adi Shakti Puja, Use Your Right Side For Giving Realization (Nirmal Temple)

Adi Shakti Puja. Cabella Ligure (Italy), 23 June 2002.
今日は皆さんにとって いつもとは違った日です アディ シャクティ プージャだからです アディ シャクティとは 完全なる人格 皆さんの知っている レフト サイドだけではないのです 皆さんはレフト サイド すなわち シュリ ガネーシャから上昇する 左側のチャクラしか 知らないでしょう 私が最初に ライト サイドを伝えなかったのは ライト サイドを通った人は 自分を見失ったからです 彼らはガヤトゥリ マントラを 書面から得たのですが どういう意味か分からず ただ暗記していたのです 本来の意味も分からず そのため ライト サイドに傾き アギヤに到達し そしてセルフ リアリゼーションを 得ようとしました 彼らはライト サイドさえ しっかりと行えば 最終的にリアリゼーションに 到達すると約束されましたが 誰一人 到達できませんでした 人々はひどく短気になり 他者に呪いをかけ 破壊するようになりました これら全てを ライト サイドから学びました クンダリーニを覚醒できず 彼らはアギヤ チャクラ までしか上昇せず そして無知へと 崩壊していったのです これらの書物は ライト サイドからのアプローチが 簡単ではないことを理解せず クンダリーニを 覚醒させようとしたのです クンダリーニは 中心にある全てのチャクラに沿って アギヤまで到達し 交差し サハスララに到達後 突き抜けます ブラマランドラというこの突き抜ける場所が なぜ重要なのでしょうか お話したことは ありませんでしたが 皆さんに お伝えする時期が来ました 幼少の頃は タルという泉門が 常に脈動しています なぜ脈動しているかというと そこからスピリットが入り込み そこを閉じた後に ハートに留まるからです あなたはスピリットを 認識した人になるべきですが どのようにして サハスララに入るかが問題なのです タントラ教の人々は レフト サイドを通り さまざまな呪術を 発達させました ライト サイド寄りの人は とても短気で 野心的で 残忍でした 彼らは人に呪いを かけることにとても長け 人々を呪いで殺し始め 強引に他者の権利を 踏みにじりました 彼らは最も野心的で パワフルな人とみなされていました バラモン教やクシャトリヤの人々は ライト サイドを通りました ライト サイドは彼らを とてもパワフルにしました 彼らは世界中の パワーを手に入れ パワフルで威厳ある人だと みなされていましたが そうではなかったのです とても短気だったからです 短気な人は スピリチュアルにはなれません “心配しないで続ければ スピリチュアルリティを得られる”と言われ ライト サイドの 7つのチャクラの説明を受けました 彼らによると “ブー” と “ブルバ” があります “ブー” とは プリシービ この世です “ブルバ” とは全コスモス アンタリクシャとも言えます “スワーハ” とは ナビ チャクラでの消費 “スワダ” とは 内側で消費 吸収 “スワーハ” “スワダ” “マナー” とは 精神 心 その次がヴィシュディ ヴィシュディ とは “ジャナ” 集合性 人の集り アギヤは“タパ”です “タパ”の 中心には キリストが居ます レフト サイドには ジャイナ教 ライト サイドには キリスト教がありました それらは 上昇の道ではありません 真実を求める者達の エネルギーの捌け口のようなものでした これらはインドで 長い間起こりました これらを行った全てのグル サドゥ タパスビスは どこに到達したのでしょう タパスビスは人々に “クシュ” 鋭い呪いをかけることができます “カタクシャ” 一瞥で 人を殺したり 燃やすことができます このライト サイドのパワーによって 彼らはどこに到達したのでしょう 地獄 辺獄です セルフ リアリゼーションを 得た者は誰もいません インドの古い書物を 読んでもわかるように ギリシャ人 エジプト人 イギリス人 ドイツ人などは皆 攻撃的でした カトリックの人々や ローマ人などは侵略的で 外国の土地や 所有物を奪いとりました 極端に攻撃的でした 人を殺すことに 何の抵抗もない とても侮辱的で 短気な人たちでした どうしたら彼らを正常に 中心へと戻せるでしょうか ひとつは先ほどお伝えした “ブー” “ブルバ” “スワーハ” “スワダ” 消費です それはグルの原理により 行われます そして“マナ” “ジャナ” 即ち集合体 彼らは 集合体となりました なぜなら 彼らはパワフルだった為 沢山の人を抱え 抑圧のために戦いました その抑圧的な気質で 人々を押さえつけたのです ご存知のように このような時代は歴史に現れ 消えていきました 戦争が行われ 沢山の人々が殺されました ヒットラーが 残虐の極みでしょう 人類に対して なんとも思わなかったのです そしてアギヤに到達し キリストを殺したのです 中心の経路を通った 多くのすばらしい聖者や化身をも 破壊しました 全てはラーマの時代以降に 起こりました 次から次へと 悪魔が現れ 世界の平和な文明を 破壊していったのです ひどい傲慢さの自己顕示だと 言えるでしょう とても攻撃的な人々です 攻撃性は とても強い力で 次から次へと行われました 行き着くところまで 行きました 人々は反抗すると 殺されたのです 残酷な人々が 生み出されました 攻撃的で 破壊的な人々です この性質が未だに 残っている人もいます 右寄りだからです 癇癪 攻撃性 他者をコントロールするなど ライト サイドの人は 皆これらの問題を抱えています スピリチュアルな成長は 止まります 彼らはスピリチュアリティを 求めていましたが これらの行いをした為に スピリチュアリティーから遠ざかりました この世には沢山の 化身が現れましたが 全て殺されました 人類を救うことなど 不可能でした 一人の悪党が現れ 世の中を破滅させたのです ヒットラーによって 全ての人々 国々 民族は破滅しました これらの原因はライト サイドを 選択したことにありました スピリチュアリティにとってそれが 簡単だと考えたのですが 間違いです そして一線を越えて 悪魔になったのです 人は悪魔になれる ということを知らずに 彼らのグルも同様でした 全ての化身を 拷問にかけたのは彼らです どの様にして 自分自身を救ったかは驚きです しかし 最終的には何も 達成できませんでした まず最初に私は クンダリーニについて学び それを上昇させることを 行いました 私はクンダリーニを 上昇させるために来ました 人々が右寄りでも 左寄りでもなく 中央経路を歩めるようにです レフト サイドの知識とクンダリーニを 上昇する方法を以前お伝えしました クンダリーニを上昇させることで サハスララを突き抜け 現実の歓びの領域に 到達します 全ての悪い性質は そぎ落とされます 中央経路で まず最初はムラダーラです 中央経路でムラダーラを覚醒することで とても純粋になります 目は純真になり 放縦さや軽薄さは無くなり とても神聖な人になります そうでなければ サハジャ ヨガには居られません みだらであったり 軽薄だったり 他人のお金を 盗み取ろうとしたり 攻撃的であってはいけません サハジャ ヨガから 追い出されます 一度追い出されると 彼らは怒りをぶつけます 追い出されたことが 気に食わないのです しかし今となっては自分たちが 過ちを犯したことに気付いた人もいます まず第一に純潔さを養い 尊重し 楽しむことです これはムラダーラが覚醒された ことにより起こったのです 左側の第一チャクラには シュリ ガネーシャが宿っています 右側にも 神格がいます 全てのチャクラには 互いを補う神格がいます シュリ ガネーシャは 中央にいます ですから私たちは彼の強力な 純粋さに祝福されました そして純粋の美しさや 純粋の力を理解し始めました このようにして右寄りから 脱することができたのです ライト サイドは争いや殺戮 憎悪のために使います これらの人々に 平穏は訪れません 他者を制圧することしか 知らないのです そしてスワディスタナのレベルへ 上昇しました スワディスタナまで上昇し 攻撃的な人による 創造が行われました 今でも行われています 名声を得るために さまざまな 無意味でグロテスクで 汚いことが創造されています これがスワディスタナの 別の側面です 地位や名声を求める 人々です これは右スワディスタナから来ます 次に3つ目の ナビ チャクラに到達します ナビ チャクラでは 金儲けに翻弄します ラクシュミではなく お金です あらゆる方法で 世界を騙したのです これによって得たお金で さまざまな悪行を働きました 欺瞞か 侵略を行ったのです 欺瞞はインドのような 左寄りの国々で見られ 侵略は右寄りの国々で 見られました 中心経路のスワディスタナの 性質は創造性です アートの創造性などは とても美しく 深みがあり 非常にスピリチュアルです これらは消滅し 人々は悪習慣に満ちた 化身まで表現し始めました このプロセスにより さまざまな不浄が現れたのです そしてお伝えしたナビです ナビでは人は お金を追い求めます 左の者は金儲けに 右の者はお金で攻撃的になり 稼いでいれば 自分が世界で一番だと感じ お金があれば自分たちに 勝る者はいないと思っていました これは彼らを 滅亡させました 彼らは お金とは破壊するためでなく 建設するためのものだと 気付かされるのです 国を建設したり 人類が共に愛と平和を育んだり 助け合ったり 良いことに使われるべきだと 同じく右寄りの人が 母なるチャクラへ到達し 子供や皆を支配しようとしたり 子供の為に何も犠牲にできないなど 酷い母親になりました このように夫や子に対して 攻撃的な女性は沢山います 男性間でも 母性は消滅しています 私が地球に来たとき このような人が 沢山いてショックを受けました なんとひどい人達なのでしょう 彼らをどのように扱い クンダリーニを覚醒すればよいのでしょう ナビ チャクラにおいても 自分を見失っているのに さらには母なるチャクラもです 彼らには父性も母性も無く 子供を排斥したのです とても身勝手で 自己中心的で支配的な親です これがハート チャクラです 次に集合性のチャクラである ヴィシュディに到達しました ここでは全世界を 支配しようと目論んだのです 世界を支配し 自分たちが皇帝になろうとしたのです そして帝国を築き 人として受け入れ難いような 無礼な振る舞いを行ったのです 彼らは魔でした その悪魔の性質は 未だ存在します 人に対する態度 全てに見て取れます 人をその様に扱うからです これはスピリチュアリティに反する人 攻撃的な人を創り出します そして二面性の世界 即ち攻撃する側とされる 側を創り出したのです この二面性の世界は 大分減りましたが 今でも存在します 集合的理解のおかげで 沢山の良い施設が創られましたが あまり機能していません 何故ならトップにいる人が 支配しているからです 自分自身でなく 他者を支配するのです これらの行いが このチャクラの働きを阻害したのです 現在私たちの周りにある 集団性を見て分かるように 至る所で戦争が起こり 戦いが続き 殺人と破壊が 行われています なぜでしょう この世界には沢山の スピリチュアルな人たちがいるのにです それはスピリチュアルな人たちが とても静かで平和的になり 単にスピリチュアルな人生を 楽しむようになったからです これでは平和は もたらされません もっと活動的になり 世界に平和を 呼び込まなければなりません 自分たちの進化に 満足していても 他者の進化がどれだけ進んでいるか それに対して何ができるのかなど 気にかけていないのです 私は沢山の 変容をもたらせますが あなたのレベルで どれだけの人を変容しましたか 何をしましたか これが分からないといけません あなたはまだアギヤのエゴで 生きています サハジャ ヨガによって得た平穏に とても幸せなのです これは現在世界が 直面している不幸なのです スピリチュアルな人 高みに到達した人が やるべき善きことに無頓着なのです 彼らは自身の スピリチュアリティを楽しみ プージャに参加し もっともっと得ようとします しかし人々を変容するという コレクティブな仕事を行っていません しっかりやっている人もいますが それもほんの少数です ほとんどの人は周りから 素晴らしい人だと受け入れられている 自分自身を楽しんでいます あなたがどれだけ コレクティブな仕事をしたか どれだけの人に 行ったか内省してください 誰と話し どれだけの人に サハジャ ヨガを伝えましたか キリストは12人の弟子しか いませんでしたが 彼らの方があなたより 活動的でした ここでライト サイドを 活用するべきです ライト サイドを活用するとき ダイナミックな人を創造するでしょう 平穏で静かで忍耐強く 役立たずな人ではなくです これはサハジャ ヨガの 意図ではありません サハジャ ヨガの意図は変容 沢山の変容です これを行う人には 私からの恩恵が受けられます 自分だけの為に サハジャ ヨガを行う人は良くありません あなたの国にどれだけ サハジャ ヨギがいますか どれだけの人に サハジャ ヨガを教えましたか あなたのヨガは完全でなく レフト サイドの部分的なヨガです 愛情があり 優しいだけです 攻撃的になれとは 言っていません リーダーになって偉くなろうという 人達を見たことがありますが どれだけの人に リアリゼーションを与えたのでしょう サハジャ ヨガを伝えたのでしょう 至る所で サハジャ ヨガの話をしています しかしサハジャ ヨガを 自分自身の為に 自分自身を理解する為に 使用しています その為にあなたに もたらされたのではありません リアリゼーションを人々に広める為に もたらされたのです 若い世代の人へ忠告します サハジャのエネルギーを 無意味なことに使わないことです サハジャ ヨガをどんどん 勧めてください 広めてください 学校を経営したり貧困者のために 何かしたりする者がいますが あなたの 仕事ではありません あなたの仕事は サハジャ ヨギを増やすことです しかし これが 行われれていません ライトサイドが欠けているのです ライトサイドを活用してください 悪いことは起りません 誰もあなたを殺したり 邪魔をしたり 逮捕したりしません 私を信じてください パワーが備わっていても 使わなければ意味がありません それ故ライト サイドを使うことを 知るべき時が来ているのです ライトサイドは とても重要です 次回ライト サイドについて お伝えします 今後何をするにも レフト サイドに偏るべきではありません ライト サイドを正しく理解し 正しく活用してください ヒットラーのように独断的であったり 支配的にならないでください サハジャ ヨギにも ヒットラーはいました しかし今は 以前に聖者が成し遂げた 以上のことを皆さんがやる時が来ました 自分だけの為に 素晴らしい家族や 子供を楽しむだけのものではありません サハジャ ヨガはそのために あるのではありません サハジャ ヨガは 全世界を変容するためにあるのです このことを考えてください あなたは何をしてますか 何処にいますか サハジ ヨガから何を得ましたか そしてアギヤに到達しました アギヤで 何が起こったかというと ヨギ達は様々な苦しみに耐えられますが それは望んでいません 人々の苦しみや攻撃性を 取り除くことを望んでいます 私たちにはそのような組織や 理解はありません それがワークアウトすれば あなたは変わるでしょう 私たちは聖なる間にいる 聖者のように変容したのです 攻撃性無しに何か ポジティブなことをしてください 皆さんの中には未だ攻撃的で自己 顕示欲のある人がいるのを知っています コレクティブでワークアウトする 気があれば あなたの何が間違っていて 何が欠けているかが分かるでしょう とても重要なことです アギヤ チャクラではなぜか 多くのヨギがつまづくことがあります アギヤでは 許すべきと伝えましたが 他者の間違った行為を 見過ごすことではありません 争わず 何も言わず 許すことは 簡単ですがそうではないのです その人の所へ行って 間違いを伝えるのです 向き合わなければいけません 向き合えなければ あなたは役立たずです 何のために リアリゼーションを得たのでしょう 今理解すべきことは 私達にはヴァイブレーションがあり 人を癒すことができる ということだけではありません 公共の場に行って コレクティブになり サハジャ ヨガを広めることです 世界中にサハジャ ヨギが 沢山いるのに進展がありません 具体的にどのようにサハジャ ヨガを 広めていくか考えてください とても重要なことです 皆さんはサハジャ ヨガを話したり 歌ったりするのはとても上手ですが もっとヨギを増やさない 限り意味が無いのです トルコのような小さな国でも 2万5千人のサハジャ ヨギがいます 皆イスラム教徒でした 2万5千人のイスラム教徒が サハジャ ヨギになったのです それに比べ 他の国では ヨギが少数しかいません 彼らは裕福ではないけれど 自身のリアリゼーションや 他者に与えることを大事に思っています どのようにして広まったのか 興味深いことです 自身の問題や敵 権力 について考えるより 他者にパワーを与え ヨギにすることを考えてください とても重要なことです あなたがサハスララに居るなら 全てのパワーを持っています サハスララに居て 広めないなら 何のためのリアリゼーションでしょう 自分のためだけですか 自分勝手です 自分の栄光や 名声を広める代わりに もっとサハジャ ヨガに連れてきてください ダイナミックな勢力になってください サハジャ ヨギは死人のようだと 沢山の人が愚痴をこぼします それがあなたですか 一人で沢山の仕事をしてきました あなた達はどうなのですか 自分の国で できる限りのことをしましたか 考えてみてください これを行わない限り “サンプルナ” 完全にはなれません アディシャクティの完全なる パワーを理解していません それ故 私をアディ シャクティとして 崇拝するのは重要です アディ シャクティは完全でなくては ならないと理解すべきです レフト サイドだけでは だめです これをワークアウトせずに 何の意味があるでしょう それは他のリアリゼーションを 得るようなもので重要ではありません あなたは広めるだけでなく ヨギを増やし認識させるのです あなたに与えた全ての恩恵 愛 パワーをどうぞ理解してください ありがとうございました […]

Adi Shakti Puja, The Work of the Adi Shakti Nirmal Temple, Cabella Ligure (Italy)

Adi Shakti Puja, Cabella Ligure (Italy), 3 June 2001.
今日 私たちは アディ シャクティを崇拝します 最も大切な プージャだと思います なぜなら あなたにセルフ リアリゼーションを 授けたのも あなたに真実を 与えたのも 慈悲と愛の力を与えたのも アディ シャクティの力だからです それは サダ シヴァから 分かれた力です この力は この完全な宇宙を 創ることを望みました 次々と宇宙を創り 愛します 彼女の愛で この偉大な創造を この世界の創造をしました この惑星は 人間の創造のために特別に選ばれ 太陽と月の間の 中央に 美しく位置づけられました これは彼女の偉大な業です 大いなる愛と慈悲で 創られました そして 彼女の子どもたちが 真実を知り 自分自身や他の全てについての 究極的知識を得ることを 期待して創られました 聖書で記された通り 蛇の姿をして アディ シャクティが現れ 人間たちに アダムとイブに 特にイブに “知識を知らなければいけない” と話しました 彼らは知識の果実を食べることを 受け入れました 人生の精妙さを知らなければ 動物のように生き続けたかもしれません 少しだけ動物より ましだったかもしれません 果実を食べると 何も身にまとっていないことに 違和感をもち始め 自分自身を 木の葉で覆いました 最初の知識は純潔でした なぜならシュリ ガネーシャが 確立されたからです 彼の影響は私たちに 体を覆わなければいけないという 意識をもたらしました 私たちはもはや 動物ではありません 動物は二本足で立ちませんし そのようなことを意識しません 純潔の知識でもって 次第に人間は 美しい国を 建国し始めました しかしまだ 知るべきこと 意識すべきことは 多くあります 人は多くのことに 気づいているかもしれませんが スピリチュアルな 覚醒なしには 自己の知識を得ない限りは 他のすべての知識は 全く意味がありません 自己の知識によってのみ あなたは力を持ちます 真の力である 愛と慈悲の力です 今日の世界は 戦いに明け暮れ 人々を戦争から守るための 巨大な防衛武器を作っています 全世界が互いに殺し合い 滅ぼし合い 野心 競走 紛争へと発展し より悲惨な戦争に 繋がります 彼らは一区画の 土地のために戦います 彼らは大変無知です 死ぬ時に人は 土地の一部でも持っていけますか 人は生まれた時 こぶしを握っています 死ぬ時 手は開いたままです 何を持っていけますか 何も持っていきたくない かもしれませんが あなたが戦っている 素晴らしいと 思っているものを楽しんでいますか 愚かな者たちの間で なぜこのような戦いが起こるのでしょう 平穏を望まないことに 驚きます 土地のこととなると 理解がなくなることに驚きます 全体が 間違った方向に進み 完全な破滅へ向かっています 彼らの無知によって 人間は大変苦しんでいます 無知によって これらの習癖を持ち 間違ったものに魅了され 間違った同一性を持ちました それは彼ら全員を滅ぼします 彼らはまともに ならなければなりません 自己の知識を 得なければなりません 自己の知識は 人に与えられた救いの鍵です 多くの聖人がいました 多くのスーフィがいました タオイストの者も 禅の者もいました この地上には あらゆるリアライズ ソールがいました 彼らは苦しみました 苦しめられました 誰も彼らを 理解できませんでした しかし今 あなたが 真実を知る時が来ました 無味乾燥なものでなく 慈悲深さのある真実 すべての人を包み込む 真実であり 私たちの存在の 完全な見解を与えてくれます なぜこの地上にいるのですか 私たちの目的は何ですか 私たちは何をすべきですか アディ シャクティの力は 愛のそして慈悲の力で まずあなたの自己を 理解させてくれます あなたにとって愛は とても とても限られています 自分自身について意識できません あなたにとってどんなにすばらしいか 考えてみてください あなたは自己を しっかり意識できるように ならなければいけません 非常に大切なことです まず自己を 意識しないといけません 今あなたは スピリットの光を持ちました その光で自分が何であるか 見ることができます どれぐらいのところに達しているか どんな間違いをしているか どれほどの害を 自分に及ぼしているか あなたにはそれを治す 改善する まともにする力があります これは最も大切な時間です あなたはこのような時間を 二度と持てないでしょう これまでの歴史にもありませんでしたし 未来にも決してないでしょう これはあなたが得た時間です 意識するだけでなく 自己の知識を得るだけでなく どうしたら良いか 解っています 聖人について タオイストや禅の者について言えば 彼らは 自己の知識を持つ者について 振る舞い方や生き方 他者と比べて何が違うかを ただ語っているにすぎません どうすればそうなれるのか 誰も言っていません 誰も言えませんでした することもできませんでした なぜならほとんどが クンダリーニのことを知りませんでしたし 知っていた者は 人々にそれを 話すことができませんでした ですから アディ シャクティの最大の仕事は あなたの仙骨に クンダリーニを置くことです このクンダリーニは アディ シャクティではありません アディ シャクティは もっと偉大な 大きな 広大な 深い 強い 力強いものです クンダリーニは アディ シャクティの力の反映です 彼女が覚醒されると 何が起こるか いかにリアリゼーションを得られるかは ご存じのとおりです しかし あなたは大変 注意深くいないといけません あなたは本当に 慈悲深い者ですか あなたが慈悲深ければ・・・ 慈悲深い者に まず起こることは 他の者を助けること 他の者を救うことだと思います 自分自身の達成や セルフ リアリゼーションの状態だけでは 満足できません 起こりえませんでした アディ シャクティが 全てをする必要は何でしょう 私が一生懸命やらなければ いけなかったことはご存じだと思います 幼少時代から 大変努力してきました 大変困難な時期もありました 人間からみて 困難な時期です しかし最悪なのは 私がリアリゼーションをあげた者たちが セルフ リアライズした者たちが 他者に責任を感じていません あるとしてもほんの少しです 今日彼らには人類を救う 世界を救う 慈悲の気持ちや愛がありません 私たちの大事な仕事であるだけでなく しなければならない唯一の仕事です 他から得るものは何もありません 他の者にリアリゼーションを与える この知識を与える あなたの努力 個々の努力だけです この知識は大変容易に 理解することができます もちろん大変精妙です お話ししたように 話題になっている量子論ですが 奇跡的な光の波動を見た 科学者たちが それは何であるかを 知ろうとしています サハジャ ヨギが他の者の上をいく ということではありません 自分に起きた 大変特別なことだと 皆さん一人一人が 理解しなければいけません たとえヒマラヤで修行しても 断食しても 何年も神の賛美を 歌い続けても あらゆる儀式や 苦行に耐えたとしても リアリゼーションを 得ることができませんでした 可能ではありませんでした このことは知っていました それゆえ 私は大変努力が要りました 様々な問題 様々な混乱 様々な圧力と 向き合わなければ なりませんでした なぜでしょう あなた達が創られ 私の手となるよう見るためです あなたは働かないといけません どの指も働かないといけません ずっと言い続けていますが 今は私たちの責任です 私たちが サハジャ ヨギになるためだけでなく 開花の時 多くの人が サハジャ ヨギになるためです それはアディ シャクティの仕事です 理解するようにしなさい それは どの聖人の仕事でもありません どの化身の仕事でもありません いかなる政治家の 仕事でもありません いかなる偉大な指導者の 仕事でもありません アディ シャクティの仕事です それはあなたの中に 結果をはっきりと見せています それに あなたが気づくことです 私を歓ばせることは あなたの切なる望みです 解っています あなたが どんなに私を愛しているか どんなに私のために 尽くしたいか知っています 私のためにできる 最大のことは サハジャ ヨガを広めることです それはとても特別なことで あなたに与えられた 非常に難しいお恵みです あなたはいかなる努力も 要りませんでした 全くお金を払うことも ありませんでした あらゆる儀式で 変になることもありませんでした 自発的にそれを得ました それを生まれ持った権利のように 捉えてはいけません それはアディ シャクティの仕事です アディ シャクティの仕事は あなたの生き方の中に 現れなければいけません 見返りを期待しない 慈悲の心です 人は貧しい者に 同情を見せることで 貧しい者や障害者の世話をすることで 宗教を広めようとしました サハジャ ヨガは それをする必要はありません すべきことは人を変えることです どのように人を変えられるか いかにアディ シャクティのメッセージを 広められるか 方法を探してみなさい 心がけなさい そうすれば どうしたら良いかわかるでしょう サハジャを広める方法を 見つけなければならないという 強い願望を 常に持つべきです でなければ キリストが述べていた 湿地に落ちた種は 発芽しても 決して育つことがなかった話の ようになってしまいます 自分ができることを 知ることによって あなたは 本当の意味で成長でき 何かとても特別な者 真の者になれます もちろん 私にはビジョンがあります 何度もお話ししました プージャだけで終わるのは よくありません とても困難な国もあります 問題は何か なぜ難しいのか 分かるようにしなさい 最後の審判と呼べる 同じ土壌の中で 人はなぜ自分自身を 滅ぼそうとしているのかということに 私たちのアテンションはあるべきです 私たちの慈悲と愛を通して できるだけ多くの人を救いましょう これはアディ シャクティの仕事です いかなる聖人や 化身の仕事ではありません 彼らは皆そこにいます 私たちの中にいます 終始私たちを助けています あなた方は とても偉大な 浸透する奇跡のような アディ シャクティの力を持っています 大変効果的です しかし あなたが 自分自身の力を意識しないかぎり どうやって ワークアウトするのですか それは全てを備えた 死んだ機械のようなもので 誰も操作する人が いないのと同じです 私は常に 大変際どい時期を 過ごしてきました 大変困難であったので 時には来世でないと無理かと 感じたこともありました しかし 今はあなたにとって とても簡単なことです それは大変な思いをして 作られた道を 自分がどれほど簡単に得たか 気づきもしないで歩いているようなものです それに気づけば “この道を 多くの人が歩けますように” “大変な忍耐と理解と愛で創られた この道を”と感じるでしょう 全てのサハジャ ヨギが この世界を変えるために 最善を尽くさなければいけません 実際人類は 他の誰でもなく あなた方によって 救われなければなりません 大統領でも首相でも 大臣でもありません 彼らは世界を 変えることはできません その権利を与えられているのは あなたです あなたは この力を持っています 自分の地位 立場が 遥かな高みにあることに 気づいていますか その悟りがあれば 愛と慈悲を表わすために 人が本当はどんな存在か 気づいてもらうために あらゆるところに出向くでしょう サハジャによってのみ 世界を救うことができます 他の方法はありません 何をしようと 何を言おうと 貧しい者を助けようと それは上辺だけのものです 最良なことは 全ての者に リアリゼーションをあげることです 私たちは子どもたちを見てきています 彼らは成長しています 偉大なヨギになるでしょう 分かります しかしその前に 自分がして得たものを 示さないといけません 静的な仕事ではありません 爆発的な大きな動きです そのような 大きな歩みでないかぎり 審判の日に 誰が咎められるかわかりません 人類の運命を高めるのは あなた達です 自分自身を 何でもない者として見てはいけません あなたはリアリゼーションを 得なかったかもしれません 多くの中からあなたこそが 私のところに来て リアリゼーションを望み 授かりました 強制されるものではありません このリアリゼーションは 強制されるものではありません この意識は 強制されるものではありません この意識の成長もまた 強制されるものではありません あなたはアテンションを 自分の中で深く育まなければなりません そして何をしてきたか 見ないといけません 金銭問題 権力問題あるいは 他の様々な問題で忙しくするなら 問題はあなたです あなたは サハジャ ヨギではありません サハジャ ヨギは 全てを超えています とても強力です 力が備わります 口先だけの愛でなく 愛と慈悲の力です それは他の者を愛するだけの 業ではありません あなたが持つようになる 強力な人格です それは偉大で 神聖な光をただ放ち 人を捉えることができます 皆が とても勇気ある人格を 持つべきです 皆さん成長しました 以前私に“これが私の悪いところです あれが父の悪いところです” “曽祖母の悪いところです”といった ことを書く者がいました しかし そのようなことはなくなりました 大変少なくなりました 病気の者 失敗した者 改善することができない 状態にいる者について 私に話すかわりに アテンションを 変えなければなりません ある人が 癌にかかれば 私に少なくとも 10枚写真が届きます リーダーもその妻も 私に手紙を書くでしょう 皆が私に手紙を書くでしょう なぜですか それは私の仕事ですか その人は治ることができます 病院があります 写真で治せます しかしアテンションは 常に同情の方にいってしまいます いわゆる肉体的に 精神的に 感情的に 財政的に また結婚生活で 苦しむ者に対して あなたの仕事ではありません 私のでもありません その人が病気なら 写真を使ってワークアウトすべきです うまくいかなければ 仕方ありません 彼らを特別に扱ったり ワークアウトさせたりする 必要はありません うまくいかなくても “こういう人が病気です” と私に書くことはありません 何がそんなに大事ですか 健康な人はたくさんいます その者たちに 働きかけてはどうですか 私たちの仕事は 人を治すことではありません 愛情はいいでしょう 慈悲もいいでしょう 私たちのアテンションが病人 あるいは貧しい者 苦しんでいる者にいくのは 自然なことですが サハジャ ヨガはどうなるのですか 一人の病人がいれば 百人のサハジャ ヨギが気にかけるでしょう その理由は何ですか 慈悲ですか そうではありません 彼らはその人を治すことができると 証明したいのです 慈悲ではありません 今日慈悲とは 人をサハジャ ヨギに 良い人に変えていくことです それがアディ シャクティの愛です 生まれた者は必ず 死ななければいけません もちろん不親切になることは ありませんが どれほどの者にリアリゼーションを 与えられるかにアテンションがあるべきです 人がいわゆる治療や改善に 夢中になるのは とても普通のことです いいでしょう 例えば 結婚生活に問題が生じます 夫婦で暮らしたくない者もいます 終わりにしなさい 一緒に住みたくないなら そうしなさい この世界にはもっと分別のある者が 健康な者が多くいます なぜ住みたくない者と 一緒に葛藤し続けるのですか あなたの仕事ではありません まずあなたは スピリチュアルに働く者です ソーシャル ワーカーではありません もちろん 社会的に働くことができます しかし あなたにとって一番大切なことは 人を変えることです これにおいて 最も厄介なことは 冷酷さ 残酷さ 他者を苦しめること 怒りです 内的なものである これらすべては 直すことができます 今日求められています どの国も戦い 苦しめられ 常に破滅への危機に さらされています あなたができる唯一の方法は リアリゼーションをあげることです リアリゼーションをあげた時 何が起こるか しっかり見るべきです その人はそれを大切にし 成長すると 守られます 完全に守られます 誰が守るのでしょう アディ シャクティと 言ってもいいでしょう この世界には 破壊の力があります ネガティブなものではなく シュリ シヴァの ポジティブな破壊の力です アディ シャクティの仕事が うまくいっているなら 彼は幸せです しかし 彼はひとりひとりを サハジャ ヨギのすべての仕事を そこに座って見ています 彼が何かとても 間違ったものを見つけたら 私はそれを コントロールすることはできません 彼は滅ぼします 私はそこには立ち入れません 彼は滅ぼします 何千もの人を 彼は滅ぼすことができます 災害があるところはどこでも 地震や ハリケーンのようなものはすべて シュリ マハデヴァの働きから来ます 私はそこでは助けられません しかし あなたが人々に リアリゼーションをあげたなら それらの人々は 危険を避けることができます もちろんこの世界を創り あなたを サハジャ ヨギ達を創ったのも アディ シャクティの 気まぐれと言えるでしょう しかし あなたの責任もまた とても大切です あなたは 責任を持つことはできません 私の責任だったかもしれませんが 違いがあります 決して私の責任だと 感じませんでした これは私の仕事だと 決して感じませんでしたし 私がしなければいけないと 思いませんでしたが 私はやりました これが仕事です このような人格を あなたは持つべきです あなたは とても謙虚な気持ちで とても美しいやり方で やらないといけません そしていかに守られているか いかに支えられ いかにすべてがうまくいくかに 驚くでしょう 人にリアリゼーションを与えられると 彼らの人生を変えることができると分かる時 最大の歓びを得られます そのような歓びは他では 決して感じられないでしょう 仮に宝くじに当たっても 大きな仕事をもらったとしても 有名になったり 表彰されたりしても 感じられないでしょう サハジャ ヨギを創る歓びは 計り知れません 大変歓びに満ちたことです そのような仲間 そのような結束 そのような一体感 愛の歓び 慈悲の歓びを あなたは得られます それは普通の喜びではなく 違うレベルの歓びです あなたは私を 恐れることはありません でも自分自身を恐れなさい 自分自身を注意深く見なさい そして今まで何をしてきたか これまで何をしたか 自分自身で見なさい あなたは啓蒙されています 啓蒙された者が光を与えられなければ それを持つ必要があるでしょうか これらの小さな ロウソクを見てみなさい どんなに炎が小さくても その光を放っています 自分自身を燃やして 光を与えています 光が与えられなければ 啓蒙されても 何の役にも立ちません 啓蒙されるとは 自分だけに光が当たることではありません 愛の 慈悲の光であり 神聖です 普通のものではありません 映画でみるような 普通のものではありません 働きかけるのは神聖な愛です サハジャ ヨギが 金銭問題に絡んでいるとか 騙しているとか 犯罪に関わっていると耳にすると 弱ったように感じます 理解できません 信じられません 最も高いものを得たのに なぜそのように下落するのでしょう それは自分が得たものを まだ感じていないからです あなたは自分が得たものに 気がついていません 敬意を払っていません まだ同じライン 同じレベルに留まるなら 私や自分自身を 公平に評価していないと言うべきでしょう ワークアウトしなければなりません ひとりで私はやりました 一生懸命やったと言うべきでしょう ひどい者と 大変冷酷で 自己中心的で残酷な者と 付き合わなければいけませんでした それは問題ではありません 大変美しい鳥を見つけました あなたは自分の光沢を保ち ワークアウトさせなければなりません すごい速さでサハジャ ヨガが 広まっていると聞くと そして人々が 平穏 歓び そして幸福の領域に 本当に達していると聞くと 大変うれしく感じます それが私の夢です あなた方皆が ワークアウトすることを望みます ありがとうございました […]

Adi Shakti Puja, Respect the Mother Earth Nirmal Temple, Cabella Ligure (Italy)

Adi Shakti Puja. Cabella Ligure (Italy), 25 May 1997.
今日はアディ シャクティの プージャを行います この力がサダシヴァのもので あることは分かりにくいので 難しいトピックです サダシヴァは全能の神で 彼女はその息吹であり その欲求であり 力の全てで 彼女の力なしにはサダシヴァも 何もできないと言われています このことは多くの著者によって 様々に述べられています でも 創造の起源については 最低7回講義が必要ですので 触れる必要はないでしょう 今回は アディ シャクティが地球に作用する 部分についてお話します まず興味深いことに 地球の内部に クンダリーニが作られ 地球から シュリ ガネーシャが作られます なので地球が 私達には大切です なのに私達は どうやって母なる地球を そして自分自身を 敬うかを知りません アディ シャクティはあなた方の中に クンダリーニとして現れています それがアディ シャクティの反映です また ご存知のように 地球上の様々な国や 地方 都市が 母なる地球のチャクラを 表現しています まずは 人類の誕生のため 聖なる母である 地球を創ることが必要でした なので まず クンダリーニは 地球に反映したのです クンダリーニとは アディ シャクティの一部で 彼女の純粋な望みといえます アディ シャクティは サダシヴァの望みの全てであり アディ クンダリーニは アディ シャクティの望みの全てです それがまずは 母なる地球 大地の中に現れます クンダリーニは地中に及び 地球内部を冷やした後 地表に現れて チャクラを構成します なのでヴィラータ 母なる地球 そして人間の間には 大きな類似があります すべてがアディ クンダリーニの 反映であれば 密接に繋がりがあるはずです 人間は母なる地球との固い 結びつきに気づいていません クンダリーニは地球の各地の センターを作りつつ通過していき 最後はカイラス山から 抜けていきます 皆さん行った事があるか 知りませんが カイラス山からは強大な ヴァイブレーションが流れ出ています 母なる地球を侮辱することは アディ シャクティを 侮辱することです 母なる地球を敬うには 多くの仕方があります インドでは 一日の始まりに 起き上がり 大地に足を置いたら “ああ 母なる地球よ” “どうか足で踏みつけることを お許し下さい”といいます 大地の動きは全て アディ シャクティの反映である クンダリーニによって コントロールされています 重力も地球の クンダリーニの現れです 私達が苦しむのは この美しい惑星を 敬わないからです 地球を敬うとは どのような意味でしょう? それは地上と海 エレメンツの全ての 創造を敬うということです 今日 汚染などの 多くの問題がいわれますが エレメンツの重要性と それに助けられていることを 人々が理解しないからです 母なる大地を敬うため 家を耐えてる時に ブミ プージャをします でないと地震が 起こったりするからです つまり母なる大地には 意識があって動くということです 人間には 理解できないような動きをします ナグプールという ところのお祭りで シュリ ガネーシャの像を 海に捧げようと 皆が歌い 踊っていました 後に皆 飲酒し始めたのですが それを 母なる大地は嫌います 酔うとふらついて 地面に倒れたりします 飲酒により 大きな地震が起こり 人々は母なる大地に 飲み込まれてしまいました サハジャ ヨガのセンターは 地割れに囲まれましたが 一人として 犠牲になりませんでした 母なる大地は サハジャ ヨギを救ったということです 聖なる存在を 彼女は理解します 誰が聖者で 聖者の足かわかるからです そういう事が何度もありました モーゼが海を渡ろうとすると 陸が盛り上がり道ができたように もしユダヤ人だったら 起こらなかったでしょう モーゼの聖なる性質のために 大地が助けたのです 同じように ラーマがランカに渡る際 大地が隆起し 橋渡しされた事がありました なので 災難にあっても 大地に悪態をつくべきではありません 聖なる人であれば 常に大地に守られるでしょう 常に必要な物は 与えられるでしょう 些細な事にも それはあって 例えばカベラでは バラがとても大きく育ちます 他に見られないほど 大きいものです プラティスタンでは ひまわりがとても大きく 持ちあげられないほど育ちます これらがある特定の場所で起こる というのはどうしてでしょう 母なる地球が 知っているということで 誰が彼女の背中を 地表を歩いているか ヴァイブレーションがわかるのです 特定の場所で とても聖なる場所が存在します どうやってそれらの聖なる場所が 分かったのでしょう 磁力によってです 驚くことに 私がいたオクステッドでは 磁力が交差していました 以前から交差していて そこに引っ越したのです 母なる地球は 聖人に便宜をはかるのです 大地があなたを導くことは とても面白いことです 母なる地球が理解を示し 愛を持って聖者を守ろうとする そういったことが多くあります 私達はその価値を分かっていません 同じように 雨が適切に降ったり 大気が 月や太陽 全てが 聖者のために 美しく働くことを知りなさい 聖者が座っていることを 知っています 純粋な人がわかり 命の精髄であり 守られるべきであると 知っています 一方 役に立たない人を 守ることはありません 例えばハッジに行き 多くの者が亡くなったことがありました アマナスに行き亡くなりました 聖者でなく ただの儀式的な人で 母なる大地には 無益だったからです でも そこから誰も 学ぼうとしません アマナスで 沢山の人が亡くなった後 パキスタン人は “アマナスは悪い場所だから 行かないほうがいいんだ”と言い “そこは聖地ではないということだ” と言いました しかし ハッジによって 多数が亡くなったことを 説明する術を 知らなかったのです これらの人々は ハッジにいつも行っていたからです かつては32000人もの 死傷者がでました そういうことなのです そこは確かに聖地ですが そうであっても その地を訪れることが スピリチュアルな上昇を 意味しないということです 聖地を訪れることは 何も成したことにはなりません 一方 聖地に疑義を 呈することはできません 私はチンドワラで生まれましたが メッカと同様 北回帰線上に位置しています どうしてでしょう メッカとは何でしょう マケシュワラシヴァの意で シヴァのことです なぜムハンマドが石を 崇拝するように言うのでしょう 偶像崇拝に反対で 石を信じてはいなかたのに なぜあの黒い石を 崇拝するように言ったのでしょう 皆がそこを 訪れる必要があります 何故でしょう それがスワヤンブーで ヴァイブレーションがあるからです だからです それでムスリム達が狂ったように 訪れていますが それで成長した人を 見たことがありません それは単なる儀式で そこに行きさえすれば 死後にメッカを訪れたと 証明書を神に見せようというのです 教皇がかつて 真のクリスチャンであることの 証明書を与えたように このように 全ての儀式が始まりましたが 現実は内面にあります 現実は本物の人たちの為で 偽物の為ではありません ですが この儀式主義が 高まりすぎました インドには沢山のクンダリーニ 由来のスワヤンブーがありますが これもまた 崇拝されています ほとんど行きましたが 驚くことにそこのプジャリ達は皆 何らかの重病を患っていました 例えば麻痺がある者です “私達はスワヤンブーや 神に奉仕しているのに” “なぜ病気になるのでしょう” と相談されました “金儲けしているからです 神の名において金儲けはいけません” “神に奉仕したくないなら 去りなさい” “でなければ儲けることをやめなさい” と言いました 金儲けをしている人が 麻痺を患うのはよく見かけることです これはとても深い理解で エレメンツや大地の全てが 持っている理解力です 彼らのクンダリーニが あなたのようでなく エゴやスーパーエゴなど 無意味なもので 敏感さがなく 現実を示さないからです あなたのスピリチュアリティは 注意深く鋭敏で 感じたことをたちまち 説明できるべきなのに そうでないのが問題です なぜ敏感でないのでしょう 反対に 他人を気にして “あなたのここがキャッチしている” と言い出したりします 本当はそう言っている本人が キャッチしています アディ シャクティの 反映であるなら 曇り一つなく 純粋であるべきで 白いサリーに黒いインクがつけば 目立ってしまいます あなたは純白で 自他共になんの汚点も みられないようでないといけません 純粋な知性とハートで その高みに 達する事ができれば 何かを操作する必要は 全くなくなります 母なる地球のように 全てが自然です 彼女はなにかを 操作するでしょうか どれほど彼女が 自発的かみなさい 大地に種を植えると いかに芽吹くか その自発性を 私達は疑問に思いません 多様な花を見ても 色々な香りも 林も木々も いかにバランスよく 各地で育つか 分子や原子の一つ一つまで 大地においては意味があります この身近な母なる大地こそが アディ シャクティの反映の 最たるものなのです なので まず 大地を崇拝すべきです あなた達がこうやって 大地に座るのは好ましいことです 瞑想時に大地に座るのは とても良いですし あいにく私も同じですが 吸収力があるので あなたの問題事を 簡単に取り除いてくれます 例えば大地に 座れないのであれば 石や大理石などの 自然なものに座るとよいでしょう でも プラスティックに座り 瞑想しても どれほど効果があるか 分かりません 問題をよく 吸収してくれるので 自然なものを 使うように言うのです 他には身体や知的なラインで 理解する人為があります 知的にはどうなるかというと 議論と説明が 延々と続いて終わりません それで実際頭痛持ちに なったりするのです あなたが自発的であれば 相手が何を伝えようとしているか たちまち理解できます 大して考えなくとも 相手の考えを吸収できたりします 吸収とは悪いものをもらうのではなく 選り分けるということです 相手の言うこと聞いて 選り分けるのです 問題は私が あなた方全員を 自分の体に取り込むと 決めたことです 危険なことだと 解っていますが 今日における私の使命なので そうしました なのであなたの問題が全て 私に行きました 海に入ると あなたは浄化されますが それを吸収する 海の方はどうなのでしょう 海はあなたの厄介な問題事を 抱え続けることになります なのであなた方が 自分で浄化するのが一番なのです 内省を通した浄化が大切です それは考えることではありません 内省とは瞑想であり 皆が瞑想をすることです リーダーたちのミーティングで 皆が客間に座った時ですが 皆が集まった途端に 私は腹部に深刻な痛みを感じ ひどい下痢をしました 誰が問題を抱えているか 知りません 誰が持ち込んだのかも 知りません でも母として 私はあなた方が元気で純化されれば 何も気になりません 大地が養うように 私はあなたの世話をします 大地が愛するように私も あなたが善かれ悪しかれ愛しますが それは問題ではありません 良いサハジャ ヨギで あろうとするなら 見栄や義務でなく 思考や議論 他人の批判でなく あなたが一日10分でも瞑想すれば 私は最高に健康になるでしょう あなたの注射を受けたせいで 私の健康が無意味に害されるからです 私の負うリスクが分かれば マザーが苦しまないようにする 分別があるに違いありません 時に連日の磔刑のようで なんと言うべきか分かりません 例えば先日デリーでのこと あるリーダーの男性が 私に会いに来た時に 私の足がこう動き始め 痛み出しました 出て行くよう 言うわけにも行きません 彼を傷つけたくありませんから “どうしたんですか 一体どこに行っていたの” 彼は理解してそこを去り その後良くなりました 問題を沢山抱えている人が 私に近づくと 意識に入ってくるので 私が影響されることになるのです なぜサハジャ ヨガにいるのか というシンプルな問いがあります それは上昇のためです より高くと 昨日歌ったように 昨日あなた達が上昇への望みを 歌うのをとても楽しみました 間違いなく 歓びを感じられました ですが 実際そのために 何をしているでしょう 真剣に考えるべきです 誰かの成長や理解に 何をしているでしょう 特に女性は あまりしないようですが 母性であるのに それではいけません どんどん外に出て リアリゼーションを与えるべきです 男性は積極的ですが 女性は違います それは反対なのです 男性は活動的だが 瞑想をしない一方 女性は瞑想するが 外に出ようとしない ある種の 分業のようになっています これではうまく行きません 瞑想も外でのサハジャ ヨガの啓蒙も 両方必要です 両方するべきです 瞑想だけで与えなければ 上昇できません クンダリーニは 非常に分別をわきまえています 成人にする必要があるのか と彼女は考えます どんな用途があるでしょう サハジャ ヨガは 誰かが聖者になり その人がどこかに座っている というような個人の上昇ではありません 一人の人間 自分のためではありません それは集合的な現象です なので集団に働きかけて初めて クンダリーニが認めるのです 身体が働くようにです 身体においても もしある臓器が 自分はもういい と言ったら ある細胞が成長をやめる 身体全体はもう構わないとなったら うまく行かないでしょう 何度も言うように それは生きた組織で 育ち また吸収する 必要があります エネルギーを得て成長するには 瞑想が必要です 成長しなければ 終わりです もうサハジャ ヨギではありません 誰にもリアリゼーションを与えていない人を サハジャ ヨギとはいえません サハジャ ヨギは 与えなければいけません 他の活動に加え 主な活動は リアリゼーションを与えることです その側面を 生活においてケアしない限り サハジャ ヨガで 成長することはないでしょう 例えば私の立場は 私は完全で 問題はありません ではなぜサハジャ ヨギのために 一生懸命働いたのでしょう 私は成熟しすぎていて これ以上は必要ありません 私にはしなくても良かったのに どんな必要があったのか それは 愛のためです 私の中には沢山の愛があり 伝達しなければなりません でなければ窒息してしまいます 自分を愛せません この愛は広がる必要があり そのために あなた方が必要だということ これが私のヴィジョンです この特別な 約束された時代に あなた方は このために選ばれました さて あなた方がどれだけその重要性を 理解しているかが大切です 自ら瞑想により 成長するのは構いません ですが それを使わなければ どんな意味があるというのでしょう 例えば何かを 修理できたとします このマイクをきちんと直したとしても 私が喋らなければ なんのためのマイクでしょう 同じように あなたが一生懸命でも 4時に起きて シャワーを浴びて瞑想し そして夜も瞑想 という人を知っていますが 外で誰かにサハジャ ヨガを 広めようとしません 聖なる愛を 与えようとしなければ 愛の無い世界の問題が 解けることはありません 聖なる愛を誰も知らずにいるので 与えるべきです このアディ シャクティの 力を感じるべきです 知らせることをしなければ 自分だけが全てを楽しんでいて 自分勝手といえるでしょう こんなわけで サハジャヨガで バランスのとれた人格に ならないことがあります 例えばサハジャ ヨギ同士で 結婚したとします 私の願いは 彼らがお互いを完全に理解し 愛するのみならず サハジャ ヨガや 他者をも愛することです これがサハジャ ヨガの結婚を 正当なものにする唯一の理由で でなければ 結婚する必要はありません でも そうなりません サハジャ ヨガでの結婚は 簡単なので 口論の末 離婚話になるか 幸運にもそうならない時は 自分の家族を持ち 家を持ちと 非常に小さく 限られた生活を初めます そんなことのために サハジャ ヨガにきたのですか 自分の人格を悟りなさい 母なる大地を見れば 彼女は自分の人格を知っています 土や泥だけで出来ています にもかかわらず いかに自覚があり こだわりつつ 注意深く働くでしょう あなたは こんなにも恵まれいます 与えることを考えていますか お粗末で 問題はあったにせよ キリスト教は 12人で拡がったのです イスラム教もあまり上手くないにせよ 拡がりました これらのお粗末な仕事が 拡がるなら サハジャ ヨガの 良い仕事はどうでしょう 色々なところに拡がるべきです どこに行って何を話せるか どうやって人を助け 苦しみ 不幸や破壊を 超えられるかを見つけなさい 時間は限られていて 私達はそれに見合った 動きをしていません ずっと早く先に進み 一貫した集中的な努力を通して サハジャ ヨギを 産み出さねばなりません でも サハジャ ヨガは ついでのことになっています 責任感にかける理由です 母なる大地から 学ぶ必要があります “あなたのようにはなれません” “あなたは結局 アディ シャクティだから” 指先一つでものを動かせるからといって 何だというのでしょう 私に必要な理由が あるでしょうか あなたが私であり 大地が私であるという 美しい創造において あなたは世界のニーズに 敏感にならなければいけません 世界は何を 必要としているのでしょう あなたが今日ダメなら 永遠にダメでしょう 少数しか存在しないでしょう なのでサハジャ ヨガを 拡めるべきで この愛はあなただけのもの ではありません あなただけが 楽しむためではありません 世界中のできるだけ多くに 楽しまれるべきです 今日はアディ シャクティの 子どもとして 外に出て あらゆる場所に赴き 声高らかにサハジャ ヨギとしての 責任を全うするべきです あなたがここにいる理由が あるに違いません 初めの頃 ヨギ達は “マザー 私の過去世はこれですか シヴァジですか” “知っても意味がありません” 過去がなんであれ 今は高みにいます 理解すべきです ナポレオンだったとか どこかの王様とか 女王とか言うかもしれませんが 何をしたというのでしょう 誰かのクンダリーニを あげましたか 何らかの力を 持っていましたか キリストやムハンマドの 弟子達ですらできましたか クンダリーニについての 知識を持っていましたか リアリゼーションを与えたいという 純粋な愛を持っていましたか スーフィー達もリアリゼーションを 与えませんでした 多くの聖者もです ムハンマドも ゴータマ・ブッダも 誰にもリアリゼーションを 与えませんでした 考えてみなさい キリストもクリシュナも ラーマも誰もです あなただけができるのです そしてクンダリーニについて 知っているのです あなたはアディ シャクティの子であり これは大きなことです あなたとともに 母がここにいるのです あなたがいてくれて 私にはとても幸運です 誇らしく思いますが サハジャ ヨガに もっと多くを もっと早く 連れてくる 必要があります ご存知のように何かを強要するのは 私の性格ではありません 怒りに任せて強制的に 何かをさせることはできませんが あなたが失敗すれば 私も完全に 失敗することになるのです そういうことで 今日は 皆がサハジャ ヨガについて語り 広げ 知ることを 誓って頂きたいと思います 何も知らない者が多くいます サハジャ ヨギであっても 何も知らず 夫婦問題に陥ったり する者がいるのは驚きです あらゆる無意味な問題事が 私に持ち込まれます あなたは問題を起こすためにいるのですか それとも誰かの問題解決のためでしょうか 全体としては 上手くやれていますが 更なる早さと熱意 喜びをもって働くべきです 誰かにリアリゼーションを与えることが どんなに喜びかをあなたは知りません 最も喜ばしい瞬間です 一度試せば もっとしたくなってくるでしょう サハジャ ヨガにきたら “彼が行ってしまう リアリゼーションを与えよう” それだけを願うべきです “ちょっと来て下さい あげたいものがあるんです”と座らせ 路上でも与えるのです こういうおかしな スタイルでやるのです “この人はまだ得ていない あげよう” 教会や大学 あらゆる集会に行って 何を得られるかを恐れず 敵意なく伝えるのです あなたの徳のために来た と言えます 自分ではなく あなたの 徳のために来たと言えば 間違いなくあなたの クンダリーニはご機嫌でしょう 彼女は自分を十分に 使おうとしない人に満足しません 世界救済のためになら 喜んで力を貸してくれるでしょう 神のご加護がありますように […]

Shri Adi Shakti Kundalini Puja Nirmal Temple, Cabella Ligure (Italy)

Shri Adi Shakti Kundalini Puja. Cabella Ligure (Italy), 6 June 1993.
今日の崇拝の対象は 私です 初めてです これまでは 私の一部や一側面でした 今こそアディ シャクティとは 何かを知るべき時です それは全能の神の 純粋な望みといわれ サダ シヴァに由来します では全能の神の 純粋な望みとは何でしょう あなたは自分の望みをみると 何に由来するでしょう 聖なる愛ではなく 身体的な愛であり 物質的な愛であり 力への愛です これら全ての背後に愛があります 何かを愛しなければ 欲しないでしょう あなた方はこれら平凡な愛をもち そのために 多くの時間を浪費します 実際それで 満たされることはありません 真の愛ではないからです 少しの間のぼせて すぐに飽きるのです それをあちこちで繰り返します 次々と対象をかえながら アディ シャクティは神の愛の 現れで 神の純粋な愛です でも彼は愛において 何を欲するのでしょう 人間を創ることを欲し 彼らが従順になり 崇高な 天使のようになるよう望みました アダムとイヴの創造は 彼によるものです 天使には自由はありません そのように創造されました そう決められています なぜそうするかも知りません 動物もなぜ自分が ある行動をするか知りません ただするだけです 自然に縛られていて 全能の神に結びついています シヴァはパシュパティであるといわれ 動物を支配するという意味です 彼はパシュパティです 彼は動物を支配するので 全ての動物の欲求が彼に含まれますが 悔やむことはありません エゴもなく 良い悪いを考えることもありません カルマの問題もありません エゴがなく 自由もないからです ここで 純粋な愛であるアディ シャクティは 一つの人格に全ての愛を注ぎ それゆえ何も残されておらず ただ観じるのみの父なる神を 想起します 彼は考えること無く ただ自らの思いを観ます 愛を観ます それがいかに作用するかを 観ています それを見る際は注意深く 私の創造した神格は 愛と慈悲に他ならないと 知っているからです その慈悲は高貴で それを損ねたり害したり いかなる形であろうと 乱したり貶めたり 侮辱することは 決して許しません 彼はその点とても注意深く 良く観ています ある分離が彼の愛によって 起こったと言ってよいでしょう この愛にも人格があり つまりエゴをもち作用し 独立した人格となり 自由に好きなことを為します 現世の夫婦ではありえませんが 夫婦共に完全に自由で 好きにすることができます 何の結合力もなく 合意もなく 調和も関係もないけれど 月と月光のよう 太陽と太陽光のようです ある意味 非常に結びついていて 一方がすることを他方が楽しみます その美しい分割において アディ シャクティが 彼のプランを変えることにしました サンカルパ ヴィカルパ カロティ として知られます 何かを過度にしようとすれば 彼女はそれを分割します 今日の11時のプージャのように なのでアダムとイブの事にしても 彼らが動物や天使のように なったところで何になるかと そう考えました 自覚が必要だと 自分がしていることを知るべきだと 彼らには知識を得る自由があると 知る権利があると ただ動物のように生活して 機会的に同じ繰り返しを する必要があるでしょうか なので彼女の任意で 当然熟慮の上ですが 蛇として来たのは彼女なのです そして告げます 知識の果実を味わいなさい と サハジャ ヨギではない人には これを教えられません ショックを受けるでしょう ですがこの蛇こそが 彼らに試しに言ったのです この果実を味わいなさい と 蛇は女性に言いました 男性ではなく 女性は物事を 受け入れやすいからです ブーツでも無意味なことでも 受け入れられます 受け入れる存在だからです 一方男性はたやすく受け入れません 議論したり口論します なので女性に行って言いました 彼女が来たと言うべきでしょう 聖霊は現に女性性だからです より女性に近く この力が蛇として来て言いました 知識の果実を味わいなさいと だから夫を説得することは イヴの 女性の仕事です 女性はどうするかを知っています 時に間違えることもあるかも 知れませんが 間違った 不吉な事を 言うかもしれません マクベスでもそうでした 夫を変にする女性は 沢山見てきました でも夫というのは 導かれることもあれば 解放されることもあります 妻がちゃんとしていればですが 彼は妻に 全幅の信頼を寄せ 信じて 知識の果実を味わいました それは神の女性性の人格 聖霊の導きでした これは キリストの姿や モハメッドやナナカを 多少理解したといっても 分からないことです 理解できません ちょっと分かっただけです 人に話しても こう言われてしまいます ハア それは何ですか と 耳を貸そうとはしません なので当時の意識や 世の反応に対して 彼らはダルマと上昇について 話しました でもインドではクンダリーニについて 古くから語られ それはアディシャクティの 私達の内なる反映であるとされます いいですか 彼女が自ら言ったのです 私は全ての人の中に宿ると ならばアディ シャクティは 愛それも純粋な愛であると 慈悲であると知りなさい 他には何もありません 彼女のハートの純粋な愛のみです その純粋な愛は とてもとても力強く この母なる大地に愛を与えました その母なる大地は 我々の行いの罪深さに関わらず 美しい物を通して 万人に愛を注いでいます これらの美が あらゆる方法で 銀河や星々を通して 表れています 科学的観点からは 科学には愛はありません 愛を問題にはしません 人はヨガでさえ 愛や慈悲を問題にしません 愛と慈悲がなければ その人に聖なる光はありません 全てが聖なる愛に 完全に浸っています 地上の被造物は全て 宇宙の創造の全ては そしていくつもの宇宙が 聖なる母の愛によるものです なのでアディ シャクティの愛は 極めて精妙で 時にあなたの理解を超えています 私はあなたが私を 愛していると知っています それは巨大な愛ですが そのヴァイブレーションは さざ波のようで 岸については引いていきます そして多くのキラキラした泡が その浜を覆っています 同じように私のハートには あなたの愛が光を放ち その響きがこだましています この聖なる愛において それがどんな感じかを 説明しがたい経験です まず目に涙が溢れてきます なぜなら それは慈悲で サンドラ カルナで アダル つまり乾いていません 父なる慈悲は ドライかもしれません “これをしなければ撃つ こうすると・・・” 父親はそんな言い方をしますが 母親は そんな傷つけるような 言い方はしません たまに貴方を正すために 言うこともありますが 父親のそれとは違う言い方です 彼女はサンドラカルナを 持っているからです アダルとは 乾いていない の意です このようなハートを 彼女は持っていて この聖なる愛を抱え 体中が 全てが聖なる愛で できています どの部分も聖なる愛を放ちます ヴァイブレーションとは 聖なる愛です 以前言ったように この化身が来る 必要がありました 時が熟しました その時がきたと皆分かりました でもそれは固定された時ではなく サハジャである時です 固定された時間は 例えば電車の出発時刻や 到着時刻です 例えば 機会があるペースで 生産をし続ければ このくらいの期間で これくらいの生産量が見込めるだろうと しかし生き物は自発的で サハジャであるので いつとは言えません 自由のプロセスも同様です あなたは最大の 自由を持っています だからいつとは言えません いつ人々が この聖なる愛の 精妙な知識を受け入れるか ドライな知識もあります インドではひどい人がいて 本を読んだりマントラを言ったり そればかりに忙しく そうやってどんどんドライになります 骨格しか残っていないような 人たちです そしてとても短気で 誰かを見ると その人は灰と化します こんなことのために 地上に生まれたのでしょうか 苦行だとかを重ねて 人を灰にするためでしょうか でもそれで彼らは 自分たちが偉いと思いました 人を見ることで 灰にしたり消したり バスミサットと呼ばれます 彼らのハートには 善の概念がありません ですから まず聖なる愛によって 成就するのは あなたの善です 善ということば自体が 大分濫用されています 善とはあなたのスピリットに良い という意味です スピリットとは 全能の神の繁栄です だからあなたの中でスピリットの 美しさが反映されだすと あなたは与える側になります もはや何かをとる側の人でなく とても満たされて与える側になります この降臨はそうと決められた その時に起こりました 先にいったように あなたには自由があります 人々は荒んで あらゆることをしています 分かりますか それ以前は 力を求める人の問題がありました インドに行ったり 中国に行って侵略したり 反対にアフリカを侵略したり そこらじゅうです いわゆるアメリカ人も アメリカを占拠しました この時期は人が自由を 力の行使に使っていた時代です アディ シャクティが生まれる 時期ではありませんでした 力を希求する人たちがいました 今日でもそういう人がいますが 当時は力と領土 そればかりでした まったく重要でないのにです その時期ではあり得ませんでした 当時は自由のため戦う 必要がありました 帝国主義者の支配から 逃れるために 力で圧倒する人たちにです 状況は徐々に変化しました 大変スムーズに変わりました 驚くことに 私自身変化を目の当たりにしました 上手くいきました 私自身もご存じのとおり インド独立運動に参画しました 大切なことです インドからそれは起こったのです まず帝国主義からの自由 その自由の概念が次第に 各国に広がり 民衆は考えだしました 理解しだしました 植民地は不要だと 自分の場所へ戻るべきだと これらの変化は 私の生前に起きたのです まず自由を求めた人は 亡くなりました 多くの人が殺されました バガットシンのような人がいました どの国でも 革命家は投獄され ひどい扱いを受け殺されました インドだけではありませんでした そこを通過する必要がありました 自由が試されたのです 彼らは無駄死にだと考えました これは自由ではないと 結局あれは何だったのかと後悔し そして ある種の恐れを抱き 他者を恐れ いわゆる レフト ヴィシュディの問題が 始まりました 強く負い目を感じて 自分が間違ったことをした するべきではなかったと この時点でも 様々なほかの問題があり カースト制度や 奴隷制 身分の格差で 低く扱われる人がいたり より優れた人とされたり 民族的にも優劣があり あらゆる馬鹿げたことがありました 自由を通して これらを作り出したと 自由のせいだと それは事実ではありません でもそういったものが作られた 例えば これはカーペットじゃない と そう言い続けたとします するとみな洗脳されて これはカーペットじゃなくて違うものだ と皆が言い出すのです それはまる催眠術のようです 人々がこの人種差別を受け入れて 格差や隷属を カースト制や女性蔑視を 受け入れました これらは全て 彼らが選択したものです 何が良くて何が悪いか 彼らにとっては 良いことだったと分かります 好ましいことだったのです このような状況では 慈悲は無駄になるでしょう 聖なる愛も無駄でしょう それを知的に理解する 準備がなかったから 彼らには話せないでしょう これは完全な盲目で 無知だからこんなことをする といっても これは正しくない これはあなたを貴くせず あなたは卑しいことをしている といっても駄目でしょう もちろん何人もの聖者が やって来て 高貴さや許し 融和や合一が唱えられました 偉大な予言者が生まれ そういったことを語るに至りました 民衆はさほど 準備ができていませんでしたが 次第にそれらの教えが 人々の間で働き始めたようでした でも最も大きな問題は いわゆる宗教問題です 宗教は皆脱線し 彼らはある種の水たまりをつくり ムスリムはここ クリスチャンはここ ヒンドゥーはここと それぞれが溜まっていました そこで命を与える者が必要でした 水たまりを満たして 一つにするためです ある種の人種が 他より優っているなど 完全な無知で愚かさそのものです ただ言えるのは それぞれが 違う状態だということです 違う意識があって より高い意識の者もいますが 一概に誰かを責めることはできません 彼はだめだとか この社会はだめだとか 一概には言えません 個人的には言えますが 一概には言えません でもこの無知の闇はとても深い 集合的になるからです それは集団での無知 集合的無知です 彼らは皆が手を取り合って この宗教が一番だとか 我々こそが 選ばれた民だとかいいます 他の人は いやいや違うと この人たちは完全にだめな民族で 私たちが最高だと 宗教の名の下で 全能の神の名の下で これらナンセンスを始めたのです なのでアディ シャクティが 完全な力を 発揮しなければなりません まず彼女が分かったのは 家族とは何かを知る必要です こどもは家族の中で育ちます 子どもがきちんと両親によって 注意されないと 甘やかされて育てば もしくは過干渉にされたり 放っておかれたりすれば こどもは愛を知りません 子供が愛が何かをわからないのは 愛とは甘やかして おもちゃをたくさん与えたり 取り上げたりすることではありません いつも子供に 注意をおくということです 甘やかす注意ではありません 子供の善に対する注意です いつもそこに善があるように こうして家庭生活が まず維持されるべきと思いました とても大切です なぜならこの時代は 宗教をかたって 尼僧や聖職者や 出家僧や ありとあらゆる賢人がいます 彼らはみなとてもドライです 皆民衆をミスリードしています 民衆は色々な修行をはじめ 出家して 妻や子供から逃げ出します なのでまず私が分かったことは 人間は愛を知らなければ 愛せないということです この愛はコレクティヴなら より効果的です インドで見たはずです インドの家族は 本当に愛し合っています 会ったことのない親戚でさえも どんな関係かもわからずに お兄さんとかお姉さんと呼びます 関係も知らないし 誰が父親とか姉妹であるとか 知らずにです 単にお兄さんのように 感じるからです 自分の兄のことを聞かれても わからないでしょう 理由は拡大家族制にあり それはコレクティブのような制度です 誰が本当の兄かもわからない 誰が義兄で 誰がいとこかも分からない 皆が一緒に親戚として 一緒に暮らしたのです それもまた廃れてしまい 拡大家族も廃れました 経済的理由とか何とか 理由は何であれ なのでこの大切な時期に 人々は愛を知る必要があるのに 家族制度が あらゆる国で崩壊しています 西洋諸国では特に 男女ともに家族制度の 重要性を理解していません 家族制度を信じていません 可哀想な子供達にとっては 不安な事態です 不誠実な土台では ちゃんと育ちません それによって暴力的な ひどく取りつかれた 世代が来ました 彼らは戦争の商売に行きました 無意識に戦いを欲するのです 木と戦う子供を見ました “なんで戦っているの?” “戦うのは良いんだよ” と言います でもなぜそうするかは 気づいていません 理由は愛の欠如です 見るものすべてが嫌で これもあれも嫌いだといって 憤りでもって何かをし 見るものすべてを破壊します 新しい傾向が始まりました 戦争が終わると 当然価値観が堕落し 民衆は何だったのかと 私たちの価値によって 何を得たのか 戦争ばかりで 社会が荒廃し 子供達も殺され 何が戦争だというのかと 概ね民衆のこころは まあとにかく戦わなねば となります 痩せている人が最高で 支配する人が 上昇志向が最高だと こうして帝国主義的な支配は 終わったにもかかわらず 個人の支配に姿を変え 支配へのエゴが育ちました 子供の教育においてさえ 子供をとても傲慢にしむけます 人為的で 極めて傲慢かつ不自然です なぜ子供がコントロールされず これは悪いと 教えられていないのか 信じがたいです なぜなら親が とても防衛的な態度で 子どもに向き合おうとせず 悪いことを教えないからです 子供に見捨てられるとか そんな考えにとらわれて 何でもしていいから一緒にいよう と言います そんな状況下で 人間は良い家庭生活から次第に 離婚などおかしな 男女を共有する信条などへ 堕落してきています アディ シャクティの出現には 何とひどい状況でしょう それに他に大きな問題として 宗教があれこれと主張して 考えや制約を人々に課していて 民衆を盲目にしていることです なので混乱があり こうした混乱の時だからこそ アディ シャクティがダルマを 確立しにくる必要がありました 彼女がダルマを確立させる 必要がありました とても不誠実で 胡散臭い時代でした 生まれてきて人々を見て驚きました 当時はシーカーも あまり居ませんでした 一人か二人の リアライズドソールに会いましたが ほとんどは自分の保険とか お金とかの心配をしている人でした 話しかけようにも どんなところに来てしまったのかと 何を話せば良いかわかりません 聖なる愛の話を どうやってするというのでしょう 探求すらしていない人たちに それが次第に 自信を持ち始めました 最初はちょっと早く来すぎたかと もう少し待ったほうがよかったかと そう思いました 人々はお互いに憎しみ合い それぞれが敵対しあい 騙しあっていたし それにお互い 嫉妬しあっていました 出世競争とか 足の引っ張り合いもありました なのでサハジャ ヨガの時代では まだないかと思いました すると偽のグルに会って 人々に魔術をかけ 支配しているのを見ました それで本当に考えました もう世間の雰囲気を 気にするのはやめようと どんな人であれ気にせず 始めようと こうして最初の ブラマランドラチェダンが インドで起こりました 5月5日のことです 1970年5月5日の朝です 他にももちろん急いで始める 理由がありました 私の準備は整っていて 人間の問題を知っていました でも人はセルフ リアリゼーション を得られるとは 信じないだろうと思いました この化身はとても特別です 多くの化身が来ましたが 彼らはやってきて言葉で教えました これが良いあれが良いと 彼らに魅せられて 追従したものもいました でもハートは空っぽでした 聞いたことはよくても それは説教であり 講義であり ギータであるだけです そのような人の生も 聖なる愛の輝きが 内にありませんでした 何人もの良い人が この短い間に存在しました マハトマガンディーや マーティンルーサーキングや 色々な人が方々にいて アブラハムリンカーンも ジョージワシントンも ウィリアムブレイクもシェイクスピアも この間文学のみならず 老師もソクラテスもいました ソクラテス以来 何人もの哲学者がいて より高い生を語りましたが それにも関わらず 人々は彼らを変な人扱いし 理解不能として黙殺しました 誰も例えば グルギータを読もうとしません 読みません 意味のないことだとして 役に立たないたわごとだと こんな態度がそこら中にあり 私はそれを見て ああ どうやって話すというのでしょう 自分について 彼らについて 見つけねばならないものについて 私はこころから 人々に熱心さを望みました 少しでも私に チャンスが与えられたら この聖なる愛はとても精妙で 彼らのハートに届くでしょう でも彼らは石のようでした どんな話をするのも無理でした それに最悪だったのは 自分のことばかり考えていることでした この状況で サハジャ ヨガが始まりました そこでアディ シャクティの力が 問題よりも ずっと強いことが分かりました 自分ではっきり分かりました この力がクンダリーニを 引き起こすからです 自分がクンダリーニを引き上げ られるのは知っていました それを大勢に一度に 与えられるのも知っていました でもあげた人がまた戻ってくるかは 分かっていませんでした 人々は無知だからです 帰ってくるとは思っていませんでした このレベルまで サハジャ ヨガを実践するとは これっぽっちも思っていませんでした 誰かに言われても 笑って否定したでしょう 最初の講義の時は どこもホールが一杯で もちろんホールのせいでは ありませんが 私は別の場所に滞在していて ホールがなかなか 借りられませんでした そしてその後も ほとんど人が来ずです だからもう何を言っても駄目だと 耳から頭を通り抜けるだけで なにも理解しようとしないと 何もわかっていない 私は家族から反対され あれこれと 問題と圧力を感じていました でもそれは重要でなく 一番重要なのは どうやって人の心に届くかです 唯一の解決法は彼ら自身の クンダリーニを上げることでした それにより内なる光が灯ります 私はずっと座っていて そこへ誰かが クンダリーニをあげてもらいに来て 私がクンダリーニを上げてあげて というのは間違った考えで 私にはそれが分かりました そこで集合的 リアリゼーションが始まりました 人々はとても驚きました それはマジックではなく 物語でもなく真理でした 彼らは自分の手先で 実際に感じました 頭頂部でも感じました それがサハジャ ヨガの実現です 驚くほど上手くいきました でなければ無理だったでしょう 今日目にするこのすべての驚異は あなたが反応してくれがおかげです あなたが反応し受け入れたからです でなければ アディ シャクティも役立たずです あなたが受け入れなければ 私は無です 実際それはあなたの英知が 感覚や探求が サハジャ ヨガに導いたのです 手紙を書いたこともなければ 電話もしません 他のグルは皆そうします 新しい場所につくと かの地の要人をリストアップして 手紙を一斉に送ります 少なくとも2、3人が 出席するようにです しかしそんなことをせずとも この集合的目覚めを いかに達成できたか 人々はサハジャ ヨガを それによって理解でき 彼らに浸透していきました まずそのために私は 自分のクンダリーニをあげます パブリック プログラムの度に 自分で上げます その上あなたの問題をすべて 私のクンダリーニで受け止めます それは痛みます だからプージャの後は しばらく石のような状態になります あなたの内にあるものを 吸収するからです あなたを私の体に入れるようにです あなたは私の身体の一部なのです 私の体の細胞の一つ一つが あなたの為です あなたにはそれほど 精妙さが必要です 自分が何を抱えているか理解したり サハジャ ヨガや他の事に できることがないか アシュラムを始めたいとか 何かあるなら たちまち私は分かります あなたが私の中にいるからです ほとんどのことをハッキリわかります 分からないこともあります 理由は一つ あなたと私の関係です もちろんそれは親密なもので 私の体の中にあなたがいます でもあなたが瞑想していなければ ありふれたことを言わなければなりません ディヤーナガンミャです あなたが瞑想していなければ 私はあなたと無関係です あなたは私の親族ではありません 私に対して何の権利もありません 何かを質問することもできません どうしてこんなことが起こるのですかと なのでいつも言います 瞑想 瞑想と 私とあなたはは 何の関係もありません もはやそこにはいません 私とはつながりがありません 他の人と同じようです サハジャ ヨギかもしれません サハジャ ヨガの単位を リーダーがくれたかもしれません 偉大な人と 思われているかもしれません でも瞑想していなければ 毎日朝か晩にしないなら シュリ マタジの領域にはもういません つながりは ただ瞑想を通してだからです ギャナです 瞑想をしない人がいました すると苦しんで 子どもも苦しむ何かが起きます そして私に来て言います でもその人が瞑想していないのは はっきりわかります 私は何の関係もありません 私に何か聞く権利は 彼にはありません はじめは瞑想になるまで 時間がかかります ですがどんなものかわかったら どうやって私と一緒にいて 一つになるか どうやって関係を築くか あいだには何もいりません 手紙やなんかも必要なく 特別なつながりも何もいりません 瞑想だけが必要なものです 瞑想のなかで成長します そこでスピリチュアルに上昇します それが起こると あなたはある意味 成熟した意識状態へと サハジャ ヨガで成熟します すると瞑想を辞めたくなくなります なぜなら瞑想中に 私と一体だからです 3時間も4時間も 瞑想する必要はありません どれだけ本気で私といるかが重要です どれだけ長いかではなくです ならば私はあなたに責任があります あなたの子供や皆に対してです あなたの上昇や ネガティヴィティから守ること それらに私が責任をもちます 父親が直接罰するような そういうやり方ではありません そうでなく “そうですか もうあなたは私と 無関係です”と それが唯一起こりうることです 瞑想してない 良いでしょう 無理強いはできません 私もあなたと無関係です 他のところで外で誰かと 関係をもてるでしょう でもあなたの善を得られる 内なる関係は 瞑想なしにはいられません 何度も行ってきました 瞑想してくださいと 毎日瞑想するようにと でも人は理解しないようです どれほど大切なことか “マザー 私たちは瞑想しません” “なぜ?” “もう私たちはリアライズドソール だから必要ないです” 道具がそろっているのに 主電源につながっていなかったら 何の役にも立ちません 瞑想の中で愛を感じるでしょう 聖なる愛の美しさを感じるでしょう 風景が一変します 瞑想的な人は態度がとても違います とても違う気質を持ち いつも満たされて 特別な人生を送っています 今日は上昇の初日であると そうも言えるでしょう この崇拝によって 実際は今日でなくとも そう言うことはできます それが起こりあなたを助け あなたへの大きな恵みとなった であれば それを維持しなければならない さらにいかに高めるか いかに楽しむかを知るべきです ちょっとした出来事 最後の物語や あれこれで満足せず 完全な一体を得るべきです 神との完全な合一です それは瞑想によってのみ可能です 簡単なことです マザー 時間がとれませんとか いつも考えてばかりですとか 時計を見たくなるとか言います 最初はちょっと問題もあるでしょう あるとは限りませんが ないかもしれません あるとしても最初だけです 徐々に大丈夫になるでしょう 徐々にマスターするでしょう 少しずつですが 極めて上達するでしょう すると他には何も必要なくなります ほかの安っぽいものには 見向きもしなくなります いいですか その美に至るのに その栄光に 偉大な人格に至るのに すでに現れてきていますが 信心深く必要なのは 瞑想だけです 今日は遅く帰ったから 瞑想できなかったとか 明日は仕事ではないから 瞑想できないではなく 誰も言い訳を聞きたくありません 自分のことなのです あなた自身のためです 全てがあなたのためです 誰かに自分が 進化の高みに到達したとか 知らせる必要はありません その高みから更に上昇する 無理ではありませんし 可能でしょう でもまずはあなたが何であれ ハイクラスなサハジャ ヨギであれ 瞑想には謙虚でありなさい この瞑想的な資質は こうして話していても 私はそこに入っていきます とても喜びに満ちているから 喜びの大海に飛び込みなさい 最初は難しいでしょう しばらくするとこのつながりが シュリ マタジとのつながり それだけが欲しいものだと分かります もう一つ人が迷うのは よく見かけることですが そこで失敗する人もいます 個人で瞑想するのは とても正しいことで 個人的に瞑想しますが 座って瞑想し プージャも行う でもコレクティブで瞑想しない これがもう一つの覚えておく点です コレクティヴで 瞑想しなければなりません 私が皆をすべて合わせた 存在だからです コレクティヴで瞑想すると あなたは私のすぐ側にいます だからプログラムでも何でも コレクティブで瞑想しなさい プログラムでは常に 瞑想を優先しなさい 歌を歌ってすべて終えたら瞑想です 何か力説するとすれば これが真理であり すべての土台であると 理解することです 平凡なことにみえますが とても重要です 今アディ シャクティを 崇拝するにあたって どうするべきでしょう かつてないことです アディ シャクティへの祈りなどは ありませんでした バガヴァティまでは行きましたが それ以上に至ったことがありません なのでどんなプージャになるでしょう でもやってみましょう 瞑想が最上の方法でしょう 実際に何かを成就できます なので5分瞑想に入りましょう 目を閉じてください 11のルドラが覚醒しました 彼らがすべての ネガティヴィティを破壊するでしょう […]